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94話:雌雄

 階段を上り、真っ直ぐに突き進めば玉座の間は目の前である。

 高木の性格を考えるならば、まず間違いなくオルゴーをそこで待ち受けているだろう。

 フィア、レイラ、ひとみ。三人のよく知った人間に行く手を遮られ、ずっと傍にいてくれたルクタやヴィスリーとも別れてしまった。それでも。否、だからこそ、一人でも高木に立ち向かわねばならなかった。

 玉座の間へと続く扉はオルゴーを歓迎するかのように開いている。

 オルゴーは躊躇うことなく扉を走り抜け、異世界からやってきた黒衣のサムライと久々に顔を合わせた。


「久しぶりだなオルゴー」

 高木は玉座にもたれかかり、気怠げに肘をついていた。

 しかし、その表情は相変わらずで不敵な笑みを浮かべ、理知的な瞳でオルゴーを射貫いている。違うと言えば、高木の服装だろう。一緒に旅をしているときに馬車の中で見た、浅黄色のだんだら模様の装束を黒衣の上から纏い、鉢がねを巻いている。

 あれは、最後のサムライ達が死地へと向かうときに身に纏っていた隊服なのだと、高木から聞いたことがあった。

 玉座の隣、王妃の座る場所には第一王女フルーデリヒ・リガルドが神妙な面持ちで佇んでおり、二人の間にはエリシアが不安そうな表情で高木とオルゴーを見比べていた。

「お久しぶりです、タカギさん。それにエリシアさん……フルーデリヒ王女」

 オルゴーはかつて、帝国騎士として認められた日に帝王リガルド三世と共に、王女フルーデリヒとも顔を合わせたことがある。厳粛な儀式の場であり言葉を交わしたことも無かったが、まだ十六歳だったフルーデリヒを美しいと感じたことが強く印象に残っている。

「久しぶり……」

 エリシアは曖昧な笑みを浮かべて、オルゴーに声をかけた。フルーデリヒも、誠実そうな帝国騎士に見覚えがあったのだろう。こくりと頷いた。

 高木はふむと頷いて、ゆっくりと玉座を立つ。フルーデリヒがそれに従おうとしたが、高木は手で押しとどめると、そっとエリシアの頭を撫でた。

「フルちゃんの隣にいてくれ。フルちゃん、エリシアをよろしく頼む」

「ええ、夫の頼みとあらば」

 フルーデリヒはにこりと微笑み、エリシアの手を握る。それを見た高木は満足そうに頷いて、二人を背にするように前に出た。

「……まずはここまでの采配に関してだが、中々見事だった。演習を行ったわけでもないのに青銅騎士団とよく連携して、驚くべき早さで王宮を制圧した。内応があったとはいえども、この速度は歴史的なものだろう」

 高木の言葉にオルゴーはにこりと微笑み、首を横に振った。

「貴方の指示でしょう。青銅騎士団と黒衣騎士団の連携は、そもそもタカギさんが描いた構想でした。それに加えて王宮の警備の薄さや、国を腐敗させていた連中ばかりを城内に残したこと。どれもこれも全て、タカギさんが私のためにしてくれたことです」

 確かにそのどれもが、高木の指示によるものである。

 利権ばかりを求める連中は新帝王に取り入ろうと躍起になっており、わざわざ調べる必要も無いほどであった。彼らを城内に滞在することを認めさせ、国を思う忠実な人間は軒並み外に追いやり、或いは地下牢に閉じ込めた。

 自然と、帝都に巣食う金の亡者達だけが王宮に残る仕組みだった。

「……本来ならば、タカギさんのしたことは大罪です。国を乗っ取り悪政を敷き、色欲に耽った……しかし、それはあくまでも本当に腐敗した人間をあぶり出す為の策に過ぎません。決して許されることではありませんが、そのおかげで失わずに済んだ大勢の命があります。その旨を告げれば、きっと帝王陛下もお許しになってくれるはずです」

 オルゴーは真摯に言葉を並べて、高木を見つめた。

 この言葉に高木が頷けば全てが終わる。これで国は救われるのだと、オルゴーが気を緩める。

 しかし、高木はオルゴーの意に反して首を横に振っていた。

「一体、何が言いたい?」

 高木の口から漏れ聞こえたのは、冷たい問いかけだった。オルゴーは目を見開いて高木を凝視する。

 これは、高木の描いた構図だった筈だ。犠牲を出さないために敢えて国を乗っ取り、内外の連携で王宮を占拠。腐った連中を一網打尽にして、それで終いの筈なのだ。高木が帝王を演じる必要も無くなり、オルゴーの言葉で高木は笑顔を見せてくれるはずだった。

「タカギさん……もういいのです。本当に感謝しています……私に出来る御礼ならば、何でも致します。誤解を解くために、何年かかってでも国民の一人一人に説明をします」

 オルゴーの言葉に高木は思わず笑ってしまう。如何にも誠実で実直なオルゴーらしい言葉だった。

 だからこそ高木もオルゴーの手助けをしてきたのだ。

「しかし、それならばファウストやフィアを下の階に置いて、行く手を阻んだのはどう説明する?」

「……なるほど、ここに来て出会った頃を彷彿とさせてくれますね。思えば私達が出会ったときも、こうして向かい合い、言葉を交わしたものです」

 オルゴーがくすりと微笑み、高木を見る。

 実に高木らしい。最後に自分を論破して見せろということだろう。一刻を争う場面であるというのに何を悠長なことをと思わないでもないが、一種のケジメなのだろうと、オルゴーは頷いた。

「……一つは、王宮に残った連中に不審に思われないためでしょう。近衛兵を街の治安に回して、黒衣騎士団が包囲する中で身辺警護をつけないなど、己の保身しか考えない暗愚らしくありません。そこで、名だたる魔法使いのフィアさん達や、ファウストさんらを階段に配置させて、十分すぎる警備とした。それが一つ目の理由です」

「それならば、最初から近衛兵を警護につければ良いだろうに」

「いえ、それでは腐敗した連中を捕縛する黒衣騎士団を止めてしまうおそれがあります。如何にタカギさんとて、この僅かな期間で城内の人間全ての心を掴むのは無理があるはず。そもそも、悪政を敷いて人の心が離れているのです。最も信頼の置けるフィアさん達でなければ、この状況にはなりませんでした」

「……ふむ、相変わらず真っ直ぐ突き進むだけではなく、考える所は考えているな」

 高木は案外素直に認めた。高木の得手は人を騙すことにあるが、言い当てたことを嘘で覆い隠すような卑怯な真似はしない。

 理屈が通っていれば、高木は真実を認める。そんな暗黙の了解が成り立たねば、高木はこのような場を設けはしないのだ。

「二つ目は、万が一にも私達を殺さないようにするためです。フィアさんの放った魔法も、ファウストさん達からも殺気は感じ取れませんでした。最初から私をここに連れてくることが貴方の目的だったのです」

「ふむ、及第点だ」

 高木はにいっと笑い、一歩オルゴーに近づく。

 オルゴーもまた、高木に一歩近づいた。

「しかし、君は一つの思い違いをしているな」

「思い違い、ですか……?」

「ああ。僕が君をここへ連れてきたのは、君の為じゃない。僕自身のためだ」

 ふと呟かれた言葉と共に、高木は桜花を引き抜き、やおらオルゴーに飛びかかっていた。

 不意を突かれたとは言え、オルゴーにとって高木の動きは遅すぎる。難なく剣を抜き、桜花をがっしりと受け止める。

「腕を上げましたが、まだまだですね」

「ああ、僕もそう思う」

 高木は身体を引いて、続けざまにオルゴーに斬りかかる。しかし、オルゴーは涼しい顔でそれらをいなしていく。

「やめましょう。貴方のカタナは、貴方よりもよほど正直です。そのカタナは殺気を放ってもいない」

「さあ、そいつはどうかな」

 なおも高木は桜花を振る。最初はそれなりに筋の通った剣だったのが、全力で桜花を振っている所為で次第に乱れてくる。律儀に剣で受け止めるまでもなくなり、オルゴーはしまいに鎧の肩当てで桜花を受け流した。

「私に嘘はつけませんよ。嘘か本音ぐらいは私にだってわかります」

「何が『ぐらい』だ。僕にしてみれば史上最悪の特殊能力だ」

 オルゴーに嘘は通用しない。嘘八百を得意とする高木にとって、それはほぼ最悪の相手だ。

「だからこそ、僕は嘘をつかずに勝つしかない」

「……そもそも、私達は敵ではありません。この争いに何の意味も……」

「ふむ、自分で言っておきながら、随分と間が抜けているな。君のためではなく、僕のためだという言葉は僕の本音かどうか、君ならばわかるのだろう?」

「ッ!」

 オルゴーの意識が一瞬、目の前の高木から外れる。

 そうだ。確かにあのときに自分は、高木の言葉を何一つ疑わずに信じた。嘘をついていないとわかったからこそ、剣を手に取り、高木の攻撃を防いだのだ。

 そして、あの言葉が本当だと思ったからこそ、剣に殺気が無いことを不思議に思ったのだ。

「ならば、貴方は本当に――!」

「ああ。玉座の座り心地が気に入った。あれは、僕のものだ」

 桜花がオルゴーの頬を掠める。身の危険に対して反射的にオルゴーが反撃に転じて、高木の脳天に剣が振り下ろされる。

「マサト!!」

 エリシアが叫び、フルーデリヒも息を呑んだ。

 がつんという音が響き渡り、高木の額から血がぽたりと滴った。

「……危ないところだ。鉢がねを巻いていて正解だった」

 高木が思い切りオルゴーの鎧を蹴り飛ばし、距離を取る。オルゴーは咄嗟のこととはいえど、高木を傷付けてしまったことに狼狽えているようだった。

「どうしたオルゴー。ここまで乗り込んできたからには、相手が僕であろうと斬る覚悟を決めてきたのだろう?」

「……貴方という人は、どこまでも人の心を読みますね」

「お互い様だ」

 高木が再び斬りかかる。オルゴーはふと身体を前に傾けたかと思うと、次の瞬間に桜花を弾き飛ばし、高木の喉元に剣を突きつけていた。

「……どうやら、貴方の言葉に嘘は無いようです。残念ながら、抵抗するならば斬るより道はありません」

「だ、駄目だよッ!!」

 オルゴーの呟きに、エリシアが思わず飛び出していた。

 高木には動くなと言われていたし、二度と身代わりになるなとも言われていた。だが、目の前で高木が斬られるのをじっと見ていることなどできるはずがない。

 高木の前に立ち、頭の上にあるオルゴーの剣を素手で掴もうとするエリシアに、思わずオルゴーが剣を引く。

「エリシアさん、引いてください。貴女ごと斬るのは心苦しい」

「いいよ。身代わりになるなって言われてたけど、一緒に死ぬなとは言われてないもん」

「……タカギさん。色欲に溺れ、権力に目が眩んでしまったとしても……エリシアさんを殺すのは本意ではないでしょう。できれば、彼女に免じて大人しく引いてください。それでも嫌ならば、せめて彼女を退けてください」

 オルゴーの言葉に、高木はしばらく目を閉じて黙っていた。だが、それも束の間のことである。

 高木は目を見開き、きっぱりとこう言った。

「アウトポート」

 次の瞬間、高木とエリシアの姿がオルゴーの前から消えていた。

「なッ……タカギさんは魔法が使えなくなったはず!!」

 流石のオルゴーも不意を突かれ、周囲をキョロキョロと見回す。だが、次の瞬間に後頭部をしたたかに殴られた。

 よろめくオルゴーの後ろには、高木が拳を握ったまま、実に楽しそうな笑顔で立っている。エリシアは真っ直ぐ、弾き飛ばされた桜花に向かって駆けていた。

「マサト!」

「偉いぞエリシア。後で頭を撫でてやろう」

 エリシアが桜花を投げると、高木は器用に柄の部分を掴み取る。そして、体勢を整えて高木を振り返ろうとしたオルゴーに向けて、その切っ先を突きつけていた。

「……実は、フィアが随分と骨を折ってくれたお陰で、魔法は使えるようになっていた」

「う、嘘でしょう……マナすら集めていませんでした」

「ああ。それに関してはレイラのお陰だな。マナの結晶のことをヴィスリーにだけ伝え、君には伝えていなかった」

 ぐるぐるとオルゴーの頭が混乱する。

 確かに数日前、ファウストがルクタに「タカギ君は魔法が使えなくなってしまったのですよ」と聞かされていたのである。ルクタも男の嘘を見抜くのは得意であるし、ファウストが嘘をついているわけではない。

 だとすれば。

「僕が魔法を使えなかったのは、僕がマナに嫌われていたからというのが、フィアの解釈だ。エリシアを助けるためとはいえども、魂という一種の概念を無理矢理召喚してしまったのだからな。概念を召喚するという矛盾に、マナは僕を矛盾する者として認識したらしい。僕という存在そのものとマナとの繋がりが希薄になって、見ることすら叶わない状態が続いた」

「……フィアさんの解釈は兎角、ならば何故……魔法が」

「簡単な話だ。理由さえわかれば解決方法も見えてくる。僕が矛盾しているからマナに嫌われるのであれば、矛盾を無くせば再び魔法が使えるようになるというわけだ。矛盾していないという概念さえ僕に備わっていれば、僕だって魔法が使える」

「……ヒトミさん、ですか」

 オルゴーの言葉に、高木は「流石に頭の回転が速い」と褒めた。

「ひとみに概念魔法で、僕が矛盾した存在でないと証明するモノを作り出させた。まあ、概念魔法も魔法だから、すぐに消えるが……魔法の重ねがけで、マナを完璧に消し去り、絶対に消えない魔法とすることができることもわかっている。僕とひとみの二人で、ひたすら僕自身に概念魔法をかけ続けた。半日ほど費やしたが……ファウストには内緒にしておけば、きっとペラペラと僕が魔法が使えないことも喋ってくれると思っていた。おかげでこの通り。オルゴー相手でも、魔法が使えれば戦える」

 高木の言葉に、オルゴーが弾かれたように後ろに転がる。少々喋ることに夢中になっていた高木は、オルゴーが桜花の切っ先から逃げたのだと咄嗟に気付かず「ああ、しまった」と声をあげた。

「私の剣は、鉄すら斬ります。いくら背後を突かれようが、もう遅れは取りません。いくらタカギさんが魔法を使えようが、その才能では――」

「吹っ飛べ!!」

 高木の言葉と共に、突風が吹き荒れた。

 オルゴーが吹き飛ばされながらも、風の中で体勢を整えて無事に着地をする。

「また、マナが――どうしてマナも無いのに、風が……いや、エリシアさんも魔法ではない道具を使って、火をおこしていましたね。これもその道具の力ですか!」

「……レイラの結晶を服の中に仕込んであるだけだ。しかし、フィアがポンポンと僕を吹き飛ばす理由がよくわかった。これはハマりそうだ」

 高木が魔法を使えると言うことは、レイラの結晶を使って、レイラの才能のままに魔法を扱えると言うことである。

 魔法に関して、その才能が唯一の欠点であった高木である。当然ながら、才能を手にしたとすれば。

「燃えろ!!」

「は、早い!!」

「吹っ飛べ、雷崩し、破壊光線、炎舞!!」

 やりたい放題であった。複雑な概念魔法を数秒とかからずに組み立てる高木の脳みそである。普通の魔法などほとんど一瞬で想像することが出来る。同じ事をやっていたファウストよりも、タイムラグがないだけにタチが悪い。

 オルゴーもさるもので、飛んでくる風や雷や光線や炎をことごとく躱してしまうのだが、如何せん近づくことが出来ない。

「わー、マサト君、がんばってー」

 形勢逆転に、フルーデリヒも少し余裕が出てきたのか、声援を送る始末である。だが、高木の表情がふと変わる。

「あ、やばい。結晶が無くなった」

「マサト君、逃げてぇッ!!」

 嫁さんも大変である。オルゴーも高木の呟きが嘘ではないと判断して、流石に手を抜く余裕もないことから、突撃する。

 レイラの結晶とは、断定は出来ないものの高木がマナを集めずに魔法を使えるモノなのだろうということは理解できた。それがなければ、高木は数秒を費やして概念魔法に頼らざるを得ない。

 本気でいかねば、逆に高木に殺されかねない。こうなれば仕方がないのだ。

 高木が立ちはだかってくる以上、斬らねばならない。

「もう一丁、吹っ飛べ!!」

「うッ……」

 何故だと思いながら、魔法は無いと確信していたオルゴーは壁に激突した。

 おかしい。もう結晶は無くなった筈なのに。その言葉に、嘘はなかったはずなのに。

「すまんな。結晶をポケットに仕舞っておいたのだが、右のポケットのものが無くなっただけで、左にはまだあったんだ」

 嘘は言っていない。確かに右ポケットの「結晶が無くなった」のだ。

 嘘をつかずとも人を騙すことなど、高木にとっては容易いということを、オルゴーはすっかり失念していた。何が「史上最悪の特殊能力」なのだと、オルゴーは苦笑した。そんな能力は、高木にとって些事も些事。ほとんど意味を成さないではないか。

「……騙しましたね」

「うむ、ここまで鮮やかに騙したのは久々で気持ちが良い」

 やはり、自分の最大の武器は口先三寸にあると高木が確信する。

 新選組の隊服を脱ぎ捨て、鉢がねも解いて。元通りの姿になった黒衣のサムライは、苦痛に顔をゆがめる帝国騎士に愉悦の笑みを浮かべた。

「千の言葉に万の罠。黒衣のサムライこと高木聖人――いざ参る」

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