世界喰らうアビスの追憶
アビス、総ての生を吸収し、膨張する奈落、その最奥に坐する者は膨大なる知識と暴虐たる力を授けるとさえ言われるがそれを確かめる者は居ない、
己の享楽に全てを捧げる魔族ですら恐るアビスの空虚、それは煉獄とも言われるがそれを見たものは口伝する術が無い、
奥に坐する者に存在を知られたが最後、引きずり込まれ、飲み込まれ、血肉となる
アビスの最奥に待つ者、それは求めていた、己が力を、知識を授ける、世界の王となるべき、人間と言う存在をより高い存在へと導く存在の誕生を、記憶に刻まれた一つの意思、それを掬い取るように思い出す…原初の…アビスの追憶を
原初、人々が尊厳を持たず、魔族や天使に虐げられていた時代
「ヴェルシア、西の集落が突如として消滅したそうだ…どうする?重要な交易相手だったが」
「西…ああ、聖女と呼ばれる女が治めた集落か…確かに痛い、あそこからの魔石が無くなればここの魔装具の開発も滞るだろうね…高い技術で研磨された高純度の魔石、この2つの条件無くして質の良い魔装具は作れないからね」
ここアビスと呼ばれる集落は魔装具を輸出し、集落を成り立てている、魔装具とは魔道具とは違い魔素を扱えない人間でも容易く扱うことが出来る、扱える人間の力を大きく飛躍させることが出来る反面…叙々に使用者を蝕んで行く…
「難儀な物だね、我々が生き残るために同胞を潰すなど」
「多を生かす為には仕方のない事だ…一部から造物主と呼ばれるお前が編み出した技術、技能、魔術は間違いなくこの集落を導ける」
「集落だけ守れても意味がないさ…この世界を導けなければね」
「君らしいな」
「レギウス、君は少々誤解をしているね」
「?」
「私が私たり得る物は観測者ごとに違う…則ち定義が無いに等しい、アタシらしいと言う概念がまず存在しないさ、」
「そうか、なら私の主観だ、私の主観で見れば君らしいよ」
「そうかい、そりゃどうも」
「君が今研究している暴虐の魔術の進捗はどうだ?」
「悪くは無いね…でも何かが違う…意思を持たない蜥蜴で試したが確かに力は付いている、だがそこに核となる物がない」
「核…?」
「意思だよ…、ある程度の高位魔術までならば唱えられる、大きさも想像もつかないほど大きくなり、魔族の爪も魔物の牙も通さない、だがそこにあるのは抜け殻、動物の習性を持っただけのただの肉塊さ」
「何か問題でもあるのか?」
「意思がなければ一つ一つに指示が必要だ…有事の際には1匹1匹命令している暇はない、明らかな失敗だ」
「ふむ…難しい物だな…」
「やはり人で試すしか無いとでも言うのか…」
「ヴェルシア…それは人の道を踏み外す行いだ…あの人にも教わっただろう」
「ああ…パイモン…あの人の智識を借りることさえ出来れば完成にも近付くかもしれないね…」
「…ヴェルシア、君は少々疲れている様だ、今日はもう休め」
「どうしてだい…?私はまだー」
「私は君の言うことが恐ろしい、君は突然豹変する事がある、その時の発言は何処か禁忌に触れる内容ばかりだ…人の道は踏み外さないでくれ」
「……そうかい…じゃあ休もうか」
「ああ、また明日来るよ、酒でも持ってね」
パイモン…故郷を魔族によって焼け出された私達はあの女に助けられた…だが純粋で優しかった君は変わってしまった…私は其方の変わりようについて行けていないのかも知れないな
〜〜〜
「さて…約束通り酒でも持って様子見に行くとするか……ん?あれは…?」
「大丈夫だ…君は、君の死は無駄にはならない、君たちの挙げた功績は、意思は私が紡ごう、世界を導く、光に君はなるんだ」
負傷した兵か…あれではもう助からないな…
「造物主…様…私は…私は…、役に、た…て…ました…か?」
「ああ、充分役に立った、家族の事は私が責任を持って面倒を見よう、だから…安心して眠りなさい」
「暖か…い…死ぬ、のが…怖くな、い…………」
「死は終わりじゃ無い、始まりさ…魂は不滅の輝き続ける、そして又世界の環に戻ってくる」
「ああ…ぁ…」
「今は…ゆっくりお休み…」
どうやら私の杞憂だった様だな…そうだ…ヴェルシアはまだ優しい、あの頃のヴェルシアだ…
〜〜〜
「レギウス、私は名前を変える」
「どうしたヴェルシア、いきなり…まぁその突拍子のなさは珍しいが」
「深い意味は無いさ、でも、聞いてくれるかい?」
「いいだろう…何に変えるんだ?」
「ああ、それはね
アズ・ダ・ハー
にしようとね」
「ふむ…悪く無いんじゃ無いか?我々の言葉で竜か…」
「ありがとう、私達はそれくらいに強く在らねばならない、蔓延る魔物や古竜を打ち倒す程の…ね」
「だが…」
「どうかした?」
「2人だけの時はヴェルシアと呼ばせてくれないか?」
「ん…いい…わ」
「!ありがとう…」
「?は、はぁ」
〜〜〜
「造物主様!!」
「何かあったか??
「こ、これはレギウス様も、大変です、魔族の軍勢を確認、その数ざっと1000!」
「1000の魔族だと!?…これは…逃げるしか無い…集落の皆に必要最低限な荷物だけ持って逃げるように指示をー」
「構わない、そのままでいい」
「造物主!?」
「ヴェルシア…?」
「暴虐の魔術の非検体の性能を試すいい機会だ。私が彼らを連れて迎撃する、3時間経って戻らなければ避難を」
「しかし…」
「ここで頓挫する様では救世など持っての他…位置は?」
「南4山超えた赤滝辺りです」
「いいだろう…留守はまかすよレギウス、転移魔術で移動する」
「ああ…無事を祈るさ」
ーーー
「…改めて見ると凄い数だな」
土煙を上げながら猛烈な勢いで近付く魔族の軍勢、その勢いは収まるどころか勢いを増している
ヴェルシアの背後に並び立つ4体の獣
世界に巨大な樹木を背負った巨大な亀
紅い炎を纏った神々しい巨鳥
蒼い氷を纏う龍
稲妻を持て余す2本足で立つ巨大な白い虎
「君達の最初の戦だね…君達には名前をまだ付けて居なかった…そうだね…玄武、朱雀、青龍、白虎!目の前の魔族を屠れ!」
「下僕達よ!主人にその強さを示せ…!無様に脳漿をぶち撒けろ!!!」
「「ウォォォオオォォォォォォォォオ!」」
圧倒的な力と数の衝突、それは一瞬で勝敗が目に見える形で決する
「グゥゥゥゥゥォォォォォォオォォオオオォォォ!!!」
白虎が右腕を広げる、その瞬間白虎を中心に小規模なスパークが連続する
「何だあの動物は…地上の生物にあんな怪物居なかったはずだぞ!!」
「グゥゥゥ…オォォォォォォォオオオォォォォォオォォォ!」
再び白虎が咆哮すると空を巨大な魔法陣が覆う、次の瞬間、稲妻の柱が魔族の軍勢を襲う
燃え
溶け
焦げ
塵になる魔族、後方に陣取った一体の魔族を除き全てを飲み込み焦土と化する