2-1 ~里芋の炊いたん~ ニンジャガール、ドラゴンを拾う
マツリ・バッファリンにとって、その日もいつも通りの一日なるはずだった。
バッファリン家の朝は早い。
彼女は夜明け頃に目覚める。目覚ましアプリが振動する3秒前にクイントが舐めて起こしてくれる。
寝間着のフンドシスタイルのまま布団を畳む。
歯を磨き、顔を洗う。洗い残しがあるとクイントが教えてくれる。
フンドシから制服に着替える。
道場の掃除をする。
仏壇に朝膳を供える。
父のシャイニング・バッファリンと一緒に朝食を摂る。煮物は成功だった。出汁も効いていてお芋はホクホク、白ご飯との相性も抜群だ。
愛犬のクイントへブラッシング。投稿準備をして、クイントにハーネスをつけてやる。サメに似せたお気に入りの品だ。
組み手を挑んでくる父親をあしらって、家を出る。
クイントに先導してもらいながらバス停を目指す。彼女は盲目なのだ。
いつも通りの朝だった。午後にはハンサムなサメ人間を助けることになるとは思いもよらなかった。
ミートバーグ市立ハイスクール。通称『ミバ高』行きのバスは生徒たちであふれている。
「すみません、通ります。すみません」
謝りながら、手探りで席をみつけようとした。
誰も彼女に手を貸さず、挨拶もしない。いつも通りのことだった。
バスが目的地に着くまでのあいだ、マツリはずっとクイントの背を撫で続けていた。
クイントについて校門目指して歩いた。
生徒たちは、はしゃぎ合いながらマツリを追い越していく。
きっとみんなビキニ姿に違いない。マツリだけがフンドシスタイルの上に制服を着こんでいた。
追い抜きざま、誰かがマツリにぶつかっていった。というより突き飛ばした。甘ったるい香水と、男子生徒の使うローションの臭い。マツリは尻餅をついた。
「着ぶくれ」
何人かの笑い声が響いた。
声と臭いで誰か分かった。マツリを目の敵にしている生徒たちだ。
一人は女の子。豹柄を好むので、通称『豹柄』と呼ばれている。残りは男子ばかりだった。『豹柄』のボーイフレンドたちだ。
「あっごめーん。でもニンジャガールなんだから、避けてくれればよかったのにぃ。ニンニーン」
「ニンジャじゃないよ、うちが道場をやってるだけだよ」
「『ニンジャじゃないよ』だって! 受け答えつまんなーい!」
『豹柄』が何か言うたび、男たちは申し合わせたようにゲラゲラ笑う。
クイントが牙を見せて唸った。
「なによ!」
「お、おい行こうぜ。『着ぶくれ』に構うなよ」
「は? あんたたちビビってんの?」
「いやいや……そうじゃなくてダセえじゃん? 人に見られて『着ぶくれ』の仲間だと思われたら恥ずかしいからさぁ」
「だよな。俺もそれだわ」
「ていうか制服って。ミバ高の一員として恥ずかしくないの?」
「これは……素肌を何かで引っ掛けたりしたら危ないから……」
マツリは小声で抗弁するが、相手は初めから利く耳を持っていない。
「は? それはみんな一緒なんですけど?ビキニは危ないですけど?」
「出たよ言い訳」
「そういうとこだよな。旧市街のやつって」
「へへ。ひとに見せられねぇような尻してんじゃねえの?」
男の一人がスカートへ手を伸ばそうとした。クイントが吠えかる。
「クイント! クイント、ダメ」
「やべっ朝ミーティングの時間だわ。俺ッレギュラーだからッ。ビビってるわけあじゃねーけど。コーチにぶっ殺されるから行くわ」
「あっ俺もッ! 俺もレギュラーだったわ」
「えっお前も? じゃあ……俺も」
「ちょっと待ちなさいよッ」
『豹柄』たちの走り去る足音が聞こえた。捨てゼリフすら残さない。心底マツリに無関心なのだ。
「クイント、落ち着いて。ありがとうクイント……私は大丈夫だから」
マツリは淋しく笑った。
毛なみを撫でつけてやったのだが、クイントはまた吠え始めた。その鳴き方が威嚇とは変わっている。警告の時の吠え方だ。マツリの聴覚が暴走トラックのエンジン音を聞きつける。
通行人の誰かが叫んだ。
「暴れトラックよ!」
近年、世界的に暴れトラックの数が増加しており、たくさんの高校生が犠牲になっている。
暴れトラックの音と、『豹柄』たちの逃げていった方角が一致する。
走る『豹柄』たちの足音は10メートル以上先を行っている。声をかけるには遠すぎた。
このままでは『豹柄』たちが轢かれてしまう。
考える前にマツリの体が動いた。
「ニィイイインッ!」
その声は校舎の屋上まで響いた。
「ニィイイインッ!」
その声とともに宙を舞う制服姿を、登校中の生徒は見た。
ちょうど、『ミバ空』を発った飛行機の白い影が、青空をわって進んでいくところだった。
「ニィイイインッ!」
暴れトラックの運転手は、その声で居眠りから目覚めた。
すでに豹柄の女の子や男子生徒が眼前に迫っているところだった。
ブレーキを踏むが到底間に合わない。
そのとき、制服姿の女の子が回転しながら降ってきた。
ネズミを捕獲する鷹のように、制服少女はビキニたちをさらっていった。
フンドシもあらわに、勢い余って数メートルも横滑りしたところでマツリは止まった。抱きついていた『豹柄』たちが、尻餅ののち、失禁する。
暴れトラックの運転手も降りてきて失禁した。
クイントが走って追いかけてくる。今のマツリの位置からクイントのところまで20メートル近くもあった。
「二、ニンジャ!」
通行人たちも座りこんで失禁した。
助け起こそうとすると、みな走って逃げ散っていく。
気づくと『豹柄』たちと暴れトラックも逃げ去っていた。
取り残されたマツリはしょんぼりクイントをなでた。
「ニンジャじゃないのになぁ……もう一生友達はできないのかなぁ……」




