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ハンサム☆シャーク!  作者: 羊蔵
第三章 ミバ校炎上変
34/80

3-9 クリオネ倶楽部は捧げもの(上)


 ミートバーグには独自な和太鼓の文化がある。

 バチを持った奏者の前に、ペアとなるビキニが四つん這いになって自らの尻を太鼓としてさしだすのだ。

 日本から伝来した由緒ある流派だとSHARK神社の宮司は言う。

 太鼓役は尻を高らかにかかげ、凜々しい顔を観客の方へまっすぐに向ける。腕は前へ、若干踏ん張るようにするのがスタンダードである。これが基本フォームとなる。手足をピンと伸ばした姿は和太鼓として見てもとても美しい。

 礼儀として、奏者は手加減をしてはいけない。両手にすりこぎのようなバチを持って、全力で尻を打ち鳴らすのである。

 全力と尻のぶつかり合い。

 これにより奏者と和太鼓は深いつながりを得、その絆は夫婦以上ともいわれる。

 これが和太鼓。ミートバーグと日本が誇る伝統芸能である。


 SHARK神音頭では和太鼓が重視される。

 まずは、アップテンポな和太鼓の見せ場があって、そこから転調してスタンダートな盆踊りが始まる。




ババ・バ

ババ・ババ・バーグ! (シャーク・アイ)

シャシャ・シャ

シャシャ・シャシャ・シャーク! (スマイル・ユー)


シャーク・イン・スマイル!




ァ~! 市長ドン市長ドン!」


 『語尾の長い女』はバチを手に、牛柄ビキニで女装した重役の尻を打ち据える。『牛柄和太鼓』は牛の声を上げて喜んでいる。

 隣では、別のビキニ重役が『豹柄』を太鼓に見よう見まねの演奏を楽しんでいる。

 『豹柄』は「好きでやっているわけではないけれども、仕事なのでちゃんとリアクションはしますよ」といった態度で太鼓をやっている。

 これはクリオネ倶楽部のSMプレイなのである。

 しかし、さすがミートバーグ出身、『豹柄』も和太鼓としてなかなか美しいフォームをしている。

 ヴォーカルのサメマスクに合わせて、観客達も歌い、踊った。ミートバーグの住人でSHARK神音頭を踊れない者はいない。サメの街ミートバーグにとってSHARK神はもっとも重要な神であり、その神への捧げものであるSHARK神音頭への愛着は殉教者の域に達しているといってもいい。眠っていても、祭り囃子を聴けば踊りだすほどである。


「ヒャアアッ! スゲえ! まったく最高のビートだぜ!」

「こりゃあ、相当の和太鼓ニストだ!」

「だが外から来た転校生らしいぜ。ッ!」

「まさか本場のジャパンで和太鼓を学んだのでは?」

「理由なんてどうでもいいぜ! あるのは俺の体が踊り出しちまうって事実だけだッ!」

「御意ッ! 踊るぜー!」

「スマイル・ユー!」

「スマイル・ユー! サノバビッチ! アーハン?」


 観客のサメ亡者たちの言うとおり、『語尾の長い女』の演奏は飛び抜けていた。

 全身でパワフルにバチを振るい、ときに尾てい骨をカカカッと打ち鳴らす姿も粋である。

 『語尾の長い女』は牛柄和太鼓を打ち鳴らしながら、正面のマツリを見た。

 犬を抱いたチンポマンと、サメマスクの落ち着きのない男がマツリに付き添っている。マツリがチンポマンのベルトをつかんでいる限り、拉致は不可能だ。

 だが演奏が始まったとき、マツリは手を上げてバチを操るような仕草をみせた。もっと盛り上げてやれば、ベルトから手を離すに違いない。その時がさらうチャンスだ。

 『大胸筋』や『靴下』、『シコッティ』へはチャンスを見てマツリを攫うようメールで指示してある。

 『語尾の長い女』は瞳をギラつかせた。もうすぐマツリ・バッファリンが手に入る。



やめろと云うほど 沖に出て (ッ!)

飲酒、淫乱、ユチューバー (市長ドン市長ドン!)

ビキニ姿はダテじゃない

今日も魅せます 躍り喰い



ッ! ッ! ッ! ァ~! 遺影イエイ遺影イエイ!」


 『語尾の長い女』が感情を乗せて、どこどこどこどこ、と尻を乱打すると、観客たちはいっそう盛り上がった。


 『語尾の長い女』は、本名をリリィ・ライデンといった。

 ミートバーグの古い家に生まれた。リリィは両親の愛情を受けプクプク太って成長した。一方で、虫の足をもいだり、庭に亀を埋めたりと、奇妙な遊びをする子供でもあった。

 そのせいか学校では虐められた。ついた渾名あだなが『豚尻リリィ』。彼女と親しくしてくれるのはマツリ・バッファリンだけだった。

 2人は『和太鼓倶楽部』でペアを組んでいたのだ。

 マツリが奏者。『豚尻リリィ』が和太鼓役だった。

 はじめリリィは乗り気ではなかった。

 だがマツリの演奏で世界が変わった。マツリは天才和太鼓ニストだったのだ。

 リリィは尻を叩かれることに慣れていた。スパンキング。定規。ケツバット。タイキック。クラスメイトたちはそうやって『豚尻リリィ』を虐めた。

 しかしマツリの演奏は別物だった。

 まるで天上の尻音楽。

 素晴らしい旋律がリリィの尻から生まれた。マツリの手にかかれば『豚尻リリィ』は天上の打楽器に変わるのだ。


 ウォオオン! リリィは感動のあまり声を上げた。

 ウォオオン! 見ていた大人達も歓声を上げた。


 すべてはマツリの天才的な演奏のためだった。

 大人達がむせび泣き、リリィを馬鹿にしていた子供達も、靴がすり切れるまで踊った。

 まるで天使の魔法だった。

 マツリがバチを振るうとき、尻には天国への扉が開かれる。

 この天使を誰にも渡したくない。出会ったその日にリリィは決心した。

 マツリの福音すりこぎを受けられるは『豚尻リリィ』だけ。

 そう言われたい一心で、リリィは初めて努力をした。


 筋肉トレーニング。食事管理。写経。尻を、焼けた砂と冷水に交互に浸したりもした。

 苦しかったが充実した日々だった。天国へ行くための功徳を積んでいる、という気がした。

 しかし終わりはやってきた。

 ジミー市長による、バッファリン家への弾圧が強くなったのだ。マツリはSHARK神音頭のレギュラーから外された。

 リリィは呆然とした。

 市長を恐れる大人たちの間から、マツリを外そうという声が上がっているのは知っていた。だから、リリィは彼らに頼みこんでマツリのことをお願いしていた。相手は条件を出してきた。

 驚いたことに、その大人の男は、普段馬鹿にしていた『豚尻リリィ』に性的な見返りを要求してきた。

 リリィは、マツリと自分のSHARK神音頭だけが至高だと思っていたので、条件をのんだ。屈辱はあったが、捧げものだと思って耐えた。男たちではなく、SHARK神のための受難だと思えばいい。

 だが男は約束を破って、マツリをSHARK神祭のメンバーから外した。

 リリィはどうしたか?

 彼女は皆の前で土下座をして頼みこんだ。マツリの演奏は神聖な魔法。あの天上の時間のためなら、土下座だろうと、売春だろうと取るに足らない。ただ汚れればいいだけだ。リリィはそう思っていた。

 だがマツリは違った。

 彼女はリリィを引き起こすと「そんなことしなくていいよ」と言った。

 そしてリリィの身体についた汚れを丹念に払うと、皆に頭を下げ『和太鼓倶楽部』からの退会を表明した。


 取り残されたリリィは思った。「そんなこと」なの?


 無論、マツリは皆に迷惑がかかるのを恐れて去ったのだが、リリィにはどうでもよかった。

 『豚尻リリィ』にとって、マツリの和太鼓であることは全てだった。しかしマツリにとっては全てではなかったのだ。



△△△


 トミカは思った。今、俺の目の前で、女が、フルスイングで尻を鳴らしている。


「しかも、なんかこっち見てねえか。ていうか泣いてねえか。どういう気持ちで尻叩いてんだ」


 問われたマツリは、盲目の目を開いたまま物思いに耽っているようだった。


「どうした?」

「ごめんなさい、演奏を聴いてたら、お別れした友達のこと思い出して……」

「この状況で思い出す友達ってナニ友達だよ」

「リリィちゃんは私の和太鼓だった……」

「……言ってる意味がまったく呑みこめねぇ……」

「私たちは太鼓のペアを組んでいて、私が奏者。リリィちゃんが和太鼓だった……」

「言葉の意味は分かっても常識が受け付けねぇ……」

「その人は今どうしてるんだ? もう太鼓はやらないのか?」ハンサムが聞いた。

「もうできないよ」マツリは悲しげに答えた。「リリィちゃんはもういないから。奏者は和太鼓を簡単に乗り換えたりしない」

「ほーん」と言ってトミカは鼻をほじった。


 太鼓の音が高まった。


△△△


 マツリの横でチンポマンが鼻をほじった。

 マツリはわずかに体を揺らしているだけである。

 まだまだってわけね。リリィは心の中でマツリに語りかけた。さすがマツリ。全力を出していないのを見抜かれている。

 マツリのいつも通りの穏やかな顔が、リリィからは舞台袖で若手の漫才を見守る師匠のように、威厳ある態度に映った。

 望むところだと言わんばかりに、リリィは全身の力をつかって牛柄和太鼓を叩き始めた。太鼓の上げる雄叫びも、SHARK神音頭の重要な旋律のひとつである。


「パワーを上げていくよー!」

「シャアアアアアアアア!」


 サメ亡者たちが声を上げる。演奏を聞きつけて数がさらに増えていた。

 皆、太鼓の音色にのって踊っている。

 あるいは歌う。

 あるいは酒をあおってはヘッドバンギングする。

 頭上で手を打ち鳴らす。

 自分のビキニを引っぱって股間に食い込ませるなどした。

 太鼓の音が校舎を震わせ、全員の歌声が空中を漂う。



ヤバいときほど、ケンカして

「こんなところにいられるか」

ビキニ姿はダテじゃない

お尻に迫るよ、サメ視点


ッ! ッ! ッ! ァ~! 市長ドン! 市長ドン!」



△△△


 盆踊りの演習が異様な盛り上がりを見せている。

 部外者のトミカは困惑していた。


「またこっち見てる! 尻を叩きながらじっと見てんだよ! お前知り合いか?」

「分からない。でもこの演奏――和太鼓とも他の奏者とも調和が取れていないみたい。心が乱れている。どうしたの? 何を焦っているの?」

「バトルマンガの師匠キャラみたいなこと言い出した……」


 『語尾の長い奏者』は両腕をかかげ、頭上でバチを打ち鳴らした。


「和太鼓にはこういう叩き方もあるッ!」


 宣言するやいなや、彼女は牛柄太鼓にビンタを一発張って、マツリたち観客のほうへ尻を向けさせた。

 そして自分は跳び箱みたいに跨がった。そして馬乗りになったまま、どこどこどこどこ。尻を乱打して叫んだ。


「どおだぁ!」


 観客のサメ亡者たちが湧き上がる。


「暴れ太鼓だァー!」

「あの暴れ太鼓がミバ校で大暴れしているゥウウウウ!」


 尻から神聖な汗が飛び散って、マツリたちにかかった。


「おいマツリ、またこっち見てんぞ『どうだ』っつって! なんとかしろよ怖えよ」

「このパワフルな音――天才がさらに血のにじむ努力をしてなお習得できるかどうかといわれる暴れ太鼓! でもこの暴れ太鼓……泣いています」

「お前もなんか怖ぇよ……!」


△△△


「クソッ」


 リリィは口に入った汗と一緒に罵倒の言葉を吐き捨てる。マツリの反応はまだまだ鈍い。自分の演奏に足りないものがあるとでもいうのか。いや――

 目の前で、真っ赤になった尻肉がだらしなく揺れている。音にも張りがない。

 クズのような尻だ。何の努力も積んでいない。

 隣の重役のバチさばきを見る。欲望のまま『豹柄』の尻を叩きまくっているだけだ。腕を振り回すだけで太鼓を鳴らした気になっている。

 カス以下の腕前だ。マツリならきっと――。


「――ダッ!」


 無意識にマツリと比べてしまう。リリィはバチで自分の顔を殴った。

 そしてバチを投げ捨てた。


「ビッチ!」


 リリィは拳で牛柄和太鼓にパンチした。肩まで響く重い衝撃。

 彼女は演奏を投げ出して、八つ当たりを始めたのか? そうではなかった。

 リリィは連続で打ちこんだ。左右の正拳。鉤打ち。諸手突き。裏拳。それが見事なSHARK神音頭になっているのだ。


「ビッチ! ビッチ! サノバビッチ! ッ! ッ!」


 サメ亡者が歓喜する。


「喧嘩太鼓だァー!」

「今現在、俺たちは喧嘩太鼓を目の当たりにしているゥウウウウ! アーハン?」


 サメと喧嘩は江戸の華と云われる。喧嘩太鼓はその名の通り、バチを使わず素手殺ステゴロで挑む演奏方法のことである。

 大きく人目を引くが、その代わりリスクのある諸刃のパフォーマンスだった。ためらいがあれば、へなへなの音しか出ない。全力で打ちこむ必要があるが、下手をすれば拳を痛めるうえ、体力の消耗も大きい。リリィは全身の体重を乗せてコークスクリューを打ちこんだ。


ッ! ッ! ッ! 市長ドン! 市長ドン! 死ね! どうだ! どうだ! どうだ!」


 パフォーマンスを続けながら、リリィはマツリを見た。歓声で声は聞こえないが、口の動きでなんと言っているか分かった。


「すごーい」


 犬が御座り(おっちん)してももう少し褒めてくれるだろう。まるでノっていない。

 マツリ・バッファリン! という怒りの叫びを飲みこんで、リリィは代わりに両手を交差させ、こう宣言した。


「シャーク、ターイム!」


 シャークタイムである。


△△△


 トミカは思った。シャークタイムってなんだよ。

 聞いてもいないのにマツリが早口で説明してくれる。


「シャークタイム! シャークタイムとは、いわばフリーダンスの時間。盆踊りの中心へ、我こそはという若者が飛びこんで、好きなサメ、およびサメ映画を宣言したあと、そのサメをテーマにした創作盆踊りを披露するそれがシャークタイム。この行為は若者たちにとって、自分をアピールするチャンスでもあって、そのため参加した者は、勇気ある一人前の大人として一目置かれるんだよ、それがシャークタイム。そして今現在、そのシャークタイムが始まったよ、始まろうとしているよ」

「おぅ……おお……」


 サメ亡者たちもマツリ異常に興奮している。


「シャークタイムだってよ!」

「御意ッ!」

「俺たちの出番だぜ!」


 本番でないとはいえ、シャークタイムに乗り遅れてはミバ校生の名折れ。今回も血気盛んな若者たちが飛び出して、順に踊り始めた。それがシャークタイム。

 観客達もサノバビッチコールで称える。それが、シャークタイム。


『シャークトパス!』(サノバビッチ!)

『ゾンビシャーク!』(サノバビッチ!)

『スカッカム!』(サノバビッチ!)

『JAWS!』(スマイル・ユー!)


「みんな楽しそう。やっぱりSHARK神音頭はいいね」

「俺には地獄の亡者がもがき苦しんでるみたいに見えるが……」

 マツリの顔は朱がさして、隠しきれない高揚がうかがえる。


『デビルシャーク!』(サノバビッチ!)

『アイスジョーズ!』(サノバビッチ!)

『フランケンジョーズ!』(サノバビッチ!)

『ジョーズ4!』(サノバビッチ!)

『シャークネード!』(チェーン・ソー!)



 フリーダンスが続く。観客亡者たちが動きをそろえて手拍子しだした。

 つられてマツリも手拍子を始めた。

 トミカのベルトから手を離したのだ。


△△△


 マツリがフリーになったのを見て、リリィは舌打ちした。自分の演奏を差し置いて、こんなヤツらのダンスに反応するなんて。しかしチャンスはチャンスである。

 リリィはバチを持ち直すと、牛柄和太鼓の尾てい骨をモールス信号のように鳴らした。

『マツリを捉えろ』

 仲間の男たちへの合図である。しかし『大胸筋』も『靴下』もやってこない。彼らはすでにこの世にいないのだ。だが、教室の外に『シコッティ』の横顔が見えた。


「ヘイ! ヘイシコ! シコ!」


 叫んだが『シコッティ』には聞こえていないようだった。彼は何かを抱きかかえたまま廊下を逃げて行った。その間にマツリは、もとの姿勢に戻ってしまっていた。


「役に立たない貧乏人ども!」


 リリィは激怒して、横殴りに牛柄和太鼓を打った。

 そのとき気づいたのだが、尻から返ってくる手応えが鈍い。疲労のためか、牛柄和太鼓のフォームが崩れてしまっていた。体幹も手足の関節も緩んで、尻肉の締まりも悪くなっている。

 見ると、隣の重役も息が上がっている。

 素人共が。リリィは、ビキニの胸元から試験管を取り出すと、隣の太鼓ペアに噛みつかせてやった。


「アアアイ!」

「みなぎるぅ!」


 ヘロヘロだった二人はクスリが効いてシャッキリ元気。尻の張りにも、バチさばきにも不自然なほど力が戻った。

 まだクスリをもらっていない牛柄和太鼓が、尻を振って、みっともなくおねだりしはじめる。彼はすでに調教済みなのだ。リリィはじらしてやった。


「もっと高く~」


 太鼓は音楽に合わせながら、言う通り尻をかかげた。ご褒美にドラッグをあげると、こちらも発情期の牛みたいに元気になった。

 ドラッグの力は素晴らしい。

 リリィは小さなサメにキスした。下唇に鮫が噛みついて快楽の毒が流れこんでくる。血管内に活力と穢れが満ちるのを感じる。

 このドラッグシャークでマツリを最低の人間まで堕落させてやろう。

 リリィはみなぎる力で演奏をテンポアップさせた。骨がきしんでその音は「マツリ」と聞こえた。


 数年前。マツリが『和太鼓倶楽部』を去ったあと、リリィは大人たちに復讐を開始した。手始めに自分をだましたあの男を、あらゆる方法で堕落させてやった。

 その過程でリリィは二つの真理を学んだ。


 ひとつは『堕落にもっとも必要なのは、絶望と快楽である』ということ。


 リリィは無邪気な子供のふりをして、男の妻や子供に近づいた。男は不安で不眠症になった。

 そして、リリィは一方で、男にできうる限りの快楽を流しこんでやった。

 不安な人間というものは快楽に依存する。

 半年も経たないうちに、男の道徳はグズグズに腐ってしまった。どんな下卑た行為も喜んでするような、動物めいた生き物になった。リリィは仕上げに、男の行為の全てを彼の家族へバラしてやった。家族を失うと、男は完全な傀儡になった。

 そしてもう一つの真理。

 それは、


『人を最低のところまで堕落させるには、最低の手段を執る必要がある』そして『最低の手段を実行するためには、自分自身が最低の人間でなければならない』


 ということ。

 自分を捨てるほど、下卑た手段が執れる。より深い汚辱へ相手を引きずりこむ事ができるようになるのだ。

 それも捧げものだ。捧げものは大きいほど、より大きな力が得られる。

 強い毒を注ぐには、自分自身が毒になる必要があるということだ。


 リリィは大人達を次々に堕落させ、彼らを使って売春組織を結成させた。

 彼女自身、そこで働き、より多くの男たちを堕落の泥に引きずりこみ破滅させた。彼らの養分を吸い取って、リリィはより強く、より強い毒を持つ何者かへと開花していった。

 やがて資金が貯まると、彼女はミートバーグを後にした。

 男たちは捨てた。どうなったのかリリィは知らない。おそらく全員破滅したのだろう。

 自身の家族には罰を与えた。『豚尻リリィ』を育てた罪。背格好の近い死体を使い『豚尻リリィ』の死も偽装した。

 新聞記事では『ライデン家は陸ザメに襲われ、家ごと自爆した』と報道された。ミートバーグではよくある事件で、誰も不審に思わなかった。

 これで、家族も『豚尻リリィ』も捧げた。


 それから彼女は外の街で、ある一家を乗っ取った。さらに整形で姿を変えて別人になった。

 太鼓の演奏は、はじめ手慰みに始めたものだった。今ではマツリの腕前を超えたと自負している。


 ミートバーグへ戻ってきたのは、この街の全てを捧げものにするべきだと気づいたからだった。名字は変えたが、リリィという名前はあえてそのままに転入した。しかし『語尾の長いリリィ』が『豚尻リリィ』だと気づく者はいなかった。マツリでさえも。


 リリィはシャークドラッグが気に入った。

 ドラッグは絶望と快楽の両方をもたらしてくれる。

 さっそくこのドラッグを蔓延させてやろうと考えた。その際には新しいクリオネ倶楽部が役に立った。重役たちを堕落させ、彼らの財力でドラッグを蔓延させた。

 彼女自身もこれを使用し、中毒になっていった。

 堕落していく街と自分自身にリリィは満足していた。

 マツリ・バッファリンが清らかなままでいることを除いては。



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