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93話:猛進

「うわっ、ちょ、待て待て待て!」

「ぬう、これはいかん」

 ヴィスリーとナンナは荒れ狂う風と、耳をつんざく雷鳴と、ついでに全てを溶かし尽くす光線に逃げ惑うしか道が無かった。

「もう、チョロチョロしないで吹き飛ばされなさいよ!」

 フィアがマナを集めながら怒鳴る。柱の影に身を隠したヴィスリーは無茶を言うなと吐き捨てた。

 仲間だった頃はこの上なく頼もしかった三人だが、敵にしてみると危険極まりない。せめて隙を突いて間合いを詰めることができればいいのだが、三人ともお互いを護るような連携を取っており、姿を見せれば風に脚を掬われたところに電撃と破壊光線が飛んでくるのである。既にヴィスリーの鎧は肩当てが破壊光線に掠って溶けていた。

「どうすりゃいいんだよ、こんなの」

「何か飛び道具は無いのか。弓でもあれば隙を突けるのじゃが」

「あったら苦労してねえよ!」

 一応、黒衣騎士団にも弓部隊は存在するが、オルゴーが突撃を最優先させた為に、数少ない弓兵は王宮の守備につかざるを得なくなっている。もっとも、ナンナもヴィスリーも弓の扱いに長けているわけではなく、生半可な弓よりは無茶でも特攻に走った方が幾分かマシではある。

「ヴィスリー、出ておいでー。今なら気絶で済むよー」

 レイラの間延びした声も、今はかなり恐怖を煽る。そっとヴィスリーが柱の影から顔を出すと、ひとみが困ったような笑顔を浮かべていた。若干嗜虐的であり、本質的には攻めるのが好きな人なのだと再認識させられて、ヴィスリーは頭を引っ込めた。

「……どうすっかなぁ。迂闊に前に出たら一斉射撃。回り込もうにも遮蔽物が少なすぎて話にならねえ」

 ヴィスリーが剣を握りしめ、ぶつぶつとぼやく。

 レイラが高木の下にいることで、かつて電撃を食らっているヴィスリーは絶縁体である植物の樹脂を固めた――いわゆるゴムを剣の柄に巻き付けており、剣を伝っての感電することを予防している。鎧も革のものを選んでいるので、電撃にだけならば耐えられる。

 しかし、レイラもそれに気付いているのか、たまに炎を飛ばしてくるので洒落にならない。ひとみの破壊光線に至っては防御不可能である。

「……姉御も切り刻んできたら、致死確実だしなぁ……」

「ふむ。よもや魔法使いがここまで強いとは……一対一なら負けないものを」

 ナンナは悔しさよりも、洒落にならない攻撃力の高さに感心している感が強い。

 ごく平均的な魔法使いならばここまでの脅威にはならないのだが、目の前の三人は世界一の魔法使い・召喚魔法を成功させた魔法使い・マナの結晶化を成し遂げた魔法使い、と世界的に見ても希有な人物揃いである。

「しかし、このままじゃジリ貧じゃ。そこで我が思いついた秘策に賭けるというのはどうじゃ?」

 ナンナがにやりと笑う。ヴィスリーは「お」と声をあげるが、しばらく後に「ん?」と首を捻ってナンナのオデコをピンと指で弾いた。

「秘策って言葉と、思いついたって言葉は食い合わせが悪い気がするんだが」

 そもそも、秘策とはとっておきの作戦なわけで、その場で思いつくのは秘策ではなく機転というべきものである。

 おまけに、賭けるということは成功が約束されているわけではないということだ。要するに、ナンナの言葉は失敗するかもしれない思いつきを実行するという意味に他ならない。

「ええい、兄貴殿のように理屈ばかり並べよってに。我を求めたときの勢いは何処へ行った!」

 ナンナはピシャリとヴィスリーの頬を叩き、己の手形の上にそっと口づけをする。

「それに思いつきじゃが、割と良い案でもある」

「……ったく、どうしてこう気の強い女ばっかりなんだ。まあいいや、愛しい恋人の良い案とやらに乗ろうじゃねえか」

「うむ、よくぞ言ったぞ囮役」

 乗るんじゃなかった。



「吹っ飛べ!!」

 ヴィスリーが柱の影から躍り出た瞬間に、フィアの魔法が文字通り風を巻いて飛んできた。

 床にへばりつくようにして風を躱すと、ヴィスリーはそのままフィアに向かって突撃した。すかさずレイラとひとみがそれぞれ電撃と光線を飛ばすが、電撃は剣に吸い寄せられて消滅。光線はヴィスリーの鎧を掠めただけだった。

「くっ……吹っ飛べぇッ!!」

 フィアが続けざまに結晶を使って第二撃を放つ。少し急いだので、しっかりとしたイメージには至らなかったのだろう。やや勢いは弱く、両脚を踏ん張って凌ぎきった。

 そこを狙うように、ひとみとレイラの魔法が襲いかかる。それぞれ結晶を使い、レイラは炎を。ひとみは光線を放つ。

 しかし、炎も光線もヴィスリーを直撃するどころか、彼を避けるかのように通り過ぎていく。

「……なるほどな」

 ヴィスリーは溜息をついて、剣を放り投げた。カランと石造りの床を剣が滑っていく。

 ナンナの作戦は確かに思いつきで賭けの部分もあったが、よくよく考えれば至極効果的で、理にかなった策でもある。

 レイラは兎角、フィアとひとみは人を殺したことがない。故に、人殺しに対して強烈な抑制がかかっている。

 殊、ひとみに関して言えば、元の世界では人殺しを悪以外の何物でもないという倫理観が植え付けられているのだ。フィアやレイラも、長い間ずっと同じ釜の飯を食べてきた仲間だった男を殺すことに、躊躇しない筈がない。

「姉御達にゃ俺を殺せねえ。逆を言えば、俺にも姉御達を殺せねえ。最初っからわかってた筈じゃねえか。この面子で本気の殺し合いなんざできるわけねえんだ」

 当然ながら、ヴィスリーを気絶させてしまえば話はお終いである。しかし、ヴィスリーの投げた剣はレイラの足下に転がっており、電撃は全てそちらに流れてしまう。

「ヒトミさんが光を魔法にしたのも、結局はでかすぎる力を極力抑えるための事だろ。話を聞く限りじゃ、炎を作れば大爆発が起きて何十人も、何百人も殺せちまう。そうしないために、見た目は派手で、威力も高い割に狙った場所だけを溶かせる魔法を選んだ」

 ひとみはヴィスリーの言葉を聞いて、神妙な顔つきになった。

 全てはヴィスリーの言うとおりである。身を守るためには攻撃魔法を覚えるのが必須であり、しかし極力人を傷付けたくないひとみにとって、光線こそが唯一の道だったのだ。

 光速で目標を貫き、魔法での制御のために絶対に狙いが逸れないということは、逆説的に考えれば絶対に人に当てないで済むということでもある。

「悪いこたぁ言わねえ。レイラの電撃以外に俺を気絶させるような魔法はねえだろ。姉御の風なら見極められるしな」

 ヴィスリーの言葉に、フィアが眉を吊り上げる。

「見極められるかどうか、もう一度試してみる!?」

 ゆっくりと魔法を練りながらフィアがいきり立つ。ヴィスリーはにやりと笑い、じっとフィアの魔法を待つ。

「……吹っ飛べバカ!!」

「ほいきたぁ!」

 フィアが放った突風に、ヴィスリーは再び身を屈めてやり過ごす。だが、そこでヴィスリーの予測外の出来事が起こる。

「吹っ飛んじゃえー!!」

 レイラだった。フィアよりも威力は弱く、人を吹き飛ばすほどの勢いなど無いが、横合いから吹きつけた風はヴィスリーの体勢を崩しにかかる。

「うおっと!?」

「……せえのッ!!」

 バランスを崩したヴィスリーに、フィアが息を巻いて突進してくる。

 忘れていた。この姉御さんは魔法より先に手が出る人間だった。これで何度高木が殴られただろうか。

 パーンという心地良いほどの音が鳴る。ナンナに殴られたのと同じ箇所を、フィアの怒りのビンタが捉えていた。

「ヴィスリー。男には一カ所、すごい弱点があるのよね?」

 思わず目に涙を浮かべたヴィスリーに、フィアがにぃっと笑ってみせる。

 まさかそんな鬼畜な所業はすまい。いや、男ではないからこそ思い切ってやってくるのか。それでも、年頃の女の子がそんなはしたない真似をするなんて。いやいや、フィアの姉御ならばやりかねない。

 なまじ頭の回るヴィスリーであっただけに、本能的に回避するのがやや遅れた。気付いたときにはフィアの脚線美が思い切りヴィスリーの股間に伸びていく最中であった。

 あくまでも精神的な擬音語を使うのであれば、キーンと表現すべきであろうか。しかし、実際のところは「ごん」という鈍いながらも生々しい音であった。

「お、おおおおお……ッ!!?」

 これは痛い。フィアのつま先が直撃したヴィスリーは一瞬悟ったような真っ白な表情になり、次の瞬間にごろごろとのたうちまわった。

 流石は高木を散々殴ってきた女である。男の頭やら尊厳やらをいとも容易く蹴り飛ばしてしまう。

「うわ、変な感触ね。気持ち悪い」

 フィアがうんざりしたように呟くが、ヴィスリーは気持ち悪いどころの騒ぎではない。痛みに耐えようと間近にあったフィアの脚を掴んだ途端、追い打ちのように頭を踏みつけられた。

 一瞬視界の端に青と白の縞模様が見えた気もしたのだが、それをぱんつと認識する余裕がヴィスリーには無かった。

「さぁて、後はナンナだけね……って、あれ?」

 フィアが意気揚々とレイラ達を振り返り、唖然とした。

 レイラが倒れており、ひとみの前にナンナが迫っていたのである。

 同じ女とは思えない速度だった。床を蹴ったかと思えば、一瞬のうちにひとみの背中に回り込んでおり、細くしなやかな腕をひとみの首にかけたかと思うと、きゅっと締める。あまりにも鮮やかにひとみはかくりと項垂れて、どさりと床に倒れた。

「安心せい。気を失っただけじゃ。痛いとも思うておらぬ」

「な、何……なんで!?」

「いや、どうやら兄貴殿の調教の成果かのう。三人とも、人の話をよく聞く御仁じゃ。ヴィスリーが朗々と語っている間に我が回り込み、姉御殿の風を引き金に一人ずつ気絶させただけじゃ……まさかその間に金的を潰されるとは思ってもみなかったが」

 大丈夫だ、潰されてはないとヴィスリーが目で訴える。ナンナはそれを無視して、フィアに近づいた。

「勝負あったようじゃな。我はヴィスリーより瞬発力だけなら上じゃ。大人しくしておれば苦もなく気絶させてやろうぞ」

「……ふ、ふふ……やってくれるじゃないの……」

 ナンナの言葉に、フィアの頭の中でぷちっと音が鳴った。

 高木だけではなく、ナンナやヴィスリーにまで自分の性格を利用されてしまった。その所為で自分ではなく、レイラとひとみがやられてしまった。

 愚かしい自分と、揚々と喋るナンナと。両方が許せなかった。

「もーいいわよっ。手加減なんかしてあげない!!」

 フィアがマナを一気に集め、頭の中で風をイメージする。魔法を撃った瞬間に回り込もうとナンナが身構える。

「バカの一つ覚えじゃな。どうせ我を殺すことはできぬのじゃろ。風ごときに吹き飛ばされる我ではない」

「……何を勘違いしているのかしら。吹き飛ばすのはナンナじゃないわよ……」

 すうっと息を吸い込み、フィアがナンナを見据える。この局面で嘘をつけるような人間ではない。さては動けないヴィスリーを狙うのかと、ナンナの気が一瞬逸れた時だった。

「吹っ飛べッ!!!」

 フィアの裂帛の気合いと共に、突風が強烈な勢いで吹き付ける。

 ただし、その対象はナンナでもヴィスリーでもない。フィア自身だった。

「なッ!?」

「きゃあああッ!?」

 自分で自分を吹き飛ばすのは初めてのことだった。思わず眼を瞑り、身体を竦めるフィアに、己で作り上げた風が容赦なく身体を持ち上げ、その勢いのままにナンナに向かってすっ飛んでいく。

 元々、魔法の制御は苦手だったが、旅の間で成長したのはファウストだけではない。フィアもまた、ファウストから魔法の制御を教えてもらっていたのだ。

 ファウストのように空を飛ぶようなことはできないが、対象に向かって自分を吹き飛ばすぐらいはできる。

 予想外の展開に、ナンナの反応は遅れたままであった。風に吹き飛ばされて向かってくるフィアに反応することができず、咄嗟に身を構えようとするが遅い。

 身体を丸めていたフィアの頭が、ナンナの胸部を直撃した。

「が、は……ッ!?」

「……い、痛い……」

 肺の息を全部吐き出したナンナもだが、頭をモロにぶつけたフィアも洒落にならない痛みであった。それぞれ激突した箇所を抑えてうずくまり悶絶する。立ち上がろうと思うが、腰に力が入らず身動きを取ることが出来なかった。

 未だに痛みの治まらないヴィスリー。気絶したレイラとひとみ。そして悶絶するフィアとナンナ。

「……痛み分けかよ……」

 この調子だとしばらくは全員、立ち上がることが出来ないだろう。何とも情けない話だが、痛みが引くまで動けそうにはない。

「結局、兄貴の鼻をあかせなかったか……うぐ、また痛みが……」

「うー……クラクラするわね……大丈夫よ。マサトは私達が完璧に足止めすると思ってたはずだから……一応、思惑通りじゃないわよ」

 ヴィスリーはそれだけ聞いて、納得することにした。

 そもそも、オルゴーと高木の間に立ち入るつもりはなかったのだ。ただ、少しでも高木の鼻をあかし、サムライと騎士の結末を見届けたかっただけである。

「兄貴とオルゴー、大丈夫かなぁ」

 ヴィスリーがぼそりと呟く。フィアも立ち上がることを諦めたのか、大の字で寝転がって階段の方を見た。

「平気よ。そうじゃなきゃ、私がマサトの傍を離れるわけないでしょ」

「……しばらく見ないうちに、姉御も素直になったなぁ」

 かくして、ヴィスリーとフィアはそれぞれ痛みに耐えながらも、昔を懐かしむように言葉を交わし合うのだった。

ヴィスリー「ちなみに、さっきからぱんつ見えてるんだけどよ」

フィア「吹っ飛べ」



何この最終話目前のアホな後書き。

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