[17]ミッション④失敗?《あと35日》
王城内にある、アレクの執務室。人払いがされ、私とアレクはソファに座り向かい合った。
8日ぶりに会ったアレクは、以前より少し疲れているような感じがした。
社交界での噂──アレクが平民の少女と浮気して婚約者を捨てたというもの──の火消しが上手くいっていないのかしら。
自業自得だわ、と思いつつ、心配にもなる。少し痩せたようにも見える。ちゃんと食事を取っているのかしら。
と、アレクが倒れるように跪く。
涙を浮かべ、
「フィオリア、許してくれ!」
「アレク……」
「僕が間違っていた。どうか、僕のもとへ戻ってきてくれ。また僕の婚約者に」
「でも、」
「ルルなら心配ない!話はつけた!僕の目が曇っていたんだ。ああ、なんで君を捨て、彼女を選んだりなんか……本当にすまない」
顔をぐちゃぐちゃにさせ、すがるように私を見上げる───
フィオリア、
名を呼ばれ、はっと顔を上げる。
アレクは綺麗な微笑みを浮かべ、ゆったりとソファに座っていた。そう、ここに来たときからずっとそうだったように。
「元気だったかい?」
これが今日、初めてのアレクの発言だ。
……彼がプライドも何もかなぐり捨てて許しを請うなんてことは、なかった。
「──ええ」
彼がルルと出会って以降、いつの間にか絡まることがなくなっていた私達の視線。あの頃、貴方の目に映るため、私がどれほど頑張っていたか。
ちらと見れば、まっすぐに視線が絡まる。綺麗な青い目。──ああ、今はこうもあっさりと。
私と別れて、後ろめたさを感じる必要がなくなったから? だから、まっすぐに私の目を見られるようになったの?
「髪型変えたんだね。似合ってる。この前、言おうと思ったんだけど、言いそびれてたから」
アレクははにかむように笑う。その顔が大好きだった。
銀の髪は、死神の指示どおり今日も緩く巻いている。"ゆるふわ"のルルに対抗しているようで少し嫌だけれど、背に腹は変えられない。アレクがそれを好きだというなら、そうなるまで。プライド?──そんなもの、婚約破棄されたあの日に、とっくに崩れ去っている。
「──アレクは、少し痩せたかしら?」
「ああ。わかる? 執務作業が溜まっていて、なかなか片付かないんだ。君が手伝ってくれていた頃は、あっという間に終わっていたのに」
この部屋で、二人で書類仕事を片付けた、楽しかったあの日々を思いだす。けれどそれも、アレクがルルを構うようになって、私一人の作業になっていった。機械のように、一人ぼっちで、淡々と。いつか戻ってくるはずの、アレクを心の中で待ちわびて。
「だめだな、ぼくは。やっぱり、フィオがいないと」
アレクは悲しげに微笑み、眉尻を下げた。
「アレク……!」
期待に胸が高鳴る。これは間違いなく、幻聴なんかじゃない。愛しげに、私を愛称で呼んだその甘い声音は、本物だった。
言って!
謝らなくていいから、ただ一言。
戻ってきて欲しいと言って。
涙が滲む。
「これを……」
アレクが差し出したのは青いリボンが巻かれた小さな箱。
ドキドキと心臓が煩い。
もしかして、これは結婚指輪?
ああ、アレク!やっぱり、そうなのね!私に戻ってきて欲しいというのね!
むしるようにして、リボンを外す。箱の蓋を開ける。
え────?
「あんなことになって、渡せずじまいだったから。誕生日プレゼント」
──ああ、婚約破棄の前日は、私の18歳の誕生日だった。
箱の中身は、いつかアレクがくれた月のモチーフの髪飾りと似た、ブローチ。指輪なんかじゃなかった。
「どうかな?」
アレクが照れたように鼻を掻く。
で、でも、まだ期待できるわよね?
遅ればせながらも、プレゼントをくれるくらいだもの。あの日を無かったことにして、やり直そうという意思表示でしょう?
「ありがとう。綺麗ね……」
「よかった、気に入ってくれて」
「………」
「………」
え、続きは……?
何か言うことがあるでしょう?
期待を込めてじっと見つめると、アレクは「ああ、えっと……」と、視線をそらした。何か、言いたげに、でも言いにくそうに。
「緊張しなくていいわ。言いたいことがあるのでしょう?」
心配しないで、私は全部受け止めてあげる。
怒ったりしないわ。貴方が戻るなら、ルルのことは水に流してもいいの。一時の火遊びだったのよね? わかってる。
「じゃあ、あの」
「ええ」
「噂を聞いたんだけど、」
「噂?」
「フィオ、新しい恋人ができたの?」
「………え?」
「ほら、あの、エンデ伯爵とか、」
「違うわ!!」
思わず叫んでしまった。
どうしたら、そんなことに?
仮面舞踏会の日、馬車で自宅に送ってもらったから?
「誤解しないで。彼とは何でもないの」
アレクはあからさまにほっとした。その様子を見て、私もほっと胸をなでおろす。
「なんだ、違うんだね」
「ええ」
「そうだよね」
「ええ」
「あー……じゃあ、僕、これから執務があるから」
「え?」
「これで失礼するよ。会えて良かった」
話は終わりと言わんばかりに、アレクが立ち上がる。
呆然と彼を見上げる。
「えっと………それだけ?」
「うん」
アレクの表情は晴れやかだ。心なしか、顔色も良くなった気がする。
「あの、他に言うことは?」
大事なことを言い忘れているわよ。
私、まだ復縁の打診も受けてないし、それに対して「イエス」とも答えてないわ。
「──あ、そうだった」
よかった、気づいたのね!
「来週、ルルとの婚約を発表するんだ。それで、パーティーを開こうと思ってるんだけど。フィオも来るよね?」
「───────は?」