原初の情景
ヴェンデルはページを開くと文字を追う…
原初、地に竜が現れる以前、人という種が尊厳を持たず、天と魔に虐げられ、混沌としていた地上
国という括りを持たない地上に、ある一つの集落が存在した、そこの長は聖女と呼ばれる少女、生まれ持った強大な魔素を用いて集落を導き、人を癒すその姿は聖女そのものであった
「聖女様、西の集落の一つが集落が天使に襲撃を受け壊滅した模様です」
「そうですか…先日東の集落の一つが魔族に襲撃を受けたばかりだというのに……人々をこの集落に呼んで下さい、傷を癒すことを最優先に、」
「は、ではいつものように」
「はい、頼みましたよ…又人が減った……人は弱い…生まれた時から魔素を持つ訳でもなく、強靭な肉体も、鉄を引き裂く牙や鍵爪、空を駆ける羽も無い…フィーリア、何故人間はこのように貧弱に生まれてきたのでしょうね」
「……聖女様…それはわかりかねます…」
「フィーリア…何故人間は私や貴方のように魔素を持って生まれないものがほとんどなのでしょうね…」
「……答えに詰まります……ですが聖女様は持って生まれた、それだけが事実です」
「人々を導き、癒す…でも…闘うことは出来ない…私は…みんなが戦っている所を眺め、守ってもらっている…ただの弱い雛鳥です」
「聖女様は聖女様でいいのです、皆ができないことを聖女様がやり、聖女様がなし得ないことを皆で行う、それがこの集落の常だったでは無いですか」
「そうね…」
「聖女様がなんでもできるようになったらそれこそ私達のいる意味が無くなりますよ」
「ふふ…そうかしら…」
「聖女様は聖女様のままでいいんです、もう少し…聖女様と一緒に歩みたい…そう思っているのは私だけでは無いはずですよ」
「ありがとうフィーリア…少し気が晴れたわ」
(聖女様は憂いをお持ちだ……人々を癒すことしかできない…己の力を…)
「では聖女様、私は西の集落の生き残りを探して参ります」
「ええ…フィーリア…無事を祈ります」
「聖女様!!!」
「なんだ!聖女様の前で騒がしいぞ!」
「フィーリア様…天使です…!天使が襲撃に来ました!!」
「なんだと!?」
「女性や子供の避難を最優先に…集落の戦える男性達で当たりましょう…私も行きます、」
「駄目です!!聖女様に何かあればこの集落の終わりです!!早く避難を!!」
「でも…」
「攻撃手段を持たない聖女様では少々難しいかと…私が行きます、聖女様は負傷者の手当を、」
「…そうね…わかったわ…無事に帰ってきなさい、これは命令です」
「は、必ずや…!」
(聖女様はお優しい…出来ることなら…ずっと一緒に居たいものだ)
〜〜〜
「数に臆するな!私が天使を叩き落とす!!落ちた天使を潰せ!!」
「「うぉぉぉぉぉっぉおおおおおおおお!!」」
男達の咆哮が空に響く、天使の浮かぶ空に向かい手を突き上げ、スキルを発動させる
「波動…克重!!!」
ヴェンデルと同じアザゼルを行使し、天使達を地面に叩き落とす
「大体落ちたか…やるぞ!!3人で1匹を囲め!!数でおせ!!」
「「うおおおおぉぉ!!」」
「数で押せ…か…愚かな」
男達が豪声を上げた次の瞬間、一体の天使が決して大きくはない、だけが響き渡る声で呟いた
「圧倒的な力の前では無力……ルミナス」
天使が魔法を発動させる、無詠唱で発動したその魔法は光の奔流を作り出すと男達へ激突する
塵となり、変わり果てた彼らを見たフィーリアは一瞬思考を停止させた、だが尚も天使は言葉を続ける
「人間如きに名乗るのも釈だが……大天使…光を統べる者ルシフェルだ、ここの聖女を天界へと持って行く」
その言葉にフィーリアは停止させた思考を再開させる、
「何故だ!!!人間を何とも思わず殺し続けてきた貴様ら天使が!!何故聖女様を連れて行こうとする!!」
「ほう…この軍勢…ましては我が力の一端を見て尚その口が叩けるか…いいだろう、答えてやる…神の勅命だ」
「神だと…?神の意思だと?そんな事を聞いているんじゃない!その神が何を思って私達の聖女様を連れ去ろうとする!!
「神を愚弄するか人間よ…愚かな…滅びさる運命にある貴様ら人間が知ってどうする、力を持たない、群れる事しか出来ない虫螻のような存在が」
「聖女様は私達の光…この集落の…世界の光…!」
「分からないな…滅びゆく定めにある人間が何故光を必要とする?」
「この世界に秩序をもたらす!!貴様ら天使を屠り、魔族を屠り、安寧を手に入れる…その為だ!!」
「もういい貴様との会話は飽きた、消えろ人間…ルミナス」
「波動、極重!!!!」
ルシフェルの発生させた光の奔流をフィーリアの作り出した黒球が飲み込む…光すら逃がさない暗さを持つ球は光を飲み込んだ後も勢いは止まず、天使達を飲み込み始めた
「く…っ天使達よ…ここは無視して聖女をー!?」
ルシフェルが指示を出そうとした時、既に天使は全て飲み込まれた後だった
「人の子よ…ここは引くとしよう…名前を聞いてやる、答えよ」
「ふん…偉そうに…!!フィーリアだ!忘れるな!!」
「記憶の片隅にでも置いてやる…次会うときは命は無いと思え」
〜〜〜
「ルシファー、君らしくも無いじゃ無いか、任務を失敗するとは」
「プレィエル…不思議な人間を見つけてな」
「ほう、神の右席と言われ、あらゆる智を持った君がかい?」
「或は君が着手している使徒…だったか、にも役立つかもしれない」
「そこまでかい?塵芥にそこまでの力があるとも思えないけど…君がいうのならばそうなんだろうね」
「塵芥…か…」
「どうした?ルシフェル」
「気にするな、少し考え事を…神への報告が未だだった、これで失礼する」
「君の翼に陰りが無き事を祈るよ、」
人が持つ力…あのフィーリアとかいう娘の持つ天使すら凌駕する力…あの力の源はなんだ…?祝福でも無い…魔族共の呪いでも無い…人のみが持つ力……
〜〜〜
「ルシフェル、次の任務に向かうのかい?」
「いや…任務には別な天使が向かっている、私は別だ」
「例の少女の事か…居たら僕の所に持ってきてくれ、研究の材料になるだろう」
「……居たら連れてこよう」
(以前のルシフェルであれば人間などに対して連れてくると言わなかった…君のそれは思考の変化か…それとも或は…)
「ああ、頼んだよ」
〜〜〜
「なんだ…集落の砦が燃えているが…ここへの任務はなかった筈だ…魔族の数も凄まじい…魔族共の侵攻か」
〜〜〜
「聖女様…!どうか、どうかこの子だけでも!」
「星々よ…癒しを!!」
「あ、あ…ありがとうございます…聖女…様」
「さぁ、次は貴方の番です、貴方もひどい火傷を負っています、早く手当を」
「………」
「…この者の魂の旅路に…星々の加護があらん事を」
「聖女様!!まだ怪我人は大勢います!早くこちらへ!!」
「…はい…フィーリア、あの女性が遺した子を安全な場所へ…」
「畏まりました…ですが…安全な場所は無いです…天使と魔族の襲撃を立て続けに受け、既に皆は疲弊しきっています…新しい土地を探すにも体力が持ちません」
「ここまで…ですか…」
「とにかく、聖女様は治療を、私は前線の砦で魔族を倒します」
「星々の加護があらんことを…」
「聖女様も…ご無事で」
〜〜〜
「どうするか…このまま行けば娘や聖女もろとも魔族の玩具にされるだろうな…仕方あるまい、人の姿を取るか…」
ルシフェルを光が包む、羽や頭の光輪は消え、人そのものとなった
「魔族よ…消え失せろ…サンクティスライズ」
突如として魔族の軍勢の頭上に現れた巨大な光の槍、それは膨大な力を持って魔族のみに殺到する
魔族の断末魔と、鐘の音が響きわたる
「ふむ……これでいいか…さて、どうやってあの集落に入り込むかだが」
「貴様…!!!ルシフェルか!?」
「…なんのことだ…フィーリア」
「この集落の者では無い、おまけに私の名前を知ってるあたり…それにさっきの技、お前の気配がプンプンしてたさ」
「ふむ…ならば私をどうする?」
「…?」
「大人数で囲って倒すか貴様が向かって来るか…」
「…いいさ、じゃあこっち来な」
「いいだろう…罠に引っかかってやろう」
〜〜〜
「…ここは…集落の中…人間が多い…広間か?」
「皆!さっきの技この人が出した技だ!感謝しなさい、この人のおかげで被害は食い止まった」
「…?」
「マジかよ…!」
「さっきみたいな技…どうやって出したんだ、すげぇな!」
「助かった!ありがとう、兄ちゃん!!」
「これは…?」
「分かんないか?皆貴方に感謝してる、あの規模の侵攻は初めてだったからな、助かった、私からも礼を言わせてもらう」
「平伏…か?」
「違う、これは御辞儀…感謝の感情を伝えるときに行う、人間の流儀だ」
「ほう…」
「人間には感情がある、天使や魔族は知らないけど、」
「感情など不要だ…穢れた天使など以ってのほかだ」
「……まぁとにかく、今夜は宴だ、お前も来てくれ」
「疑問だな…何故敵を招く」
「何度も言わせないで…一応…感謝してる…から」
「ふむ…その宴では聖女とやらにも会えるのか?」
「?ああ…でも連れて行こうとか思うなよ」
「今は任務では無い」
「そうか、なら安心した」
〜〜〜
「……騒がしいな」
「それが宴ってもの」
「…この鉄製の板に並べられた物は…?」
「食事、これを食べて人間は生きてる」
「…鳥の焼死体に雑草か」
「お前………言い方って物があるだろう…」
「ふむ…口に入れて咀嚼した後飲み込む…か…随分固いな」
「骨を噛む奴があるかよ…この柔らかい肉の部分を食べるんだよ」
「……これは…」
「美味いだろ?」
「悪くない」
(初めて感じる感覚だな…これは…一体…)
「素直じゃ無いなぁ…お、来た、あれが聖女様だ」
「ふむ……あれか」
「あれって言うな……」
「なんと呼べと…?」
「普通に聖女様とでも呼んだらいいじゃない」
「考えておこう」
「それと〜ついてきて欲しい場所がある」
「…?」