3-13 ジュードー、ガン=カタ、NINJA! ③
市長ジミー・パーンは護衛に守られながら悠々と避難している。息子のジミーと、二人の新聞記者が一緒である。さらに銃を抜いた護衛が二人、ついている。メガネの男と、乳首に傷を負った若い男である。
「助けてください、怪我人なんです」
ボロ布をかぶった生徒が、彼らに追いすがって助けを求める。ぐったりと動かない怪我人を抱えている。
市長は見向きもしなかった。護衛の眼鏡をかけた男が言った。
「連れはおいていけ。もう死んでいる」
「余計なことをするな。私の護衛に必要な会話か?」
市長はそう言い捨てて進んだ。供の者たちは怪我人を振り返りながらも彼に従った。
『ボロ布をかぶった生徒』は、十数メートル遅れながらも追いすがった。堅くなに死体を担いだままで、這うようにして進んだ。前方のジミーを彼は恨めしげに見つめた。
ジミー・パーンは校門の前で足を止めた。後者の方を振り返り供の者たちへ言った。
「椅子を持ってこい」
校舎からは、人やサメが降り注いでいる。
逃げ場を失ったビキニや、混乱したビッチが飛び降りているのだ。
さらに水道管や、その類いのものがサメに破壊され、あちこちで破裂していた。
「おやじ? 避難するんじゃないのかよ」
「避難? しているだろう?」
「しているって……いったって」
大きな音が響いた。
校舎の屋上にあるタンクが破裂したようだ。水とサメが空へ打ち上がった。
「市長、やはり車を――」
マイクルが言いかけたとき、何かが市長へ向かって飛んできた。マイクルはそれを銃で弾いた。サメの死骸だった。
「ジミー…」
声のした方を見ると、ミバ校の校長、ジャスジャスと、彼に肩を支えられた『口ヒゲの男』が立っていた。重役の一人である。サメの死骸を投げたのは彼だった。深手を負っていて、命からがら逃げてきたのだと分かる。
「ジミ~……許さんぞ……どう責任を取るつもりだ……!」
ジミーは一瞬「誰だこいつは」という顔をしたが、すぐに心配そうな顔になって、両腕を広げた。
「なんということだ……これは……痛そうだな。辛いだろう?」
「当たり前だ……貴様は、安全だと言った責任は――」
「こっちへ来るんだ。私の正面に立って。良し。そのまま動かなくて良い、それで楽になるぞ」
「楽に? そもそも貴様のせいで――」
訳の分からないまま従った『口ヒゲ』の頭部に、屋上から降ってきたサメが噛みついた。頭を噛み砕かれた『口ヒゲ』は一瞬で絶命した。
「どうだ? これでくだらない人生からも楽になっただろう?」
「ヒャアアア」
ジャスジャス校長が失禁した。その様子を写真に収めつつ、新聞記者たちもわめいた。
「市長、さすがにこれは問題ですよ! しかもこの惨状! 我々はジャーナリストとしてあることないこと書かなくてはなりません!」
「どうしてもやめてほしいというのなら、それなりの――」
「流れ弾だ」
「はいィ?」
「『流れ弾』と書いておけ。お前たちの死因は。あの世で記事が書けるならだが」
ジミーはビキニから小型の拳銃を取り出すと、熟練のパティシエがホイップクリームをデコレートするような、正確かつ軽やかな動作で、記者たちの頭部へ弾丸を撃ちこんだ。
二人の記者は重役の死体の隣に折り重なって倒れた。市長はその上に腰を下ろした。
「これでいい。いい椅子ができた。安全だろ、なあマックス? 盾はいくらでもある、ジャスジャス、キミも座れ。隣が開いているぞ、小便なんか気にするな」
「ハィイイイ……」
「おやじ……」
声をかけられた二人は不承不承従っている。さすがにマイクルがとがめた。
「市長! いったいどういう目的で市民を撃ったのか説明していただきたいッ」
「ん~? キミ名前は」
「マイクル・ドゥアブルです。説明を!」
「マイクル……すまんねえ」
「……何……?」
「学会員ほどではないにしろ、私はサメが好きでね。ついハシャイでしまった」
「そんな理由で……」
「だがな、マイクル。彼らは子供たちを見捨てて自分だけの都合ばかり話したり、逃亡しようとしていたのだ。これが戦場なら許されないことだ。そしてミートバーグは常にサメとの戦場だ。街の責任者である私が、そんな臆病者を許しておく訳にはいかんのだよ」
「……常軌を逸している」
「逸しているのは、この街そのものさ。《いっ》逸している私以外に誰が統治できる?」
ヴォエッ!
というのは新人がゲボを吐いた音である。その場の緊張感に耐えきれなかったのだ。
「さあ、分かったら一緒にサメ祭りを楽しもうじゃないか。ああ、だがリムジンはここへ回せ。フリーザーが必要だ。キャビアとウォッカを開けよう。酒が飲みたかったんだよな? マックス」
「俺が行きます、行かせてください」
「いや、私が行こう」
新人が手を上げたが、すでにマイクルが歩きだしていた。
△△△
マイクルが、その場を離れるのを『ボロ布をかぶった生徒』は見ていた。
彼はジミーたちから十メートルほどの距離を取って、生け垣の影に潜んでいた。彼は背負っていた遺体をそっと降ろした。
「異常者め」
そう吐き捨てる彼の頭上に、サメが降りそそいだ。
「チンポ!」
『ボロ布をかぶった生徒』の拳が唸った。彼はすべてのサメを正拳突きで打ち落としたのだ。ボロ布がはらりと舞い上がる。
トミカ・アルゴンである。彼は避難する生徒を装って、ここまで近づいてきたのだった。誰もが背中の死体に気を取られて『着ぶくれ』のトミカへは意識を払わなかった。
彼は生け垣の隙間から、ターゲットの様子をうかがった。
メガネの男が去って、今や護衛は、マヌケそうな若者だけだ。
トミカはこれからの行動を脳内でシュミレートした。
まず怪我人のフリをして接近する。最初に片付けるべきは護衛の男だ。よろけたように見せかけてフトコロへ入り、金的。これで数秒は無力化できる。必要ならマックスも片付ける。ビビって「何だオイ」とか「なんだオラ」とか言っているところへ、返す左での金的。これも一撃でカタがつく。校長は無視して構わないだろう。うるさいようなら金的。邪魔がなくなったところでジミーを殺す。銃を持っていようが接近できればカラテのほうが強い。
「待ってろジミー。テメエに食らわせてやるためのカラテだぜ……」
物陰に潜んだまま、トミカはゆっくり息を吐く。
母の生涯が頭をよぎった。ジミー・パーンによって壊された人生。その廃墟から産まれたのが自分だ。ジミー・パーンが外から壊し、自分は内側から蝕んだ。生きているだけで母親を傷つけてきた。
今、待ち望んだジミー・パーンの姿が見える。
「――行く。行ってやる。後悔も恐怖もないぜ……俺の人生なんて存在しなかったんだからな。俺は一人のクズ野郎がぶちまけた毒だった」
なぜか一瞬、ハンサムとマツリの顔が浮かんだ。生存戦略同盟はここで終わりだ。もう手伝ってはやれないが、彼らにはうまくやってほしいと思う。
「ジミー・パーン! お前の垂れ流した毒が、お前を殺しに戻ってきたぜ」
彼が立ち上がったその時である。
「事情はしらないが想像はできるよ。我らのボスのクズっぷりはね」
背後に男が立っていた。車を取りに行ったはずのメガネの男だった。
「S.H.B.Bのマイクル・ドゥアブルだ。ルゥルゥって呼んでくれよな」
気づくと腕を掴まれていた。彼は一瞬たりとも、視線をきったりしていない。なのに、ふれられるまでまったく気づかなかった。
カラテで鍛えた直感。トミカは相手の技量を一瞬で感じた。ここで争うのは危険だ。無理とは分かっていたが、トミカは一応シラを切った。
「離して……もらえませんかね。なんスか」
「キミ、目立つよ。皆がサメから避難しているなかでキミだけが市長を観察していた。ずっとだ。サメが降り注いでいるというのに、気にかけもしない。遺体も知っていて担いでいたな」
どういう技術なのか、掴まれた腕がピクリとも動かせない。
「ジュードーの技さ。すまないね、護衛の仕事は果たさないと。あんな男でも今のこの街には必要でね」
「おっしゃる意味が分からないですね……スンマセンけど俺、避難するんで――」
顔を伏せたまま、トミカは覚悟を決めた。
背を向けるふりをして下から足を跳ね上げる。後ろ蹴りである。死角から襲うかかとの一撃は、マイクルの顎を撃ち抜くはずだった。トミカは勝利を確信した。
「チンポ! 四週間流動食コース!」
だが、手応えが返ってこない。それどころか景色が逆さまになって、気づくと頭から地面に落とされていた。とっさに地面と頭のあいだへ腕を差しこむのがやっとだった。それでも腕ごしの衝撃で脳しんとうを起こした。
「ほう……力づくだがいい反応だ」
マイクルは余裕の態度で近づいてくる。
よく見ると彼のビキニに黒いベルトが巻かれていた。鮫皮で作った黒帯。マイクルはジュードーのマスタークラスなのだ。しかもサメを相手に生き抜いてきた実践派のジュードー家である。
「立てないだろ? 腰から下がなくなっちまった感じってとこかな? そんな状態でなお、市長へ少しでも近づこうと這いずる。その見上げる目つき、相当な『恨み』があるようだ。奇妙ないいかただが『結びつき』にすら感じられるほどの強い恨み……気が重いね」
再びマイクルが腕を伸ばしてきた。ジュードー家の襟をつかむ動きは音速に達するといわれる。
トミカは片膝立てに連続突きで牽制した。
「チンポ! チンポ!」
「やめなさい、そういうのは」
軽く受け止められ、次の瞬間には足払いで転ばされていた。
足蹴りで抵抗を試みるが、スネでガードされた。しかもその足が蛇のように絡んで来るのだ。足で足を極められている。
さらに両手が捕まる。両腕両足を極められたまま、体が仰向けにひっくり返された。ちょうど、空へ向かって弓を引き絞るように、トミカの体は海老反りにされていた。
これがバーグ流ジュードー『吊り天井固め』である。
吊り天井の吊りは、フィッシングの釣りに若干かかっている。
「極まった。もう抵抗してくれるなよ! 完全に極まった吊り天井固めは中型ザメの背骨すらへし折るッ! 先週も一四本折った!」
振り払おうにも、文字通り手も足も出ない。
「抵抗すれば君自身の力で骨折することになるぞ。見たところ訳ありだろう? 『目的』があるのなら、ここは怪我をせずに負けておくべきではないのか? その『目的』が何かは訊かないでおくがね。今なら重い罪にはならない。正当な方法で出直してきたまえ」
それでもトミカは抵抗を続けた。首をねじって市長を視界におさめ続け、少しでもそちらの方へ這っていこうとする。背骨が軋むことも意にかけない。
「その執念……復讐か。復讐を果たしたとして、その後はどうする? 聞けッ! 私の友人はサメで妻を失った。ブリジット――妻は彼にとって太陽だった。彼がS.H.B.Bに志願したとき、初めは復讐が目的かと思った。しかしそうではなかった。彼は『サメと人間の境界を守るため』だと言った。復讐よりも、守ることを選んだのだ。それがどんなに困難なことか……」
「知るかよ……」
「私には微笑むブリジットの顔が見える。お前のブリジットは笑っているか。お前の失った誰かは今のお前を見てどう思う」
「喋るな……殺す。俺が殺す! 俺はそのためにこんな世界に吐き出されたんだからな」
「餓鬼が……」
拘束がとけた、と思うまもなく、マイクルの腕が首へ絡みついた。
バーグ流ジュードー『スリーパーホールド固め』である。
バーグ流ジュードーのスリパーホールド固めには、大型ザメすら堪えきれずタップする。それにどんな生物だろうと、どんな執念ある復讐者だろうと、脳への血流が止まれば気絶する。
「私はオウルの部下だ。オウルを守ることがブリジットの笑顔を守ることになるなら、今はクソ野郎の護衛も引き受けよう……」
マイクルの腕が一層強く頸動脈へ食いこむ。さらに両脚がアナコンダのように胴体を締め上げ、肺の空気を絞り出す。ついにトミカの抵抗がとまった。
「――終わったな。が、このサメのなか、こいつを連れて行く余裕はないな。罪状は『市長を見ていた』というだけだしな、今のところ。運がよかったな、キミ。そしてまだ聞こえているなら、もう諦めろ。私一人に太刀打ちできないようではこの先何度挑んだって結果は同じだ――」
遠のいていく意識の中でトミカは母親の顔を見た。どんな表情をしているか見極める前に、入れ替わりでハンサムやマツリの顔が浮かんだ――。
△△△
「あああ~」
「やってしまったなジャスジャス」
「そんなぁ~」
校門前では、新人、および校長の悲痛な声が響いていた。
マイクルがトミカを倒しリムジンを取りに向かっている間に、事態は最悪の方向へ進んでいた。
ミートバーグ高校の校長、ジャスジャスがその権限を使って自爆装置を起動したのだ。
校内にセットされた火薬によって、ミートバーグ高校はサメとともに吹っ飛ぶ。
校舎内にはマツリたちを含め、まだ数名の生徒対が取り残されたままである。
爆発までの時間は、残り三分。




