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86話:強奪

 帝王を交えた反乱軍討伐会議は、それが一種の儀式のようでもあった。

 未曾有の危機であるにも関わらず、帝王が直接会議に参加するからには、それ相応の格式が必要である。王妃や姫も参列し、全員が最上級の正装で列席しなければならなかった。

 帝都の西門の守備を任された青銅騎士団にも会議への参加が認められており、本来は団長であるショックと副団長が出向く。しかし、ショックこそ列席しているものの、その隣には副団長代理として高木が席に着いていた。

 フィアやレイラ、ひとみは最高峰の魔法使いとして会議の警備を請け負い、エリシアは世話係として、高木達の茶を淹れたりしている。厳粛な場であるから、彼女らも正装を与えられていたが、高木は「学生服こそ高校生の最高の礼装だ」と言い張り、一張羅の学生服での参加である。当然ながら奇異の視線を浴びることになったが、一時は黒髪の悪魔として名を馳せ、次に黒衣のサムライとしてカルマ教に認められた実績がある。奇特な格好や堂々とした態度は、最初こそ批難を受けたものの、高木の言動に興味があったのか、黙認する形となった。


 会議が始まると、まずは国の危機に対して立ち上がった英雄達に、王族らがもてなすという誠意を示すために、帝王の娘である第一王女フルーデリヒが紅茶をついでまわる。七面倒くさい儀式だと高木はうんざりしていたが、王女の姿を一目見ると、思わずほうと溜息をついた。

 透き通るような白い肌に、青い瞳はまるで宝石のように美しい。柔らかく艶やかな金髪は腰よりも長く、まるでひとつひとつの毛を手入れしているかのように輝いていた。

 すらりと細い脚。奥ゆかしさが手に取るような上品な顔立ち。十七歳という年齢を聞き、胸の発育だけがあまりよろしくない点を含めて、高木は脳内で「ブラボー」と叫んだ。

 粛々と進む儀式の中で、ついに高木のカップにフルーデリヒが紅茶を注ぐ番になる。しかし、高木は一礼するフルーデリヒに「ちょっと待て」と言った。

「無礼者。王女様になんたる口の利き方か!!」

 高木の一言に、周囲からは非難囂々である。いい歳をした各騎士団の団長が高木を睨みつけ、ショックも流石に呆れたのか「謝っておけ」と脇を肘で突いた。

 帝王リガルド三世も、立派な口髭を指でなでつけながら、無礼な異世界人を即刻退場させるべく、警備の兵に顔を向ける。

 顔を向けた相手が同じ黒髪を持つひとみで、高木を引っ捕らえる代わりににっこり微笑むと、帝王は思わず見とれて、側室に迎えようかなどと考えた。

「皆様、お待ちください。今は私が皆様をおもてなししております。この御方の御言葉使いも決して無礼ではございません」

 王女フルーデリヒがたおやかに進言すると、場は一瞬で静まった。聡明にして絶世の美女と謳われるリガルド帝国が誇る王女は、度胸も据わっていた。高木はますます、彼女のことが気に入った。

「ふむ。少々言葉使いが荒かったようだが許せ。僕はこの国の人間ではないし、尽くすべき礼も知らん」

「ええ、どうかお気遣いなさりませんよう。しかし、不調法などありましたでしょうか。貴方様の国の礼儀を心得えないものでして、何か失礼をしたのでしたら、謝ります」

 なおも言葉使いを改めない高木に、フルーデリヒは笑顔で応える。周囲が高木を睨みながらも、フルーデリヒの心の優しさに胸打たれる中、それでも高木はいつも通りの不敵な笑みを浮かべていた。

「実は、紅茶があまり好きではなくてな。今、エリシアに珈琲を淹れてもらっている。僕はそれを飲むので、飛ばしてくれてかまわない」

 この発言には、流石に周囲も席を蹴り飛ばして立ち上がった。先述したとおり、これは単なる紅茶の提供ではなく、王族が騎士をもてなす儀式である。好きではないので飛ばせというのは、帝王の心づくしをはねつける暴挙である。

「貴様、異国の者とて容赦せんぞ!」

「異世界人だ。まあそれはさておき、お前達にとっては大事な儀式なのだろう。声を荒げては粛々たる儀式も形無しだ。王女様は賢い人だから、僕の少々の無礼ぐらい笑って許してくれる」

 高木の舌は、たとえ帝王を前にしてもひるむことなど無い。むしろ、いつもより冴え渡っているほどで、警護として見守っているフィア達は笑顔でその様子を見学していた。

「それで、えっと……フリードリヒだったか?」

「フルーデリヒですわ。よろしければ、御名前をお聞かせください」

「高木聖人。まあ、マサト君とでも呼んでくれ。恋人には是非、そう呼ばれたいと思っているのだが、何故か誰も呼んでくれない」

「はい、わかりました。マサト君」

 最早、無礼や暴挙を通り越して、単なる阿呆の所業であった。高木は「マサト君」の響きが気に入ったのか、にへらと笑って頷いている。警備の者が三名。世話係一名のこめかみがピクリと震えたのは言うまでもない。

「じゃあ、僕はフルーデリヒちゃんと呼ぼう。いや、ちょっと長いな。フルちゃんでいいか?」

「まあ、可愛らしいですね。是非そう呼んでくださいませ」

 周囲の怒りと嫉妬を余所に、高木とフルーデリヒは和気藹々と喋り続ける。最早、儀式云々ではなかった。

「それでは、マサト君にはコーヒーというものをお持ちしますわ。エリシア様のお手伝いという形で、どうか淹れさせてくださいませ」

「それなら大歓迎だ。エリシア、フルちゃんに運んでもらってくれ」

「……う、うん」

 自分で高木に淹れてあげたかったエリシアとしては、少々不満であるが、フルーデリヒがエリシアに近づいて微笑むと、それだけでほんわりとした気持ちになる。多分、良い人なのだろうと思って、素直にコーヒーの乗った盆をフルーデリヒに渡した。

 一応、これで儀式としても形は整う。密かにショックが安堵している中、フルーデリヒが静かに高木にコーヒーを差し出した。

「ありがとう。フルちゃんは優しいし、頭も良い。しかも美人だ」

 まるで、エリシアやフィアにするように、高木の手が自然とフルーデリヒの頭を撫でた。

 指一本触れるだけでも恐れ多いことであるのに、頭を撫でるという上から目線っぷり。当のフルーデリヒが初めての感覚にほうっと溜息をついて眼を細めるのに対して、周囲は完璧にブチ切れた。

「貴様、巫山戯るのも大概にしろ!!」

「何人囲えば気が済むのよスケベッ!!」

 殊、密かに麗しき姫君に淡い恋心を抱く帝都守備騎士団の若い副長と、同じベッドで眠りながら手を出されなかったフィアの激昂ぶりは目を見張るものがあった。フルーデリヒは思わず首をすくめたが、高木は例によって涼しい顔で受け流した。

「やれやれ。それだけ怒れるのならば安心だ。儀式だの礼儀だのと七面倒くさいことに時間を割くから、よほどの間抜けと阿呆が揃っているのかと思っていたが」

 高木はすいと席を立ち、フルーデリヒに一礼をするとそっと彼女の手を取り、口づけをした。

 フルーデリヒがあらあらと空いた片手で頬を押さえてはにかむのを見て、高木は満足げに頷く。

「礼儀だの敬意だのは、短く示せ。事は急を要するのだ。反乱軍は目前に迫り、一刻の猶予もない。帝王がいようが、神様が並んでいようが無駄を省き、てきぱきと動かねばならない。僕のした無礼など、国を攻めようとするオルゴーに比べれば、多寡がしれているだろうに。目の前にいる僕には怒ることができるのに、どうして黒衣騎士団に怒りを向けることができんのだ。そんなことだから反乱が起きることにもまだ気付いていないのか?」

 不意に放たれた言葉に、席を立った騎士団長達は言葉に詰まる。

 何処の馬の骨とも知れぬ若造の詭弁には違いない。しかし、その若造の詭弁は間違いなくカルマ教を変えて、悪魔であるという決定を覆したのだ。

 単に無礼なだけの男ではない。ようやく、その認識に至った。

「いいか。黒衣騎士団の団長、オルゴーと僕はお互いをよく知っている。黒衣のサムライの二つ名から、騎士団の名前にしたほどだから、それは揺るぎない事実と御理解頂けるだろう。だからこそ、僕にはオルゴーの考えることがわかる。あの真っ直ぐな騎士は、間違いなく正面から真っ直ぐ、こちらに攻めてくる」

 高木の言葉には迫力と説得力があった。

 黒衣騎士団。そして、黒衣のサムライ。この銘の共通性には多くの人間が気付いていたし、高木も事前にオルゴーと知己であると申告している。そのこともあって、列席を許されたのだ。

 相手の手の内を知る人間を取り込めるという点に関しては、周囲もそれを認めていたので、高木の言葉に頷くほか無い。

「寡兵での正面突破。そんな馬鹿げた作戦だが、オルゴーはそれを成し遂げる勢いを持っている。街で噂を集めたが、度重なる重税に悪政を敷く馬鹿殿ばかとののせいで国民は喘いでいる。これを機に住民の蜂起すらあり得る。悠長に事を構えていては、勢いに飲まれるぞ」

 ツカツカと大理石で作られた床を革靴で鳴らし、帝王に近づく。

 それまで黙って高木の言葉を聞いていた帝王は、ようやく短く乾いた笑い声をあげた。

 気怠そうに肘掛けに腕を乗せ、高木を見据える。帝王としての貫禄を十二分に備える、彫りの深い顔であった。

「控えよ。暴言は許すが、席を立つことは許さぬ」

「僕はこの国の民ではない。横柄な態度のオッサンに命令される謂われはないということだ。そればかりか、手を貸してやっているのだから、少しは敬え。娘はそれができていたぞ」

 高木はさらに帝王に近づく。ついに真っ正面に立ち、その距離は2メートルを切っていた。

 完全に観衆と化した騎士団長達や王妃が見守る中、高木はふと表情を緩めた。

「まあ、それでも帝王たるもの威厳を持たねばな。僕がこうも粋がっては、他の連中も喋りづらいだろう。そこで、僕をちょっと手なずけてみることを勧める」

 高木がにやりと笑うと、帝王もまた笑った。

 一国の主に対する暴言や無礼の数々よりも、それを平然と行う胆力のほうに帝王の興味が移っていた。

「褒美が欲しいと言うことであろう。申せ」

「フルちゃんを僕にくれ。気に入った」

 フルちゃんって誰だ、と全員が一瞬首を傾げ、ついさっきのやりとりを思い出して、一斉に第一王女フルーデリヒを見る。フルーデリヒはぽかんと高木を見ているだけだった。

「皇位が欲しいと抜かすか、異世界の者よ」

「阿呆。そんなものはいくらでも手に入る。フルちゃん本人が欲しいだけだ」

 帝王に向かって「阿呆」と言い、皇位を「そんなもの」呼ばわりすることも、既に周囲は気に留めなかった。既に、場は高木の空気と、一挙手一投足に支配されている。

「色々考えたのだが、どうやら僕は気が多いらしくてな。どうせ囲うならば大々的に広げてしまおうという考えだ。異世界人に魔法使い。よくできた妹と幅広く集めているのだから、ここいらでお姫様あたりが加わると嬉しい限りだ」

 目指せ百人ハーレム。現在四人であり、フルーデリヒで五人目なので、残りは九十五人である。

「そうだな。知的なお姉さんや、我が侭な貴族なども考慮に入れよう。どうだ、楽しそうだろう?」

「……何を言っているのかさっぱりわからぬが、娘が欲しいというのはわかった。しかし、娘の意向を聞くまでもない。我が帝国には、我が帝国なりのしきたりがある。家臣の褒美に姫を与えることなどできぬ」

 帝王の言葉は、常識的な回答であった。怒ることもなく、しかしきっぱりと撥ねつける。

 一国の主として相応しい姿であったことには違いない。本来ならば、正しき行動であった。

 問題は、その相手が帝王の答えなど聞いていなかったことにある。

 高木は一気に腰の桜花を引き抜き、帝王の喉笛に突きつけていた。咄嗟のことで、誰もがそれを止めることもできず、それまでの不穏な空気が、一瞬にして緊迫したものに変わる。

「やめろっ!!」

 騎士団長達が腰に差した剣に手をかけようとするが、高木が桜花をぐりっと回すと、帝王の喉から一筋の血が流れ出た。騎士団長達はたじろぎ、剣から手を離す。

「やはり、揃いも揃って阿呆だな。悪いが、欲しいものは手に入れる主義でな。フルちゃんは頂いていく」

 高木は桜花を帝王に突きつけたまま、フルーデリヒを見る。父親が剣を突きつけられている中、流石のお姫様も冷静ではいられないのだろう。おろおろと父を見るばかりである。

「フルちゃん、すまんな。あまりこういう荒事は好きではないが、こうでもしないと君を得ることはできないようだ。そちらの気持ちを確認することもせず、初対面で申し訳ないが、素直に僕のものになってくれないか?」

 高木の言葉に、フルーデリヒは一歩退いた。父の顔を見て、それから参列している母や弟や妹を見る。

 自分の決断が、彼らを救えるのであれば。

 一国の姫として、国を救うためになるのであれば。決断するしか方法が無かった。

「わかりました。私がマサト君の妻になればよいのですね」

「いや。妻でなくてもいいが……」

「どうせなら、妻にして頂きます。リガルド帝国の王女が側室など、国としての威厳が成り立ちません。マサト君が欲しいのは私でしょう。どうせならば、私の心までマサト君のものにしてください」

 強い意志の宿る瞳であった。騎士団長達は思わずフルーデリヒの国を思う気持ちに涙を零し、ショックですら、高木ではなくてフルーデリヒに同情した。

「……やれやれ。見込み以上に立派な人だ。そこまで言われては僕も折れようじゃないか。フィア、レイラ。帝王を縛って、地下牢にでも放り込んでおけ。僕が代わりにこの国を仕切ってやることにする」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。縛って放り込んだからって、誰もそんなの認めないわよ?」

 フィアが思わず意見するが、それに対して首を横に振ったのはフルーデリヒだった。

「リガルド帝国第一王女、フルーデリヒ・リガルドが認めます。マサト君を我が夫として、彼を正式な皇位継承者とし、今ここに帝王として即位させましょう。そうでなければ……一国の帝王と騎士団長らが、異世界の若者に出し抜かれる醜聞を聞かれれば、たちまちこの国は他国に食いつぶされてしまいます。それよりは、カルマ教を一人で変えてしまった偉大なる男を帝位につけたほうが、よほど安心です」

 少なくとも、このままでは目の前に迫るオルゴーら黒衣騎士団との戦争を乗り越えることはできない。高木はそこまで計算して、この時機を見計らって事に及んだのだと、フルーデリヒの聡明な頭は理解した。

 たった数刻で、国一つを乗っ取るために。敢えて暴言と無礼を働き、一瞬の隙を突くために。フルーデリヒとのやりとりすら、国を乗っ取るための下準備に過ぎなかったのだろう。

「さて。それでは早速だが新帝王として、命令しようか。せっかく手に入れた地位をオルゴーに脅かされては癪だからな」

 高木はフィアに帝王を受け渡し、フルーデリヒを隣に据える。

 高木としては、別にフルーデリヒを娶って乗っ取ろうとしたわけではなかったのだが、乗っ取るつもりだったのは確かである。三手ほど手間が省けたのだが、余計に恋愛模様がややこしくなってしまい、不満たらたらの女性陣の顔は見れなかった。代わりに、騎士団長達を見る。

「さっきも言ったように、僕はオルゴーという男をよく知っている。もしも僕に不満があるようでも、とりあえずオルゴーを撃退してからで良いだろう。まずは従え」

 高木はそう言って、そっとショックを見る。

 ショックは流石に肝を潰されたのか、反応が鈍かったが、確かに高木が帝王に収まってしまえば、事は成しやすいのかもしれない。

 いわば、敵の総司令部を乗っ取ったということなのだ。これほど攻めやすい手は無い。

「わかった……否、わかりました。帝王陛下、御命令を」

 こうなれば、とことん付き合うしか道はない。ショックはそう決めると、新帝王となった高木聖人に頭を垂れた。

無理がある。

ただし、無理があるところには理由があったりするものです。


そして、大体の理由は後付けです。

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