[3]幸せの絶頂とは?《あと50日》
「お前にとっての幸せはなんだ?」
死神にそう問われ、考える。
私の幸せ───
アレクの笑顔が思い浮かぶ。彼の隣に立ち、見上げたその顔。愛しいと、こめかみにキスされる。
「私の幸せは、アレクに愛されること」
「──つまり、婚約者への返り咲きか」
返り咲き──
「……ただ返り咲くだけではだめ。形ばかりの婚約者は嫌。愛を取り戻したいの。あの頃のように……」
「よし、わかった。お前の幸福の絶頂は、『王子に愛され、再び望まれ、婚約者に返り咲くこと』でいいな」
「──ええ、そうね。でも、アレクに愛されて婚約者に返り咲いたとして、私はすぐに死ぬのでしょう? そして貴方に魂を刈り取られる」
「そうだ。50日後のお前は幸せ絶頂期にある。自殺はしないかもしれない。だが、死の運命は変えられない。事故か、他殺か、何かでお前は死ぬ。命は終わる。そこで、俺がお前の肉体から美味しく魂を刈り取る」
事故に、他殺。強い言葉にドキリとする。
「……愛する人を急に失うなんて、アレクが可哀想だわ」
「いいじゃないか。お前も急に愛する人を失った。婚約破棄されてな。仕返ししてやれ」
「仕返し……」
その言葉が甘美に響く。
彼は愛する私を失って絶望するかしら。いまの私のように? いったい、どんな顔で死んだ私の顔を見るのかしら……
ゾクゾクとした背徳感が全身を駆け抜ける。
ああ……
私にこんな残酷な一面があったなんて知らなかったわ。
「ではさっそく、『王子に愛され大作戦』に向けて"命令"を下す」
「待って。───貴方の命令に従えば、必ずアレクの心を取り戻せるのね?」
アレクの心を手に入れて、私の死で、彼をどん底の悲しみにつき落とす。そうすれば、アレクの中にはいつまでも若く美しい私が残る。他の人など、もう二度と心から愛せなくなるほどの絶望と一緒に。アレクの心は永遠に私のもの………
けれど、期待して、また裏切られるのは嫌。
確証がほしい。
「安心しろ。お前が俺の命令通りに動けば間違いなく、王子の心はお前に戻る。お前は幸せ、美味い魂を狩り取れて俺も幸せ。お前の利益は俺の利益だ。そういう意味では裏切りの心配もないぜ」
「───わかったわ」
「契約の握手だ」
死神が黒い手袋に包まれた手を差し出してくる。
死神の目的など、どうでもいい。
ただ、彼に協力すればアレクの心が取り戻せるというのなら───
「………ええ」
手袋の手を、軽く握った。
「契約成立。さて。では、改めて1つ目の命令を下す」
「1つ目って、いくつも続くの?」
「当たり前だ。幸せへの道のりはそう簡単じゃない。では、"命令"だ。まずはそう、"貴族婦人たちの同情を煽れ"」
暇を持て余す貴族婦人たちは噂好き。婚約破棄の話も、明日には周知の事実となっていることだろう。社交界で、私はきっと嘲笑の的になる。ねぇ、あの方王子に捨てられたのよ。まぁ、可哀想。あの子に何か問題があったのではなくって?
……それを、煽る?
「勘違いするな。煽るのは嘲笑の風潮じゃない。悪いのは浮気した王子、フィオリア・ディンバード公爵令嬢は悪くない、それなのに、殿下に文句も言わず身を引かれて……健気で痛ましい……という風潮を煽るんだよ」
「でも、なんのために?」
「お前の味方を増やすためだ」
「味方?」
「まずはこちらに都合の良いフィールドを作る」
「よくわからないわ」
「結果が出るのは早い。どういうことか、すぐにわかるさ」
「そんなに簡単にいくかしら」
「いくさ。見ろ、この悲壮感漂う顔。涙に濡れて赤く腫れた目。掻きむしったのか? ボロボロの髪。化粧もドロドロ。最高に悲劇的だ」
指摘され、カァと顔が熱くなる。
「こ、これはすぐに直せるわ」
「直しちゃだめだ。……まぁ、少しは手直しが必要か。これじゃあまるで……」
「まるで、なによ。そんなに酷いの、私の顔」
「……さ、今夜はもう遅い。作戦はさっそく明日決行だ。明日に備えてぐっすり眠れよ」
「話を反らしたわね」
じとりと睨むと、男が視界から消えた。
え───?
浮遊感を感じ、気づけばベッドに横になっている私。
この男が、私をベッドに運んだのね。
すごい早業。やっぱり、人間じゃない。
「ほら、寝ろ」
男はぶっきらぼうに言うと私に毛布を被せた。その手付きがひどく慎重で………
なんだか、戸惑う。
見れば男は仮面のせいで表情のわからぬ顔で私を見下ろしている。
笑った顔と泣き顔が半分ずつ描かれたお面。深いフードの真っ黒なローブ。
つくづく不思議な人。……いえ、死神。
「ねぇ、死神のくせに何でピエロみたいなお面を着けているの?」
「俺の趣味だ。可愛いだろう?」
忍び笑いを残し、男は消えた。
アレクにあんなふうに拒絶されて、きっとショックで眠れない。そう思っていたのに、私はいつの間にかまどろんでいた。そうして、あの男、死神が言ったようにぐっすりと眠る。