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死神は悪役令嬢を幸せにしたい  作者: 灰羽アリス
21/80

[21]ミッション⑤コンプリート?


「本命がおりながら、他の男を侍らせる気持ちはどうだ?」


 夜、私室で。死神は言った。

 足を組んで椅子に座る彼の前で、私はせわしなく歩き回りながら、彼を無言で睨んだ。


「気分がいいだろう? 王子の気持ちがわかったんじゃないか? 本命がおりながら、他の()を侍らせる。……この場合の本命はお前か、ルルか、どちらだと思う?」


 ずらしたお面から覗く赤い唇がニヤニヤと笑む。彼のお面は今やフードではなく、黒髪で縁取られている。


「……最低の、気分よ」


「なぜ?」


「わかるでしょ」


「なぁ、おい、何をそんなに苛ついてるんだ?」


「苛ついてるですって?」


 指摘され、はたと気づく。そう、私は苛ついている。


「私、楽しかったの。最初はキッド様への罪悪感とか、アレクへの想いとか、心はごちゃ混ぜだったのに、最後にはそんなことも忘れて純粋にデートを楽しんでた。ああ……!」


キッド様(・・・・)ね」


 からかい口調にうんざりして、天を仰いだ。


「あんなに尽くされたのは初めてだったわ。まるで幼児を相手にするように、一挙手一投足全てに注意が払われるの。皆あれが普通なの?」


「好きな子には尽くすものだ」


「だったら、きっとアレクは私を好きじゃなかったのね」


「そんなことはないさ」


 軽い調子の死神が、また気に触る。


「──キッド様は良い方だわ。真面目で、誠実。彼となら、きっと穏やかで幸せな人生の最後を迎えられるでしょうね。結婚して、子どもにも恵まれて、それでもお互いへの尊敬の念は忘れずに尊重し合う。笑顔で、貴方でよかったと、死に際に微笑めそうだわ」


「呆れたな。王子にフラれたばかりで、よく知りもしない相手とそこまで未来を描けるとは」


「そうよ。描いたわ。可笑しい? だって──」


「ああ、まったくもって可笑しいね。お前の目的は何だよ。王子の心を取り戻すことだろう? だというのに他の男との未来を描きだすとは……はん、王子への気持ちはその程度か」


 その通りのド正論。心がズキリと痛んだ。泣きそうになる。


「だって、キッド様に『妻になってくれ』みたいなことを言われたから、つい。私だって──」 


「おい、待て。もう求婚されたのか? いつ?」


「……えっと、仮面舞踏会の帰り、馬車の中で……」


「マジかよ。聞いてないぞ!」


「……言ってなかったかしら」


 故意に言わなかったのだ。どうせからかわれるだけだと思って。バツが悪くて視線が泳ぐ。


「帰ったら、貴方はいなかったし。言うタイミングがなかったのかも」


「言い訳だな。言おうと思えばいつでも言えた。──ハァ、まったく」


 死神は立ち上がり、頭を乱暴に掻いた。

 コツコツと、彼の靴の音が響く。盛大なため息も。


「──ねぇ、怒ってるの?」


「怒ってるか、だと? 怒ってないさ。怒る理由がない。──そうだ。怒る理由は何も無いんだ」


 一人、ブツブツと何事か呟く死神を、困惑して見つめる。やがて納得したというように、うんうんと頷く。


「いいんじゃないか? あんな最低な王子なんてやめて、伯爵に乗り換えれば」


 信じられない気持ちで死神を見る。そんな、あっさりと。


「俺はお前が幸せになれば、それでいい。相手が王子だろうと、伯爵だろうと」


「ビクター……」


 一瞬、死神が"美味しい魂"のためなんかじゃなく、心から私の幸せを願ってくれているように感じて、ほんわりと心が温かくなった。


「あ、カーライル子爵家の、なんと言ったか、麻色の髪の男ともいい感じだったよな。あいつでもいいんじゃないか?」


「ビクター!」

 今度は怒りを滲ませて叫ぶ。


 ……やっぱり、違ったわね。死神はただ、私を幸せの絶頂に導き"美味しい魂"を得ることが目的で、そこに至る過程はどうでもいいだけだ。

 

「他にもこんなに誘いが来てる」


 死神はローブから大量の封筒を取り出した。色とりどりの封筒が床に散らばる。フィオリア様へ、フィオリア様へ、フィオリア様へ───


「なにこれ、私、こんな手紙、知らないわ」


「どれもラブレターだ。先日の仮面舞踏会がいい仕事をしたようだ。いいなぁ、選り取り見取りだぜ?」


「嘘でしょ……こんなに、たくさん……」


 呆然と立ち尽くす私の両肩に手を起き、目を合わせるようにして──実際はお面の目と目が合うのだけど──死神は言った。


「よく聞け。王子に婚約破棄されたくらいじゃあ、お前の価値はこれっぽっちも落ちやしないんだ」


「でも、」


「でもじゃない。これが事実だ。むしろ、健気なお前の噂を聞いて、評判は上昇傾向にあると言える。元が公爵令嬢なんだ。膨れ上がったお前の価値は膨大なものになっている」


 死神に言われたとおり、動いてきただけだった。それだけで、置かれた立場がこうも変わったというの……?

 私は、確かに傷物の、将来は変態貴族の妾になるしかないような、無価値な令嬢だったはず。


「いいか? お前はな、王子がいなくとも、ルルを殺さなくても、自殺しなくても───幸せになれるんだよ」


 その声は、あまりに切なく、懇願するような響きを持っていた。 


 ねぇ、どうして貴方が辛そうなの?

 

 私はふっと、視線をそらした。


「そうね。そして、私はすぐに死ぬのよね」


 死神はぐっと喉を鳴らし、押黙る。


「貴方はいいわよね。私が幸せになれば、美味しい魂を狩り取れるものね。とっても利己的で、素敵ね」


 まだ、黙ってるの?


「すぐに死ぬのに、他の人と新しい人生を切り開いても、虚しいだけだわ」


 ねぇ、お面の下で、どんな顔してるの?


「私の気持ちは全て無視して、私の人生を弄んで、楽しい?」


「……楽しくは、ないさ」


「でも、自分の欲求のためには喜んで動いているじゃない。いつも楽しそうに命令を下して」


「フィオリア……俺は、ただ──」


「アレクから、ルルとの婚約発表パーティーの案内が届いたわ」


 私は封筒をひらりと示した。


「なぜ、」


「私が持ってるのか? 貴方が勝手に取るから、配達係から直接受け取ったの。"アレクがいなくても平気な私"を示すには、このパーティーにも出席すべきよね?」


「───そうだな」


「パーティーはもう明日よ。ドレスを準備しないと」


 クローゼットに歩いていき、開け放つ。淡い色のドレスの群れ。死神が入れたものだ。薄紫のAラインのドレスが目につく。

 ふわ、と背中に温もりを感じた。


「何を考えてる?」


 低い声、息が首筋にかかる。

 止めていた息を吐き出すようにして、答える。


「明日のパーティーは、貴方がまた、エスコート役をしてくれないかしら、って」


 沈黙。

 答えを待つ間、なぜだか緊張し、唇が震えた。


「───明日も、仮面舞踏会なのか?」


「違うわ」


「じゃあ、無理だな。キッド様にお相手願わないと」


 私はくるりと向き直った。

 すぐ目の前に死神のお面。いつもは高い位置にある、それ。死神は背をかがめていたのだ。

 手を伸ばし、お面に触れる。


「これを、外せばいいのよ」


「……できない」


「どうして?」


「……あれだ。俺の顔は格好良すぎるからな。女の子が直視しちまうと、あまりの衝撃で魂が抜けかねない」


「なにそれ、本気?」


「本気も本気。お前も気をつけろ……って、おい!」


 お面を取り上げようとしたら避けられてしまった。


「二度も同じ手に引っかかる俺じゃないんだよ」


「残念だわ」


 ──本当に、残念。



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