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ハンサム☆シャーク!  作者: 羊蔵
第三章 ミバ校炎上変
32/80

3-7 クリオネ倶楽部に気をつけて


 非常階段を登っていくマツリを見上げる生徒がいた。

 『大胸筋』『靴下』『シコッティ』それと『豹柄』である。


「あのフンドシ……マツリだよな」

「一緒にいるのは、こないだのチンポマンか?」

「あーマックスの元彼の?」

「マックスに言う? 見つけたら殺すって言ってたよな?」

「マックス、ボディーガードつけてるってよ。やめとこうぜ。別にチンポマンにビビってるわけじゃないけど」

「確かに。下手に連絡してキレられてもめんどくせーし。別にビビって言うわけじゃなく」


 『豹柄』の携帯端末が鳴った。


「あっ。メール」

「なんだ。どこの男だよォ」『大胸筋』が覗きこもうとする。

「あんたに関係ないでしょ。あっ転校生からだ」

「だから、どの転校生だよォ!」

「『語尾』の」

「――ああ。マツリのスカートまくったヤツ。仲いいんだ?」

「は? あんたたちの知り合いじゃないの?」

「いや? ちげぇし」

「そうなんだ……まあいいか」

「なんか妙になれなれしいし、謎な女だよな。まあドラッグ横流ししてくれるからいいけど」


 『大胸筋』は試験管から小さなサメを取り出して、自分の腕を噛ませた。シャークドラッグは、噛ませることによって成分を注入するのだ。あまり長い時間噛ませ続けると精神崩壊の危険がある。そこがまたカッコいいと『大胸筋』は思っていた。


「あぁ~効くぜ~」

「俺もやろっと」


 『靴下』も同じようにした。さらに『ハラショーハウス』で買い置きしておいた使用済みソックスをビニール袋へ投入、吸引し始める。なお、2人は後遺症を恐れて一瞬しか噛ませていないので、実際はさほど効いていない。ファッションジャンキーである。


「あぁ~効くぜ~。でもどこからこんなのいっぱい手に入れてくるんだろうな」

「クリオネ倶楽部からでしょ」

「なんで?」


 ファッションジャンキーの2人が同時に訊いた。


「あは、マツリにお客がついたってよ。ほらこれ」

「は?」


 『豹柄』は端末を差し出して、男たちにデジタル版『お品書き』を見せてやる。

 要するに『語尾の長い女』はクリオネ倶楽部の会員なのだ。だから金持ちの客を使ってドラッグを貢がせたり、無断で、マツリをキャスト登録したりできるのだった。

 バックには市長がついている。マツリに拒否は許されない。しかも相手は企業の重役である。企業の重役が、高確率で変態である、というのは定説である。しかも金持ちなので間違いなく性欲も強い。全員がお品書きを見て爆笑した。


「『クリオネちゃんをあなたに……』だってよー!」

「すっげえエグい事するじゃん。あいつ名前なんだっけ『語尾』」

「確かリリィ、とかなんとか」

「リリィやべえ!」

「じゃあ、あんたらマツリが逃げないように捕まえてよ」

「え?」

「なんで?」


 男たちが黙った。

 マツリの横には凶暴なチンポ男と猛犬がいる。


「だから、今回の趣向はお客さんたちが校内にいるキャストを探し出して、エンカウントしたところでマッチングするって話なのね? だから、マツリを連れてってあげれば見返りあるかもしれないでしょ」

「今回の趣向? エンカウント? マッチング?……なんでそんな詳しいんだよ……まさかお前も会員……」

「関係ないでしょ」

「おおい! マジかよォオオオオ!」

「うるさい。あんたらやるよね? 企業の重役と近づきになれるチャンスなんだよ。一生、田舎の小金持ちでくすぶってるつもり?」

「いやあ……でも……」

「なあ?」

「なに? ビビってんの?」

「ビビってねえけどォ⁉」

「ビビってねえけどォオオ~なあ?」

「なあ? あ! マックスの様子みてやらないと」

「そうッ! マックスが心配だよなあ? 行こうぜ!」

「こいつらダッサ!」


 そのとき、それまで黙っていた『シコッティ』が立ち上がった。


「もういいッスわ」

「え?」

「え?」

「は?」

「もう、いいッスわ。ダルい」

「え? え?」

「どうしたんだよ『シコッティ』? 『シコッティ』だよな?」

「あっ! こいつクスリキメてるよ!」


 『シコッティ』は尻に、ドラッグシャークを噛みつかせている。


「なんすか? ダメッスか? 俺がァ、クスリを、キメたら、ダメなんか?」

「いや、お前がっていうかそもそもクスリは……」

さらったらいいでしょ」

「え?」

「え?」

「マツリを、人混みでェ攫って、クスリキメたったら、エエやないですか。あかんのか?」

「あかんのかって……」


 男たちと『豹柄』は顔を見合わせたのち言った。


「エエやないですか」


 彼らは思った。主犯は『シコッティ』。『シコッティ』が悪い。それに実際ヤバくなったら誰かが止めるでしょう。

 彼らは素早く打ち合わせをした、といってもまとまっていては目立つから、分かれてマツリたちの後をつけ、人混みの中でチャンスがあったら尻にドラッグシャークを噛ませて攫う。その後で重役たちに引き渡す、という計画だった。


「じゃあ行くぜ――散ッ!」


 通りすがりの生徒からマスクを奪い取ると、4人は顔を隠して校舎へ突入した。


△△△


 電算部の部室は最近、屋上に建て増しされた区画にある。というよりただのプレハブ小屋だという噂だった。

 屋上へは、いったん4階に入って内階段を使う必要がある。屋上へ行ったことのないマツリはそれを失念していた。非常階段からは直接行けないのだ。


「ゴメンね、一度行ったことがあるところは忘れないんだけど」

「いちいち謝るな。ここを突っ切って行けばいいだけだろ?」


 中は薄暗い。


「ンッ何かいるのか?」


 4階へ足を踏み入れてすぐのことである。一番後ろを歩いていたハンサムが立ち止まった。

 非常階段からすぐところに、掃除用具を入れるようなちょっとしたスペースがある。その奥の暗がりの奥に男女の気配があった。ビッチ器官をもつハンサムでなければ見逃すところだったろう。

 サメマスクの男女が性的なインファイトにうちこんでいるのだ。その浅ましさが尋常ではない。乳首に小さなサメを噛ませている。ドラッグで我を失っているのだった。それほど新種のシャークドラッグは若者たちの間に蔓延していた。

 とはいえ、そこまで見通せるほどの猶予はなかった。ビッチ器官が活性化すると、ハンサムの肉体が変形を始める。制服のボタンがはじけて、サメの顎がとびだす。

 カメレオンの前のハエのように、男女は一瞬で捕食されてしまった。シャークドラッグはサメの毒なので、サメ人間であるハンサムに影響はないようだった。

 彼はきょとんとして物陰に目をこらした。


「何やってんだよ」


 トミカが呼んでいる。


「いや、さっきそこに……あれ? いない」

「何言ってんだ。おい制服はだけてんじゃねえか、だらしねえなあ。ちゃんとしろよ」

「はいはいはい」

「なんだぁその言い方ァ」

「誰かいたような気がしたんだけどなー」

「私も何か聞こえた気がするけど」とマツリも言った。

「声ぇ? そもそもこの階全体がうるさすぎて……ダンスホールかよ」


 4階もまた狂った風景だった。

 校庭が地獄のような情景なら、校舎の中は地獄の盆踊り会場のようだった。

 どこかでかかっている音楽にのってサメ顔の亡者たちが肩を揺らしている。


 遮光カーテンのせいで暗い。

 地面はドライアイスだか香炉の煙だかでもうもうとしていた。

 そこかしこで幻灯が廻って、青や、桃色の光を投げかけ、その色彩のなかを、サメ亡者の影がゆらゆら通り過ぎていく。


 あまりに混雑しているので、踏まれないようマツリはクイントを抱き上げてやらなくてはならなかった。


「マツリ、お前。はぐれないように首に巻いとけ。これ、拾った紐。俺がこっち持ってるから首輪の代わりにはなるだろ」

「トミカくんのデリカシーは死んでるの?」


 結局、トミカがクイントを抱き、彼のベルトをマツリがつかんで歩く、という形に落ち着いた。

 ハンサムはキョロキョロしながら歩くので、エスコートさせるには不安がある、という意見で一致したのだ。


「見ろッ、トミカ! あの人背中にタコくっつけて歩いてる!」

「だからキョロキョロすんなって――新しい種族でてきてんじゃねえか!」


 4階には新しいタイプのサメ亡者が生息していた。

 『火吹きシャーク』『ダルマシャーク』『怪奇、サメ喰い女』『サメ肌マン』『ピエロシャーク』『ダブルヘッドサメ人間』『マダコシャーク』

 このあたりは、お化け屋敷や、見世物小屋、大道芸の準備をするサメ亡者が集まっているのだった。

 どんな仮装をしてもサメマスクとビキニだけは厳守する決まりらしい。


オヴェ!


 という声に飛び退くと、泥酔した『ゾンビシャーク人間』が吐瀉しつつ通過していった。


「おい、もうなんなんだよこの街はよお!」


 言っているそばから、シーツをかぶった『お化けシャーク』ビニール製のシスターの人形を口にくわえた『デビルシャーク』さらに仏教徒の格好をした美女とすれ違った。


 仏教徒はサメマスクをしていず、スキンヘッドで、ちゃんとした僧衣を身につけていたから、仮装ではないのかもしれなかった。

 ただし、片手に酒瓶を握っている。年齢的に生徒ではないから、一般客か何かが紛れ込んでいるのだろう、とトミカは考えた。これが教師や保護者なら嫌だな、とも思った。

 ハンサムも気づいてそっちを見た。


「お坊さんだ」

「ホンモンならここのヤツら全員退治してくんねえかな」


 僧衣の美女は『マダコシャーク』からすれ違いざまにマダコを、果実か何かみたいにもぎ取ると、それへ持っていたウォッカをぶっかけたのち、軽く揉んで、生のままで食いちぎった。そしてウォッカをあおった。


「やべえヤツしかいねぇ……」


 マダコを失った『マダコシャーク』の人が泣きながら教室へ入っていく。


「タコか? タコを補充に行くのか? どんな顔して補充するのか俺、見てみたい」

「だからフラフラすんなって。お前のためにここまで来てんだぞ」


 教室の前で、入れ違いに女とすれ違った。サメマスクで顔を隠しているが『豹柄』である。トミカは気づかず、マツリはもとより見えていない。。

 『豹柄』は、トミカを睨んだだけで通り過ぎていった。


△△△


 4階を歩くマツリたちを、ずっとつけ狙っている影があった。『シコッティ』と段ボールに隠れた『靴下』である。

 連れのサメマスクがウロウロしたり、チンポ男がマツリを縛ろうとしてモメたりしていたので、追いつくのは簡単だった。


「いたぞ……でもチンポ男と離れてくれねえと、なんもできねえな」


 段ボールをかぶって匍匐前進しながら『靴下』は機会を待った。マツリがトミカのベルトに捕まっているので、手出しができない。

 ところが『シコッティ』は違った。

 ドラッグで目の据わった『シコッティ』は、迷った様子もなく、背後からマツリへゆらゆら近づいていく。小細工なしで行く気だ。手にはドラッグの入った試験管を握っている。

 小さな声で、


「俺? 俺が悪いんすか? 違うよね? 俺にこんなことをさせる君が悪い」


 などと繰り返しながら、勃起している。『シコッティ』、と段ボール箱に隠れたまま『靴下』は心で叫んだ。なんて邪悪なヤツなんだ『シコッティ』。


 クスリの効いた足取りで忍びよりながら、スカートの中へ試験管を差しこもうとしたときだった。

 マツリとすれ違いになった、仏教徒の美女が『シコッティ』とぶつかった。『シコッティ』はマツリの尻を凝視していたし、僧侶のほうも立ち止まってマツリたちの方を振り返ったところだった。

 元々フラフラだった『シコッティ』は僧侶の足にすがるようにして尻餅をついた。試験管が落ちて転がった。『シコッティ』はそのことにも気づかず、僧侶へ絡もうとした。


「すいませェん。え? ダメッスかね? 俺が抱きついたら。俺が――」

「お前、クスリやってるのか」


 僧侶の女は、片膝を突いて『シコッティ』の方へ手を伸ばした。助け起こすのかと思って『靴下』が見ていると、白い手はそのままビキニへ伸びて、股間をわしづかみにした。奥歯でプチトマトをかみつぶしたような音が確かにした。


「ン――ッ‼」と叫んで『シコッティ』が泡を吹いた。

「薬は仏陀の教えに反する。未成年は酒にしておけ」


 僧侶は追い打ちに、股間へウォッカをぶっかけた。


「ン――ッ‼」


 コッティーと『靴下』がシ心の中で叫んだとき、僧侶が『靴下』の方を見た。段ボールへ近づくと、彼女は足を高く上げ、そして踏みおろした。


「ヒイイッ」


 僧侶の足は段ボールすれすれのところを通って、シャークドラッグの試験管を踏み潰していた。『靴下』の漏らした小便が、段ボールの下からじわじわ広がりつつあったが、僧侶はそれには気づかない様子だった。

 彼女は、立ち去る前に一度マツリたちのいた方を振り返った。そこに彼女らの姿はすでになかった。


 『靴下』はマツリたちが教室へ入っていくのを目の端で見ていた。その教室には『豹柄』と『大胸筋』が隠れているはずだった。


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