[11]ミッション③開始《あと40日》
カーライル子爵の45歳のお誕生日パーティーが、彼の屋敷で開かれる。
先日、ドリトル侯爵婦人のお茶会に参加した際に、人一倍私に同情してくださった、奥様のカーライル子爵婦人から招待状が届いた。
『ぜひいらして!優秀で格好いい殿方もたくさん招待してございますの!失恋で傷ついた心を慰められるのは新しい恋だけですわ!』
カードに添えられた手紙には、そう書いてあった。死神から"社交界に出てモテろ!"との"命令"が発せられたちょうどその時に届いたお誘いに、死神と子爵婦人が裏で示し合わせたのではないかと疑ってしまう。
しかし、
『俺は何もしてないぞ』と死神は言った。信じないわよ。だって、あまりにも都合が良すぎるもの。
「仮面舞踏会だなんて!」
「やったな。俺がエスコートできる」
頑なにお面を取りたがらない死神。
彼にとって、ピエロのようなお面を着けたまま参加しても目立たない仮面舞踏会なんて都合が良すぎる。仮面舞踏会なら、少々変わったお面を着けていても、"粋ですね"とむしろ認められてしまうのだから。
「誰があなたにエスコートなんて頼むもんですか!」
「じゃあ聞くが、他にお前をエスコートしてくれる男がいるか?ん?」
婚約者として当然のエスコート役だったアレクは、もう婚約者じゃない。
だからといって、王子に捨てられた女をエスコートしたがる男が他にいる? 王家に目をつけられたくなくて、私を避けるのが普通よね。
あれ? 本当だわ、誰も、いない………
「お、お父様が───」
「は、婚約破棄にご立腹で、あれから口もきいていないだろう?」
「ぐっ………」
そうだったわ。お父様はアレクに捨てられた私に大層お怒りで、口をきくどころか、顔も合わせていない。こんな状況で、どうしてエスコート役をお願いできるだろう。
あとは兄のフェルナンデスだけど、彼は今遥か遠い東の国へ留学中で、ちょうど帰ってきてエスコート役を引き受けてくれる可能性は皆無。
「ほらな?」
お面をしていてもわかる。きっと、勝ち誇ったように笑っているに違いない。……むかつく。
ふん、と顔をそむける。
「パーティーなんか、出なければいいだけだわ」
「おいおい、フィオりーん。約束しただろう? 俺は命令する。お前はおとなしく命令に従う。そうすればお互い幸せになれる。な?」
「どうだか。というか、"社交界に出てモテる"ことが、どうしてアレクの心を取り戻すことに繋がるのよ。これじゃいつまで経っても貴方の言う"幸福の絶頂"へは辿り着けないわよ」
「遠回りが、実は一番の近道だったりするんだぜ」
「私、哲学は詳しくないの」
「哲学じゃない。俺の尊敬する人が体現した人生の答えだ」
真面目きった口調で言って、哀愁を漂わせながら紅茶のカップを両手で包む。ちょうど西日が差してお面が反射した。……悔しいけど、なんだか絵になっていた。
「………格好つけてるところ悪いけど、あなたの普段の行いのせいでちっとも心に響かないから」
「失敗か。普通の女の子ならここで胸キュンしてるはずなんだけど」
「勝手に言ってなさい」
普通の女の子って誰よ。
歓楽街で死神を誘っていた女の人達を思い出す。
そうやって、彼女たちをたぶらかしてるってわけね。
まったく、あの人たちも、へんてこなお面に黒ずくめの怪しい男のどこがいいんだか。
「それで、当日のエスコート役は俺ってことでオーケー?」
「…………仕方ないわね。私をエスコートする栄誉を貴方に与えてあげるわ。感謝なさい」
そう言うと、死神はいきなり私の前に跪いた。びっくりして反応できないうちに、手を取られる。そのまま手の甲にキスされた。
「なっ」
「心から感謝する」
「なっ、な、な、」
お面から覗く、きゅっと引き結ばれた唇。
死神がにやけた笑みを浮かべていないだけで、何だか違う人になったみたい。不覚にも、ドキリとしてしまった。
と、
赤い唇がにっと笑みを作った。
「お前って本当に初なのな」
また………また、からかわれたのね!!
「やっぱりだめ!貴方になんてエスコートの権利は渡さないわ!」
ビシッと指差して宣言する。
しかし、死神から返ってくるのは薄ら笑い。
「意地張るなよ。どうせ、俺がエスコートすることになるんだから」
「~~~っ もう知らないっ!!」
死神に背を向け走り去る。
「期待しとけ。格好良くキメてきてやるから」
「~~~っ 勝手にしなさい!この、変態!死神!」
「……だから"死神"は悪口じゃねぇって……聞いちゃいないな」