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8話:大工

 高木が異世界にきて、三日目となる。

 バレットからほとんど詐欺同然で奪い取った金貨十枚は、当初の予定通り、フィアが九枚。高木が一枚の配分となった。フィアがエリシアにも配分しようとしたのを、エリシアが固辞した結果である。

「なんか、私だけ思いきり得しちゃってる気がするんだけど」

 ぼやくフィアだが、エリシアは借金が帳消しになり、高木は喋っているだけで金貨一枚を丸々手に入れたことになるので、二人とも不満などない。

 初日からバレットに関する騒動に取りかかり、高木にとってはようやく落ち着くことができる日を手に入れたことになる。フィアは急に不労所得が手に入ったことで、当分仕事をするつもりはないらしく、エリシアはようやく、自分がしたことをはじめることができるようになった。

「……まずは、きちんとした寝床だな」

 固い床で眠った所為か、身体が少し痛い。バキバキと首を鳴らしながら、高木は朝食を摂るべく台所に向かった。


「おはよ」

「おはよう、マサトっ」

 高木が食堂に顔を出すと、フィアとエリシアが朝食の用意を始めていた。

 一連の騒動で、この二人も打ち解け、昨晩はフィアのベッドで一緒に寝たらしい。高木は二人に挨拶をして、樽に入っていた水で顔を洗う。タオルも石鹸もあるらしく、洗顔に差し支えはない。

「フィア。サラダできたよーっ」

「エリシア、料理できるのね。手際がすごく良いわ」

 和気藹々と朝食を作る二人を眺めながら、高木は今日の予定をぼんやりと考える。

 一体、いつになれば帰れるのか想像がつかない現状では、やはり寝具は揃えておいて損はない。衣類も肌着が二枚に羽織が一枚では心許ない。エリシアの私物は昨日の内に回収したが、服はあちこち修繕を繰り返しておりボロボロで、家具はほとんど無かった。ほとんど高木と似たような状況である。

「エリシアと僕の生活用品を揃えようと思うんだ」

 調理を終え、二人が席につくのを見計らって高木は切り出した。フィアは二つ返事で了承して、エリシアは「いいの?」と遠慮がちに尋ねる。

「エリシアも、もうちょっとお洒落しなくちゃね。せっかく可愛いんだから、似合う服を着なくちゃ。お金の心配なら、優しいバレットさんが金貨を十枚も餞別にくれて余ってるしね」

 フィアの冗談にエリシアが曖昧な笑みをしながらも、こくんと頷いた。あまり遠慮をするなと、昨晩から言って聞かされたのだろう。

「ベッドは、売っているものなのか?」

 高木の見た限りでは、家具の量販店はありそうもなかった。

「職人に頼めば作ってくれるわ」

 フィアの説明では、多少大がかりなものになると、すべて職人に直接依頼するのだという。今の時期ならば五日ほど待てば作ってくれるだろうというのが、フィアの見込みである。塗料を乾燥させなければならないのに時間が掛かる上に、半月ほど前に大雨であちこちから修繕の依頼などが舞い込んでいるのだとか。

 ちなみに、ベッドという横文字が通用することに高木は疑問を覚えたが、小切手が高木の世界とシーガイアでは違う意味合いで使われていたりしたことを考えると、単純に横文字が通用しないというわけではないようだ。

「まあ、ベッドだろうが寝台だろうが、通じれば大差ないか。それよりも、後五日は、床で寝る生活というのが難儀だな」

 多少の不便は覚悟している高木だが、寝床は一日の四分の一ほどを過ごす場所である。我慢できなくはないのだが、現代日本人と感覚として、ベッドは、買えば届けてくれるものである。わざわざ職人に依頼して、五日も待って受け取りに行く手間を少し煩わしく感じてしまった。

「えっと……良かったら、私が作ってみるよ?」

 高木の様子を見て、エリシアが提案する。気持ちはありがたいが、エリシアがベッドを作る様子が想像できない。

「お金無かったから、自分のベッドを作ったことがあるの。木材と塗料さえあれば、一日あれば作れるよ。塗料が乾くのに、どうしても丸一日かかっちゃうけど」

「……ふむ。では、エリシアに頼もうかな。報酬は、新しい服と毛布。こんなところでどうだ?」

 元々服も毛布も用立てるつもりであったが、これならばエリシアが下手に遠慮することもないだろうと思い、高木が提案する。フィアも「木材なら裏手にあるの使って良いよ」と乗り気の様子である。

「じゃあ、先に毛布と服を買いに行きましょう。塗料も揃えなくちゃいけないし」

 今日一日の予定が決まる。買い物と日曜大工。何処の日本のお父さんだろうと高木は苦笑しつつも、異世界でそれをするのも一興かと思い直した。


 フィアとエリシアが服を買っている間に、高木は自分の下着と毛布、塗料を揃えた。職人は塗料を買うという高木に驚いているようだったが、例によって異国の人間であることが幸いして「お前のトコロの国は職人要らずか」と納得された。高木が作るわけではないのだが、敢えてそれを説明する必要もなかったので、軽く受け流しておいた。喋る、喋らないを判断するのも話術の重要な要素である。勝手に納得してくれているのならば、余計なことを言わない方が喉も疲れない。

 午前中いっぱいを買い物に当てて、午後からはベッド制作に乗り出す。ちなみに毛布がかさばった上に塗料も大量に分けてもらえたので重すぎて、高木には運べなかったので、馬を借りて運んだ。馬の扱いなどさっぱりわからないのだが、ここでエリシアが「世話をしたことがあるよ」と、馬を上手に操った。

「……泥棒をさせるより、普通に働かせた方がよほど優秀だな」

 バレットは人の扱いが下手だったと、高木は苦笑した。そうでなければ、エリシアがあっさりと高木に懐かなかったので今となってはありがたい話である。


 簡単な昼食を食べた後に、早速ベッド造りに取りかかることになった。エリシアの新しい服を早く見てみたい高木だが、大工仕事をするのだから、おめかしをするわけにもいかない。

 家の裏手は、ちょうど良い作業場所であり、フィアの祖父も日曜大工が趣味だったのか木材が大量に転がっている。高木も初日に、ここで手頃な木片で鳴子を作った。

「ふむ、流石にのこぎりで長さを揃えなければな。鳴子のようにはいかないか」

 鋸を使ったことはあるが、使い慣れているわけではない。それに、かんなをかけねばならない。こちらは触ったことすらなかった。

「ま、そこで私の出番ってワケよ」

 フィアが嬉しそうに胸を張った。はて、日曜大工が得意なのだろうかと高木はフィアに鋸を渡すが、フィアはそれをぽいっと放り投げた。

「まさか手刀で切るとか言うつもりか。やめておけ、生兵法は怪我の元と言ってな」

「するわけないでしょっ!!」

 ビシっとフィアのチョップが高木の頭に突き刺さる。なるほど、確かにこの威力なら切れるかもしれんと高木は思ったが、口には出さなかった。また吹き飛ばされてはたまらない。

「まあ、見せた方が早いわね」

 フィアがやれやれと呟いて、エリシアに丁度、切らなければならない箇所が一直線に並ぶように木材を並べさせた。何をするのだろうかと首を傾げるエリシアの隣で、高木はなるほど、と呟いた。フィアは、魔法使いなのだ。しかも、風を使う。

 すうっと息を吸い込み、フィアが意識を集中するかのように目を閉じる。そして。

「斬り刻んじゃえっ!!」

 例によって詠唱とも思えない豪快な言葉を叫び、カツンと音がしたかと思うと、次の瞬間には木材が綺麗に裁断されていた。切り口は滑らかで、鉋をかける必要もなさそうだった。

「これは、空気を圧縮して刃を作ったのか?」

 高木が尋ねると、フィアは「よくわかったわね」と笑う。

「思いっきり空気を集めて、台風みたいにグルグル回して発射するの。習得するまで時間がかかったわ」

 魔法っぽく言えば、エアカッターというところだろうか。高木は頷きながらも、フィアの間違いを指摘しなかった。

 おそらくフィアは気付いていないが、空気が刃になったわけではないと、高木は判断する。

 空気を圧縮すると、気圧が高まる。圧力が高まると、物質は小さくなろうとして、気体は液体や固体へと変化する。標高の高い山では水の沸点が下がり簡単に沸騰する原理と逆のことが起こるのである。

 おそらくは、水蒸気が一気に圧縮されて、固体である氷にまで変化した。刃状に圧縮しているのだから、まさしく氷の刃ということになる。空気の圧縮による凝固点の上昇なので、温度が変化したわけではないのだから、常温であるにも関わらず氷の状態を保つのだ。

 作った瞬間に発射しているらしく、その上に超高速で切り刻み、一瞬で四散するのでフィアも気付かないのだろう。

「……いや、それにしても凄いものだ。生半可な圧縮では、こうも見事に裁断できないだろう」

「可憐な乙女の護身用魔法よ」

 フィアは事も無げに言うが、そんな生やさしいものではない。端的に言えばやたらに切れ味の良い氷をぶつけるだけの、おそろしい物理攻撃だ。

 突風を起こすよりもイメージが難しいらしく、少々時間がかかるのが手間だとフィアがぼやくが、こんなものをポンポン使われたら、フィアの性格とも相俟ってたまったものではない。バレットは間違いなく、今頃お陀仏だっただろう。

「しかし、魔法で物理の復習をするとはな。まあいい。かなりの手間が省けそうだ。フィアは引き続き、木材の裁断。エリシアと僕で細かい加工と組み立てをしよう」

 高木の指示の元、作業が分担されていく。

 流石に細かい加工を魔法で行うことは無理なので、エリシアが手作業で行い、高木がそれを補佐する。作ろうと提案するだけあり、エリシアは非常に細かい作業が得意で、鋸と鉋を使い分けて次々とパーツを作り上げていく。高木は完全にエリシアの手伝いに回ることしかできなかった。口先三寸には自信があるが、基本的に器用な人間ではない。

 あれこれと作業をしている内に、あっという間に小一時間が経った。二つのベッドはほとんど完成しており、後は塗料を塗って乾かすだけである。

 これもエリシアがハケを使い、丁寧に仕上げていった。その様子を眺めながら、高木はこのエリシアの器用さを、何かに活かせないものかと考える。

 木工職人という単語がすぐに頭をよぎるが、幾ら何でもそれは安直だ。フィアが高木に文字と魔法を教える段取りになっているので、エリシアも一緒に勉強させるところから始めるのが、最も無難な選択肢である。文字の読み書きができるに越したことはない。魔法は才能にも依るところが大きいらしいが、やるだけやってみればいい。意外と大成するかもしれない。

「フィアは、魔法を習得するのにどれくらいの時間がかかった?」

 隣でエリシアの作業を眺めていたフィアに尋ねてみる。

「私は半年ぐらいだったかな。まず、仕組みを理解するまでが大変でさあ。マナを感じるようになるまでで、五ヶ月もかかったわ」

 フィアはかなり優秀な魔法使いだという話だから、普通の人間ならばもう少し時間がかかることになるだろう。

 今まで魔法を身近に感じたことがなかった高木が、一体どれほどの期間で習得できるのだろうか。帰るまでには使ってみたいと思うものの、見当がつかない。

「マサトは、見えないのにそこにあるものって信じられる?」

 不意にフィアは、高木の瞳を真っ直ぐに見据えて尋ねた。

 見えないのに、そこにあるもの。

 単純に小さすぎて視認できないもの。微生物や、細かい埃など。

 音波や匂い、熱や風などの、別の五感に対して働くもの。

 そして、喜びや悲しみ。怒りに、幸福など感情。

「信じると言うよりも、あることを知っている。そうでなければ、世界は成り立たない」

 そう、高木にとってそれらがあることは、信じる信じないという段階の話ではなく、あることが前提のものである。

「マサトの世界じゃ、みんな知ってるの?」

「ああ。目に見えないほど小さなものは、何百倍も大きく見ることができる道具を使って。音や、熱は数値化して。感情だけは目に見える形にはならないが、ここにいつでもある」

 高木は自分の胸を指して笑った。少し気障だったかと笑うが、フィアは首を横に振った。

「私たちの世界には、音も、熱も、風もあることが当たり前すぎて、それがそこにあるものだとわかってない。だから、そうやって放っておいても感じられるもの以外に、感じようとしなければ感じられないことがあることを、何ヶ月も考えないといけないの」

 私たちは馬鹿なのかもねと、フィアは自嘲気味に呟いた。

 高木はしばらく考え込むように俯いていたが、やがて顔を上げて、フィアの頭をくしゃくしゃと撫でた。

「僕は、あると知っているだけで、感じようとしたことはない。それに、君たちはきっと、僕よりも空の美しさも、陽の暖かさも知っている」

 きっとどちらも馬鹿なんだと付け加えて、高木は立ち上がった。

「要するに、マナを信じ、感じようとすることが魔法使いへの第一歩ということだろう?」

「理解が早くて助かるわ。この調子じゃ、一ヶ月もかからないかもね」

 フィアの言葉に、高木は肩を竦める。

 好奇心とは、何かを不思議に思うこと。つまり、疑問を覚えることからスタートする。頭ごなしに何でもかんでも信じてしまうのは、高木の性質には相容れないものだ。

「それでも……たまには、全てを信じるのも悪くない。マナを信じられなくても、マナを信じるフィアを信じることはできるからな」

 どこかのアニメのセリフだが、それを信じるのもまた一興。それで足りないなら、フィアを信じる自分を信じればいい。

「マサト、フィア。塗料を塗り終わったよーっ!」

 エリシアが嬉しそうに駆け寄ってくる。高木はにこりと微笑んで、ふと思いついて、こんなことを言ってみた。

「エリシアは、僕の言葉を信じるかい?」

「うんっ!」

 屈託のない真っ直ぐな返事に、高木は苦笑する。

 もしかすると、エリシアのほうが早く魔法を習得できるかもしれない。

 

 

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