玖 チビメイド、注意を受ける。
夜遅くにルアの部屋へと尋ねてきたのは、寝間着代わりとして使っているだろう、薄手の服を身に付けた小湊だった。暗い状態の部屋を見た彼女が、「ごめん、寝てた?」と申し訳なさそうにルアを見遣る。当のルアは「ボーっとしてた」と無難な返答をし、彼女に用件を聞いた。すると、小湊は辺りを見回した後、「部屋に入ってもいい?」と訊いてくる。特に断る理由もなかったルアはそれを許諾し、部屋の中に用意されていた魔道具の灯りを起動させた。
一転して明るくなった部屋の中、ルアは小湊に椅子を勧める。そして彼女が畏まりながら椅子に座ったところで、自身もベッドの縁に腰かけた。
「もう一度聞くが、こんな時間に何の用だ?」
ルアが問うと、普段無表情な彼女の顔が僅かに硬くなる。
「今日のこと。皆に王女の話をして、頑張って助けようって話に纏まっていたと思うけど」
「あぁ、柄谷と梅野が上手く鼓舞してくれたよな。だが、それがどうしたんだ?」
ルアが首を傾げると、小湊の顔が顰められた。
「どうした、じゃない。あなたは無頓着にも程がある」
いきなり説教染みた雰囲気を醸し出され、ルアは困惑する。説教の内容にも思い至らないのだから、余計に責め立てられている意味が見出せなかった。
そのような最中、小湊の主張は続いていく。
「王女の件が発覚したのは、月城君の爪が黒かったから。逆を言えば、あなたは敵対する悪魔を想起させるような要素を持っているということ」
徐々に彼女の言いたいことが見えて来たルアも、眉間に皺を寄せていく。
「つまり、俺が悪魔だって疑われているわけか?」
「現状、少しの疑念は流れてる。勿論、クラスの皆は月城君がそんなのじゃないって分かってるけど、中には『もしかしたら』って不安がっている人がいるのも事実。それこそ、宮中の人たちはあなたを知らない分、疑っている人も多い」
そこで一旦言葉を切った小湊は、不安げに瞳を揺らめかせていた。
「王女の件を親切に話してくれたエルヴェさんは良い人だったけど、ここにいる皆が皆、そういうわけじゃない。特に、月城君は王女に悪魔呼ばわりされたことが、噂として広まってしまってる。当時の悪魔が言っていた期日が近づいていることも相俟って、周りがかなり警戒していることは確かだと思う」
「なら、俺は悪魔じゃないって証明してやればいいのか?」
その瞬間、小湊の視線がルアを射抜いた。
「どうやって? 私たちはそれを証明する術すら知らない」
「ステータスを見せるっていう方法があるだろ」
すると、小湊が目に見えて狼狽え始めた。先程までの威勢はどこへやら、一体何に動揺しているのかとルアは首を捻る。
「どうしたんだよ。何か言えよ」
彼女がちらちらとルアを見る。しかし、彼女の意図することを汲み取り切れないルアは、益々困惑する。
やがて、小湊の中で決心がついたのか、彼女はゆっくりと口を開いた。
「月城君のステータス、バグってるんでしょ」
ルアは目を瞬いた。その様子から、小湊はルアが話を理解できていないことを読み取る。
「私のステータスはこんなのなんだけど」
そういって彼女が見せてきた画面には、次のような表記が為されていた。
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小湊紗友里(15) Lv.3
種族 人間
HP 596
MP 102
スキル 『剛腕』Lv.3『俊足』Lv.5『縮地』Lv.1『投擲』Lv.3『鑑定』Lv.2『鑑定阻害』Lv.2
ギフト 『爆乳砲丸』『異世界言語翻訳』
称号 異世界人
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ルアは再度目を瞬いた。口を開くも言葉が出て来ず、素っ頓狂な顔をしながら小湊の方を見遣る。対する小湊は漸くルアの理解が得られたと、静かに画面を閉じた。
「本当は見せない方がいいのかも知れないけど、私は月城君が白だと見込んで開示させて貰った」
「ちょっと待て。お前らのステータスって、そんなに具体的だったのか?」
小湊が小さく頷く。
「だから、成美が月城君のステータスを見た時、なんだか画面の表記がおかしいって思ったらしい」
ルアはステータス画面を確認する時間に、木滝に少し覗かれていたことを思い出す。
「あの時か。木滝はそれ以外に、何か言ってたのか?」
「いや、特には。ちょっとおかしい部分があるだけで、ギフトと称号の欄はそんなに変わりが無かったから、神様のちょっとしたミスで表記がバグったのかな、って成美は言ってたけど」
「お前は、悪魔の件と結びつけたわけなんだな」
彼女は気落ちした声で「うん」と答える。
「でも、別に月城君が悪魔だなんて思ってるわけじゃない。ただ、証明する時には不利になるかなって、思ってしまって……」
自分にも見せて貰ってもいいかと尋ねてくる小湊に、ルアは開示を承諾した。「ステータス・オープン」と呟くと、変わらぬ画面が目の前に表示されてくる。
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月城ルア(15) Lv.---
種族 ----
HP ------
MP ------
スキル ------
ギフト 『チビメイド』『異世界言語翻訳』
称号 異世界人、同胞
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「数値が全くない。種族とスキルの欄も省略されてしまってるし、それに対比させてみると、この『チビメイド』の文字は思った以上に浮いてるね」
画面を覗きに来た小湊が、率直な感想を呟いた。
「浮いてる以前に、意味不明なんだが」
「でも、名前と年齢はそのままだし、称号の欄も……、ん、『同胞』って何?」
小湊が画面を指差してくる。ルアは差された指先に視線を向け、「そういや、初めから書かれてたな」と首を傾げた。
「タップしたら詳細が見れること、月城君は知ってる?」
「あぁ、それには今朝気付いた。調べたのは『チビメイド』に関してだけなんだが……、そうだな、謂われてみれば『同胞』っていうのも謎な表記だな」
「ちょっと開いて見て」
「そうだな」
小湊に促されるまま、ルアは画面上の『同胞』の部分をタップする。するとページが切り替わり、『同胞』についての説明文が現れた。
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『同胞』
称号の一種。詳細はスキル『神眼』を取得した際、開示可能。
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記されていた内容は、実にシンプルだった。ルアは目を眇め、下唇に触れる。
「愈々きな臭いな」
「でも、悪魔関係ではなさそうな気がする。今度は『神眼』を調べてみて」
ルアは同様に『神眼』の部分をタップした。
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『神眼』
スキル(技術)の一種。あらゆるもののステータスを見ることができ、至高の辞書としても扱われる。スキル『鑑定』の上位互換で、『鑑定』のレベルが10になった時、或る条件を満たしていると取得することができる。尚、或る条件についてはスキル『鑑定』を参照のこと。
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ルアは小湊のステータス画面にも表記があったな、などと考えつつ、さらに『鑑定』の部分をタップする。
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『鑑定』Lv.1
スキル(技術)の一種。特定のステータスを見ることのできるスキルで、辞書代わりにも使われる。スキルのレベルが上がるごとに、見られるステータスの範囲や辞書の内容も豊富になって行く。ただし、スキル『鑑定』は取得が困難なスキルであり、取得までにはある程度の知識やセンスが問われる。
また、『鑑定』のレベルが10に達した折、或る条件を満たしていると、スキル『鑑定』はスキル『神眼』に進化する。尚、この或る条件については、『鑑定』のレベルが7になった際に開示される。
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説明を読んでいると、随分と盥回しにされているように感じられた。ルアは息を吐き、天井を見上げる。
「あー、何でこうも不親切なんだろうな」
「うん……。数藤君が『RPG染みてきた』って言ってた意味が漸く理解できた」
真剣な面持ちで呟く小湊に、ルアは「どういうことだ?」と眉根を寄せる。
「主人公成長型のゲーム。つまり、最初はできないことが殆どだということ。それは別にゲームじゃなくても同じことだし、初めは何を言っているのか分からなかったけど」
でも、と続ける彼女は、深刻そうにルアのステータス画面を見詰めていた。
「救世主として呼んでおきながら、不可解な点を多く残してる。それはまぁ、実力は訓練で身に付けるべきではあるけど、だからといって情報を規制する意味が見出せない」
「確かにな。まるで意図的に隠しているようにすら感じられる」
「本当に。月城君の爪に関しては完全に事故だろうけど、それすらもイベントとして扱われているように思えて、不気味」
そして、二人して息を吐く。そこで漸く意識が現実に戻って来たルアは、何やら左腕が生温かいことに気が付く。心なしか、感触も柔らかい。思わず右手を差し向けると、「あ」という小湊の声が零れ出る。ルアは差し向けていた手を止め、彼女の方を見遣った。
その時、あまりの顔の近さに息を呑んだ。普段感情が表に出て来にくい、彼女の顔が赤く染まっている。ルアは金色の瞳を右往左往とさせ、「悪い」と言って彼女から少し離れた。小湊もまた、「ごめん」と言って後ろに下がる。
どうにも気まずくなったルアは、さらに自分がメイド服姿である事を思い出す。この姿ならば多少の接触くらいはセーフか、それとも中身が男な時点でアウトか、などと混戦とした思考回路を巡らせるうちに、ルア自身もショートする。
初めに立ち直ったのは小湊の方で、彼女は茹蛸のままベッドの縁から立ち上がった。
「と、兎に角、周囲には警戒しておいた方がいいってことだけを伝えたかった」
それじゃあ、と彼女は走り去っていく。何も言えないまま彼女の後姿を見送ったルアは、ふと、先程まで感じられていた感触を思い出す。
思わず口角を上げた彼に、左手首のブレスレットから電流が迸った。
ステータスの相場……(゜-゜)?