表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハンサム☆シャーク!  作者: 羊蔵
第二章 ニンジャガールとカラテドラゴン&カー
19/80

2-3 バーベキューを残していた頃は


 拾ったぬいぐるみを持ったまま、どうするべきか迷った。

 持ち主は暴れトラックの騒ぎで逃げていったのだろう。持ち主を訊いてまわっても、きっといいことはないだろう。


 以前、『旧市街』の男の子に頼まれて捜し物を手伝ってあげたことがあった。クイントの鼻を借りて探したが、どこまで臭いをたどっても、なくし物は見つからなかった。『新市街』のみんなで隠していたのだ。

 さがしものは猫だった。

 後になって、マックスが猫の首輪だけを返してやったらしい、と噂に聞いた。

 なぜかは分からないが、それ以降、猫の男の子はひどい嫌がらせを受けるようになり、一家共々ミートバーグの外へ引っ越してしまった。

 ぜんぶ、マックス・パーンがやらせたらしい。


 きっと、マックスは自分が嫌いなのだろう、とマツリは考えた。猫の男の子は自分の巻き添えになったのだ。

 マックス・パーン。

 ミートバーグの市長、ジミー・パーンの息子。

 父親同士が友達で、小さな頃は一緒にバーベキューをしたこともある相手だった。

 それが、ジミーが新市長に就任してから、すべて変わってしまった。

 まずジミー市長が、マツリの父を憎むようになった。父に訊いても理由は教えてくれない。道場へ圧力が掛かり、門下生がやめていった。警察での武術指導も断られた。

 マックスもマツリを蔑み、手下を連れて嫌がらせを仕掛けてくるようになった。

 バーベキューの肉が食べられず隠れて捨てていたマックスも、今ではミートバーグ高校の王様である。

 そしてマツリはネズミのように、彼らに見つからないようコソコソ過ごしている。


 考えた結果、ぬいぐるみは校門の守衛さんに預けることにした。


 今のミートバーグ高校のすべては『新市街』の生徒たちの主導で進む。

 授業の騒がしさと、休み時間の孤独を、マツリはずっとクイントの背にふれていることでやりすごした。


 ランチタイムもマツリは一人だった。

 食べているところに、唾かなにかを落とされた事がある。それ以降、食事は人気のないところで摂ることにしていた。


 校舎の外れへ向かう途中で呼び止められた。

 朝に突き飛ばされたばかりだったので、マツリは体を強ばらせた。

 意外にも気安い声が続いた。


「スカート巻きこんでるよー。直してあげるぅ」


 スカートがリュックにはさまれて巻き上がっている、とその女生徒は言うのだった。


「じっとしててぇ~はいOK~」


 リュックと背中のあいだに手が差しこまれるのを感じた。

 ぽんと肩を叩くと、その女生徒はマツリが何か言う前に走って行ってしまった。


「あっ――」


 とっさに反応できなかった。親切で呼び止めてくれたのだ、と遅れて気づいた。

 人とつながった、という喜びがしんわり満ちてきた。

 彼女の言うことが確かなら、さっきまでフンドシを出して歩いていた事になるが、その恥ずかしさも忘れた。


「ありがとう!」


 女生徒が去ったと思われる方角へ、マツリは呼びかけた。自分でも驚くほど大きな声がでた。


「はぁーい」


 お礼の言葉は届いたようだった。語尾の長い優しそうな声を返してくれた。

 名前を聞けば良かったと後悔したけれど、学校へ通っていれば、いつかどこかで、また声をかけてくれるかもしれない。

 あの優しい人が学校のどこかにいる。そう思うだけで希望が湧いてくるようだった。


 だが、浮かれた報いはすぐにやって来た。


 花壇に座ってサンドイッチを食べているところを、マックスと、その子分たちに見つかってしまったのだ。

 ちくわを食べていたクイントが立ち上がって、唸り声をあげた。

 バカにしたような囃し声が近づいて来る。『豹柄』の香水の匂いもした。


「おやおやおやぁ? ニンジャガールがこんなとこでサンドイッチですかぁ?」

「オニギリじゃねえの? 俺のもオニギリしてくれよぉ」


 何かをシャカシャカ擦るような音。下品な笑い声が響いた。

『豹柄』は朝とは違う男子生徒を連れていた。ボーイフレンドたちには『豹柄』の香水の匂いが染みついていた。


 リーダのマックスを筆頭に計5人の生徒がマツリを取り囲んだ。

 『豹柄』と、そのボーイフレンドたち。

 一人は通称『大胸筋』彼はマックスのボディーガード役でもある。

 もう一人が『靴下』靴下を盗んで捕まったことがある。

 最後に、ずっとハアハア言っているのが、通称『シコッティ』で、彼はマックスの仲間というよりはオモチャだった。『シコッティ』はマツリと同様『旧市街』の生まれなのだ。


 マツリの頭上で下品な笑い声が響いた。


「くっせえ! なんだこのサンドイッチ!」


 『大胸筋』がマツリの特製納豆サンドイッチを摘まみ上げる。


「なあ、靴下くれよ」


 うわずった声は『靴下』である。納豆の臭いに、ソックスフェチの魂が揺さぶられたのだろう。

 『靴下』は無視して『大胸筋』は『シコッティ』へ命令した。


「オイ。貧乏くさい『旧市街』のヤツらはクセエの好きだろ。ナットウ食え、ナットウ」

「えっ? あ、はい」

「馬鹿野郎、口からじゃねえよ。お前の『ムスコ』で食うんだろ、シコッティなんだからよ。息子をナットウに突っこむんだよ、ナットウに」

「ええッ……やりますけど」

「やんのかよ……」と『靴下』が言った。

「すみません、すみません」


 納豆サンドを手に取ると『シコッティ』は謝りながらビキニを脱ぎ捨てると、言う通りにし始めた。彼のあだ名の由来である。


「すいません、すいません。あっいいですね。これはいいですよ」

「いいのかよ……」


 と『靴下』が言い『大胸筋』も声を上げた。


「こいつ……! なんてハンドスピードしてやがる……」

「いいぞ~! トッピングしてやんなよ。やったねニンジャガール! 

メッチャ栄養豊富じゃ~ん」


 誰もマツリを庇ったりしない。

 いつもなら黙ってやり過ごすところだった。反論しても長引くだけなのだ。

 だが、親切な女生徒との出会いが、マツリに勇気を与えていた。彼女は初めてマックスへ意見した。


「どうして、こんなことをするの? 私、あなたに何かした? 私たち昔はこんなことなかったのに」


 マックスはそれまで片頬で笑っているだけだったが、マツリがそう言うと急に真顔になって言った。


「ケツ丸出しで何言ってんだ」

「――え」


 皆が一斉に笑いだす。

 手で探ると直接フンドシにふれた。あわててスカートをたぐるが動かない。

 スカートは巻き上がった状態でピン留めされていた。もちろんマツリはそんなことしないし、偶然ではあり得ない。


 新たな、けたたましい笑い声が響いた。

 もう一人女生徒がやって来たらしい。


「『まくれてるよぉ』って言ってあげたじゃぁ~ん?」


 間延びした口調に覚えがあった。ついさっき聞いたばかりの『誰か』の声だった。

 マツリの表情が面白かったのか『語尾の長い女』はまた笑うと、


「はぁーい」とからかうように言った。


 マツリはすべてを理解した。女生徒は親切ではなく、イタズラするために近づいてきたのだ。


「どうして……」

「ん~? 『どうして』って~?」


 分かっていた。きっと理由なんてない。マックスたちに笑いを提供し、手柄を立てた気になりたいだけだ。ネズミを見つけたから石を投げてみただけのこと。今回はそれが見事に当たった。


 喝采をうけて『語尾の長い女』は笑い続けている。

 さっきまでは友達になりたいと思った相手だった。

 マクスの取り巻きたちも『語尾の長い女』に後れを取らないよう、競い合って笑った。

 そしてさらに何か派手なことで注目を浴びようとする者がでてくる。


「おい、見ろよシコッティ……シコッティ! あいつお前に惚れちまったんじゃねえか? ポーっとしてやがるぜ!」


 『大胸筋』が言う。すると、マックスと二人の女を前にした『靴下』も負けてはいない。


「おう、俺は聞いたことあるぜ。ニンジャガールは感度が良いんだ。なんと通常の女の3000倍。お前のムスコを見て興奮しちまったんだきっと。信じろって。これは公式な記録だぜ。詳しいんだ俺は」


 何が話し合われているのか、マツリには理解できなかった。

 クイントが吠えた。

 シコッティの息づかいと、足音がにじり寄ってくる。


「ハンッ! ごめんなさいごめんなさい、命令だから。我慢して? 我慢して? 僕もツラいんだ。ハンッ!」


 シコッティが感極まったような声を上げる。

 マツリは訳の分からないまま逃げようとした。


「おい逃げんな」

「押さえろ、押さえろ」

「……どうして、こんなことするの」


 なぜかマックスが舌打ちした。部下が勝手に事を運んでいるのに苛ついたのかもしれない。

 そのときクイントがマツリを振り払って飛び出した。


「クイントだめ!」


 彼は『大胸筋』の手に歯を当てた。とはいえそこは訓練された盲導犬。噛み裂くようなことまではしない。牙を押しつけて脅しただけだった。現に赤くなっただけで彼の手から血は出ていない。

 しかし『大胸筋』は大げさにわめいた。


「いってえ! こいつ噛みやがった! 俺に噛みつきやがった! なんもしてねえのに!」

「クイント!」

「おい保健所に連絡だ! 殺処分、殺処分!」

「いってえ! 急に暴れだしたんだ、この犬が!」

「ごめんね、ごめんね、すぐ済むから、早いから」


 もはや強制されていないというのに、シコッティがにじりよって来る。


「お前ら――」


 取り巻きたちが黙った。

 それまでしゃべらなかったマックスが前に出たのだ。

 しかもマツリには見えないが、拳銃をとりだしてクイントへ向けている。


「――お前らブレイウチって知ってるか?」

「マ、マックス……さん」

「銃はヤバいって」


 男子生徒の誰かが囁いた。

 その言葉を聞いたとたん、マツリは飛びだした。


「やめて!」


 シコッティの股の下をくぐり、他の取り巻きをすり抜け、クイントまで走った。

 その素早さはまさにニンジャ。風圧が女たちのビキニを吹き飛ばし、男たちの陰嚢をブルブル震わせた。シコッティが股間を押さえてへたりこむ。


「ハンッ! ニンジャ!」


 マツリがハーネスを捕まえると、クイントは校門の方角めがけて走りだした。

 さすがのマックスも、マツリを撃っては来ず、銃声は聞こえなかった。

 代わりに取り巻きたちが叫んだ。


「ただで済むと思うなよ!」

「保健所に通報して殺処分にしてやるから!」

「先生ぇ~! 『シコッティ』がワンちゃんににレイプされました~!」

「靴下くれよォ!」


 走りながらマツリは泣いた。クイントは彼女の家族であり、よりどころだった。マックスが言いつければクイントは本当に殺処分されてしまうだろう。マックスの父はこの街の支配者なのだ。


「どこに行けばいい? どこなら生きていていいの?」


 同じ言葉を、彼女はこのあと他人の口からに聞くことになる。


 拾ったぬいぐるみを持ったまま、どうするべきか迷った。

 持ち主は暴れトラックの騒ぎで逃げていったのだろう。持ち主を訊いてまわっても、きっといいことはないだろう。


 以前、『旧市街』の男の子に頼まれて捜し物を手伝ってあげたことがあった。クイントの鼻を借りて探したが、どこまで臭いをたどっても、なくし物は見つからなかった。『新市街』のみんなで隠していたのだ。

 さがしものは猫だった。

 後になって、マックスが猫の首輪だけを返してやったらしい、と噂に聞いた。

 なぜかは分からないが、それ以降、猫の男の子はひどい嫌がらせを受けるようになり、一家共々ミートバーグの外へ引っ越してしまった。

 ぜんぶ、マックス・パーンがやらせたらしい。


 きっと、マックスは自分が嫌いなのだろう、とマツリは考えた。猫の男の子は自分の巻き添えになったのだ。

 マックス・パーン。

 ミートバーグの市長、ジミー・パーンの息子。

 父親同士が友達で、小さな頃は一緒にバーベキューをしたこともある相手だった。

 それが、ジミーが新市長に就任してから、すべて変わってしまった。

 まずジミー市長が、マツリの父を憎むようになった。父に訊いても理由は教えてくれない。道場へ圧力が掛かり、門下生がやめていった。警察での武術指導も断られた。

 マックスもマツリを蔑み、手下を連れて嫌がらせを仕掛けてくるようになった。

 バーベキューの肉が食べられず隠れて捨てていたマックスも、今ではミートバーグ高校の王様である。

 そしてマツリはネズミのように、彼らに見つからないようコソコソ過ごしている。


 考えた結果、ぬいぐるみは校門の守衛さんに預けることにした。


 今のミートバーグ高校のすべては『新市街』の生徒たちの主導で進む。

 授業の騒がしさと、休み時間の孤独を、マツリはずっとクイントの背にふれていることでやりすごした。


 ランチタイムもマツリは一人だった。

 食べているところに、唾かなにかを落とされた事がある。それ以降、食事は人気のないところで摂ることにしていた。


 校舎の外れへ向かう途中で呼び止められた。

 朝に突き飛ばされたばかりだったので、マツリは体を強ばらせた。

 意外にも気安い声が続いた。


「スカート巻きこんでるよー。直してあげるぅ」


 スカートがリュックにはさまれて巻き上がっている、とその女生徒は言うのだった。


「じっとしててぇ~はいOK~」


 リュックと背中のあいだに手が差しこまれるのを感じた。

 ぽんと肩を叩くと、その女生徒はマツリが何か言う前に走って行ってしまった。


「あっ――」


 とっさに反応できなかった。親切で呼び止めてくれたのだ、と遅れて気づいた。

 人とつながった、という喜びがしんわり満ちてきた。

 彼女の言うことが確かなら、さっきまでフンドシを出して歩いていた事になるが、その恥ずかしさも忘れた。


「ありがとう!」


 女生徒が去ったと思われる方角へ、マツリは呼びかけた。自分でも驚くほど大きな声がでた。


「はぁーい」


 お礼の言葉は届いたようだった。語尾の長い優しそうな声を返してくれた。

 名前を聞けば良かったと後悔したけれど、学校へ通っていれば、いつかどこかで、また声をかけてくれるかもしれない。

 あの優しい人が学校のどこかにいる。そう思うだけで希望が湧いてくるようだった。


 だが、浮かれた報いはすぐにやって来た。


 花壇に座ってサンドイッチを食べているところを、マックスと、その子分たちに見つかってしまったのだ。

 ちくわを食べていたクイントが立ち上がって、唸り声をあげた。

 バカにしたような囃し声が近づいて来る。『豹柄』の香水の匂いもした。


「おやおやおやぁ? ニンジャガールがこんなとこでサンドイッチですかぁ?」

「オニギリじゃねえの? 俺のもオニギリしてくれよぉ」


 何かをシャカシャカ擦るような音。下品な笑い声が響いた。

『豹柄』は朝とは違う男子生徒を連れていた。ボーイフレンドたちには『豹柄』の香水の匂いが染みついていた。


 リーダのマックスを筆頭に計5人の生徒がマツリを取り囲んだ。

 『豹柄』と、そのボーイフレンドたち。

 一人は通称『大胸筋』彼はマックスのボディーガード役でもある。

 もう一人が『靴下』靴下を盗んで捕まったことがある。

 最後に、ずっとハアハア言っているのが、通称『シコッティ』で、彼はマックスの仲間というよりはオモチャだった。『シコッティ』はマツリと同様『旧市街』の生まれなのだ。


 マツリの頭上で下品な笑い声が響いた。


「くっせえ! なんだこのサンドイッチ!」


 『大胸筋』がマツリの特製納豆サンドイッチを摘まみ上げる。


「なあ、靴下くれよ」


 うわずった声は『靴下』である。納豆の臭いに、ソックスフェチの魂が揺さぶられたのだろう。

 『靴下』は無視して『大胸筋』は『シコッティ』へ命令した。


「オイ。貧乏くさい『旧市街』のヤツらはクセエの好きだろ。ナットウ食え、ナットウ」

「えっ? あ、はい」

「馬鹿野郎、口からじゃねえよ。お前の『ムスコ』で食うんだろ、シコッティなんだからよ。息子をナットウに突っこむんだよ、ナットウに」

「ええッ……やりますけど」

「やんのかよ……」と『靴下』が言った。

「すみません、すみません」


 納豆サンドを手に取ると『シコッティ』は謝りながらビキニを脱ぎ捨てると、言う通りにし始めた。彼のあだ名の由来である。


「すいません、すいません。あっいいですね。これはいいですよ」

「いいのかよ……」


 と『靴下』が言い『大胸筋』も声を上げた。


「こいつ……! なんてハンドスピードしてやがる……」

「いいぞ~! トッピングしてやんなよ。やったねニンジャガール! 

メッチャ栄養豊富じゃ~ん」


 誰もマツリを庇ったりしない。

 いつもなら黙ってやり過ごすところだった。反論しても長引くだけなのだ。

 だが、親切な女生徒との出会いが、マツリに勇気を与えていた。彼女は初めてマックスへ意見した。


「どうして、こんなことをするの? 私、あなたに何かした? 私たち昔はこんなことなかったのに」


 マックスはそれまで片頬で笑っているだけだったが、マツリがそう言うと急に真顔になって言った。


「ケツ丸出しで何言ってんだ」

「――え」


 皆が一斉に笑いだす。

 手で探ると直接フンドシにふれた。あわててスカートをたぐるが動かない。

 スカートは巻き上がった状態でピン留めされていた。もちろんマツリはそんなことしないし、偶然ではあり得ない。


 新たな、けたたましい笑い声が響いた。

 もう一人女生徒がやって来たらしい。


「『まくれてるよぉ』って言ってあげたじゃぁ~ん?」


 間延びした口調に覚えがあった。ついさっき聞いたばかりの『誰か』の声だった。

 マツリの表情が面白かったのか『語尾の長い女』はまた笑うと、


「はぁーい」とからかうように言った。


 マツリはすべてを理解した。女生徒は親切ではなく、イタズラするために近づいてきたのだ。


「どうして……」

「ん~? 『どうして』って~?」


 分かっていた。きっと理由なんてない。マックスたちに笑いを提供し、手柄を立てた気になりたいだけだ。ネズミを見つけたから石を投げてみただけのこと。今回はそれが見事に当たった。


 喝采をうけて『語尾の長い女』は笑い続けている。

 さっきまでは友達になりたいと思った相手だった。

 マクスの取り巻きたちも『語尾の長い女』に後れを取らないよう、競い合って笑った。

 そしてさらに何か派手なことで注目を浴びようとする者がでてくる。


「おい、見ろよシコッティ……シコッティ! あいつお前に惚れちまったんじゃねえか? ポーっとしてやがるぜ!」


 『大胸筋』が言う。すると、マックスと二人の女を前にした『靴下』も負けてはいない。


「おう、俺は聞いたことあるぜ。ニンジャガールは感度が良いんだ。なんと通常の女の3000倍。お前のムスコを見て興奮しちまったんだきっと。信じろって。これは公式な記録だぜ。詳しいんだ俺は」


 何が話し合われているのか、マツリには理解できなかった。

 クイントが吠えた。

 シコッティの息づかいと、足音がにじり寄ってくる。


「ハンッ! ごめんなさいごめんなさい、命令だから。我慢して? 我慢して? 僕もツラいんだ。ハンッ!」


 シコッティが感極まったような声を上げる。

 マツリは訳の分からないまま逃げようとした。


「おい逃げんな」

「押さえろ、押さえろ」

「……どうして、こんなことするの」


 なぜかマックスが舌打ちした。部下が勝手に事を運んでいるのに苛ついたのかもしれない。

 そのときクイントがマツリを振り払って飛び出した。


「クイントだめ!」


 彼は『大胸筋』の手に歯を当てた。とはいえそこは訓練された盲導犬。噛み裂くようなことまではしない。牙を押しつけて脅しただけだった。現に赤くなっただけで彼の手から血は出ていない。

 しかし『大胸筋』は大げさにわめいた。


「いってえ! こいつ噛みやがった! 俺に噛みつきやがった! なんもしてねえのに!」

「クイント!」

「おい保健所に連絡だ! 殺処分、殺処分!」

「いってえ! 急に暴れだしたんだ、この犬が!」

「ごめんね、ごめんね、すぐ済むから、早いから」


 もはや強制されていないというのに、シコッティがにじりよって来る。


「お前ら――」


 取り巻きたちが黙った。

 それまでしゃべらなかったマックスが前に出たのだ。

 しかもマツリには見えないが、拳銃をとりだしてクイントへ向けている。


「――お前らブレイウチって知ってるか?」

「マ、マックス……さん」

「銃はヤバいって」


 男子生徒の誰かが囁いた。

 その言葉を聞いたとたん、マツリは飛びだした。


「やめて!」


 シコッティの股の下をくぐり、他の取り巻きをすり抜け、クイントまで走った。

 その素早さはまさにニンジャ。風圧が女たちのビキニを吹き飛ばし、男たちの陰嚢をブルブル震わせた。シコッティが股間を押さえてへたりこむ。


「ハンッ! ニンジャ!」


 マツリがハーネスを捕まえると、クイントは校門の方角めがけて走りだした。

 さすがのマックスも、マツリを撃っては来ず、銃声は聞こえなかった。

 代わりに取り巻きたちが叫んだ。


「ただで済むと思うなよ!」

「保健所に通報して殺処分にしてやるから!」

「先生ぇ~! 『シコッティ』がワンちゃんににレイプされました~!」

「靴下くれよォ!」


 走りながらマツリは泣いた。クイントは彼女の家族であり、よりどころだった。マックスが言いつければクイントは本当に殺処分されてしまうだろう。マックスの父はこの街の支配者なのだ。


「どこに行けばいい? どこなら生きていていいの?」


 同じ言葉を、彼女はこのあと他人の口からに聞くことになる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ