[18]ミッション④失敗の反省《あと34日》
「あっはっは!そりゃ傑作だな!!」
ベッドに突っ伏す私の横で、プディングを食べながら死神は笑い転げた。
私といえば、心はとっくに燃え尽き、怒る気にもなれない。
昨日、アレクに会って一夜開け、目を覚ますと死神がいた。いつものようにフード付き漆黒のローブにピエロのお面姿で。
「少し黙って……頭に響くのよ……」
「お前、酒飲んだのか?」
「いいでしょ。成人したんだから……」
「18になったばかりだろう? 無茶な飲み方すると体を壊すぞ」
「どうでもいいわ。だって、私はあと34日の命ですもの……」
「あのな、体を壊してたら幸せになれないだろうが」
「もうほっといて」
しばらく黙っていると思ったら、死神は私の飲みかけのウイスキーをグラスに注ぎ、こちらに歩いてきていた。ぎし、とすぐ近くでベッドがきしむ。髪がすかれる。さらさらと、一定のリズムで。──慰めてるつもり?
不快感はなく、悔しいけれど、すさんだ心が潤っていくようだった。
「………アレクは私を呼び出して、何がしたかったのかしら。私はてっきり……」
「復縁を申し込まれると思った?」
「───そう」
「んなわけあるか。まだ時期尚早なんだよ。だから会うなと言ったのに」
「じゃあ、何だったの。あの捨てられた子犬のような目は!すっかり騙されたわ!」
「──はぁ、しょうがないやつだ。なぜ王子がお前を呼び出したのか、俺が特別にその答えを教えてやろう」
「それで、その答えとやらは何なの?」
「王子は思ったんだ。"捨てた女が、まだ自分のことが好きか確かめたい"」
「………何のために?」
「大した理由はない。ただなんとなく、ふと思いたって」
「───訳が、わからないわ」
「男というのは、そういう生き物なんだよ。別に付き合っている女がいようが、元カノもすべて自分のものだと思ってる。あいつもあいつも、こいつも、皆俺のことが好き。こんなに想われている俺って格好いい。そうやって、自分に自信をつけて優越感に浸るわけだ」
「………男の人が、サイテーだってことだけはよくわかったわ」
「だが、現実はそんなもんだ。絵本の中の、純粋一途な王子様なんていないんだよ」
「だったら、絵本も書き換えるべきだわ。小さな少女が夢見るようになる前に」
「ふむ。そりゃ言えてる」
「ねぇ、それじゃあ、貴方がアレクと会うのを禁じたのは、アレクが私に会いたがる理由が不純だから? 会う価値がないとか、そういう?」
「違う。言ったろ、時期尚早だったと。今はまだ、王子の妄想を膨らませて、不安を煽る時期だったからだ」
すっと息を吸い込み、思考を巡らせる。だめ、わからないわ。
「わかるように説明して」
「まず、前提として、王子はお前のことが嫌いじゃない。むしろ好きですらある、と思う」
「そうかしら……とてもそうは思えないわ」
「好きでもないやつを気にかけるわけないだろ。──ただ、お前とルルを天秤にかけて、ルルを選んだってだけだ」
「うっ………」
はっきり言いすぎよ。
「いいか、それを前提に、王子の思考を追ってみるぞ? 別れてすぐ、王子は妄想する。『フィオリアは今頃、俺のことを想って泣いてるんじゃないか』ってな。あんなに美しかった彼女が、ボロボロになって傷ついているかもしれない。ところが、別れて1週間後、たまたま街で出会った元婚約者は昔より綺麗になっている。『あれ?なんでだ?まさか、もう他に好きなやつができたのか?』元婚約者が誰かに取られてしまうのでは?と不安になる。そこに、パーティーでモテモテだった彼女の噂を聞く。不安に拍車がかかる。──そうだ、確かめよう。プレゼントを渡すのを口実に。で、会ってみて思うわけだ。『新しい恋人はいなかった。こいつはまだ俺が好きだ。あーよかった。そうだよな、こいつは俺にぞっこんだもんなぁ』ってな。王子は満足する。───本来、俺の計画ではな、王子の誘いに対しお前が『会いたくない』とはねつけることで、やつの不安を煽る予定だったんだ。そうすれば、王子はお前となんとか接触を持とうと頑張るだろう? そうして頑張ってる間に、気づけばまた、お前を好きになってるって寸法だ。ルルを捨ててお前の元へ戻るほどに。だが、お前は王子に会って、やつを満足させてしまった。やつがお前を手に入れようと努力する機会を奪った」
頭が真っ白になる。
私、とんでもないことをしでかしちゃった?
「ど、どどどどど、どうしよう。もうアレクの心を取り戻すのは無理?」
「んー。難しくはなったが、無理じゃない」
「本当ね!?」
「ああ」
いつの間にか掴んでいた死神のローブをほっと、手放す。
ほっとしたら、ふつふつと怒りがこみ上げてきた。仮面舞踏会の日のことについてだ。
「そうだわ。貴方、よくも私を置き去りにしてくれたわね!」
「あっ、あー。そんなこともあったな」
「そんなことも、あったなですって!? 急に出ていったと思ったら、そのまま3日も顔を見せないで!もしかして私を庇ったときにグラスの破片で頭を怪我したんじゃないかとか!どこかで倒れていたらどうしようとか!私がどれだけ心配したと────」
はっとして、口を押さえる。お面から覗く死神の口元がニヤついてるのに気づいたからだ。
──やだ、私、変なこと口走って。
「心配してたんだ?」
「うっ……あ、貴方がいなくなったら私の目的の遂行に支障がでるのだから、当然でしょ!」
「ふーん?」
顔が熱い。なんで? 全然熱が引かない。
「見ないで!あっち向いて!」
「へいへい」
死神は横を向き、ウイスキーのグラスに口をつける。顎が上を向くと、わずかに耳元が見えた。黒い髪の毛先も。
「───それで、三日間何をしてたのよ」
「んー? 別に、大したことじゃない」
「髪の色に関係があるの?」
死神の動きが、僅かにこわばったのを見逃さなかった。やっぱり、そうなのね。
「貴方の髪って、黒いのね」
死神のお面が、ゆっくりとこちらを向く。無言で睨み合う。
「……黒髪は、悪魔の象徴って、言われてるだろ?」
「───だから?」
また、無言。
その、と死神が咳払いをひとつ。
「………怖くないのか?」
問うた声音は、ひどく自信なさげだった。
「へ……なぜ?」
何を怖がるのか、本気でわからなくて困惑する。
「人間は、みんな怖がる」
死神は背中を丸め、縮こまった。
いつも自信満々で、尊大な彼が、今はとても小さく見えて、なんだか、
「ぷっ、あははははっ」
「な、なぜ笑う!」
「あー、可笑しい!貴方、そんなこと気にしてるの? 意外と繊細なのね?」
可笑しくて、涙が出てくる。
「そんなこととは何だっ!俺にとっては重大問題なんだぞ!」
「どうして?」
「人間に見つかれば、悪魔呼ばわりされて殺される!」
「いやいや、貴方、絶対に捕まらないでしょう? 不思議な力があるじゃない。見つかったら、すぐに影に逃げ込めばいいのよ」
「────ほんとだ」
「はぁ? いま気づいたの? 貴方って、抜けたところもあるのね。これも意外。なんだか、普通の人間に見えるわよ?」
死神は、何でも知っていて、完璧な存在なんだと思ってた。だけど、一皮むけば、人間の迫害を恐れる弱い部分もあるし、考えが足りないところもある。
「あ、もしかして、私に黒髪を怖がらるんじゃないかって不安で3日も顔が見せられなかったとか?」
あの夜、黒髪を指摘したのは私だものね。
「ぐっ……」
「え、図星?」
「違う!」
「へぇ、図星なんだ」
「違う!………お、お前こそ、本当に人間か? 黒髪を怖がらないやつなんて初めて会ったぞ」
「私、そんなに熱心な教会信徒じゃないの」
「それにしたってな」
「というか、悪魔も死神も一緒でしょ? 怖がるなんて、今更だわ」
「一緒じゃねぇ!全然違うぞ!」
「どうでもいいわよ」
手を伸ばし、死神のフードを外した。
軽くウェーブのかかった黒髪が顕になる。窓から差し込む光を受けて、艷やかな輪がかかった。
「なっ、お前……!」
「茶髪より、黒髪の方が似合うわよ」
固まる死神に、私はにっと笑った。