5-16 サメとおやすみ
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「サメッサメッサメが好きィいいいいいいいい!!」
戦いはますます激しさを増していた。
巻き添えになったサメが花火のように破裂して散るまでの一瞬に、数十発の攻防が繰り広げられる。
ビッグブリッジの上空でサメの花が咲き乱れる。
一〇八匹のサメ花が散華するまでに費やされた時間、わずか五秒。
「アアアッ! サメッアアアアアア!」
「俺は愛と名づける。師匠も。みんなも、あんたも。俺のオフクロやジミー・パーンでさえも、きっとみんな愛のためだった」
「やかましいわッ! アイ? アイィッ?」
「人類は愛のためなら何でもできた。愛のために命を捨て。愛のために結束し。愛のために争い。愛のために人を裏切りさえした」
「アァアアアイィイイイ?」
「愛は人を救い、殺しもする。オフクロは愛に苦しめられて死んだ。きっとジミーも愛の使い道を誤って滅んでいった」
「サメの……サメのォオオオ――」
「俺は親父やあんたのようにはならない」
「――サメの前ではサメの話をせんかァッ!!」
「俺は愛を乗りこなしてみせる!」
掌底の圧力がフカ雅を吹き飛ばした。
「ニャッ!」
ジンベエザメ
ホオジロザメ。
ヨシキリザメ。
イタチザメ。
ラブカ。
サメたちを貫いて、それでも止まらず、フカ雅は星鮫嵐へ突っこんだ。
サメの流れが彼を上空まで押し流していく。
「カァアアアアア!」
サメトンネルの上部でフカ雅はサメの流れに逆らい、暴れまわった。彼の体温で燃え上がったサメたちが降ってくる。
マツリが慌ててクイントをかばおうとする。
「大丈夫だ」
トミカは空中へ飛んでサメを撃ち落としていく。
「んあああああああ!」
フカ雅が星鮫嵐を踏み台にして飛んだ。
あまりの脚力に星鮫嵐が半壊した。
サメに紛れて急降下してくるフカ雅を、トミカが受け流す。
学会員とサメの落ちた跡はミサイルを喰らったようにへこみ、ところによっては穴が開いていた。
サメの死体のなかで、フカ雅がのたうちまわっている。
サメの血を浴び、肝を喰らいながら叫び続けている。
「あッああああ! サメッサメェエエエエエ! さすがサメちゃん! 内も外も完璧じゃあッ! 真理ッ! 何と美しい姿よ! あああッサメちゃん天国じゃぁあああッ!」
「サメは、ただのサメさ」
「サメは真理。サメはすべて! おっ父よォ! おっ母よォ! みなそこにおるものなあ! サメのなかで儂らひとつよなあ!」
「あんたはまだ生きてて、ここにいる人間だろうが」
燃えあがる血を吐いて学会員は嘲笑した。
「ササイッ! 些末な問題よ喃! 食って食われるだけが人生よ! それが真理!」
いまや、フカ雅の身体には亀裂が走り、炎が吹きだしている。
もはやフカ雅の命が尽きようとしているのが、マツリからも分かった。
たまらず止めに入りかけて、彼女は踏みとどまった。もはやこの老人のためにしてやれることは何もないと悟ったのだった。
「あのひと泣いてる……? 私、せめてあの人を見極めないと……」
「サメがすべてよッ! サメだけが意味のある存在ッ! サメこそが世界よ!」
「爺さんよ、アンタの世界にこいつらはいるのかい? こんな状況でもアンタを想う人間がここにいるんだぜ」
「サメ……!」
燃えさかるフカ雅は四股を踏んだ。そして拳を地面に着くと尻をプリプリさせた。
これがどういうことか日本人なら明らかだろう。
スモウである。
サメとスモウは、何か似ている。
正真正銘、フカ雅の最後の攻撃である。
「サメッああああ! サメが好きィイイイイ!」
「もう話も通じねえか……」
トミカも腰を落として構えた。
彼が無意識に取った行動、それもスモウである。
発気ヨシ。
待った無し。
両腕をつきだしたその姿はまさに龍。
「サメがァアアアアッ!」
まさに火の玉となってフカ雅は突進してきた。背骨をしならせ、全身全霊でぶつかってくるその姿はまさにサメ。
燃えさかるサメと、猛るドラゴンがぶつかった。
「サッメ! サメェエエエエエエエ!」
「憐れだぜ……学会員!」
フカ雅が体をよじってもがく。
トミカも全力で受け止めた。
少しでも力負けすれば、後ろのマツリたち共々、消し飛ばされてしまう。
熱を受けてトミカの道着が燃え始める。
バトル展開の法則によってインナーの部分だけが残る。焼け残った胴着の姿はまさにフンドシ。
男は戦いの果てにフンドシを身に纏うのか。
炎、スモウ、フンドシ。
戦いに欠くべからざる魂の三原則。
ぶつかり合う力の余波でサメが座布団のように舞う。
星鮫嵐が消し飛ぶ。
二人の上げる雄叫びと最後の炎が夜空へ駆け上った。
そして戦いが始まってから十秒――。
最後に残ったのはトミカ・アルゴンだった。
すべての力と感情を吐き出し、小さく枯れ果てたフカ雅が、トミカの腕から転がり落ち、ひどく軽い音を立てた。
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学会員フカ雅の身体が小さくなって横たわっている。
トミカとマツリはその側によりそって最後の言葉を聞き取ろうとした。
「……サメ……真理……世界……美しい喃……」
彼の言葉は最後まで同じだった。
「……みなよ……皆よぉ……いっぱい食べて喃……大きくなって喃……皆サメのなかに生きておるものなあ……」
まだ熱く燃える手をマツリが握った。
老人はわずかに反応した。
「■■か」
誰かの名を呼んだが、それは誰にも聞き取れなかった。
だが、マツリは頷いてみせた。
「はい」
「……うん。儂、サメを見に行かんと……」
「今日のお仕事はこれくらいにしておきましょう」
「……夜か」
もはや目も見えていないのだった。
「……はい」
「霧は出ておるか」
「いいえ。静かな夜です。サメも眠っていますからね」
「そうかぁ……ああ……疲れたわ」
「はい」
「ああ、疲れた」
「はい」
「疲れた喃……」
マツリは胸のところで彼の両手を重ね、顔の汚れを拭ってやった。
そして父を倒した相手を、彼の息が止まるまでのあいだ撫で続けていた。
「あなたは、サメのなかに大切な人たちを見ていたんですね。父もそこにいるのでしょうか」
返事はなかった。フカ雅は安らかな顔で事切れていた。
「――おやすみなさい」
星鮫嵐が終わって、あたりを月が照らしていた。
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救急車を呼ぶ暇はない。
とにかくマツリ玉を詰めこんでやると、オウルたちは電気ショックを受けたみたいに蘇生した。
「ヴォエッ! ヴォエエエエ!」
「あああああ! 俺に何個喰わせたぁ!」
「良かった! 戻ってきてくれた!」
「すげえ跳ねるじゃん。エビみてえだ」
それから支え合って立ち上がると、四人と一匹はシャークランド跡地の方角を眺めた。
クイントが鼻を鳴らす。
「戦っているのか……ハンサム」
オウルが呟いた。
同じようにマイクル、マツリ、トミカとハンサムの身を案じた。
「ハンサム」
「ハンサムくん」
「ハンサム……!」
橋の向こう、シャークランド跡地が、巨大な光球に呑みこまれていた。




