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ハンサム☆シャーク!  作者: 羊蔵
第三章 ミバ校炎上変
37/80

3-12 ジュードー、ガン=カタ、NINJA! ②


△△△


 男は繰り返した。


「ドアを閉めるんだ」

「いや、あの――」


 ハンサムは焦ってとにかく何か言おうとした。相手はあのS.H.B.Bの隊員に間違いない。自分を追っていて、銃で撃ってくるような連中だ。

 だが、今はミバ校の制服を着ているし、顔もマスクで隠れている。気づかれるはずがない。もし、正体を見抜いているなら、すでに攻撃してきているはずだ。

 クイントが唸った。一瞬、そちらに気がそれたかもしれない。気づくとハンサムの目の前に銃口があった。

 男が銃を構えている。動作がまったく見えなかった。


「待っ――」


 両手を挙げた瞬間、男は引き金を引いた。弾丸は、ハンサムの脇の下をすり抜けて、ドアの隙間にいたサメを撃ち抜いた。サメが侵入して来るところだったのだ。クイントが走って行ってサメの死骸を蹴り出した。彼が唸ったのは、サメの臭いを察知したかららしい。


「どうしたの⁉」銃声を聞いたマツリが不安そうにした。

「だからドアを閉めろと言ったろう。サメが入ってくる――何でもないよ、お嬢さん。サメを外へ出しただけさ」


 男はそう言って銃をビキニの中へ仕舞った。それから手を挙げたまま固まっているハンサムへ声をかけた。


「まあ、座りなよ。お茶でも飲んで落ち着こうや」


 蝶ネクタイをした給仕ビキニが腰を抜かしているので、S.H.B.Bの男は手ずからお茶を注いでくれた。

 視聴覚室では『映画喫茶』の予行演習を行っていたらしい。

 オウル隊長がなぜ視聴覚室にいたのか。それを説明するには時間をやや遡る必要がある。



△△△



 重役たちがクリオネ狩りに散って行ったあと、隊長チームはジミー・パーンと息子のマックスの護衛を続けていた。彼らはクリオネ倶楽部では遊ばず、別室で地元新聞の取材を受けていた。マックスのほうは遊びに行きたそうだったが父親の手前黙っている。

 八つ当たりのつもりか、マックスは護衛たちに横柄な態度で接した。


「おい、喉が渇いた。ビール買ってこい」

「ぼっちゃん、面白い冗談です」

「冗談で言ってねえよ。俺が呑みたいっていってんだろッ」

「も~……痛いッ」


 新人が露骨にうんざりした顔をして、マイクルに蹴られた。


「行ってこい」


 心底興味がない、といった声で市長が言った。

 マイクルがため息をつく。そのときオウルは結婚指輪を眺めているところだった。仕事中なので指輪はチェーンに通して首にかけていた。ブリジットのことを考えている、とマイクルは察したに違いなかった。今日はブリジットの命日だから。


「隊長、済みませんが買い出しお願いできますか。まったく急ぎませんのでゆっくりしてらしてください。警備は私たちで充分ですから」


 マックスが何か文句を言ったが、マイクルは無視した。ここのところ仕事続きで、まったく休んでいない。疲れているところを見せてしまったかな、とオウルは肩をすくめ、マイクルの親切に甘えることにした。


 酔っ払った生徒が絡んできたので、買い物はそいつに行かせた。大怪我をしない程度に可愛がってやり、小遣いを渡すと、少年は快く仕事を引き受けてくれた。四階の『映画喫茶』で待ち合わせすることにした。休憩にはちょうど良いだろう。さすがにブリジットの墓参りに行けるほどの時間はない。


 途中、仏教徒の美女とすれ違い、どこかで見たような顔だ、と首をひねったり、SHARK神音頭で異様に盛り上がる教室の前を通り過ぎたりした。オウルやマイクルが学生だった頃に比べて、SHARK神音頭もカジュアルになった。マイクルなら「はしゃぎすぎだ」と言って怒ったろう。ブリジットはサメに食われて死んだのだ。


 どうせいかがわしい映画がクソ映画だろうと思っていたら『映画喫茶』ではスピルバーグの名作『JAWS』を上映していた。オウルはかすかに唇をゆがめた。古い友人にだけ分かる程度の、あるかなしかの苦笑だった。命日に見るにはぴったりの映画だ。主人公と違って自分は家族を守れなかったが。


 視聴覚室は防音だったから、席に着くと、外の喧噪は完全に遮断された。暗い模擬店のなかでコーヒーを啜り、人食い鮫の映画を見た。

 ブリジットの思い出に捕らわれそうになったころ、揺れを感じた。最初の爆発だ。すぐにマイクルから連絡が入って、サメの襲撃を知った。

 市長にはマイクルと新人が着いている。校内はライスとゴッサムが巡回中。とりあえず、視聴覚室の生徒たちを守る必要があると考え、オウルは立ち上がった。


「S.H.B.Bのオウル・ルーカスだ、全員指示に従え。シャーク・アタックだッ!」


 サメマスクの男子生徒と、盲目の少女。それと犬に、怪我したマダコシャーク、という妙な組み合わせが転がりこんできたのは、そのすぐ後のことである。


△△△


 茶の入った紙コップを手に、ハンサムは途方に暮れた。目の前に自分の天敵ともいえる人物が立っている。逃げるべきか、しかし敵の正体を探るチャンスでもある。いったいなぜ自分は追われているのだろう。


「なにか?」


 あまり見つめていたからだろう。相手は不審そうな顔をした。顔を隠しているとはいえ、疑われるのはまずい。


「あ、いえ。お茶、ありがとうございます。ウマイ。これは……いいコーヒーですね。うれしいなぁ~」

「それはパパイヤ茶だ」

「あッ! あれ~? ほんとだぁ~? パパイヤ茶って初めて飲んだからなぁ~」

「パパイヤ・リーフ・ティーはミートバーグの特産品だが? 今やコンビニでも売ってるしカフェに行けば無料で出てくるところもある」

「あ……あれぇ~? うちのおばあちゃんコーヒー派だったからなあぁ~パパイヤ茶なんて飲ませてもらえなかったから……」

「変わったおばあさんだね。パパイヤ茶は体に良いといって特にご高齢の方は常飲している。キミ、この街の人間じゃあないな」

「えっ? いやあ? 俺は生まれも育ちもミートバーグのミバっ子ですけどぉ。SHARK神音頭も踊れるし」


 ハッハッなどと言いつつ必死で踊りを披露するのだが、ハンサムを見る男の目は冷たい。サメマスクの頭から、着ぶくれの制服姿。借り物のサンダルばき、上から下までじっくり見つめている。明らかに疑っている。最初の質問はハンサムにとっては意味が分からなかった。


「お友達のお嬢さん、失礼だが盲目のようだ」

「え? ええまあ」

「じゃあキミの顔がどうだとしても、分からないわけだ」

「顔?」

「こっちの話。ところで……年長ぶるわけじゃあないが……そのマスク、とらないのかい? 年長者の前ではサメマスクは脱ぐべきだと、コーヒー派のおばあちゃんは教えてくれなかったのかな?」

「えッ?」


 とっさにハンサムはマスクを押さえた。。


「いや、これは……」

「どうした? 顔を見られて困ることでもあるのかい?」

「その……」

「もしマスクが外しにくいんなら、手伝ってあげようか」


 男がハンサムへ近づいてくる。一方の手をハンサムへ伸ばしながら、もう一方の手をビキニへ添えている。そこに大口径の拳銃を隠してあるに違いない。


「さあ――」

「待ってください。私が悪いんです」


 その時である。状況を察したマツリが声を上げた。


「マツリ?」とハンサムが言い、

「キミが?」と男も聞き返した。

「はい……あれは私が和太鼓倶楽部にいたころの事でした」

「その話長くなる?」


 話ながら、でまかせを考えているのだろう、彼女はゆっくりとした口調で話し始めた。


「当時の私は、和太鼓奏者としての自分を過信し、傲慢でした。私はよりいい音を出すため、え~…爆竹。そう爆竹を仕込んだバチで和太鼓の尻を叩いてはどうかと考えたのでした」

「なぜ?」と男は言い、周りの生徒たちも、やべえ女だという気配を発散させた。

「和太鼓は喜んで賛成してくれました」

「なぜ?」と男は言い、周りの生徒たちも、マジのやべえ女たちだという気配を隠さなかった。

「早速私は、このアイデアを試しました。確かに音色が変わったような気がしました。和太鼓も喜んでいます。鍛え抜かれたお尻は火薬をものともしません」

「わだいこって、すごい」男たちはちょっと身を引いた。

「演奏はうまくいっていたのですが、そこへSHARK神音頭に引き寄せられた暴れザメが……」


 それはよくある、と男や生徒たちは頷いた。


「きっとサメも火薬の臭いで興奮していたんでしょう、暴れザメは私たちに襲いかかりました。そこに現れたのが、そう彼です」


 男と生徒たちがハンサムの方へ身を乗り出した。


「そう、俺です」


 ハンサムも乗った。乗った後で、他の生たちと一緒になって首をかしげた。どうオチをつけるつもりなんだろう。


「彼は私たちを助けるため、ダイナマイトを巻いてサメの口の中に……」

「ダイナマイトを……それはよくある」

「私は和太鼓のお尻に隠れて無傷でしたが……」

「わだいこって、すごい」

「――結果、彼は生きてはいたものの、顔に大きな傷を負ってしまったのです。以来、私の作ったサメマスクをかぶって生活する日々……」

「サメで大怪我したヤツにサメのマスクをかぶせたのか……」

「彼は、私に責任を感じさせまいと気丈に振る舞うのですが、私知ってるんです。素顔を見られた日には隠れて泣いているのを……」

「そんな悲しいことが……」

「あと、さっきもサメを四体ほど爆発させました」

「その情報いる?」

「とにかく、彼がマスクを取れないのは私のせいなんです。悲しすぎる思い出がよみがえってしまうから。私が罪悪感に耐えられないのを知っているから」


 クイントがここぞとばかりに悲しい声をあげ、マツリの頬から流れてもいない涙をなめとった。ハンサムもこのチャンスを逃さない。


「いいんだマツリ、俺がみんなにぐちゃぐちゃの顔を見せれば済むことなんだから。それが、ミートバーグの礼儀なんだから……爆死したおばあちゃんも分かってくれるさ」

「おばあさんも死んでたね? 重要な情報がさらっと出てきたね?」

「そうだったのかよ……」


 マダコシャークは泣いている。生徒たちの中に同情的な雰囲気が広がり始めた。その中の一人が何気なく言った。


「あれ、でも、こいつどこのクラスの生徒だ? 誰か知ってる?」


 その時である。マダコシャークが悲鳴を上げた。角度的に誰からも見えなかったが、クイントがその尻に噛みついたのである。


「痛い痛い痛い! え? 痛ッたー!」

「どうした」

「マダコシャーク!」ハンサムが駆け寄った。「彼はサメに噛まれて瀕死なんだ!」

「あの、怪我人がいるんです」慌ててマツリが秘伝の薬を取り出した。

「クッセ!」と全員が避難した。


 S.H.B.Bの男は怪我人を見つめ、


「……サメが怪我人を運んできたりはしないか。いや、こっちの話。悪かったね。失礼な要求をした。仕事柄人を疑う癖がついていてね。私はS.H.B.Bのオウル・ルーカスだ」

「……オウルさん」


 ハンサムは天敵の名前を口の中で繰り返した。それからオウルと二人、いったん部屋の隅へいってゲボを吐いてから鼻に布を詰めてマダコシャーク治療を開始した。ハンサムの正体は、それでなんとかうやむやになった。


「サメに噛まれたのか……小型だな」

「傷口を洗う水はありませんか?」マツリも手伝いを申し出た。

「ここは水道が来てない。その代わり調理用に水が、タンクに山ほどある」

「私、薬を持っています。傷口を洗ってどうなっているか見てもらえますか? 大抵の傷ならこの薬を塗っておけば治るはずです」

「協力感謝するが……失礼ながらなんて薬だ? だいじょうぶか?」

「大丈夫。切創から車の修理にまで使える万能の秘伝薬です」

「……だいじょうぶなのか? その薬は」

「ああ……俺は死ぬんだ……尻まで痛くなってきた……ヴォエッ!」

「マダコシャーク!」

「気をしっかり持って! マダコシャークさん」


 マツリは膝枕でマダコシャークを介抱している。

 処置が終わると、オウルは仲間と連絡を取った。


「――マイクルか。そっちはどうだ……下水管。そうか。群の規模が読めないな。長引きそうだ。そっちは任せていいか? 俺はサメを駆逐しつつ生徒と重役どもの保護に向かう」


 みんなが不安そうに彼を見ている。オウルは生徒たちに説明して、


「仲間の報告によると、サメは下水をさかのぼって襲ってくるらしい。だが、ここは壁も厚いし、水場も遠い。つまりここならサメから安全だ。我々の仕事が終わるまで、ここでじっとしていれば良い」

「でも、怪我人は急いで病院に運ばないと」


 マダコシャークの手を取って励まし続けながらマツリが言った。


「君の友人か?」

「えっと……」

「『調子に乗るな』と言っておけ。君に甘えようとして弱ったフリしているだけだ。出血も止めたし大した傷じゃない」

「え?」

「マダコシャーク!」


 マダコシャークは舌を出して、どういう照れ隠しなのかピースサインを返してきた。つまり怪我は大丈夫そうだった。


「ともかく君らはここで待っていろ、すぐに救助が来る」

「あなたは」とハンサム。

「対処する。これ以上死傷者を出すわけにはいかないからな」


 オウルはビキニから銃を抜いた。その黒光りする銃を見ると、ハンサムの脳裏に先日の恐怖がよみがえった。同時に、今回のシャークアタックの損害を思った。


「対処。確かに必要なのでしょうね……ひどい光景だった。サメを殺すというあなたの仕事も、この街では必要なんでしょうね」


 オウルはすでに出て行きかけていたが、ハンサムの言葉を聞くと振り返った。


「殺すことではない」と彼は言った。「俺達の仕事はサメと人間の境界線を守ることだ」

「……境界線?」

「我々は共存している。ミートバーグはサメ観光でもってる。だから例えばサメの伝染病が流行れば我々はサメを治療する。シャチからも守る。海も汚さないよう努力する。ただし彼らが人間に危害を加えた場合、つまり境界線をこちらに越えてきた場合、向こうへ押し返してやるのだ。お互いの共存のためにな。手荒なやり方になるのがほとんどだが、それは殺すことが目的じゃない。言葉の通じない彼らに境界線を示すには、時に強引な方法をとる必要がある、という事の結果だ」

「それなら――」


 それならなぜ、自分は追われているんですか。そう訊ねたかったが、ハンサムにはうまい言葉が見つからなかった。サメと人間の境界。それを揺るがせるようなことを自分はしたのだろうか?  問いの代わりに彼はひとつの決断をした。


「あの、俺もいっしょに行っていいですか? 仲間が戻ってこない。どうにかして探したい」


 そして確かめてみたい、と思ったのだ。自分を殺すかもしれないこの人は、いったいどんなふうにその仕事を行うのだろうか。

 オウルはハンサムを見つめ返した。そしてビキニから護身用のナイフを抜いた。くるりと回して持ち手をハンサムのほうへ差しだす。


「銃は渡せない。同士討ちになるからな。これも自分から攻撃するのには使うなよ。無駄だからな。襲ってきたサメの鼻面だけを狙うのだ」


 頷き返して、ハンサムはナイフを受け取った。

 マツリに隠れているよう指示してから、二人はサメの飛び交う廊下へ躍り出た。


△△△


 ハンサムと隊長はサメを駆逐しつつ、校内を駆け抜けていった。

 小型のサメは、水道やトイレからはもちろん、崩落した天井、壁の亀裂、被害者の体内からさえも、とにかく水場ならどこからでも現れた。強烈な尾ひれの力で弾丸のように跳ね飛んで襲ってくる。


 隊長は銃を巧みに操った。

 精密射撃。跳弾。回転撃ち。貫通撃ち。パリング。打撃。ゼロ距離射撃。空中リロード。二丁拳銃をヌンチャクの様に操っての全方位射撃。

 サメの飛び交うなかをエレガントなステップで進み、彼は指揮者のように腕を振るう。すると空中のサメたちが次々に撃ち落とされて地面へ積み重なっていく。

 銃弾の奏でる野蛮な音楽と、凄惨な死体。そのまっただなかで、濡れた地面に残る彼の足跡だけが、美しい波紋を描くのだった。彼は戦いながら歌さえ口ずさんだ。名作映画『雨に唄えば』の有名なテーマ曲だった。

 薬莢の散らばる音を最後に、彼の歌がやんだ。そのフロアのサメを狩りつくしたのだ。

 ハンサムが喝采を上げた。


「すごい! 一発も当たらずに全部倒すなんて!」

「ガン=カタだからさ」

「ガン=カタ!」

「映画を見て覚えた」


 ガン=カタである。

 彼は映画『リベリオン』を見て、ガン=カタの型を習得した。つまりガン=型である。ガン=型なので攻撃に当たらないし、サメにも通用する。

 硝煙を払うと、隊長は焼けた銃身をビキニへしまった。

 それから救助した生徒たちを連れて、非常階段を目指した。前方にうずくまる人影を発見した。二人いる。足を怪我した男子生徒。それと初老の男だった。ハンサムは知らないが、彼は市長の招いた重役のうちの一人である。


「タスケテ……タスケテ」

「おい……おい貴様! 助けろ!」


 初老の男のすぐ側には、女性用のビキニが落ちていた。

 オウルが意味深な問いかけをする。


「クリオネですか」

「おお。そこの物陰で楽しんでいたところ爆発がしてな。飛び出してみたら、この騒ぎだ。女は何という名だったかな? ともかくビッチだ、ビッチは食われて死んだ。私も勇敢に戦ったが、このザマだ」

「俺ッ俺ッその人の流れ弾に当たって――」

「黙ってろ」


 初老の男は持っていた拳銃の引き金を二度三度引いた。弾はとうに切れていた。サメに襲われて撃ち尽くしたということだろう。男子生徒はその巻き添えになったらしい。足から血が流れるのを、持っていたコンビニ袋で止血しようとしている。有効な措置ではぜんぜんないが、混乱しているのだろう。


「おい、そんな話は良いからさっさと助けろ」

「お願いします、助けてください、足の感覚がない」


 二人がこんなに慌てているのは、爆発でできたくぼみに水が溜まって、そこにまだ数匹の子ザメが泳いでいるからだ。初老の男は銃を振り回して威嚇していた。

 男子生徒の方は動けない。太ももの血が流れて、水溜まりと合流しつつあった。サメは臭いを嗅ぎつけて今にも襲いかかってきそうだった。

 オウル隊長は少年の方へ近づいていこうとした。初老の男が叫んだ。


「おい! そんなガキを助けてどうするつもりだ。私を誰だと思っている! ちょっと? さっき会ったよね!?」

「……ええ。おぼえていますよ」

「だよなぁ! 忘れるわけないよなぁ! なんせ私は――」


 流れ出た血が、水溜まりと交わった。狂乱したサメが少年へ飛びかかる。

 オウルは一瞬で距離を詰めた。水しぶきを上げて踏みこみ、ビキニからの抜刀、ならぬ抜銃。居合い切りの要領で抜き払った銃身がサメを真っ二つに断ち切った。これもまたガン=カタである。

 サメの血と肉が初老の男へ降り注いだ。他のサメたちはより新鮮な、その血の方へ殺到した。狂乱索餌きょうらんさくじに陥ったサメは共食いすらためらわない。血を浴びた男はひとたまりもなかった。


「あれえ!?」


 という声を残して、骨だけに食い尽くされた。正確には、ビキニをはいた白骨になった。オウルは銃をしまいながら白骨へうやうやしく頭を下げた。


「おぼえていますとも。あなたは確かこうおっしゃった。『自己責任』と。まったくおっしゃるとおりですな。それはともかく……アンタなんて名前だったかな? まあどうでも良いし興味もないが」


 それから彼は、サメを片付け、男子生徒の足をカーテンの切れ端で縛ってやる。他の生徒たちが駆け寄って彼へ肩を貸した。


「命に関わるような傷じゃない。あとでマツリ・バッファリンという生徒に薬を塗ってもらうといい。きっと良くしてくれるだろう」


 そう言ってからオウルはコンビニ袋を拾った。怪我人は、彼が使いパシリに行かせた生徒だった。

 ビールを取り出すと、缶には銃弾で穴があいていた。オウルは流れ落ちる黄金色の液体をちょっと眺めてから、そこへ口をつけた。それから、プルタブを起こして一気に飲み干すと、満足のゲップを漏らした。


「うむ。勤務中に飲むビールはいい。では次に行こう」


 下の階へ移動して同じように救助活動をおこなった。その途中、ハンサムは窓から制服姿の背中を見た気がした。角度的に一瞬しか見えなかったが、確かにトミカ・アルゴンの後ろ姿だった。


 後で知ったことだが、この時トミカはマイクルと対峙していた。市長まで約十メートルの距離まで迫っていた。


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