[4]ミッション①貴族婦人たちの同情を煽れ
「打ち合わせ通りにな。そうすれば全てうまくいく」
「ええ、わかってるわ」
侯爵婦人が主催のお茶会が開かれる、美しい薔薇の庭園。
あと10メートル先にはお茶会に来た淑女たちの団体がいる。
賑やかな談笑が聞こえてくる。
今からあの中に飛び込むわけだ。肩が大きく上下に動く。
───だめ。息ができない。
「おい、落ち着けよ」
「分かってるってば」
「顔色悪いぞ。……ま、それもいいスパイスになるか。うん、見事な悲劇のヒロインだ」
改めて自分の格好を見る。
薄水色のシンプルなドレス。銀の髪はそのまま後ろに流し、血の気のない簡素な化粧。涙に赤く腫れた目。たった一日で、ずいぶんやつれたように見える。
こんな格好で、お茶会に出るなんて皆さんに失礼じゃないかしら。
きっと笑われるわ。
可哀想と言いながら、心の中で。
「王子の心を取り戻したいんだろ?」
死神を見上げる。相変わらず、お面のせいで表情は見えないし、黒いローブのせいで陰気な感じ。ただ、その声は真面目な響きがあった。
この人も、私の魂を"美味しく"するために必死ね。
「あの女が許せないんだろう?」
──ルル。アレクの隣に当然のように引っ付いていた泥棒猫。無垢な顔した悪魔。
………悔しい。あんなぽっと出の平民にアレクを取られるなんて。
『婚約を破棄する』
アレクの冷たい声と表情を思い出し、泣きそうになる。
「王子を取り戻す、これが最初の一歩だ。ほら、行ってこい」
ぽん、と背中を叩かれ、弾みで涙が零れそうになる。目を瞬かせて堪え、濡れた視界のまま団体に向けて一歩を踏み出した。
「まぁまぁ、フィオリア様。いらっしゃいまし」
今日のお茶会の主催、ドリトル侯爵婦人・ミーナ様が声をかけてきた。別のお客様の相手を切り上げ、こちらに歩いてくる。
「聞きましてよ。アレクセイ殿下とのこと」
ミーナ様は私の手を握った。
親しげな笑みを浮かべた茶色い目とまっすぐに目が合う。そこには蔑みも嘲笑もなく、ただ同情の色が見える。
早くに母を亡くした私にとって、ミーナ様は母親のような存在。彼女の手の温もりと優しさに触れ、鼻がツンと痛くなる。
──泣いてはだめ。
涙でぼやける視界で彼女に微笑みかける。
「ミーナ様。ご心配おかけして申し訳ありません」
「泣かないで。さ、こちらにいらっしゃい。今日は皆で楽しみましょう」
頬を柔らかな手で撫でられ、手を引かれて団体の輪に入っていく。
興味津々のギラギラした目を多方向から浴び、身が縮こまる。
「それで、何があったんですの?」
挨拶も早々に、身を乗り出すようにしてクランケット伯爵婦人が聞いてくる。
───さっそくね。
『とにかく王子を庇え。間違っても王子とルルの悪口は言うな。"悪いのは全部私"と言うんだ。とにかく悲しそうに。怒りは決して見せるな』
死神の言葉を思い出す。短く深呼吸し、視線を下げる。
「婚約の破棄を言い渡されましたの」
改めて口にすると、それが真実なのだと胸に重くのしかかった。
「まぁ!なんてこと!……じゃあやっぱり、あの女についての噂は本当だったのね」
「噂?」
と、カーライル子爵婦人が口を挟む。
「知らないの? アレクセイ殿下が最近側に置いて可愛がれている平民の女よ」
「平民ですって? 学園で出会われたのかしら」
「そのようね。先日も下町でデートをされていたのを見た方がいるわ。すっごく高価なネックレスを贈っていたとか」
「まぁ。じゃあ、その女のせいでフィオリア様は捨てられたの? ひどい。浮気じゃないの──」
「ちょっと」
こつん、とミーナ様がカーライル子爵婦人を肘で突く。彼女たちはバツが悪そうにこちらの様子を伺ってくるのがわかる。
「ごめんなさい」
ドキドキする。死神が言った通りにできるかわからない。ここからが勝負の分かれ道。ヘイトが私に向くか。アレクやルルに向くか。
緊張から強ばる口元に精一杯の微笑みを作る。
「いいのです。殿下の心を繋ぎ止めておけなかった私が全て悪いのです」
悲しげに視線を下げると、「まぁ!」とご婦人方から悲痛な声が上がった。
「なんてことを言うの」
「フィオリア様はこれっぽっちも悪くないわ。フィオリア様が献身的に殿下を支えられていたこと、皆知っていますもの。裏切ったのは殿下の方だわ」
「そうよ、そうよ」
「ええ、フィオリア様は頑張っていたわ」
「アレクセイ殿下も酷いお人。こんなに素晴らしい方をなんの前触れもなく急にお捨てになるなんて」
「浮気相手の女がそそのかしたのよ」
「まぁ!そんなことが!」
「きっとそうね。平民がいい気になって。王妃にでもなるつもりかしら」
「なんですって!平民に傅くなんて御免よ!」
「殿下も見る目がないわね。平民の芋っ子を選ぶなんて」
風向きは決まった。
「皆様、アレクセイ殿下を悪く言わないで」
すかさず、口を挟む。
「彼は民のお心のわかるお優しい方です。民に寄り添おうと、平民の方々とも対等に仲良くされていました。彼にとって、愛する者が貴族か平民かなんて関係ないの。彼らに親切にしているうちに、その中の一人に惹かれていくのは自然なことだわ………」
「まぁ、なんて健気な」
「あれほど仲睦まじくなさっていたのに……」
「彼が別の方を選ぶというなら、私は彼の邪魔をしたくないの。だって、彼を心から愛しているから。彼には愛する人と幸せになって欲しいの」
そんなこと、1ミリも思えない。
悔しくて、悔しくて、涙が出る。
ほろり、と片頬を涙が伝った。
「フィオリア様……」
「なんて可哀想なの……」
「フィオリア様、私達はあなたの味方よ」
「ええ、その通りよ」
「皆様、ありがとう。アレクセイ殿下のことはこれからも支持して差し上げてください。彼は次期王に相応しいお方。私も、たとえ婚約者じゃなくなっても、一臣下として陰ながら彼を支えていく所存です………」
最後に微笑めば、私に心から同情を向ける多くの婦人たちの涙を誘った。