表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
93/97

92話:白銀

「オルゴー、先に行け!」

「しかしッ!」

「ええい、兄貴殿に話があるのじゃろう。はよう行かぬか!」

 吹き荒れる突風の中、ヴィスリーとナンナの怒声に、オルゴーは唇を噛みしめながらも頷いた。

 フィアの放った風が止む。弾かれたように飛び出すオルゴーをフィアは黙って見送った。

「ったく、姉御の風は久しぶりだ」

「ふむ、それだけではないようじゃ」

 いつの間にか、暗がりから姿を現していたレイラとひとみに気付くと、ナンナは身構える。

「久しぶりね、ヴィスリー。それにナンナも」

 フィアがマナを集めながら呟くと、ヴィスリーは口角を持ち上げた。

「お三方お揃いたぁ、随分な歓迎じゃねえか。どうあっても、オルゴーと兄貴に一騎打ちをさせてえみたいだな」

「わかってるじゃないの。まあ、私も気乗りしないんだけどね。マサトがそうしたいって言うから仕方ないじゃない」

 フィアが溜息をつく。レイラとひとみも苦笑いを浮かべ、マナを集めていた。

「ごめんねー。ヴィスリーもナンナも殺したくないから、大人しくしてほしいなー」

 レイラの間延びした声に、ナンナが鼻白む。確かに風と雷、光線をそれぞれ扱う魔法使いを相手にするのは厳しい。だが、まるで自分たちが絶対的な優位にいるという態度が気にくわなかった。

「ふむ、良い機会じゃて。徒手空拳で魔法に挑むのも悪くは無いの」

「……これも兄貴の筋書きか。けどまあ、俺だってたまにゃあ兄貴の鼻を明かさねえと、弟分として胸を張れねえや」

 拳を固めるナンナと、剣を握るヴィスリーに、ひとみはふうと重い溜息を吐いた。

「ほんと、この展開まで聖人のシナリオ通りだよ……」

 長い時間を共に過ごしたわけではないひとみだが、ヴィスリーの話は高木からよく聞かされていた。機転の利かせ方だけならば、高木にも十分対抗できるという。人数の利があるとはいえども油断できる相手でないことは確かだ。

「そうそう。二つ名を変えたんだったわ。春風の少女改め、風神。アスタルフィア・エルヘルブム!」

「えへへ、なんだか名乗るのって恥ずかしいけど……雷神こと、レイラ・ヒビキ」

「……ううー、なんで戦隊モノのノリに……天照あまてらすこと、天橋ひとみ」

 三人の魔法使いが一斉に前に出る。ヴィスリーは思わず声をあげて笑いそうになった。

 高木らしいではないか。こんなときまで、どこか戯曲的な雰囲気を醸し出させるのは、あの男でなくてはできないことだ。

 ならば、その戯曲に付き合うのもまた弟の努めであり、或いは乗り越えて見せるのも面白い。

「行くぜ。兄貴に吠え面をかかせてやる」




 都合十合に渡る撃ち合いに、ルルナの手が軋んだ。

「引けよ、ルルナ!」

「うるさい、バカ兄貴。貴様が放浪したせいで、私は騎士として生きるしか無くなったのだ!」

 シェイドの斧は、全てファウストに向けられていた。

 十数年前に愛らしかったはずの妹は、何故か騎士になって行く手を阻み、あろうことか如何にも優男という貴族に誑かされているのだ。

 お兄ちゃん的にはかなりの衝撃であった。そもそもシェイドが武者修行に出たのも、強い騎士になって家族を護りたいという願いがあったからこそである。当時、十歳のシェイドにとってそれは正義であり、決して家族を捨てたわけでも逃げたわけでもなかった。

 ルルナにしてみれば、少々間の抜けたところもあったが、優しい兄だった。しかし、突然出奔してしまい他に家を継ぐ者がいなかったことから、父の画策により女流騎士として育てられ、憧れていた普通の恋愛や幸せな家庭を持つ夢を悉く打ち崩されたのである。その兄が今度はようやくみつけた恋人を殺しにかかっているのである。こうなっては、兄はもう単なる不幸の種でしかない。

「どうして私の邪魔をする!」

「いや、今俺の邪魔をしてるのはルルナだろ!」

 ルルナの斬り込みを斧の柄で受け、シェイドが一度引く。ルルナもファウストを護るように体勢を整えた。

「ファウスト、魔法で援護しろ」

「いや、しかし……義兄上様あにうえさまを消し炭にするのは、少々不味いのでは?」

「構わん。あれは単なる阿呆だ」

 妹に阿呆呼ばわりされたシェイドは、少し情けない目でルクタを見た。ルクタは事の展開に少々頭痛を覚えていたが、何はともあれ、シェイドがルルナに手を緩めてしまうのは目に見えている。実力だけならばシェイドに分があるものの、ルルナに手こずっていては、ファウストの魔法の餌食になるのがオチである。

「……二人で攻めるわよ。私がルルナを引きつけるから、ファウストを狙いなさい。ただし、殺しちゃ駄目よ。妹を悲しませたくなければね」

 ファウストとルルナが実に仲睦まじく、色々な手順を抜かして結婚を考えているほどであることを知るルクタにとっては、たとえ目の前を塞ぐ敵であろうが、命まで奪うことはできない。

「わかったっス!」

 シェイドが大きく斧を振るい、ファウストに突撃する。それを止めようとルルナが迎え撃ちに出るが、ルクタがナイフを構えて素早くルルナの懐に潜り込む。

 ルルナの剣が、ルクタのナイフを弾き飛ばす。しかし、その間にシェイドはファウストに向かって斧を振り上げていた。

「炎舞!」

 ファウストが咄嗟に蛇のように動く火柱を二本作りだして、シェイドに向かわせる。シェイドが慌てて身を引くと、炎の蛇は次の瞬間にマナに戻って四散した。

 その隙を狙い、ルルナが剣を構えてシェイドに突撃する。ファウストもレイラに貰ったマナの結晶ですぐに第二撃を放とうとするが、ルクタがファウストに素手で殴りかかり、ファウストの気が逸れる。

「ちょ、ちょっとルクタさん。いくら何でも素手は……うぐっ!?」

 冗談かと思ったルクタの突貫であったが、伊達に女豹の二つ名を頂戴してはいない。素早い身のこなしならば自信がある。

 ファウストの脇腹にルクタのすらりとした脚が突き刺さり、ファウストががくりと膝を突く。ルルナの剣撃を躱したシェイドも、斧の柄でルルナの腹を突いて、ルルナを下がらせる。

「勝負あったな。ルルナ、悪いことは言わないからあんな男と別れて、普通の娘に戻れ。騎士が嫌なら、兄ちゃんが替わってやるから」

 シェイドがルルナに優しい声をかける。ルクタもナイフを拾い上げ、ファウストに近づいた。

「とりあえず、悪いようにはしないから……シェイドはああ言ってるけど、ルルナとのことも私が何とかするし、引いてくれないかしら?」

「けほ……なるほど。ルクタさんは最初から、義兄上様の援護に残ったわけではなく、私達を助けるために留まったのですね……」

 ファウストが痛みに顔を顰めながらも笑みを作ると、ルクタも曖昧に頷いた。

 抜け目ないというか、この観察眼と冷静な思考力は高木にも匹敵するのではないかと思うほどだ。

 ルクタにとって、ファウストとルルナは帝都の情報を仕入れるために世話になったこともあり、この局面で立ちはだかった相手だとしても、死なせてしまうのが嫌だったのだ。

 ファウストは息が整うまで何度か深呼吸を繰り返し、ルクタを見た。

 もしここで素直に頷けば、確かに命は助かるだろう。二人が上の階に上がってしまうのも、さほど重要ではない。殺してでも足止めせねばならないのであれば、罠を仕掛けるなり、レイラの雷撃で仕留めるなりが出来たのだ。

 言わば、命のやりとりをせずに、ただ少しの時間を稼げれば、ファウストが高木に頼まれた仕事は終わる。

「しかし、それだと私は一生、義兄上様に見下されてしまうでしょうね。ルルナも愛想を尽かしてしまうかもしれません。それは一人の男として、決して看過できるものではないのです」

 ファウストはふらりと立ち上がり、ルクタを通り越してシェイドを見た。

 ルクタは思わず溜息をつく。男はいつだってバカなのだということを、改めて認識してしまったのだ。

「仮にも帝国一番の魔法使いで、しかも貴族でしょ。シェイドだって時間をおけばきっと見直してくれるわよ」

「……そんな肩書きは、ヒトミさんが現れたときに返上しましたよ。貴族としての誇りはありますが、それは私の誇りであって他人に見せびらかす勲章ではありません。私は、一人の男として義兄上様に認められねばならないのですよ」

 ファウストはゆっくりとルクタの横を通り過ぎ、シェイドを見据えた。

 高木には絶対に無理をするなと厳命されている。あくまでも僅かな時間稼ぎであり、命だけは捨てるなと言われている。とりわけエリシアは泣きそうな顔でファウストを見送ってくれた。

 誰も死なないこと。それが高木の目標であり、ここまで事を大きくした原因でもある。

「すみませんね。諸々の事情により、無理をさせていただきます」

 ファウストがマナを集め始める。シェイドは憮然とした面持ちながら、そっと斧を構える。

「兄貴、やめてくれ。ファウストも……そんなことをしなくても、私はお前が……」

 ルルナがファウストの意図することに気付き、それに応えようとするシェイドの姿を見て声を荒げる。しかし、ファウストもシェイドもルルナの方を振り向くことさえせずに、お互いを見据えるだけだった。

「ルルナ。貴女の気持ちは私に届いています。しかし、時として男には、女性を悲しませてでもやらねばならぬことがあるのです。端から見れば馬鹿馬鹿しいことでもね」

「そういうこった。ルクタさん、恨みっこナシっすよ」

 シェイドはそれだけ言って、再び斧を振り上げてファウストに躍りかかった。


 ファウストは身体能力において、非常に乏しい才能しか持っていない。

 生まれつき身体が丈夫ではなく、人並みの体力を手に入れるのにもかなりの苦労をした。当然ながら、武者修行で各地を渡り歩いてきたシェイドに肉弾戦では敵うはずがない。

「おおりゃあッ!」

 裂帛の気合いと共に打ち込まれた巨大な刃に、ファウストは身を引くことすら出来ない。ファウストに出来ることは魔法だけだ。

「吹っ飛べ!!」

 ファウストが咄嗟にイメージしたのは、フィアのよく使っていた風魔法だった。

 ただし、咄嗟のイメージではシェイドの勢いを殺すまでの風は生まれない。だからこそ、ファウストはシェイドの横合いから、斧にめがけて魔法を放っていた。

 突如として吹き荒れる一陣の風に、シェイドの斧が軌道を変える。

 どかんと斧が叩き割ったのは、ファウストの数センチ横の床石だった。体勢の泳いでいるシェイドの頭を、ファウストが思い切り腕で押さえつける。

「あてっ!?」

 ただでさえバランスを崩したところに、頭を思い切り押さえつけられては、いくら足腰が強くとも耐えられはしない。膝を突いてしまうシェイドだが、そのままファウストの脚を腕で払い、ファウストにも尻餅を着かせる。

「もらったァ!」

「雷……崩しッ!」

 結晶を使い、ファウストが電撃を放つ。レイラが得意とする電撃だが、彼女の結晶を実験している中で誤って一度浴びてしまい、ファウストの中で電撃のイメージはしっかりと定着していたのだ。

 ばちんと青白い閃光が走り、間近にいたシェイドがモロに電撃を浴びる。びくんと身体が痙攣したところで、ファウストはごろごろと転がって距離を取った。

「ぐぅ……温いッ!」

 シェイドもさるもので、身体に痺れが残っているはずであるのに、斧に手を伸ばして再びファウストに襲いかかる。ファウストはなおも恐れずに前に出た。

 がつんと斧の柄がファウストの肩にめり込む。間合いを外して刃の直撃を避けたものの、柄が当たるだけで十分な威力となる。これで魔法を練る集中力は途切れたと判断したシェイドが、再び斧を持ち上げた。

「破壊光線っ」

「な……ッ!」

 持ち上げた斧に一筋の光が照射され、みるみる間に斧が溶けていった。

 驚きの余りに開いた口が塞がらないシェイドに、ファウストは思い切り体当たりを食らわせる。

「ぬう……ッ!」

「ふ、ふふ……白銀の貴公子。またの名を天才と呼ばれた私です……不意を突かれない限り、マナを手放すような愚かな真似はしません。また、原理さえわかれば少々威力が落ちるものの世界最強の魔法使いの得意技とて使えますよ」

 原理は極力単純で、光を収縮させるだけだ。光が凝縮するという感覚を掴むのに多少は手間取ったが、高木とひとみに教えを請うた結果、十分な殺傷力を得るまでに至ったのである。

「……さて、曲芸もこれまでです。次で決めますよ……」

 ファウストが最後にマナを集め、シェイドを見据える。

 ファウストにとって、この旅は己の成長を実感するものであった。ならば、その最後は勿論、己が手に入れた最高のものを披露せねばならない。

 シェイドはブンと斧を振った。刃は溶けて無くなったが、優男一人を叩き潰すには十分な威力がある。

「妹は貴様にやらん」

「残念ですね。もう貰っています」

 安い挑発も、この場面ならば面白いように通用する。言葉の使い方もまた、高木の隣で学んできたのだ。

「っ……死ねぇッ!!」

 激昂したシェイドが最後だと言わんばかりに、思い切り刃の溶けた斧を持ち上げる。今までも力任せに振るっているように見えたシェイドだが、刃を立てるために力を制御していたのだろう。刃が溶けてしまった以上、技は必要ないとばかりに、風切り音が唸りを上げるほどの勢いであった。ファウストはぐっと身体を強ばらせて、後に続く衝撃に耐えようとする。

 なぜならば、この最後の魔法は、自分にとっても中々痛い技だからだ。

「変身ッ!!」

 ファウストの身体が、一瞬鉄の塊と化していた。

 甲高い金属音が響く。渾身の力で振り下ろした斧はファウストの頭を直撃したが、弾かれたのは斧の方である。

「へッ!?」

「うっぎゃああああッ……全身でやると痛みも半端無いですね……しかしもう一度、変身ッ!!」

 ファウストの身体が元に戻った瞬間、さらに右手だけが鉄の塊と化していた。

 鉄の拳を振りかざし、呆然とするシェイドの横っ面を思い切り殴りつける。

「がッ……!!」

 見事に顎を捉えた拳に、シェイドががくりと膝を突き、そのまま倒れ伏す。

 ファウストはしばらく肩で息をしていたが、シェイドが目を回していることを確認して、ふらふらとルルナに近づいた。

「……すみません、義兄上様を殴ってしまいました」

「い、いや……それは良いが。お前、その……さっきの魔法は、確かタカギが使っていた……」

「概念魔法です。いやはや、習得に苦労しましたよ。タカギさんの講義を三日三晩ですからね」

 少し前。ちょうど、高木がひとみを元の世界に戻そうとして失敗したときだった。

 高木はもしもの時、自分の代わりにひとみを守ってくれと言い、ファウストに概念魔法を叩き込んだのである。ファウストの他にも、フィアとレイラが講釈を聞いていたが、結局身についたのはファウストだけであった。

「召喚魔法や転送魔法は理屈がよくわからないのですが、鉄化だけは理解できましてね……痛たたた……」

 説明の途中でファウストがよろめく。連続して鉄化魔法を自分に使ったのだ。何度か高木に鉄化されていたので、かなり慣れていたものの、生半可な痛みではない。

 ルルナがファウストを抱きかかえると、ファウストは安心したようにかくりと気絶した。

「バカ……無理をして」

 ルルナはそっと呟いて、ファウストの髪を撫でる。一人様子を見ていたルクタは、やれやれと呟いてシェイドの介抱をすることにした。

「先に進まなくていいのか?」

「ええ。本当は進みたいけど……ヴィスリーとナンナがいるし、私はオルゴーを信じてるから。たとえタカギがどんな口車を使っても、オルゴーは負けないわ。それに……ファウストが勝ったのに、私が通るのも筋違いよ」

 ルクタは苦笑して、目を回しているシェイドの頬をぺしぺしと叩く。かなり良い拳を頂戴したらしく、白目を剥いているが、命に別状はないようだ。

「……後はお願いね、オルゴー」

 ルクタは誰に言うでもなく、祈るようにぼそりと呟いた。

ファウスト強い。強いファウスト。

作者は黒衣の中でファウストが一番好きかもしれません。


12話:電撃の挿絵をみょーめー様に描いて頂きました。

レイラの初登場シーンです。巨乳! 巨乳!

貧乳が好きな高木と作者も、レイラの胸は概ね大好きです。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ