3-11 ジュードー、ガン=カタ、NINJA! ①
「シャーク! シャアアアアクッ!」
SHARK神音頭で尻をボロボロにした人たちが、トミカたちにぶつかりながら逃げ惑う。
校舎のあちこちからも同じような悲鳴が響いてくる。
「お前らかたまるぜ。離れるなよ」
「どうなったんだ?」
「俺が知るかよ。サメが出たみたいだが『学校んなかで?』って感じだな。もう驚かねえが。おいマツリ、ぼおっとすんな」
「あ、うん……」
「どうした」
「分からないけど……」
「まあ、妙なことが立て続けに起こったからな。とにかく移動しようぜ、ここじゃ何が起こってるのかも分からねえ」
「わかった……」
教室を立ち去る前、マツリは一度だけ振り返った。もう誰もいなかった。
廊下に出ると生徒たちが悲鳴を上げて右往左往している。
股間、喉笛、そして股間。ピラニアよりはやや大きいくらいのサメが体に食らいついていた。
どこかから水が漏れているらしく足下が水浸しだった。ひどく生臭い。誰かが遮光カーテンを引き裂いたので、廊下の窓から光が入ってきていた。
「下水か何かか?」
トミカの察したとおり、サメたちは下水管や水道管から校内に侵入していた。遡上してきたサメが、下水からまぎれこんできたのだ。 実はこのところ校内では、水回りの不具合が続出していた。
それで下水業者が点検に来ていたわけだが、サメが原因であることをつきとめる前に、このような惨事が起こってしまったのである。
「おお……『SHARK神音頭乱れるときSHARK現る』……伝承にある通りだ……! SHARK神の怒りに触れたのだ!」
廊下にへたりこんで叫んでいる老人は、すでに70回も留年を繰り返しているミバ校の大先輩、通称『長老』である。
「おしまいじゃあ! SHARK神音頭を穢した罪でみんな死ぬッ! グワァアアア!」
手洗い場の蛇口が弾けて、水とともに飛び出してきたサメが『長老』の首筋に噛みついた。
「長老!」
「長老!」
慌てて近場の生徒が『長老』を運んでいった。
「なんだ? ありゃあ」
「トミカ!」
ハンサムが別の倒れている生徒を見つけた。見覚えのあるサメマスクで、腕の中にマダコを抱いている。
「マダコシャーク!」
マダコシャークである。マツリに草鞋を借りてきてくれたあの男子生徒だ。抱き起こすとまだ息があった。噛んだサメの姿は見えないが、腹から血が流れていた。
「よお……へへ……やっちまったよ」
「マダコシャーク!」
「マダコシャーク!」
「マダコシャークさん!」
「マダコをかばってこのザマさ……笑ってくれよ……」
「タコなんかつけてるからお前……マダコシャーク!」
「へへ……こんな、ことなら……ゾンビシャークのほうに……しとくんだった……ぜ……」
「マダコシャーク!」
「マダコシャークゥウウ!」
「とにかく避難させよう! 薬を持っているからなんとかなるかも」
「分かった。いっそ窓から……」
「ここは4階だぜ」
「ということは非常階段か、内階段か――」
その時、どこかから銃声が響いた。よく聞くといろんな方向から聞こえる。それに続いて生徒たちの悲鳴。
ミートバーグといえどもここは高校。銃を携帯している生徒はいないはずなのだが、隠し持っていたのか、サメにやられた教師から拝借したのか、誰かが発砲しているようだ。それもめちゃくちゃな撃ち方だということが分かる。
「だれかがパニック起こしてやがるな……おい、お前ら階段はやめとけ流れ弾にやられるぞ」
トミカは逃げていく生徒たちを呼び止めようとした。しかし相手は興奮して従おうとしない。
「じゃあここでサメにやられるのを待つっていうのかよ! 階段はすぐそこだぜ!」
「そうだぜ! こんなところにいられるか――アンッ!」
制止を振り払って階段を飛び降りようとしたとたん、その生徒は跳弾を脳天に受けて即死した。
「ヒッ……じゃ、じゃあこっちだああああ――アッ」
別の生徒が非常階段へ向かって走り出したが、そちらもやはり戦場。誰かの落とした手榴弾を踏んだ。悲しい顔をしてトミカ達を振り返ったがもう遅い。ちょっとした閃光とともに彼は爆死した。爆発で大きくえぐれた天井から大量の水がしたたり始めた。水道管か何かを傷つけたのだろうか。水と一緒に大量のサメが降ってきた。
「あっちはもうダメだ……どうする?」
そのときクイントが何かを主張するように鳴いた。
「犬コロ?」
「クイントだよ、サメのいないところを探して案内してくれるみたい」
「そいつがあ?」
「クイントは賢いから平気」
「トミカ、あちこちから水が流れこみ始めてる。サメも!」ハンサムが足下のサメを蹴飛ばした。
「しゃあねえ、チビザメも怖えが、混乱した人間も怖え。ヒトコワだ。ここはクイントに頼って避難しとくか。怪我人もいるしな……ところで最初の爆発はなんだったんだ? あれも手榴弾か?」
マダコシャークを背負うのを手伝いながらマツリが答える。
「備え付けの緊急自爆装置だと思う。でもあれは規模が小さいし下手にいじらなければ平気。校舎を全部吹っ飛ばすようなのもあるけど、それは校長先生の承認がなければ作動しないはずだから」
「備え付けの自爆装置ってなんだよ……まったくこの街はおかしいぜ」
クイントを先頭に、一同は4階の奥へと向かって進みだした。
「校舎のこっちはどうなってんだ?」
「こっちは特別な授業で使うような部屋があるところ。理科室だとか、4階だと視聴覚室だとか」マツリが答えた。
「視聴覚室か……ああ、ちょっと待て」
言いながらトミカは前方の窓へ近づいた。ガラスが割れているのだが、その上の方が、ぐらぐらしていて今にも落ちそうだった。破片が飛んで怪我をしてはつまらない。
トミカは窓に近づくと、そっとガラスへ手を伸ばした。その時だ。
4階の窓からは、正門のあたりが見渡せた。正門の手前、サメを抱えたよく分からない人の銅像の側に、男が立っている。ボディーガードらしきビキニを従え、校舎を見上げている。大勢の子供が死んでいるさなかだというのに、その立ち姿はピラミッドの建築現場を眺める王のように揺るぎなく、そして無関心な態度だった。隣にはマックス・パーンの姿もある。
遠目だろうと見間違いようがなかった。金色のビキニ。やや斜めになったその立ちかた。金髪。その顔。
ジミー・パーン。
危うく叫び出しそうになった。
「トミカくん?」
「どうした? トミカ」
「いや……」吐き出すようにしてようやく応えた。「なんでも……ねえ。ガラスが、邪魔だったんでな……さっさと行こうぜ」
仲間たちに気づかれないよう苦心した。危険を無視してでも走って行きたかったが、それをすれば、ハンサムたちは追ってくるかもしれない。彼らが騒げばジミーに気づかれる恐れがあった。それに怪我人も運ばなくてはならない。
だが、この機会を逃していいはずがない。
ジミーはサメから遠ざかろうとしていた。
この混乱のなかでなら、接近するチャンスもあるだろうが、避難が完了してからでは手が出せない。
クイントが吠えた。犬は視聴覚室の前で立ち止まった。
「トミカ、視聴覚室だってよ。ここなら安全なのか? サメや火薬の臭いが少ないってことなんだよな?」
「だと思う。視聴覚室なら壁もちょっとは厚いし、水場からも遠かったと思う」
マツリも請け負った。
「そうか」とトミカは言った。「ここなら安全なんだな……先に入れよ。俺は後ろを見張っててやる」
トミカは怪我人をハンサムに背負わせると、彼らを先に行かせた。
「ん? ああ分かった。でもトミカ、見張るって言ってもこの辺は静か――」
足でドアを開けたままにして、ハンサムが振り返った時には、すでにトミカの姿はなかった。
「トミカ? どこ行った?」
「待て――」
引き返そうとしたところを、部屋の中から呼び止められた。視聴覚室には先客がいたのだ。
「待て。外は危険だ」
「あ。ええ……でも仲間が――」
説明しようとしたところで、ハンサムは凍りついた。
先客は知っている人物だった。名前は知らないが撃たれたときの痛みと絶望は覚えている。完治したはずの傷口が疼いた。
「ドアを閉めるんだ」
男は繰り返した。そのビキニにはS.H.B.Bのマークが入っている。
S.H.B.Bのオウル隊長である。




