3-6 クリオネ倶楽部は営業中
トミカ達がミバ校に到着したとき、市長たちはすでに校内にいた。
校長室で『座り心地のいい椅子』に腰掛けて、シャンパーニュを飲んでいた。
金色のビキニをはいたジミー・パーン。その横で不安そうにしている絆創膏だらけの男が、息子のマックス・パーンである。
さらに高級スーツを身にまとった複数の男が『座り心地のいい椅子』と『手触りのいいテーブル』を使ってくつろいでいる。ミートバーグに進出してきた企業の重役たちである。
ぜんいん市長と癒着している。彼らの力添えで、市長は地位を維持していた。
当然市長の彼らに対するもてなしは手厚い。
カーペットには、セクシーなビキニ美女たちが四つん這いになって控えている。彼女らの背にはテーブルの天板、または重役たち自身が乗っかっていた。つまり彼女らが『座り心地のいい椅子』『手触りのいいテーブル』なのだった。
金持ちが人間椅子に座り、人間テーブルを使うのは常識である。
「いやいやいや、ジミーくん」
「ええ……」
「まったくまったく、楽しみですなジミーくん」
「まあ……」
「あいかわらずジミーくんは、寡黙ですなあ、それにしても楽しみだ」
「楽しみ楽しみ。ねえ君そうだろ? 校長の……まあ誰でもいいが」
「ハッハイィイイ!」
ミートバーグの校長だけが、立ったままで脂汗を流していた。この中の誰の機嫌を損なっても彼の首は飛ぶのだ。
ホストであるべき市長は、愛想も見せず黙って酒を舐めている。
だが重役たちは気にしていない様子だった。これからの『お楽しみ』で頭がいっぱいなのだ。
先ほどから、室内に牛のような声が響いているが、誰も気にしていない。
「失礼します。予定の時間ですが」
ノックの後ドアが開いた。
警護の隊長チームが入ってくる。隊長、マイクル、新人の3人で、ぜんいんビキニに銃を忍ばせ、素肌にガムテープで無線機とコードを貼り付けていた。カレーさんチームは校内の見回りである。
「おい、増援は呼んだんだろうな?」
マックスが腰を上げて訊いた。
応えたのはマイクルである。
「坊ちゃん、直接着くのは我々だけです。別に殺害予告を受けているわけではありませんので」
「バカ! ヤベェやつがこの学校にいるんだよッ! チンポしか喋れねえチンポ原人に襲われたんだぞ!」
「ハハハ……坊ちゃん、ハハハ」
「おい、俺はマジで言ってるんだよ! 俺はレイプされかけたんだぞッ! ヤツは今も俺のチンポを狙ってるんだ!」
「ハハハ……だいぶん……あれだなあ……こまるなーコレ」
「雑魚が一人前に困ってんじゃねーよッ! 俺が困ってることが最優先事項だろうが」
「おやおやおや……」
役員たちが馬鹿にしたように苦笑いする。
ジミー・パーンはその気配を感じ取ったのか、息子へ言った。
「マックス、お前のためを思って護衛を割いてやっているんだ。私の護衛をだ。その私の前で不機嫌な顔をするんじゃない」
「――でも、でも俺のチンポがさあ……」
「マックス、最優先事項はお前のチンポか? 私の仕事が重要さにおいてお前のチンポに劣るというのか?」
「それは――」
「もっとも重要なのは誰のチンポだ? マックス?」
「……オヤジのだよ」
「そうだ。私が一番だ。異論は無いな? マックス?」
「悪かったよ、オヤジ……ほんとに」
「失礼」
威厳は崩さないまま、ジミーは役員たちへ詫びた。
それから指を鳴らした。卑猥なビキニを着た女子生徒たちが入室してくる。高級レストランのメニュー表みたいな何かをトレイに乗せて持っている。
役員たちの頬が緩む。
「これこれ」
「これを待ってたんですよ」
「待ってた、待ってた」
室内に響いていた牛のような声がやんだ。
少し間があって学長のデスクの下から男が一人顔を出した。男は最後にもう一声、牛の鳴き声をあげると、うっとりと身体を震わせ、それから四つん這いで出てきた。
その背にビキニの女生徒が跨がっている。
彼は金持ちだが、変態なので椅子の方をやっているのだ。お金持ちに変態が多いことは皆さんご存じの通りである。
「いやあ、最高だったよ、ありがとう」
牛の男は這っていって重役たちと合流した。腰掛けた女が牛男の尻を叩く。生々しい肉の音が響いた。男はまた牛の声を出して、
「ありがとうございます、そうでした。これは約束のお薬だ。ね?」
牛男は胸のポケットから封をした試験管を数本取り出して、渡す。試験管の中には液体が満ちていて、なんとその中には小さなサメが生け捕りにされているのだった。
様子をうかがっていたマイクルの顔色が変わった。
「隊長……」
「うむ」
「どうします?」
「うむ」
隊長はつかつか歩いて行くと女から試験管を奪い取った。
「シャークドラッグだな」
シャークドラッグである。
サメ映画をご覧になれば明らかだが、サメには常に新種が生まれている。時には体内で快楽物質生成するタイプの新種も発見される。そのひとつがこれである。その強烈な効き目と、新種ゆえまだ規制されていないこともあってティーンたちのあいだで爆発的に流行していた。ただし快楽と引き換えの、副作用と中毒性もすさまじく、廃人になる危険性すらあった。
「ん~? あなた何~?」
語尾の長い女の抗議を無視して、隊長は試験管ごとシャークドラッグを握りつぶした。
「ちょっとぉ~?」
「おやおやおや。いけないねえ」
女が間延びした声で言い、重役たちも顔をしかめた。
ジミー・パーンがグラスを置いた。
「オウルくん」
「はい」
「私はそんな指示はしていない」
「はい」
「どういうつもりだね」
全員の目が隊長へ向いた。マイクルが何か弁明しようとするが、先に隊長が口を開いた。
「シャークドラッグは今のところ合法ですが、毒性は明らかです。IQ8989のシャクティ博士ならすぐに成分を分析し終え、規制に動くでしょう。遠からず違法薬物に指定されたとき、これを所持していた事実は、必ずや皆さんへマイナスに働くでしょう」
「誰がその事実を公表するというのかね? キミか?」重役のひとりが言った。
「秘密はどこからでも漏れます。キリストですら密告された」
重役たちが顔を見合わせる。金持ちたちは裏切りに対して敏感だった。
「もういい」ジミー・パーンが言った。「だが今後、出過ぎたことはするな」
「分かりました、任務の事以外ならそちらの判断に従います」
「任務でもだ。私が指示した場合にだけ動け」
「……承知しました」
「さて――」
市長が手を叩くと、それまで戸惑ったまま突っ立っていた女たちが、出し損なっていたメニュー表を配った。
重役たちが下品な笑い声を上げ、張り詰めた空気が解消された。
「これこれ」
「ではどれどれ……」
「どれどれ、どれどれ?」
『クリオネ倶楽部―お品書きー』
重役たちは舌なめずりしながらメニュー表をめくった。
それはまさに商品を記載したお品書きだった。
なかは女子生徒の写真とプロフィールである。
「おっほこれはなかなか」
「この子もいいですな」
知り合いにだけわかる音量でマイクルが舌うちした。
「マイクル」
「すみません、つい」
「どういうことすか、これ」
新人が小声で訊ねてきた。役員たちは女子生徒の品定めに夢中だ。
クリオネ倶楽部とは、市長の運営する援助クラブである。キャストは全員ミートバーグハイスクールの女生徒たちだった。
もともとは子供たちの誰かが初めて、細々とやっていたのだが、それを市長が管理するようになった。
今回のように、金持ちの客を斡旋する代わりに、高額の賃金とコネクションを提供するのだった。
もちろん、クリオネ倶楽部の存在を知っているのは、生徒側でも大人たちの方でも一握りの人間だけである。サービス内容は『交渉次第』であり、禁止事項も存在しない。
「売春じゃないすか……」
「言葉を慎め」
たしなめながらも、隊長とマイクルの表情は暗い。
「君たち、これは学生に対する援助なのだよ」
「合意の上、合意の上」
「自己責任だよ、なにかあったとしてもね」
重役たちはニヤニヤ笑っている。
「この子なんかは良いですなあ」
「あなた好きですなぁ、素人娘が」
「好きですな、好きですな」
「ええ、ええ。私は無垢なクリオネちゃんが大好きでねえ」
「ではそろそろ、クリオネちゃんたちを捕まえに行きますか」
「行きましょう、行きましょう」
趣向として、校内に散らばったサービス嬢たちを探して、遭遇した時点でプレイを開始するというルールになっていた。
さっそく彼らはビキニ一丁になるとサメマスクをかぶった。緩みきった、醜悪な体だった。
「一緒に行動していただかないと護衛しきれません」
マイクルがとめても彼らはきかない。
「おいおい誰が我々を敵に回すというのかね? この街で」
「それとも、サメでも出るというのかね」
「いやいやマックスくんのいうチンポ原人かもしれませんぞ」
ゲラゲラ笑って重役たちは行ってしまった。
「チンポ野郎どもが」
小さく罵倒して、マイクルが隊長を振り返った。隊長は市長へ言った。
「彼らの警護を優先しますか?」
「私たちについていろ。豚共には好きにさせておけ。校内にも警護はいるんだろう?」
「2人ですよ」カレーさんチームのことである。
「警告はしてやったのだからな。それにどうせなにも起こらない」
そうして彼らも部屋を出た。
後には可哀想な校長と、飲み食いのあとが残った。
校長は役員たちを罵倒しながら掃除を始めた。
『お品書き』を拾った。ちょうど最後に彼らが眺めていたページが開いたままになっていた。
プロフィールに顔写真と共にこうあった。
『エンジェル№××_マツリ・バッファリン【素人枠】【ニンジャガール】【フンドシ】【NGナシ】』
着ぶくれのシャイガールにして、感度3000倍のニンジャガール。
出勤経験ナシ。ニンジャガールを開国させるのはお客様の黒船です。盲目のためエスコートは容易。
うぶなクリオネちゃんを求める紳士に……
△△△
また、マツリを追うのは重役たちだけではなかった。
マックスの取り巻き『大胸筋』たちである。
彼らの携帯端末に『クリオネ倶楽部』のデータベースが表示されている。
マツリの顔の表示されたページを呼びさして、彼らは爆笑した。
「『うぶなクリオネちゃんを求める紳士に……』だってよ!」
「さっさと攫ってお偉いサンたちへ連れてこうぜ。企業の重役とお近づきになるチャンスだ」
彼らの仲間がマツリをクリオネ倶楽部へ登録したのだ。
ビキニのゴム紐をパンと鳴らすと、彼らはマツリを追って、校舎の中へ散っていった。
捕獲用のシャークドラッグをビキニに忍ばせて。




