[9]再会
「わー!フィオリア様? すごく雰囲気変わりましたね!なんか柔らかい感じ!」
水色の目を輝かせて、ルルが至近距離でまくしたてる。喋るたび、ストロベリーブロンドの髪がふわりと揺れた。
馴れ馴れしい笑顔と態度に戦慄する。
どうしてこの子は、私と普通に会話ができると思うのだろう。
私はあなたのせいで、アレクに捨てられたのよ?
どうしてアレクと腕を絡めたまま、私と話せるの。
視界が真っ赤に染まっていく。握りしめた拳が震えた。
笑う顔。その目に滲む優越感。苦しい。手を振り上げる。ルルが目を見開く。手を思い切り振り下ろす。その頬めがけて。手のひらが柔らかい頬に食い込む。バチン、すごい音が響いた。爪が滑らかな肌に傷をつける。
『凛としていろ。相手の挑発に乗るな』
死神が耳打ちで、ハッとする。
ルルは相変わらず笑顔で私を見ている。私はまだ彼女を叩いていなかった。
『お前を怒鳴らせ、注目を集めたいらしい。また、お前を"悪役"に仕立てあげる気だぞ』
…………なんですって?
目の奥がチカチカする。胃の腑が震える。
絶対に、乗ってやるものですかっ!
私は、負けないわ。
「お久し、ぶりですわ。アレクセイ殿下、ルル様。お元気そうで何よりです」
薄桃色のドレスをふわりとつまみ、礼を取る。優雅に、流れるように。
アレクとルルが僅かに驚いたのが見なくてもわかった。
「本当に、変わったな」
アレクの言葉にズキリと心が痛む。ただ、見た目を少し変えただけ。私自身は何も変わってないわ。
久しぶりにアレクと真正面から目が合った。
どうしてこれまで私を見てくれようとしなかったの。なぜいま、目が合うの。どうしてその女を選んだの。私の何がいけなかったの。目尻に涙が滲んだ。ルルの細腕が絡まる彼の逞しい腕を見る。私のアレクに触らないで………
張り詰めていた気概が一気に緩む。
「アレクセイ殿下、お慕いしておりましたわ………」
想いが溢れ、気づけば口走っていた。思えば、初めての告白だった。幼い頃から、将来結婚することが当然の間柄で、わざわざ慕う気持ちを告げることなどなかったのだ。もっと、日頃から伝えていれば、何かが違っていたのかしら。ぽろりと涙が溢れた。どうすればよかったの。これからどうすればいいの。
アレクが喉を鳴らし、僅かに身動いだ。その手が私に伸ばされ───
『"お幸せに"と言うんだ。言え。どうか、お幸せに』
もう、何も考えられない。
「どうか、お幸せに」
ぼやける視界でアレクを捉える。ああ、アレク。愛していたわ。思いを込め、微笑む。
「申し訳ありませんが、これから予定がありますのでこれで失礼致します。さ、お嬢様行きますよ」
死神に促され、アレクとルルから離れていく。
「なにあれ」
ルルの不機嫌そうな声を背中越しに聞いた。
「貴方、知っていたのね!?」
アレクとルルから充分離れた位置まで来たとき、くるりと見を翻して死神に怒鳴った。
「何の事だ?」
「とぼけないで!今日、あの時間に、アレクとルルがあの場所に来ることを知った上で私と出くわすように仕向けたのでしょう!?」
「あー………」
ポリポリと、お面を掻く。
「せっかく可愛くしたんだ。好きなやつに見せたいだろう? 見たか、王子の顔。お前に見惚れてアホ面晒してたぜ」
「違うわ!あれはルルとデートしてるところを見つかってバツが悪くて苦笑いって表情だったでしょう!?ほんとに、サイテー。見たくなかったわ。あんな、」
「婚約破棄したばっかりなのに、その原因となった浮気女とよろしくやってる場面?」
「~~~~~っ。もう、嫌。私、振られたのに、今更告白なんてして、惨めだわ」
恥ずかしい。今すぐ泡となって消えてしまいたいわ。
「だが作戦は成功だ」
「はぁ?」
「王子は今頃、お前の泣き顔告白を思い出して胸をキュンキュン言わせてるところだ」
呆れた。どうしたらそこまで物事を良い方にだけ考えられるわけ。
「さーて、次の命令はどうすっかなぁ」
そわそわと、死神は揉み手する。
「貴方って、変だわ」
「変で結構、コケコッコー」
「………意味がわからないわ」
「飯くおうぜ。腹減ったろ?」
そういえば、今日はまだ何も口にしていなかったわ。この男が起き抜けの私を無理やり誘拐したから───
「大変!家の者に無断で外出しちゃったわ!」
今頃捜索隊が出動していたりして。公爵令嬢が消えたのだ。王城にまで知らせが行って、騎士団が派遣されてるかも。
一気に血の気が引く。
「大丈夫だ。使用人たちには上手く言ってある」
「貴方みたいな怪しい者の言うことなんてまともに聞くわけ無いでしょう! そもそも公爵令嬢を連れ出していい男なんて一人もいないのよ?」
「大丈夫だってば」
「───まさか、不思議な力で何かしたのね?」
「ちょちょいと催眠をかけただけさ。"お嬢様はずっと家にいる"ことになってるから安心しろ」
そんな、そんなことができるものなの……?
飄々とした男の底しれない力を垣間見た気がして、薄ら寒くなる。
「レストランを予約してあるんだ。聞いて驚け、"和の国"の高級レストランだぜ? 予約取るの大変だったんだ」
「貴方、お金持ってるの?」
「もちろん、お前の奢りだよ」
「ほんとに、サイテーね………」
また死神が小さく歌を歌い出す。
聞いたことのない、外国の歌を。