最終話 いっぱい食べるキミが好き
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スターライトが引き金を引いた。
胸、肩、頰に当たったが銃弾ははじかれていた。
銃弾の当たった場所の皮膚がサメ皮に変化していた。
「お前――」
「言ったでしょう? 『サメに銃がきくか』って~」
「ビッチ器官を自分にも移植したのか……バカな真似を……『彼』で一度失敗している事をお前は――」
「もっと前にはこうも言ったでしょう?『可能性はゼロじゃない』って」
「戦い始めてから、ずっとお前は不安定だった。それにあんな兵器を使ってまで勝負を急いだ。自我がサメと混ざり始めているんじゃないのか」
「アッハ。ないから~。そんなこと。関係ないから~」
「お前は……お前は……」
「良いの。ありがとうスターライト。心なんかなくても私には使命があるから」
ここで急にシャクティは穏やかな表情を見せた。かと思うと次の瞬間には狂気のように叫び始める。
「だってサメが好き、サメが好きィ!」
「お前、実験に疲れ果ててすでに心を……せめて私が殺してやる」
スターライトは再び銃を構え、弾がなくなるまで打ち続けた。が、無駄だった。
「無駄だって言ってるでしょう~? できるなら殺してみてよ~」
シャクティは瓦礫のなかから鉄筋を引き抜くと、手首のスナップだけで投げつけた。鉄の棒がスターライトの腕を地面へ縫い付けた。スターライトが悲鳴を上げる。
「私の研究を邪魔するからこうなるんだよ。だって研究は使命なんだから」
「シャクティ……惨めだ。お前のことも自分お弱さも……」
「私も。だから泣かないで」
シャクティはハンサムを振り返ると、再びあの歪んだ笑みを見せた。
「キミはこれからずっと付き合ってくれるよねぇ? 失敗作くん」
シャクティは腕にヒレをはやすと、ハンサムへ斬りつけた。
「使命! 使命!」
「シャクティ、やめるんだ……」
ハンサムはサメ肌の手刀で受ける。
その腕にシャクティが食らいついた。猛獣のような戦い方だった。
「うああッ」
たまらずハンサムは振り払う。
シャクティはすぐに飛び起きると、かみちぎった肉を咀嚼し始めた。
血の味がさらに彼女の理性を奪っていく。
「サメは惜しみなく奪う……噛みの神であるサメちゃんの使命を邪魔するものは噛み噛みされて当然! 当然!」
それからまた急に猫なで声になる。口が耳まで裂けた。
「でもボクは心配しないでね~? ママに任せて~。今から人格を初期化して~? 新しい『彼』にアップデートして~? 失敗しても何度でもやり直してあげますからね~。何度も! 何度も! 何度も何度も何度も!」
「シャクティ。『彼』は死んだんだ」
地面に縫い付けられたままスターライトが叫ぶ。
シャクティの笑みが固まった。
「はあ?!」
「『彼』はもういない」
「はああ?!」
「私たちの青春は終わったんだシャクティ!」
「はああああ?!」
「……『彼』のためにできることはもうないんだ……今は新しい彼が必死で生きようとしている」
「……ねえ? スターライト」
シャクティは友人を見つめた。やがて嗤いはじめた。
「知ってますゥ~! 知っててやってるんだバカッ! 低脳アイドルオタクがよぉ~! ちょっと待っててね~ボクちゃん~」
シャクティはスターライトの無事な方の腕へ鉄筋を突き刺す。
「スターライト? ねえスターライトさんでしたっけえ? 『彼』が死んだとき私がどう感じたか教えてあげようか? 『ああ。これで研究に専念できる』だ。知らなかった? 誰も知らないよねえ! あんたも気づかなかった! 私も私がこんな人間だとは知らなかった!」
「シャクティ……」
「あのとき私分かっちゃった。私がこんなにも天才なのは、サメと出会ったのは、それは必要なことだから! 使命ッ! 私はサメ研究で世界を救う義務がある、だってこんなにも天才だから!」
シャクティが叫ぶたび、地面でピンクシャークがのたうちまわった。
デバイスからの彼女の命令に応えようとしているのだ。
しかし反重力装置もなく、深手を負ったサメはその場でもだえるしかできない。
傷口から血があふれ、赤く光った目からも液体がとめどなく流れ落ちていた。
「私の研究がどれほどの人間を救ったと思う? どれほど学問を進めたことか! だからずっと私は世界を裏切っていたんだ! 『彼』といるあいだ、使命を放棄してた! 可哀想な人間と可哀想なサメちゃんを裏切っていた! だからすべてはその罰ッ! 罰ッ! 私の使命を邪魔した男への罰ッ! 『彼』に心を奪われた私への罰ッ!」
「言うな……シャクティ」
「やめない! 絶対にやめない! 私は永遠に研究を続ける! だって使命だもん! だってまだサメが好きだから! サメが好き! こんなになってもサメが好きィイイイ!」
叫びながら何度もヒレを振るう。
唇はつり上がったままである。仮面のような笑みだった。
彼女はスターライトへもう一本鉄筋を撃ちこもうとした。
「シャクティ!」
ハンサムが飛びついた。彼はシャクティの左腕に歯を当てた。
「……あれ? どうしてママにこんなことするのかな? ふざけんなよ」
「苦しいんだな。シャクティ。これしか終わらせる方法がないのなら……俺は――」
ハンサムは牙に力を込めていく。なりふり構わない行為はハンサムをただの動物のような顔に変えた。
「はあ? はは。サメじゃん! あんたもうただのサメじゃん! おそろいねえ!」
シャクティもまたハンサムの肩口に噛みついた。
お互いに噛みつき、組み伏せようともがく。唸り声を上げ、引っ掻き、頭を振りたくる。
「シャクティ……シャクティイイイ」
「サメが……サメが好きッサメが好きィイイイイ!」
まさに共食いといった様相の取っ組み合いが続いた。
だが、じょじょにではあるが、体格で勝るハンサムの方が押し始めていた。
「サメが……サメがァア……ッ」
シャクティの苦し紛れに放った膝蹴りで、勝敗が一気に傾いた。
片足になったシャクティを彼は押し倒した。
腕の反撃は膝で押さえこんでいる。
このまま首筋に牙を立てれば終わる。
ずっと握りしめられていた彼女の左手から、一葉の写真が転がり落ちた。
それを見て彼の動きが止まった。
ハンサムのためらいを見て取ってスターライトが必死で叫んだ。
「ためらうな! そいつはもうシャクティじゃない、本当の彼女を、私の友達をもう自由にしてやってくれ、頼む!」
ハンサムはスターライトを見、次に地面のサメを見た。ピンクのサメがのたうちまわっている。
それから彼はまたシャクティを見つめた。
視線はくしゃくしゃになった写真へ戻った。
『彼』とシャクティがいた。
山積みの料理の前で、まだ幸せだった頃のシャクティが輝くように笑っていた。
「俺は……済まない……」
彼の身体から力が抜けていく。
ほとんど無意識で、写真へふれようとしたとき、自由になったシャクティが彼の懐へ飛びこんだ。
「やめてくれシャクティ!」
スターライトが叫ぶ。
ハンサムは目を閉じた。
体がぶつかる瞬間、耳元でシャクティの呟きを聞いた。
あどけない、素直な声だった。
「ねえ? 好きってむずかしいね」
目を開くと、シャクティは地面に倒れていた。
彼女の首にピンクシャークが食らいついていた。
サメはすでに息絶えていた。
サメが最後の力を振り絞って反乱を企てたのか。
それともシャクティ自身がサメに命じたのか。
それは分からない。彼女自身にも分からないだろう。
スターライトが駆けつけてきたときには、地面が真っ赤になっていた。
スターライトを見ると、シャクティは道化のように舌を出して笑った。それから言った言葉が本心なのかも不明である。
「サメにまで嫌われちゃったあ」
真っ白になった友人の顔をスターライトは見つめている。
「誰もお前を嫌ってなんかいないさ。ただ哀しいだけだ」
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「光が消えた……終わったの?」
「わからねえ……が」
トミカたちは島の方角を眺めた。
「行こう。できることがあるかもしれない」
「車が潰されたのは痛かったですね。安全が確認できたら新人に車を出させるか」
S.H.B.Bの二人も立ち上がって言った。
「やれやれ。しかしフカ雅を倒すとは。大人の付き合いならここでタバコでも差し出すところなんだが――グミでも食うかい?」
「空っぽなんだろ」
「そうだった。なら次の機会に、だな」
「……ピザの方が嬉しいかな。マイクルの奢りで」
「『マイクルさん』だ少年」
笑って歩きだしたあたりで気づいた。後ろからエンジンの音が接近して来る。
「新人か?」
「あのバカ勝手な真似を」
違う。知らない車だった。
だが運転手には見覚えがあった。
「マックス?!」
ジミー・パーンの正式な息子、マックス・パーンである。
「お前がァ!」
マックスは走りながらバズーカ砲を構えた。
ミートバーグの裕福層なら高確率で所持している無反動式バズーカ砲である。
砲弾がフカ雅の遺体めがけて飛んだ。
爆発とともに、フカ雅の体が紙切れのように舞い上がる。
遺体は落ちきる前に、ジャンプしてきたサメに食われた。後にはフンドシだけがヒラヒラと落ちていった。
「クソ野郎がッ」
唾を吐くと、マックスは島へ向かって車を再発進させた。
すれ違う瞬間、マツリに視線をやったが何も言っては来なかった。
「マックス?! あの野郎ジミーの仇討ちのつもりか? あんたらヤツにこの場所を教えたのか?」
「教えていない」
「じゃあ何でここが分かったんだよ?!」
「学会員の襲撃を知っているのはシャクティ博士の他は企業の重役ぐらいのはずだが……」
「隊長、彼は次にシャクティ博士を狙っているのでは?」
「分からんが追うしかない」
満身創痍の状態で彼らは走り出した。
後になって分かったことだが、マックスはフカ雅、およびシャクティの抹殺のため企業側に利用されたのだった。
実際にマックスをそそのかしたのは、校長のジャスジャスである。企業に取り入るため、この役を買って出たのだ。
そもそも企業はミートバーグをサメのいない観光地として売り出そうと考えていた。
そのためにサメも学会員も不要だと彼らは考えている。
むしろ市長暗殺の件を知っている二人は邪魔なのだ。
それで、マックスをそそのかして二人を消そうとした。
先のSHARK庁爆破はマックスの仕業だった。シャクティの部屋を狙ったのだ。
そして今、彼はマイクルの予想通りシャクティを狙ってシャークランド跡地を目指している。
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大きな揺れが来た。
地面が傾いて、シャクティの体が仰向けになった。
彼女は小さく声を上げて笑っていた。
まだ意識はあるものの、首の傷は致命傷だった。
肉を与えればサメの生命力で助かる可能性もあったが、生きながらえたところで、彼女の自我が元通りになるとは思えなかった。
「スターライト。俺は余計なことをしたのかな? 俺がここまで来なければ彼女は――」
「シャクティはキミに救われたんだ。そして友達のためにキミがかけてくれた情けを、私は生涯忘れない」
「俺は……なにも……」
「ハンサム。島が沈み始めている。私は、シャクティはこのままにしておこうと思う」
「――置いていくのか? シャクティを? ここに一人で」
「体は治ってもシャクティの自我は帰ってこないだろう。こいつもそれを承知でサメ人間になったはずだ。これは緩やかな自殺だったんだ」
「でも……それじゃあ俺は何のために……」
「みんなのところに帰るためさ。さあ行こう。キミの体も危険な状態だ」
ハンサムの体のあちこちにサメの口が現れ始めていた。サメの本能が餌を求めているのだ。
「立つんだ、悪いが肩を貸す余裕はない」
マックスの車が乗りこんできたのは、その時だった。
車を乗り捨てるなり、マックスはマシンガンを掃射した。
「サメキチ野郎どもがァアアアアッ!」
銃弾が地面を砕き、シャクティの頭の横をかすめ、胴体に何発か命中する。撃たれながら、彼女は小さく笑っていた。
そのときまた大きく揺れた。
バランスを崩したマックスが射撃を中断する。
地面に亀裂が走った。海水が噴き出した。それどころかあちこちが陥没していく。
ついに、地面がバラバラの島になって流されはじめた。
海水は渦を巻いていた。
ハンサムとシャクティのいる部分の地面が流され始める。
「ハンサム!」
スターライトが捉まえようとするが、彼女も深手を追っている。鉄骨の上から伸ばした手は届かなかった。
マックスはまだ撃とうとしている。
「なんなんだあッ! これは……クソ野郎がちょっとでも長生きしてんじゃあねえッ!」
「やめろ!」
制止を無視して、マックスはマシンガンを乱射し始める。
「マックスー!」
駆けつけてきたトミカが飛びついた。
完全に押さえ込まれるまで、マックスはわめきながら銃を撃ち続けた。
「生きてんじゃねえよ! 俺の親父が死んだんだぞ! 俺のオヤジが死んだんだ!」
「ジミーの野郎ならそんな理由で取り乱したりはしねえなあ!」
その言葉に、マックスの抵抗がやんだ。
彼はうつ伏せに押さえ込まれたまま泣き始めた。
トミカは静かに言った。
「会ったときからお前に感じてた必死さの理由が今分かったぜ。お前はあの親父を真似して悪ぶってたんだな。アイツを理解しようとしてよ」
「マックスくん……」
遅れてマツリが到着した。
彼女の顔を見ると、マックスは自責とも羞恥ともつかない表情になると、自分の腕に噛みついた。それでも耐えられず、声を放って泣きはじめた。
「俺だって――俺だってオヤジが大嫌いだったさ。でもいつかは好きになれるはずだったんだ」
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「トミカ」
シャクティを抱えたままハンサムは叫んだ。二人の乗る地面は、鉄骨の斜面を今にも滑り落ちそうになっていた。斜面の先はサメのいる水の底である。
シャークランド跡地全体が傾き始めている。
「どこだ?」
声が届いたのかトミカは辺りを見回した。
その近くでは、オウルたちがスターライトを救助していた。
ハンサムは安堵した。
トミカが彼を見つけて叫ぶ。
「おい!」
「ここだ、ここ!」
ハンサムは手を振って返した。
「おい……」
「分かってる、ちょっと流されてるけど頑張ってなんとか……」
「おい!」
やけに切羽詰まった声が返ってくる。
ハンサムはちょっと首をかしげたが、自分の腹が視界に入って納得した。
主要な臓器のあたりに穴が開いていて、そこからこんこんと血が流れていた。
マックスの銃弾が当たっていたのだ。
急速に血の気が引いていく。
「ああ……ああ~……そっかぁ……」
「ハンサム! いま俺らが行って――」
ハンサムは身振りで拒んだ。
「いや。いや……良いんだ、トミカ。危険だ。俺はそっちへいくべきじゃないのかもしれない」
身体が水へ向けて滑った。
シャクティが腕を回して彼にしがみついていた。その重さで滑り落ちていくのだ。
シャクティはさらに足を回して彼に抱きついた。
ハンサムは頷いて見せた。シャクティへの怒りはなく、むしろ安心したような気持ちさえあった。
「そっか……そうだよな。トミカ、俺はこの怪我だ。もういい」
「ふざけんな! そんぐれえの怪我、俺の腕の一本でも二本でも食わせて治してやらぁ!」
叫んでトミカは水へ飛びこんだ。
「トミカ! サメだっているんだ!」
「俺の心配をしてんじゃねえ! お前が俺に心配して良いとしたら、それは俺が助けを求めた時だけだぜ。それは今じゃねえけどな! は。そんな日はもっとずっと先のことだろうけどな!」
「トミカ……」
「彼を助けるぞ!」
「そのための海パンだァー!」
オウルとマイクルも海へ飛びこんだ。
スターライト、マツリ、それにクイントも彼を助けようと必死で叫んでいた。
「みんな……」
ハンサムの目から大粒の涙がこぼれてシャクティへ降り注いだ。
「シャクティ。すまない……すまない……キミのために何かをしてやりたいと心から思う……俺が『彼』なら、どんなにいいか……せめて今『彼』の体だけでもきみに返してやれたらって本当にそう思う。でも……でも、すまない……俺は生きたい……俺はあんたの大切な人ではないけれど、それでも生きているんだ……生きて、みんなと過ごしたかった……」
シャクティはさらに強くハンサムを引き寄せようとした。
「……分かってる。俺は君に造られたんだ。どうするかは君の自由……でもせめて彼らのことを考えながら死ぬことを許してほしい」
さらに強く密着してくる。だが、飢えたハンサムの体はあちこちがサメの口に変化している。
「シャクティ? これ以上は君が危険だ。分かってるから。抵抗はしないから。シャクティ?」
さらに、もっと強く。
彼の腹部にあいたサメの口へ彼女は身体をよせている。
サメの口がハンサムの意思とは無関係にわななき始める。
そこでようやく、ハンサムはずっと聞こえていた含み笑いが歌だったことに気づく。
それは子守歌だった。
「食べれば……元気になりますからね……」
シャクティがさらに寄り添った。
彼女は彼を引きずり込もうとしていたのではない。自分を餌として与えようとしているのだ。
「シャクティ……ダメだ……俺は人間として死にたいんだ……シャクティ!」
彼は泣いて拒もうとする。
シャクティは歌い続けている。
足場が消失した。
暗い水へ沈んでいきながら、シャクティが囁く。
「笑って。ハンサムシャーク」
いっぱい食べるキミが好き。




