5-14 愛 am it
△△△
「トミカくん……トミカくん!」
「……悔いなくやれたか? 少年……」
マツリたちの声を遠くに聞いた。
悔いのないわけないだろ、と言い返したいが、彼女たちの気配は闇に飲まれるように遠ざかっていく。
自分のほうが離れて行っているのだと気づいたときには、トミカは真っ暗なところにいた。
――やがて暗闇の中にただ一人、シャイニングの姿が輝いて見えた。
眩しすぎてよく見えないけれど多分シャイニングだ。
「師匠……」
「トミカよ――」
「ちょっと眩しすぎません?」
「あのザマはなんだトミカよ」
「眩しい! 眩しい! いったん光るのやめてもらえます?!」
――やがて暗闇の中にただ一人、若干光るシャイニングの姿が見えた。
気づくとそこは闇に浮かんだバッファリン家の居間で、二人はちゃぶ台を囲んで座っていた。
「師匠……え? 俺、死んだんすか? そういうヤツ? これ?」
「そんなことはどうでもいい」
「そんなことって……」
「トミカよ、あのザマはなんだ。五バーグってキミ」
「……俺だって必死でやったんですよ。でもダメだった。俺はこんな程度なんすよ」
彼は拳でちゃぶ台を叩いた。
そこを布巾で拭いて、
「トミカよ。何を必死でやったというのだ」
「そりゃあ……何だってやりましたよ、すべてを捨てる覚悟でやりましたよ!」
「私がいつ捨てることを教えたというのだ。お前は努力したのではない。捨て鉢になっていたのだ」
「それは……」
「私は力の使い方を教えたに過ぎない。第三の力は誰の中にでもある。誰もがそれを使って人生と戦っている。お前がこの街で出会った人々もそうだ。彼らから何を学んだ?」
「俺は自分の事に精一杯で……そこまでは」
「大げさなことではない。人と出会い、お前がどう変わったか? それだけの話だ。お前がこの街へ来て学んだのはすべてを捨てることなのか?」
「俺には……それ以外のやり方が分からねえ」
「そんなことはない。街で出会った皆の顔を思い浮かべてみろ」
「……ハンサム。マツリ。アリシア。もちろん師匠……他のみんな」
「彼らがもし、お前のようにすべてを捨てようとしていたらどうする」
「――それは。許せねえよ、そんなこと。だから俺は――」
「その思いも捨てなくてはならない。『すべてを捨てて勝つ』のならな。だが、お前は皆のことを思いやったじゃないか。お前は捨てて強くなれる人間ではないのだ」
「……なら! ならどうやったらいい? ずっと探してるけど、本当に分からないんです」
「答えはお前のなかにあると言ったではないか。お前はそれを、受け入れればいい」
「それで勝てるんですか」
「それは知らんけれども」
「えぇ……」
「だが、みんなが喜ぶ」
居間の天井がなくなり、壁が倒れて、闇の中へ消えていった。
頭上がシャイニングより眩しく輝く。光の向こうからはマツリたちの気配が伝わってくる。
反対に、シャイニングの姿がぼやけていく。
「滝を割ったときの事を思い出せ。あの時、お前は何かを捨てたか? 反対に強くなったか? いいや、お前は変わらない。だが、滝は割れたし、みな喜んだ。私も誇らしかった」
「師匠」
「皆からもらったものに、お前の思う名をつけてやってくれ。そのためのSHARK神流だ。また、そのためだけで十分なのだ」
気づくと、ちゃぶ台の上に車のキーが置いてあった。
シャイニングの姿が消え、声だけが残った。
――皆を喜ばせてやってくれ――
鍵の表面には小さなハート型の印がついていて、その下にこう印刻されている。
『生存戦略同盟』
キーをつかんだ瞬間、居間が消えた。
星鮫嵐の空と、戦いの臭いが戻ってきた。
彼は見えないキーを握りこんだ拳で、自分の胸を叩いた。
待ちかねていたかのように心臓が再起動した。
△△△
「クイント、お願い。みんなのところへ行かせて」
マツリは必至で戦いに加わろうとする。
だが、クイントを振り切る前に破壊音が響いた。
S.H.B.Bの戦いに決着がついたのだ。瓦礫に突っこんだまま二人は起き上がってこない。
「んん~」
フカ雅が近づいてくる。
クイントが唸り声を上げて噛みかかる。
フカ雅は無造作に手を払った。
悲鳴とともにクイントが吹っ飛んだ。
「フゥ……サメちゃんの邪魔じゃわ」
「やめて!」
マツリの姿が消えた。
まるで立ち合い際のお相撲さん。一瞬でフカ雅の懐へ入りこんで彼を押していった。まさしく力士並みのパワー。
「おッ!? おッ!? スモウッ?! ニンジャ?!」
さすがの学会員もこれには驚いた。
彼はついに橋の際まで押し切られた。ガードレールがねじ曲がる。
「返して。みんなから奪ったものを返して」
「ヌッ! 娘……娘ッ!」
マツリはただただ、海まで押し切ろうと力をこめる。
フカ雅といえど、自由の奪われたまま海へ落とされては鮫の餌である。むろん、マツリも無事では済まない。彼女はフカ雅を道連れにしようとしているのだ。
「もう何も奪わせない……」
「ヌヌ……ヌ……」
ガードレールが根元から曲がる。
今やフカ雅は、折れそうなほど背をのけぞらせ、つま先だけで地面を噛んでいる状態だった。
「ヌッあああん!」
後一押し。
後一瞬というところで、光芒が彼女たちを照らした。
それがシャークランドから放たれた一投目のビームであるとは、盲目のマツリには分からない。
彼女が感じたのは、聞いたこともない音、波動だった。
危険を察知した彼女がまず案じたのは、仲間の安全だった。
「――みんな!」
彼女はフカ雅に背を向けて仲間を助けに行こうとした。
ビームは上空を通り過ぎていった。
「アマイッ! 甘い喃! イチゴ味ッ」
フカ雅が一気に押し返す。
突き返されたマツリは十メートルも宙を舞って危うく着地した。
「みんなは」
まだ仲間を気にしている。が、力を使い果たしたらしい。その場に膝をついてしまった。一気に汗が噴き出す。
フカ雅は大きく息をついている。
彼もまた今までになく消耗したようだが、活動が止まるほどではない。
「ヌフウ……三〇〇〇バーグ……力をコントロールできておらぬようじゃが……そうでなければ危ないところだったわ……嬢ちゃん、名前は?」
マツリは見えない目でフカ雅を見返した。
「シャイニング・バッファリンの、娘」
「シャイニング……おおッ! あのマッチョかい」
フカ雅が声を上げた。
彼の胴には、シャイニングの残した傷が袈裟懸けに残っている。
「あのマッチョ氏のムスメともなれば儂も手を抜くわけにはいかん喃……御免ッ!」
フカ雅が踏みこむ。
振り下ろされた手刀が、首の直前で止まった。
三〇〇〇バーグを上回るフカ雅の突進を、何者かが受け止めている。
「分かりましたよ。師匠……【愛】なんですね……」
トミカ・アルゴンである。
△△△
空からサメが降ってくる。
星鮫嵐の時間が終わりに近づいているのだ。
マツリは呆然と顔を上げた。
「……トミカくん?」
「心配かけたな。居間で茶ぁ飲んでた」
「誰じゃ……さっきと違う子供か……」
フカ雅が目を見張る。トミカの発する雰囲気が変化していた。
トミカの手がフカ雅の拳を包みこんでいる。
その優しい手つきで三〇〇〇バーグ越えの突きを音もなく止めたのだ。
「コヤツ……」
トミカは静かに佇んでいる。
星鮫嵐よりさらに向こうの空へ眼差しを向けて、そこにいる何者かと会話している気配だった。
――トミカよ、聞こえるか――
「聞こえます」
「なんじゃ? どこを見とるんなッ!」
――第三の力を名づけるのだ――
「ええ。ええ」
「なんも聞こえんわ! こっちを向けィ!」
――ただしあれはダメだぞ。あれは絶対に言うんじゃないぞ。絶対だぞ――
「分かっています。分かっています」
「やめなさいよッ!」
フカ雅がアスファルトを割る勢いで踏みこんだ。
ここで初めてトミカは構えた。
その動作は優しく、それでいてフカ雅の拳より速い。
――トミカよ。あれは言うなよ。絶対言うなよ――
「――【愛】!!」
突き上げた拳から衝撃波がほとばしって、星鮫嵐を斬り裂いた。
轟くその力はまさしくドラゴン。
「――【愛】。俺は愛を乗りこなしてみせる」




