最終話:高木
シーガイアきっての大国リガルドは、高木の思惑通りの展開を見せた。
黒衣のサムライと呼ばれた男は、国家乗っ取りの大罪を受けて消失。僅か数日で国の危機を救ったのは、黒衣騎士団を率いるオルゴー・ブレイドだった。
反乱軍としてディーガの街を出たオルゴーは、気付けば国を救った英雄と呼ばれるようになっていた。
さらに、貴族や騎士達の中でも腐敗した面々を一斉に捕らえ、善政で知られるクーガ伯爵を帝都に迎え入れる。
全ての国民は喜び、オルゴーを称えた。
決して驕ることなく、一介の騎士であり続けるオルゴー。
黒髪の悪魔から国を救った帝国騎士オルゴー。
誰一人殺めることなく、国を救ったオルゴー。
国民の声が聞こえるにつれ、オルゴーは改めて思う。
「……何が真剣勝負がしたかった、ですか……本当の目的はこっちでしょう……」
高木の真の目的に気付き、悔し涙を浮かべていた。
国民のあらゆる怨嗟を自分へと向けておき、本来ならば反乱であったはずのオルゴーの蜂起を、見事に救世にすり替えてしまっていたのだ。
国民は全員、既に黒衣のサムライという人間を忘れている。黒髪の悪魔という存在と、それを倒したオルゴーのことしか覚えてはいない。
「最後の最後で……国民全員を騙すなど……次に会ったときは、容赦しませんよ」
二度と会えないと感じたが、今ならば逆に絶対に再会できると思えてくる。
いや、会わねばならない。高木の真意がどうであれ、あの奇妙な男が国中から恨まれているなど、あってはならないことだ。
再び相まみえたときは、肩を組んで帝都と言わずに世界中を渡り歩き、彼はイイヤツだと叫んでまわろう。
オルゴーはそう決心して、涙を拭った。
さて、高木であるが、実はまだ元の世界に帰っていない。
最後の最後で、妙なロマンチシズムを発揮したのがいけなかった。フィアに召喚されたのだから、フィアに送り返して貰おうという洒落た提案が間違いだったのだ。
アスタルフィア・エルヘルブム。実は一回も転送魔法を使ったことがない。
召喚魔法は確かに使える。それで高木を召喚したのだし、ひとみと高木が揃って元の世界に戻ったときは、二人をきちんと呼び出した。
しかし、送り飛ばす魔法は使ったことがない。本人もすっかり使える気になっていたが、全然使えていなかった。
「不味いな……囲まれた」
高木はじりじりと後ずさりながら、桜花を構える。
寒々とした荒野。昼間だということすら怪しくなるような厚い雲。
そんな中、高木達を取り囲む異形の怪物が十数体。
「あー、もうっ。私が悪かったわよ! どうせ私は向こう見ずで何も考えてない偏屈な魔法使いですよ!!」
フィアが顔を真っ赤にして怒鳴る。これまでに何度も大ポカをやってきたフィアだが、今回のポカは全てを越える史上最大、空前絶後の大ポカだった。
「……なんで、俺まで」
「うう……どうせならばルルナも連れてきてくださいよ……」
明らかに元の世界ではない――おそらくは第三の世界。そして、うっかり連れてきてしまったヴィスリーとファウスト。
エリシアが、魔物とおぼしき怪物を餌付けしようと手をさしのべるのを、フルーデリヒが必死で押しとどめる。
「うーん。この世界にもマナが無いね……レイラ、結晶は?」
「ごめんー。ヴィスリーとの戦いで使い切っちゃった……みんなに渡した分はー?」
「無くなったからオルゴーとの戦いを途中で止めたんだ。他のみんなはどうだ?」
高木がやれやれと嘆息してフィアを見る。
「ごめん、落とした」
フィアはひとみを。
「使い切っちゃったよ」
ひとみはエリシアを。
「そもそも貰ってないよ」
エリシアはフルーデリヒを。
「結晶って何ですか?」
フルーデリヒはヴィスリーを。
「さっきまで敵だったんだぞ、俺」
ヴィスリーはファウストを。
「ルルナに渡してしまいました」
全員持っていなかった。マナが無ければヴィスリーと高木の剣術にかかってくるのだが。
「兄貴、身の丈が俺らより三倍あるヤツらに、剣だけで突っ込む勇気はあるか?」
「それは蛮勇や無謀と言ってな。君子を自称する僕には持ち合わせていない類の感情だ」
相手が悪すぎた。高木達を取り囲む魔物は全員が目を血走らせており、今にも飛びかからんとする勢いである。
無事帰還のつもりが、絶体絶命。思わぬ結末だと、悲観的になったひとみが溜息をついたときだった。
「ホホウ、若クテ美味ソウナ人間ドモダナ」
魔物の合間から、少々いびつな声が聞こえてきた。
ぬっと姿を現したのは、まさに物語の中に出てくるような悪魔である。小柄だが褐色の肌をしており、頭には角が生え、背中には翼がある。尻尾の先は三角形だった。
「魔王サマニ献上スルホドノ量デモナイ。我ガ食ラウカ……」
悪魔は魔物を手で制して、高木達に近づいてくる。
数メートルの身の丈を持つ魔物達も、悪魔には絶対服従なのだろう。それだけ悪魔が巨大な力を持っていると言うことである。
だが。悪魔の登場を喜んだのは他ならぬ高木達だった。
「あいつ、言葉が通じるわね」
フィアがにやりと笑う。
「うん、これで助かったよ」
エリシアが既に安堵の息を漏らして、再び魔物の餌付けに挑戦する。
「あいつを締め上げれば、帰る方法わかるかもな」
ヴィスリーがレイラを見る。レイラは頷いて「拷問は久しぶりだねー」と暢気な声をあげた。
「黒髪の悪魔対、普通の悪魔ですか。髪があるだけ有利ですね」
ファウストのよくわからない言動もいつものままで。
「マサト君、お腹すいちゃいましたので、早めにお願いしますね」
フルーデリヒは早くも寛いでいた。
やれやれと、高木は肩をすくめて見せる。
だが、その口元には相変わらずの不敵な笑み。きらりと眼鏡を光らせて、ピンと学生服の襟元を正す。
異世界の人間の次は、悪魔が相手か。なるほど、それも悪くは無い。いや、実に素晴らしい。これだから、人生はやめられない。
「千の言葉に万の罠。黒衣のサムライこと、高木聖人――いざ参る」
一年近くの御愛顧、ありがとうございました。
黒衣のサムライ、無事完結です。
ファンタジーの習作がてら、御主人様は中学生で一番便利で、一番好きだった高木を主人公に据えて話を書こうと思ったのがきっかけの、この小説。
設定不足や稚拙な点も多々あったのですが、多くの人に読んで頂けてとても嬉しかったです。
元々短編ばかり書いており、長編を完結する能力が乏しい私が、五十万文字を越える作品を曲がりなりにも完結させられたのも、偏に皆様の声援や、忌憚なき御意見のおかげです。
本当に最後までありがとうございました。




