5-15 霧鮫事件
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「【愛】!!」
トミカの放ったアッパーカットから烈風が走って、サメトンネルを下から上まで斬り裂いた。
サメ空を破り、月へ登っていくその衝撃はまさしくドラゴン。
フカ雅は飛び退いて荒い息をついている。その頰から一筋、血が流れた。
「この街が教えてくれたことに名前があるとしたら、俺はそれを【愛】と名づけたい。そしてこの力であんたのサメ愛を上回ってみせる」
フカ雅はトミカと星鮫嵐に開いた穴へ見比べていたが、やがて笑い出した。
「……オホッおほほほ。ふざけとったらあかんよォ!――おお?」
フカ雅が突進する。その視界からトミカが消えていた。
彼はマツリを抱きかかえ、一瞬でクイントのところへ移動していた。
「……クイントは無事のようだぜ。おっさんらも死んではいないみたいだ」
「ヌッ?! ヌッ?!」
フカ雅が目を見張るほどの速度で移動して、彼はS.H.B.Bの二人も回収した。
全員を瓦礫の影に隠すと、彼はフカ雅の方へ歩きだした。
「ここで待っててくれ。すぐ終わる」
「あの人は……」
「ヤツは強い。だが、お前らが教えてくれた力だってたいしたものなんだぜ」
彼は大きくゆっくり構えをとる。
「答えはいつだってお前達が示してくれていたのにな。俺は自分の復讐ばかりで気づきもしなかった」
次の瞬間、彼は瓦礫を蹴散らしてフカ雅へ迫った。
「オウッ」
ヒジとヒジがぶつかり火花が散った。
危うく受けたフカ雅の体が大きく後退する。
「ヌァアアア……このパワア! ご、五――ごせん……」
「どうでもいいぜ。そんなこと」
「ニャァアアアアアアアッ!」
二人は再び接近して、激しく打ち合い始めた。
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降ってくるサメの上を飛び移りながら二人は打ち合っている。
ぶつかり合う拳から火花が散ったときには、二人はすでに場所を移して戦っている。
傍からでは橋のあちこちで衝撃が走るばかりに見えた。
ぶつかる瞬間にだけ、二人の姿が視認できる。
烈火の気合いを放つフカ雅に比べ、トミカには余裕が見られた。
「カァアアアアアアッ!」
矢継ぎ早の突きをトミカはすべて受け流した。
置くようにして放った掌底がフカ雅にヒットする。
フカ雅がたたらを踏む。口の端から血が流れ、ただちに蒸発した。老人はすでに息が上がっている。
相手を静かに眺め、
「やめるか」
トミカは戦いの構えを解いた。
「……アニィ?」
「無益な争いだって事が分かった。今の枯れかけたあんたのパワーより俺の【愛】のほうがデケエ」
「オオ? ッホホホァ――」
フカ雅はひとしきり嗤うと、裂帛の気合いを発した。
「――サメよりデカイもんが在るわけなかろうもん!」
フカ雅の周囲で空気が歪んだ。
筋肉を蠕動させ体熱を上げている。
筋肉の収縮に耐えられずあちこちが、出血して蒸発する。
それどころか身につけていたキモノが燃えあがった。
フカ雅の命を捨てた最後のパワーアップだ。
炎の下から現れたのは、ジャパニーズビキニ、圧倒的にまばゆい白フンドシ。
これがジャパニーズ学会員の本領、FINALフォームである。
「サッメェエエエエ! これがサメの力よッ! サメの熱よッ! サメアツウッ!」
「爺さん……あんた死んじまうぜ」
「イノチ! 命よりサメよ!」
「……それがあんたの答えなんだな」
灼熱と化したフカ雅が迫る。
FINALフォームの持続時間は十秒。
ここから十秒のうちにこの戦いは決着する。
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昭和最大ともいわれる鮫害事件『霧鮫事件』をご存じだろうか。
フカ雅はその唯一の生き残りである。
彼は戦前、四国のとある漁村に生まれた。
その村を明け方サメの群れが襲った。
当夜は記録的な濃霧であった。
サメはその霧の中を泳いで村までたどり着いたのである。
幼いフカ雅は、その事件で両親と、まだ母の中にいた弟の命を失った。
この日からフカ雅はサメに取り憑かれたといっていい。
彼は独学でサメを学び、危険も顧みず海へ潜ってサメを観察した。
この頃はまだ、サメに対する恨みが原動力だったのかもしれない。
サメとの関わりかたを決定的にしたのは、戦争だった。
終戦間際のことだった。
捕虜になった彼らは、船でシベリアへ送られることになった。その途中でサメに襲われたのだ。
日本人の捕虜たちを含め様々な人種の軍人、商人が船に乗っていたが、彼らは人種や地位を越えて、励まし合い、助け合いながらサメと戦った。
が、まるで無駄だった。
やがて弾が尽き、船が沈み始め、幾人かが自爆攻撃を仕掛けて、わずかな数のサメを殺した。
だがサメの群れの前には無駄な抵抗だった。
同じ部隊の少年兵で、フカ雅が弟のように可愛がっていた少年がいたが、その子も死んだ。
サメの襲撃から三日後、救助がやって来たとき、フカ雅は少年兵の半分になった遺体を海へ捨てた。
こうする方が自然だから、と彼は言った。
この事件でも生き残ったのはフカ雅だけだった。
彼がどうやってサメをしのぎ、極寒の漂流生活を生き延びたのか誰もが知りたがったが、彼は一言【摂理】とだけ応えたという。
過去の事件についてどう思っているのか、彼から聞き出せた者はいない。
終戦後も彼は独自に、特に極寒地域でサメの研究を続けた。そしてサメキチ学会員からスカウトされる形で学会員となったのだった。
そして今、サメの街、星鮫嵐のただなかで命を燃やし尽くそうとしている。




