[10]ミッション③モテろ!《あと41日》
「いいことを教えてやろう」
午後、太陽の光が降り注ぐ温室。セットされたテーブルに着き、ティータイムを楽しんでいたところだった。突然現れ、当然のように隣に座りながら死神は言った。黒いズボンに覆われた長い足を気障に組む。
侍女が虚ろな目で、死神に紅茶を出した。また、何か魔法をかけたのね。
「男は皆"ゆるふわ"な女が好きだ」
「なんなの、急に」
「思い出してみろ、あの憎きルルを」
ルル。いつも笑顔で明るく、純真無垢……に、見える少女。ストロベリーブロンドの髪をふわふわ揺らし、小走りに駆け寄ってくる様は小動物のように愛らしい。頭の上にはいつもお花が飛んでいるように錯覚して見えていたものだ。
「あれが典型的な"ゆるふわ"だ。人工物だがな」
「人工物?」
「作られた、ってことだ。あいつはな、"ゆるふわ"がモテると知ってるんだよ。髪も頭もふわふわさせてバカを装いながら王子に近づき、愛情をかすめとる。戦略的勝利ってやつだ」
「……だから?」
そんなの知ってるわ。ルルの本性なんて、痛いほど。
『ごめんなさい、私、貴族のルールなんて知らなくて』
平民だから、という身分を武器に、失礼なことをたくさん言われたわ。
『婚約者といっても、結婚していないのだし』
そう言って、積極的にアレクにアピールする。私に向けた嫉妬の目。アレクの妃を狙う欲望の目。純真無垢を装う彼女の本音に、誰も気が付かない。
「なぜ、髪を元に戻したんだ?」
私の銀の髪を一房すくって、死神は言った。
銀の髪はいつものように真っ直ぐに流れている。
「淑女の髪にいきなり触れるなんて失礼よ」
「なぜ、戻した?」
泣き顔と笑い顔、お面がこちらを睨む。
苦手なのよ。表情の見えないお面と相対するのは。その下で、どんな顔をしているの?……もしかして、怒ってるの?
「ふわふわしてるのは落ち着かないのよ……」
白状するも、言い訳がましくなってしまった。
だって、慣れないことして、すごく視線を感じるし、恥ずかしいのだもの。
「まったく。せっかく俺が"ゆるふわ"にしてやったというのに。あのドレスは?」
「……クローゼットの中に」
死神が盛大にため息をつく。
「いいか? 男はな、揺れる物に目が行きやすい。まず、イヤリング」
ピン、とピアスが弾かれる。死神からもらった月光の石のピアス。
「それに、髪」
さらりと髪がすかれた。
「ひらひらのスカート」
着ている紺色のワンピースを、鼻で笑われた。
わるかったわね、ひらひらしてなくて。
「そして、おっぱい」
「おっぱ……って、ちょっと、何触ろうとしてるのよ!信じられない!変態!不潔!」
伸ばされる手を思いっきり叩き落とした。
「残念、自然な流れで触れるかと思ったんだが」
「貴方って……っ 本当に油断も隙もないわ!」
死神は知らん顔で、優雅に紅茶を啜っている。口元だけお面をずらして。
気障ったらしい貴族みたいな仕草が腹立たしい。
もう、怒りで頭がおかしくなりそう!
「さて。3つ目の"命令"だ、フィオリア。"ゆるふわ"になって社交界に出て、モテまくれ!」
ああそれと、と死神がにやりと笑う。赤い唇が何だか異質に見えて、怖い。
「悲しみを綺麗に纏うことも忘れるな。悲しみは自分を美しく見せてくれるアクセサリーだ」
ふふふ、と低く笑う死神の横で絶望する。
また、だわ。
今度は何を企んでいるのやら。
すっごく嫌な予感がする。ああ、吐きそう。