2-2 ~サメ☆パン~ カラテドラゴン、ヒラヒラビキニを知る
計画通りの一日になるはずだった。
スカスカの部屋で目覚め、前の学校の制服を着る。
冷えたぼそぼそのピザをコーヒーで流しこみ、壁に貼り付けた地図を確認する。地図にはいくつもの付箋や、写真が貼り付けてあった。
引っ越してくる前にできる限りの調査はしていた。
しかし肝心なところは実地で体験しなくてはならない。
車の鍵を手に取った。キーホルダーの代わりにミニカーがぶら下がっている。ミニカーは実際の愛車と同じフェアレディである。
今日は転校初日だ。トミカは壁の写真を睨んだ。
現ミートバーグ市長、ジミー・パーンの写真だった。
チャンスがあれば今日にでもケリをつける覚悟でいた。
まさか半日後、フェアレディにサメ人間を乗せることになろうとは思ってもみなかった。
トミカ・アルゴンは、学校に着く前に、道をそれて『旧市街』へ向かった。
つぶれかけたパン屋の裏手へ車をまわす。
音を聞きつけた店主の男が、ダルダルのビキニを引き上げながら出てきた。腹が出て、手足だけ細い不健康な太りかたをしている。
車を倉庫に隠させてもらう契約を取り付けていた。
周囲を気にするトミカに「この辺は大丈夫さ」とダルダルの店主は言った。「市長の目は届かない。あいつはもはや俺達に興味がないからな」
口止め料プラス駐車代金を払う。ダルダルのパン屋はお返しにパンを渡してきた。
「旨い食いものは心を豊かにする」
と店主は言うのだが、もらったパンは奇妙な緑色をしていて、濡れぞうきんみたいに重く、ヘドロのようにねっとりしていた。
無理して一口齧ったが、呑みこめない。
「マズいだろ。市長のせいで新鮮なサメ肉がまわってこない。マズいサメパンしか食ってないから俺達の心も荒んでる」
無理にパンを呑みこんでトミカは言った。
「市長の天下もじき終わるさ」
「なあ小僧、詮索する気はないが、無茶しようっていうんなら悪いことは言わねえ――」
トミカがまっすぐ見返すと、店主は諦めたように首を振った。
「覚悟の上ってわけか。鮫漁に行くときの親父がそんな目をしてたっけ」
ダルダルの店主に見送られながらパン屋を後にした。
ここからは歩いて登校するつもりだった。車は逃走用に隠しておく計画だった。
パン屋から最初の交差点で、ちょうど振り返って周囲を確認しようとした時だった。背後から声をかけられた。
「アンタ転校生?」
トミカは思わず舌打ちした。
極力目立ちたくはなかった。ミートバーグはジミー・パーンの支配する土地なのだ。計画は誰にも知られてはいけない。
努めて人当たりのいい顔を作ってトミカは振り返った。
「ええっと――いつから見てた?」
ヒラヒラしたビキニの女の子が立っている。
ミートバーグハイスクールのカバンを持っている。もっとも疑われたくない相手だった。
「潰れたパン屋から制服着た男が出てくるところから。目立つよその恰好」
「……その前は?」
「前って?」
車は見られなかったらしい。
女生徒は初めの質問をくり返した。
「あなた転校生?」
「んん? ああそう。今日から転入だ。ミートバーグハイスクール2年」
「みんな『ミバ高』って略して呼ぶよ。そうしないとダサいって見下されるから気をつけて」
「『ダサい』ね。ふうん」
「あとホントは車でパン屋さん入っていくところから見てた」
「クソッ」
「なんで隠すの? ウチの学校、自動車通勤OKだよ? 生徒用の駐車場もあるし」
思わずトミカはしゃがみこんでいた。通りすがっただけの女子生徒を力尽くで口止めするわけにもいかない。
「どうしたの? お腹痛い?」
「……いや。違法改造車なんでね。バレたくなかった。ボタンを押すとミサイルが出るんだ」
「つまんない」
「ああそうかい」
トミカの言葉遣いもだんだん地が出てきた。
「なあ、車のこと誰にも言わないでいてくれるか?」
「いいよ」
「ほんとか?」
「なんで? いちいちそんなこと言いつけるわけないじゃん」
「……それもそうか」
「じゃあ行こう」
「え?」
「学校行くんでしょ?」
「ああ。まあ」
ヒラヒラビキニ』は先にたって歩きだした。先手を取られたトミカはなんだか負けたような気持ちで後に続いた。
「よその人がこんな寂れた道よくしってたね。このへんジミー市長になる前は栄えてたらしいけど」
「ナビに載ってない道ってわけじゃないだろ。なあジミーの野郎――いや、市長を恨んでるヤツは結構いるのか?」
「転校してきたばかりなのに市長の名前知ってるの?」
「パンフレットを読んだのさ」
「あんまり市長の話、しない方が良いよ。人のいるところでは」
「……かもな」
旧市街を出ると一気に学生が増えた。
すれ違う男も女もPTAもみんなビキニ姿だった。調査通りではあるが、衝撃的な光景だった。
「……マジにビキニで生活してるんだな、みんなが」
「私も最初はびっくりしたけど、慣れだよ」
「も?」
「そう、私も転校生」
「そうは見えないな」
トミカは『ヒラヒラビキニ』を改めて観察した。ビキニ姿にビーチサンダル。日に焼けた肌はどう見てもミートバーグの若者だ。
「いろいろ調べて努力したからね。調べすぎたくらい」
「俺だって街のことは調べてきたぜ」
「『着ぶくれ』で歩いてるくせに?」
「そうさ」
トミカは意地になって自分の知識を披露し始めた。
「ミートバーグ。かつては漁業と塩田が盛んで、旧市章のデザインには塩を煮詰めるための『塩竃』があしらわれていた。『JAWS』以降はサメ観光にシフトしている。近年、そのサメ観光の経済効果も緩やかに下降しつつあったが、ジミー・パーンが市長になってから、さらに方向転換が図られる。つまり『シン・シャークシティ計画』だ。そうだろ?」
「え? あーうん、たぶん」
「ジミーの野郎は、ミートバーグの外の企業と手を結び、新しい観光都市を開発して、そこを自分の王国にしたわけだ。おかげでこの街には、ひでぇ階級制が生まれた。ヤツと外企業の関係者は『新市街』を名乗り『旧市街』を徹底的に弾圧した。ヤツは……ジミーはこの街を外の人間に売ったわけだ」
「……そんな情報、どうやって調べたの? パンフレットを読んだなんて言わないでよ」
「……しゃべりすぎたな」
トミカは『ヒラヒラビキニ』から目をそらした。それきり、もう何も話すつもりはないという態度をあからさまにして歩き続けた。
「――にん? ねえ。ねえって。いまニンジャみたいな声しなかった?」
校舎が見えてきた辺りで『ヒラヒラビキニ』が妙なことを言った。
「……何みたいな声だって?」
さすがにトミカも聞き返した。そのとき、角の向こうから急ブレーキの音が響いた。
「事故? 学校の前で? うっそ」
「おいおい、派手なことはゴメンだぜ」
『フリフリビキニ』が走り出したので、仕方なくトミカも跡を追った。
交通事故だろうと思っていたら、その事故車が猛スピードで逃げてくるところだった。事件を見ていたらしい通行人が叫んだ。
「暴れトラックよ! 再び暴れトラックよォオオオ!」
「いま現在、暴れトラックが逃げようとしているゥウウウッ!」
普通、事故の気配を感じたら車は止まるものだ。通りすがりの車だって少なくとも徐行する。
『フリフリビキニ』もそう信じていたのだろう。走って十字路を曲がった。まさかトラックがこちらへ逃げてくるとは思いも寄らない。しかもカーブだというのに相当なスピードだった。片方の車輪が浮いてしまっている。
当然ブレーキはきかない。
トミカは、轢かれかけた『フリフリビキニ』とは反対の方へ動いた。
「考えもなく行動するからそうなるんだぜ」
そう言って回れ右をした。
ただし、思いっきり。
「チェストッ!」
振り返りざまの手刀が道路標識を斬り飛ばした。
すさまじい威力。
彼は『計画』のためにカラテの訓練を積んでいたのだ。
切断された鉄の棒は、鋭い切断面を向けて暴れトラックへと飛んだ。
そして接地している方のタイヤに突き刺さった。
前輪のグリップを失った暴れトラックは軌道をそれて、彼らがいるのとは反対側の壁へ激突した。暴れ運転手が窓から飛び出し、用水路へ落ちかけたところで、下から淡水ザメが飛び上がって、彼を掠っていった。
が、トミカは見ていなかった。
「大丈夫か」
地面にへたりこんだ『フリフリビキニ』は、おでこをさすっている。暴れトラックがそこをかすって行ったのだろう。口もきけない様子だった。トミカは壊れたトラックを眺めて、
「ついやっちまった。転校初日から目立ちたくねえってのによ」
「ま」と『フリフリビキニ』はようやく言った。
「ま?」
「漫画みたいなセリフ……」
「……クソッ!」
「褒めてるんですけどぉ……」
「ウソつけよ」
「ウソじゃないけど。とにかく逃げよ。目立ちたくないんでしょ」
「ん? ああ……」
『フリフリビキニ』が走り出した。まだ膝が笑っているらしい、彼女がふらついたので、トミカは仕方なく手を取って支えてやりながら、登校しなくてはならなかった。
「やれやれだぜ」
校門のすぐ前に、なぜか少女と犬が佇んでいた。ビキニ生徒の中で唯一制服を着ていたから目立っていた。
歩き出そうとして、少女はいったんかがむと、何か落ちていた物を拾い上げた。
『フリフリビキニ』が声を上げた。
「あれ、私のかも。誰かに盗まれたヤツだ。『あの子』見つけてくれたんだ……」
それは、ドラゴンの形をしたぬいぐるみだという。




