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95話:黒衣

「は、ああああッ!!」

 オルゴーの裂帛の気合いにより生み出された鋭い剣撃が高木に襲いかかってきた。

「変身!」

「ぐあッ!!?」

 振りかぶった腕を高木の鉄化魔法により固められたオルゴーは、その痛みに悲鳴を上げて、剣を振り下ろせないままに高木にぶつかる。

 都合、十度目の攻撃は、またしても高木にいなされてしまっていた。

 居合いの所作に入った瞬間に高木は転送魔法で消え去り、普通に斬りかかれば鉄化魔法や、普通の魔法が襲いかかる。変幻自在ともいえる高木の戦法に、真っ正面から挑むオルゴーは翻弄されっぱなしだった。

 実力差ならば明らかにオルゴーに分がある筈なのだ。しかし、たった一撃を決めることが出来ない。

 全ての攻撃の機先を制されてしまう。おまけに、数に限りのある普通の魔法を極力使わず、高木が自分の才能で集めた少ないマナで概念魔法を使ってくるのだから、結晶を消費させることすらも難しい。

 本来の作戦は、時間との勝負である。早く制圧を完了させて、勝利を叫ばねば他の騎士団が王宮を包囲し始めるだろう。そうなれば、数で劣る黒衣騎士団は逃げ場もないまま、袋の中の鼠となってしまう。

「どうした、焦っているのか。攻撃が単調すぎてつまらんな」

 高木は暢気に呟きながら、冷たい目でオルゴーを見ている。

 こんなところで、立ち止まるわけには行かないのだ。相手が大恩ある高木であれども、目的を共にした仲間達のためにも、高木を相手に勝利を収めねばならない。

 正攻法では高木には勝てない。ならば、不得手ではあるが搦め手を用いねばならなかった。そこは高木の土俵であるが、このまま真っ正直に攻め続けては、いずれオルゴーが負けてしまう。

「……灼熱!!」

 オルゴーはマナを集め、最も得意とする炎を生み出した。

 決して得意とは言えない魔法だが、目眩まし程度には十分使える。

 ごうと燃え上がった炎が高木に襲いかかると同時に、オルゴーは再び突撃を敢行した。

「ふむ」

 高木は桜花を構え、向かってくる炎を避けるのではなく、逆に突撃した。

 ギン、と刃が重なり合う音が響く。炎を壁にしたつもりのオルゴーであったが、逆を言えば高木にとっても炎は壁になる。高木が飛び出してくると思っていなかったオルゴーは、不意に伸びてきた桜花を払うために、仕方なく剣筋を変えて、鍔競り合いに持ち込んだ。

 腕力や技術では圧倒的にオルゴーが強い。高木の意表を突いた突撃は恐れ入ったが、ここまでくれば高木の体勢を崩して、すれ違い様に胴を両断することが出来る。

「せあッ!!」

 微かに胸が痛むものの、オルゴーの剣は桜花を受け流して、そのままの勢いで高木の胴に滑り込んでいった。

「変身!!」

 しかし、まるでその展開がわかっていたのだろうか。高木の腹部が鉄化して、オルゴーの剣をはじき返す。既に慣れつつある違和感に、高木は声すらあげずに、桜花をオルゴーに振り下ろしていた。

 オルゴーは左手だけを剣から離し、桜花を横から手の甲で弾く。追撃は不可能だと判断して、再び間合いを取った。

「……攻防一体とはこのことですね」

「そうでなければ、わざわざ開発してまで身につけないさ。しかし、相変わらず非常識な男だ……剣を拳で弾くな」

 高木はやれやれと息をついて、桜花を鞘に収める。

 おや、とオルゴーが不思議そうに高木を見るが、高木は面倒臭そうに言い放った。

「どうやら、このままだと平行線で勝負が付きそうにもない。段々面倒臭くなってきた」

「……せめて、そこだけは嘘であって欲しかった言葉ですね」

「仕方なかろう。元々、斬った貼ったは僕の不得手だ。楽しくも何ともないし、君を存分に欺いただけでも満足なんだ」

 高木の言葉に嘘はなかった。一応、概念魔法と最低限の剣術でオルゴーにどこまで立ち向かえるかと試したかったのだが、とりあえず互角に戦えると判明しただけで良しとする。

 もう、高木はオルゴーと戦う理由が無かった。

「本当は百人ハーレムを達成したかったのだが、五十人に届いたのだし、もうこれで良しとするか。案の定、人数が増えてもさほど楽しくなかったし、そろそろ元の世界に帰らねば新学期が始まってしまうのでな」

「は……な、何を言っているのですか?」

「もう十分だと言ったんだ。そりゃまあ、指折りの大国を動かしてシーガイア統一やら、実に楽しそうではあるが、エリシアが人を殺すなというので、それも諦めた。美人には困らないし、最後にオルゴーと力比べをしたかったのだが、痛み分けながら満足もできた」

 高木はくるりとオルゴーに背を向けて、脱ぎ捨てた新選組の隊服と鉢がねを拾い上げて、オルゴーに投げて渡した。

「餞別だ。元の世界に戻ったら必要のないモノだからな。まあ、一度で良いから着てみたかったという願いも達成できたし、これでお終いだ。僕は帰る」

 高木が肩をすくめて、笑って見せた。

 だとすれば、この戦いとはつまり、高木がオルゴーと真剣に勝負をするためだけに設けられた場所だということなのだろうか。

 そのためだけに、わざわざ国を乗っ取り、悪政を敷き、オルゴーを本気にさせたと言うのだろうか。

「……貴方という人は……どこまで、私を騙せば気が済むのですか」

 溜息混じりに呟いたオルゴーは、それでも表情は明るかった。

 オルゴーも武を修める人間として、高木と真剣に勝負をしてみたいという気持ちはあった。だが、相手を殺してしまうのは本意ではなく、このような状況でなければ真剣に戦うことも出来なかっただろう。

「まあ、もう会うこともあるまい。最後に良い勝負ができて、格別の思い出となった」

 高木はそれだけ呟いて、エリシアを見る。エリシアは頷いて立ち上がると、フルーデリヒも後に続くように立ち上がった。

「フルちゃん。政略結婚ならば、既にザンドラに親書を送ってある。五十年ほどすればザンドラに産業革命が起きるような情報を送りつけてやったから、結婚などせずとも、向こうから感謝の言葉と暖かい同盟の手がさしのべられるはずだ。わざわざ僕にこだわらずとも、自由に恋愛をすればいい」

「ええ、既に自由に恋愛していますとも。だから、マサト君についていくのです」

 フルーデリヒがにこやかに微笑むと、高木は肩をすくめてエリシアを見た。

「……どうする?」

「いいと思うよ」

 簡単なやりとりだった。既に高木の占有権などエリシアは求めていない。どうせ誰も選ぶことが出来ないのだから、誰が傍にいても良いのだ。

「……ふむ。ならば連れて帰るか。後は、誰だったかな……」

「コラ。私達を忘れてるわよ!」

 高木が顎に手を置いて考える仕草をしていると、玉座の間の入り口に、フィアが現れた。

 後ろにはレイラやひとみ。それにヴィスリー、ナンナ。ファウストにルルナ。ルクタとシェイドもいた。

「気が済んだみたいだね。時間稼ぎも楽じゃないよ」

 ひとみが言うと、レイラも「けど、けっこう楽しかったよー」と笑う。

「相変わらず、兄貴の術中ってか。ったく、勝てねえな」

「ふむ、兄貴殿らしいの。我も一戦願いたかった」

 ヴィスリーとナンナも顔を見合わせて微笑んでいる。ルクタはオルゴーに駆け寄り、ファウストとルルナは、シェイドに肩を貸しながら笑っていた。

「……ふむ。勢揃いか。みんな、今まで世話になったな。大した礼もできんが……まあ、それなりに楽しかっただろう?」

 高木が不敵に微笑むと、全員がまるで高木の真似をするように、口元をふっと歪ませる。

 オルゴーはようやく、高木が帰ってしまうのだと実感した。

 もう、止めることは出来ないのだろう。そしておそらく、二度と会うこともない。

「……国を乗っ取ったのは正直、未だに許せませんが……今生の別れです。水に流しましょう」

「相変わらず律儀な男だ。最後ぐらい、全部笑って許してみろ」

 高木がぼやくと、全員が声をあげて笑った。



「……ふむ。ひとみは当然として。ついてくるのはエリシアとフルちゃん。フィアとレイラ……けっこう多いな。二度とシーガイアに帰って来れないかもしれんがいいのか?」

 高木が尋ねると、全員が迷わず頷いた。

「あんだけ誑かしておいて、今更逃げようったって、そうは問屋が卸さないわよ」

 フィアが威勢の良い声をあげる。別に高木は誑かそうと思ったわけではなく、気がつけばそうなっていただけなのだが、全員が自分の意志で行動するのを止める手段は無い。元の世界で彼女らをどうするかは問題であるが、それを考えるのもまた、一つの楽しみになるだろう。

「それでは、行くとするか……最後はやはり、僕を呼んだフィアに送り返して貰いたいところだな。フィア、頼めるか?」

「ええ。じゃあ、みんなさよなら。オルゴーやルクタに、ヴィスリーと……ああ、ファウストも。ちょっとだけだったけど、ルルナも。一緒に旅が出来て良かったわ」

 フィアがにっこりと笑って、マナを集め始める。ファウストは感極まったのか、涙を目に浮かべており、ヴィスリーは自分もついて行きたそうに見ていた。

 ルクタにとっても、この旅はかけがえのないものだ。そっとオルゴーの腕を取り、涙をぽろぽろと零した。

「しみったれた空気なんて要らないし、ほっとくと私まで泣いちゃいそうだし……行くわよ」

 フィアが目を見開き、イメージを最高潮に高める。

 高木は目を閉じて、これまでの道のりをふと思い返していた。

 フィアに召喚されて、エリシアに出会って。

 バレットとの対決に、ヴィスリーとの出会い。さらにレイラが殺しにやってきて、トマスとのやりとりで、旅に出ることになって。

 桜花を手に入れ、オルゴーとルクタと出会い……国を正すという勇者じみた目的を共有した。

 ガイやクーガ。それにナンナ。多くの人々に出会った。とりわけ、ディーガの街から行動を共にしたファウストには随分と世話を焼いて、逆に世話になった。

 ケルツァルトではヘルムと舌戦を愉しみ、ルルナやショックと出会い。

 最後には、目的を共にしたオルゴーとの真剣勝負。少々名残惜しいが、これで満足だ。

「――あうとぽーと!!」

 フィアの言葉と共に、周囲がマーブル模様のように歪んでいく。

 色々あったが、楽しかった。いや、楽しすぎた。

 いつかまた、何かの偶然で来ることが出来ればいいのだが――

次で最終回です。

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