看護師長のつぶやき
前編の続きです。
登場人物を理解するために、前編からお読みください。
あたしゃ看護師長の藤巻竜子だよ。生まれた時から藤巻で、今でも藤巻だって前編で言ったよね。
いちいち覚えてないって? 読み直せよ。世の中なめて、雑に生きてると踏み台はずされるよ。
どうせ続編なんかネタもアイデアも尽き果てて、駄作と愚作を掛け合わせて凡作を付け足した、糞も臭いも出ない屁みたいなもんだろうって言うのかい? 当たり前だよ。ネタ切れの投げやりで文句あるかい?
私のくだらない記憶の切れっぱしを、勝手に繋ぎ合わせただけだから、面白い話なんかありゃしないよ。期待して読んだらバカバカしくて後悔するよ。
まあ、パチンコで時間も金も浪費して、虚しく歯ぎしりするよりよほど有意義だと思えよ。
看護師はねえ、他人さまの命を預かって、朝から晩まで身体を張って奉仕しているんだから偉いんだよ。
嘘だろうって? 患者の命を救うのは医者の役目で、お前らは医者の奴隷の下働きじゃないかって言うのかい?
バカ言っちゃいけないよ。医者は患者の前でふんぞり返って処方箋を書いているだけの役割りさ。パソコン見つめてレントゲン撮って血を抜いて、たまに気が向いたらメスを握って臓器を切り割いて粋がってる。あいつらの手抜きやハッタリの尻拭いを誰がすると思っているんだよ。あたしらだよ。
この前も、霊安室行きの死体を指差して、顔が青ざめてるから一刻も早く輸血しろって、ヤブ医者に怒鳴られた看護師が青ざめてたよ。
勘違いや医療ミスは医者の常道かもしれないけどね、度が過ぎちゃあいけないよ。
めまいがするからって胃薬処方してどうするんだよ。
女房の名前を忘れたくらいで認知症とか言うなよ。二十年も連れ添えば誰だって忘れるだろうよ。
食欲がないから胃ガンだなんて決めつけるなよ。いきなり切開するんじゃないよ、暇だからって。盲腸切りましたとか言ってごまかすなよ。
だからね、安易に医者なんか信じちゃいけないよ。
何で白衣を着て粋がってるかって言うのかい? 赤紫とかピンクの方が華やかで、しめっぽい病院内が明るい雰囲気になるんじゃないかって? 患者も士気が上がるんじゃないかって?
あたしらは花街の芸者じゃないんだよ。病人の士気を上げてどうするんだよ、安静の寝たきりが掟だろ。
看護師の給料は高いのかって? 教えてやるよ、医者の百分の一だよ。
わずかな給金でぼろ雑巾のようにこき使われて、生きることの意味さえ知らずに働かされた女工哀史の残酷物語を知ってるかい? あたしらの事だよ。あたしらの給料明細を見たらねえ、野良猫のエサ代ですかって嘲笑うだろうよ。
あたしらはねえ、生き物を扱ってるから二十四時間営業だよ。何時間ものサービス残業を強いられるし、わずかな手違いや気の緩みは許されない。感染症にでも侵されれば自分の命を落とすことになる。看護師の仕事はねえ、あんたらが考えてるほど綺麗事じゃないんだよ。
長男に金属バットで頭を割られ、長女にベランダから突き落とされて救急車で運ばれて来た患者に、積木くずしも崩れてしまえば積むものが無いから、安心して病院で休養して下さいと慰めたら唾を吐きかけられた。
バイクの事故で顔も臓器も見分けのつかない肉団子になって運ばれて来た若者に、バイクよりも車イスが似合ってるよと慰めてやったら、酸素ボンベでぶん殴られた。
肺炎の患者に禁煙ですよと戒めて灰皿を取り上げたら、目玉に煙草を押し付けられた。あたしらの目玉は灰皿じゃないんだよ。
痴呆の患者に食後の薬を無理やり飲まそうとしたら、毒殺されると叫んでフォークで突かれてコップの水をぶっかけられた。
聴診器は額じゃなくて胸にあてるんだとヤブ医者にアドバイスしてやったら、看護師のくせに知ったかぶりにでしゃばるなと怒鳴られて張り倒された。
医者も患者もふざけやがって、張り倒して毒殺してやりたいのはおまえらだよ。
まあ、どうでもいいけど、ここは、千葉市立極楽安楽病院の第二内科病棟だよ。
病院の名前の由来かい? そんなこと知らないよ。病院の経営理念なら知ってるよ。生かすな、殺すな、取りっぱぐれるなだよ。古臭い理念を掲げて低俗だって? 私もそう思うよ。だけど本音だから油断するなよ。
病院の評判は良いかだって? あんたバカだね、病院なんてどこもみんな同じさ。
医者は患者を見下し暴言を吐き、患者は医者にへつらい命乞いをする。原始時代から何も変わっちゃいないのさ。
病気になったらいつでも来なよ。医療費が高いか安いかなんてどうでもいいけど、命がけで看護だけはしてやるよ。
だけど、内科病棟に入院しても、九号室にだけは近付いちゃいけないよ。気が抜けない患者ばかりが住み着いてるからね。
ああ、そうだ、看護師の早乙女麗子はお嫁に行って、桜川に姓が変わったよ。それからもう一人、松本老人が亡くなった後に、男が一人入院して来た……。
次の第一話から第五話まで、病院内で起こった常識はずれの出来事を一話完結で紹介します。第一話は、九号室にふさわしい六人目の入院患者の登場です。