3-14 ジュードー、ガン=カタ、NINJA! ④
△△△
ハンサムは背後の校舎を振り返った。
「オウルさん……結局、俺が何者なのかは聞き出せなかったけど、話せて良かった」
オウルとはトミカを見つけた時点で別れた。別れ際に彼は「後悔しないように動け」と励ましてくれた。ナイフは返さなくていいという。
非常階段を使えば安全に校舎を脱出できた。彼はすでに中庭まで降りてきていた。
植えこみの物陰から制服姿の足が見えた。トミカだろう。他に着ぶくれの生徒はいない。しかし倒れているようだ。しかも動かない。
その時、校舎のどこかから水の噴き出す音がしてサメが降ってきた。
「あぶない!」
とっさに飛び出しナイフでサメを切り払った。倒れていたのはやはりトミカだった。しかし彼へ覆い被さるようにして、誰かがしゃがんでいる。この人物が何かしたのか。ハンサムはとっさにそう考えた。
「誰だ、トミカに何をした」
「……勘違いをしているようだな」
ゆっくり振り返ったのは袈裟を身につけた女性だった。頭をそり上げて手に数珠を持っている。立ち上がると背が高かった。彼女はナイフを持ったサメマスク相手にもまったくひるむ様子がない。ただハンサムを見つめてしばらく黙ったあとで言った。
「倒れているのを見つけて介抱していただけだ。私が見つけた時にはすでにこうだった。怪我はたいしたことない。何があったのかは知らないが、気を失っているだけのようだ」
ハンサムは用心深く、近づいてトミカの様子を改めた。たしかに女の言うとおりだった。胸は規則正しく上下しているし、特に傷もなかった。
「分かったら、ナイフを降ろしてくれるとうれしいんだが」女が言った。
「あ、ああこれはサメ用で、すみません。俺の勘違いでした」
「構わない。友人か?」女はトミカを見た。
「そう。そんな感じです」
「感じか」
「……俺は彼らしか知らないから……これがどういう関係なのか、他に比べる相手がいない」
「ふむ?」
女が分かったような分からないような返事をしたとき、校舎からこれまでにない数で、しかも連続して、湿った破裂音が鳴り響いた。それにむせかえるような潮の香り。校舎の一階の窓が、黒い水で満たされたかのように見えた。それは窓ガラスを割ってあふれた。サメだった。
後になって知ったことだが、この日、小型ザメの群が海から街へ遡上してきたのだという。その数、その勢いは海水が逆流し、サメの姿で川が真っ黒に染まるほどだったという。原因は不明。しかも群の全てがミバ校に集まってきた。そのサメの群れが海水と供に校舎内にあふれたのだ。
サメたちは、体を寄せ合いながら巨大な一匹のサメみたいに全体を波打たせて、階段を上へ上っていくようである。一階で起こっていた破壊音が上へ移って、二階から窓ガラスやこぼれたサメが降り注いだ。人の悲鳴も聞こえる。
「なんだあぁ!」
ハンサムは叫んだ。謎の女性も驚いた様子で校舎を見上げ、降ってきたガラスを僧衣の裾で払った。
「怪我人を連れて離れた方が良さそうだな。見ろ。お守りの『サメ菩薩ドール』が粉々になっている。不吉な怨念めいたものを感じる」
怨念とは唐突に響くかもしれないが、実際サメとオカルトの関係性は深い。サメキチ学会の極秘資料室には、サメに悪魔が憑依して人々にゲボを吐かせたり、ゴースト化したサメが人を襲ったという詳細な記録が保管されている。これらの資料映像は実在する確かな記録である。
そうした例を念頭に置くと、ミバ校に現れたサメたちにも超自然めいた執念を感じはしないか。実際サメたちは目的を定めたかのように、皆が同じように上を目指している。その姿はまさにスイミー、いや集合体シャークとでもいうべきだろうか。
だが、脅威は集合体シャークだけではなかった。
辺りに警報が鳴り響いた。初めそれは集合体シャークの出現に対する警報だとハンサムは思った。だが校舎および、校庭に配置されたスピーカーからは、警報に続いて、
――自爆装置が作動しました。これより三分後に本校舎は爆発します――
驚くべきことを宣告したのだった。周囲の生徒たちが一斉に逃げ出す。
「爆破! バカな! 中にはマツリがいるはずだ!」
「――マツリ」僧侶が呟く。
「そうだ、俺の仲間だ。彼女がまだなかにいるんだ」
「落ち着け。今校舎に入っても集合体シャークにすりつぶされるのがオチだ。彼女なら無事切り抜ける」
「嫌だ、俺のちゃんと知っている人は彼女たちだけだ。ここにいるトミカと、マツリと。俺には他に何もないんだ」
「――ふむ。わかった」
僧侶は身を引いてハンサムを観察していたが、やがて頷くと、彼のために道を空けた、かに見えた。折れたように見せかけて彼女はハンサムの後頭部へ手刀を打ちこんだ。仏教徒特有の意識だけを刈り取るチョップである。ハンサムは声も立てず気絶した。
「ふうむ」
なぜか考え深げな声を漏らしてから、彼女は二人の少年の体を軽々と担ぎ上げた。避難していきながら、彼女はマツリのいるはずの校舎を見上げた。
警報が鳴り響いている。
いったい誰がなぜ爆破装置などを作動させたのか、それは市長の悪意と、ジャスジャスの弱さのせいである。
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爆破装置作動までの経緯はこうだ。
マイクルが車を取りに行ったあと、校門前ではちょっとしたもめ事が起こっていた。
校長のジャスジャスには、非常時に校舎を自爆解体させる権限があたえられている。サメの脅威が強大すぎる場合、対処法は自爆しか存在しないからだ。サメの街では当然の措置である。
市長はなぜか、ジャスジャスにその措置を執らせようとしきりに嗾すのである。その悪魔的言葉に逆らいきれず、すでにジャスジャスは専用回線を使った特殊携帯端末で、指紋と網膜による承認、承諾サインまで済ませてしまっている。あとは確定ボタンを押すだけである。
ジミー・パーンの真意は誰にも分からない。本気でそうさせたいのかすら不明である。
ジミーは低音の、心の隙間へ染みこむような不思議な声をしていた。ジャスジャスの目はは催眠にかけられたようにうつろな、抵抗の意思は失われつつあるように見えた。
新人が一人で必死に止めていた。
「市長、考え直してください、サメの処置は我々がします!」
「どうしたジャスジャス? 【情】をみせろと言っているんだ。画面をちょっとタップするだけの行為じゃあないか……それとも私に頼まれてやるのは嫌か?」
「市長、市長落ち着いてください。校長も! マイクル先輩! 誰か! 俺対処できないよ!」
「これ以上被害を広げるつもりか? ジャスジャス。サメは下水を通って街のいたるところに被害を及ぼすぞ。ここに群が集まっているうちに始末するのだ」
「ま、待ってくれよオヤジ。校舎内には俺の友達もまだいるかもしれない」
「マックスゥ~」ジミーは実に面倒くさそうに息子を振り返った。「マックス。お前に友達などいない」
「オヤジ……」
マックスはうつむいてそれ以上何も言えないようだった。ジミーは彼の事など忘れ去ったかのように、ジャスジャスの耳へ言葉を注ぐ行為を再開した。
「いいか、ジャスジャス。【兵】にとってもっとも重要な素質は何だと思う? それは【情】だよ。時間と金をかけた精鋭を一〇〇人そろえたところで【情】に溺れた壱万の即席兵には勝てんのだ。いいか? 【理解】や【決断】などいらないんだよ。ジャスジャス。必要なのは動物のような【情】のほとばしりだけなのだ。そこでキミのことだが……キミはまだ私のために何もしてくれていないな? 何もしない、というのはもっとも【情】のない行為だぞ。さあ、押せ。ジャスジャス。【情】のない人間を私は側に置こうとは思わない。分かるな? 押すんだジャスジャス。何も考えなくていい。私はキミの狂うところが見たいのだよ――」
破裂音とともに集合体シャークがあふれ出たのはそんな時である。新人たちのいる校門前からでも黒い塊が見え、悲鳴が届いた。
「そら、地獄のフタが開いたぞジャスジャス。お前がためらっているからだ。どうする、このまま亡者どもにここを蹂躙させるのか? ここはお前の土地だぞ、ジャスジャス。長としての責任を果たすのだ」
そこへリムジンに乗ってマイクルが到着した。
「マイクルさん! やばいっすよ!」
「どうした?」
マイクルが慌てて駆けつけてきた。しかしもう遅かった。ジャスジャスはドロドロの泣き笑いで報告した。
「お、押しちゃったァアアア~ やりましたよ市長ォオオ~」
「あぁああ~」新人が底の抜けたような悲鳴を上げる。
市長の目は冷たかった。
「やれやれ。ホントに押してしまうとはな。ジャスジャス。お前の主体性の無さには呆れたよ」
「え!?」
ジャスジャスとマックスがへたりこむ。ジミーはもう彼らに意識を払わなかった。死体に腰掛けて「酒とキャビアを持ってこい」と命令した。
マイクルはジャスジャスの落とした端末に飛びついた。画面には爆破まで三分という文字が赤く表示されていた。
「なんだどォオオッ! 校舎内にはまだ隊長がいるはずだろう。連絡はしたのか」
「それが、交戦中なのかでないっす。何ならもう一度――」新人が泣きながら言う。
「そんな時間はない、俺の言うリズムで俺の尻を叩け、そこら辺の棒きれをもって早く!」
「えぇ……」
「早くしろッ! 手遅れになっても知らんぞ!」
マイクルは四つん這いになると鍛え抜かれた尻をかかげた。足もピンと伸びて美しく、凜々しい表情はいかにも軍人といった感じの和太鼓だった。ブリジットは和太鼓の名手だったのだ。かつてオウルとはブリジット専用の和太鼓の座を巡って競い合ったものだった。そのブリジットが亡くなって以来、開かれることのなかった和太鼓が今、高らかに鳴り響いている。
「隊長ォ! 聞こえますかァアアアア! メッセージです! 新人! リズムが乱れているぞ!」
「辛いッス! 俺、夢に見そうッス!」
「早くッ! もっと強く! ぶっ壊れるほどシュート!」
「帰りたぁい!」
その時、遅れて学校じゅうにサイレンが鳴り響き爆破までの残り時間を読み上げた。オウルがいるところにも聞こえているだろう。新人はバチ代わりに使っていた警棒を投げ捨てた。
「うん……これで隊長にも伝わっているだろう。私はそれで十分だ」
マイクルも頷いて隊長がいるであろう校舎を見上げた。
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隊長は校舎の二階にいた。まさに下の階から響く悲鳴と、不可解な振動を感じとったところだった。
その時である。窓の外から、昔懐かしい和太鼓の音色が聞こえてきた。
「ヌッ! これはマイクルの和太鼓式イングリッシュ! なになに――『コ・ウ・シャ・バク・ハ・三・プン・マエ』なんだとォ~ッ」
その時、さらに追い打ちで警告のサイレンが鳴った。隊長もややトーンダウンしたが、それでもマイクルには感謝して、
「うん……俺は分かっているぞマイクル。うん。まあ四階に待機させていた生徒が気になっていたが、放送を聞いたなら避難するだろう。しかしなぜ爆破を。まだ破棄するほどの危険は――」
隊長は、そのまま下の階へ向かおうとした。集合体シャークに遭遇したのはその時である。まず地響きと供に悲鳴が近づいてくる。サメが減ったと思って、サメ場泥棒や、ビキニ泥棒、ビッチ、重役たちが校内に戻ってきていた。その彼らが、押しよせる集合体シャークに呑みこまれ、食われているのだ。
「助けて!」
「サメの滝登りだぁ!」
「マジキィー?」
「話が違うじゃないかッ!」
隊長は素早く周囲をうかがった。廊下の前方からも、後方からも黒波が押し寄せてくる。地響きはサメたちが地面を跳ねる音だった。
校舎の東階段へ向かうが、階段の下からもサメは押し寄せてくる。下の階は集合体シャークに蹂躙され尽くしたらしい。
校舎外へ逃げるには窓を突き破るしかない。二階からなら飛び降りても無事でいられるだろう。
だが、オウルは四階の視聴覚室に待機させてきた生徒たちのことを思った。あの中には怪我人や盲目の少女も含まれる。このサメの群が四階まで行くような事があれば、彼女らは助からない。
「上へ行くしかないッ」
隊長は階段を駆け上った。
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もしかしたら、というオウルの希望を裏切って集合体シャークは勢力を失うことなく四階まで到達した。
視聴覚室は四階の隅である。
「オウルさん!」
「オウルさん!」
「S.H.B.Bが来てくれたぞ!」
視聴覚室の前には、異常を察した生徒たちが固まっていた。
サメはすぐそこに迫っている。
「君たち、状況が変わった。とにかく上へ向かう、皆で手をつないでついてこい」
「でも、オウルさん、爆破って……上に行っても――」
「他に逃げ場はない、急げ!」
「オウルさん!」生徒の一人が声を上げた。
前方からサメの集合体が迫ってくる。
背後は、オウルの通ってきた東階段だ。そちらからも集合体シャークの一部が登ってくる。
屋上へ逃れるのには前進して中央階段を使うほかないが、そのためには集合体シャークを突破しなくてはならない。それは不可能だ。非常階段はさらに向こうにある。
完全に挟み撃ちされたかたちだった。視聴覚室に閉じこもっても、この数のサメ相手では難しいだろう。
飛び降りるにもここは四階だ。
「オウルさん!」
生徒たちが固まって震えている。サメは前後から方位を狭めてくる。オウルは決断した。彼が腕を振ると、すでに二丁の拳銃が手の中にあった。遅れてビキニが鳴る。
「しゃがんでいろ」
神業のような体捌きでの、全方位射撃が始まった。
弾丸の雨が集合体シャークの包囲を食い止めている。
ステップを踏む足下に、薬莢が飛び散った。
飛びかかってくるサメたちが正確に撃ち落とされる。死体はガラスを突き破って窓の外へ落ちていった。
耳を塞いだ生徒たちの上にサメの血とガラスの粉塵が降り注いだ。
銃声はバリヤーのようにサメをはじき続けたが、やがてそれにも終わりが来た。
弾が尽きたのだ。いかにオウルの技量が優れていようと、弾丸には限りがある。それに比べてサメの群れはまったく減ったようには見えなかった。むしろせき止められていた分、ひしめき合い、より巨大な集合体になって見えた。
進退窮まった状態でオウルは生徒たちへ言った。
「窓をから飛び降りるんだ」
「四階ですよ! 飛び降りるなんて無理です」生徒たちが信じられないという声を上げる。
「考えがある。私を信じて従ってくれ」
「でも――」
「爆破の時間も迫っている、やるんだ!」
「でも――ああっ!」オウルは生徒の一人を強引に投げ捨てた。
「落としたぞ!」
「S.H.B.Bの人が民間人を……エッ!」
悲鳴を上げる者たちの中、勇敢な生徒が一人、安否確認に乗り出した。彼は窓枠にしがみついたまま、間抜けな声を上げた。
落ちていったはずの生徒が、手の届く距離にいた。目が合った。
窓の外の生徒はまた落ちていったかと思うと、地面でボヨヨン、と弾んで、今度は二階ほどの高さまで戻ってきて、また下でボヨヨンとして、今度は地面に着地した。怪我ひとつない様子で四階へ手を振っている。
「何が起こったんです? ボヨヨンってこれぇ夢か?」
「落ち着け。彼の足下を見ろ。そして彼と同じ地点めがけて飛び降りるのだ」
オウルが言った。
見ると地面にはいつの間にか黒っぽい色をしたクッションが引かれている。しかし爆破も迫っているこのタイミングで、クッションを持ってきてくれるような者がいるはずもない。
爆破まで三〇秒しかないのだ。
いったいオウルはどうやってクッションを用意したのか。
秘密はサメにあった。どこからか用意されたあのクッション。それはサメの死骸で出来ているのだ。オウルが撃ち落としたサメたちだ。
ミートバグには『サメとハサミは使いよう』という言葉があるが、まさしくそれである。
サメは軟骨魚類という種類に分類される。簡単にいうと肋骨などがなく、筋肉だけで内臓を守っているのに近い体のつくりをしている。つまり筋肉でできた風船、あるいは緩衝剤のような形なのだ。とうことはもはやサメは緩衝材そのものである。実際これがクッションとなって生徒を守った。
オウルの射撃スキルは神業の域に達する。彼にかかれば、例えば弾丸で空き缶を弾いてゴミ箱へシュートする、といった事も朝飯前だった。
そう、彼は撃ち落としたサメたちを窓の下の地面へ、正確に、しかも最大のバネを発揮するよう適切に敷き詰めたのだ。そうなるよう角度を調節して撃っていた。
こんなことができるのも、それがガン=カタだからである。
その出来映えはまさにサメで造られたトランポリン。強靱な筋肉と、適度な空洞が落下の衝撃をたやすく跳ね返してしまったのだ。結果、生徒はボヨヨンした。
「すげえ! さすがS.H.B.Bだ! S.H.B.Bソーセージ買います」
「良しッ! みんな飛び降りろ、時間がないッ!」
サメたちが体制を整えて襲いかかってくる。
生徒たちは次々に飛び降りた。最後の一人になってオウルはそこに盲目の少女、マツリ・バッファリンがいないことに気づいた。最後の一人、尻をサメに噛まれたマダコシャークがオウルにしがみつく。
「オウルさん……マツリさんが……マツリさんが……屋上へ……」
「――なんだと……」
集合体シャークは彼らの眼前に迫っている。決断しなければ二人とも死ぬことになる。爆破まであとわずか。サメは息の掛かる距離まで迫っている。
「やむを得んッ!」
オウルはマダコシャークを抱えて飛び降りた。
落ちていきながらオウルは屋上へ目をこらしたが、破壊されたタンクの端しか見えなかった。




