表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
84/97

83話:痴話

 翌朝、フィアが目を醒ましたときに、隣に高木は居なかった。

 乱れた着衣を整えると、完全に頭が覚醒したのだろう。

「あの、バカ……!!」

 昨晩のことを鮮明に思い返して、フィアは思い切り枕を殴りつけた。

 あんなセリフと行動を取るからには、後に続く行為など一つに決まっているではないか。その覚悟だってしていたし、その気にだってなっていた。

 確かにひとみやレイラに負い目が無いわけではなかったが、他ならぬひとみが別れたと宣言したのだ。それに、もしも他の誰かと寝たとしても、フィアは怒らない。旅の中でみんながどれだけ良い人間で、どれだけ高木を思っているかも、よくわかっているのだ。高木が誰を選んだとしても、誰も選ばれた人間を恨みはしなかっただろう。

「……吹き飛ばしてやる!」

 昨晩の高木を思い返すと、ふつふつと怒りがこみ上げてきた。

 フィアの肩に手をかけて、押し倒すところまでは良かったのだ。確かに緊張したし、不安も強かったが、それでいいと思ったのだ。転送するしないに関わらず、少なくとも好きな男と一晩でも一緒になれると思えば、それだけで納得もできた。一夜限りでも良いとさえ思っていた。

 高木はフィアをベッドに横たわらせると、そのまま自分もベッドに横になり、フィアを抱きしめたまま眠ってしまったのだ。知識はあれど、初体験であるはずだったフィアはしばらく高木の胸の中でドキドキと顔を赤らめていたのだが、高木の寝息が聞こえて愕然とした。

 疲れているのか、声をかけても返事はなく、揺すっても起きる気配がない。

 フィアの背中に回された高木の腕に強くは抗えず、いつの間にかフィアも眠ってしまったのである。


「吹っ飛べバカ!!」

 のんびりと宿の食堂でシーガイア流コーヒーを飲んでいた高木は、不意の突風に吹き飛ばされて壁に激突した。幸い、コーヒーカップから手を離していたので大事には至らなかったが、思い切り背中を打ち付けて二、三度痙攣する憂き目である。

「がは……い、いきなり何を……」

「このヘタレッ!!」

 あそこまでお膳立てしておきながら、女が覚悟を決めてきながら逃げ出すなど、男のすることではない。

 もっとも、そんな男を吹き飛ばした挙げ句、げしげしと蹴り続けるのも女としては些か疑問が残る行動ではあるのだが。

「ちょ、ちょっとフィア。落ち着け!」

 たまたま場に居合わせたルルナがフィアを羽交い締めにして高木から引き離すが、それでもフィアの怒りは収まらず、懸命に高木を蹴ろうと足を伸ばす。その結果、いわゆる勝負下着に選んでいたフィアの縞パンが、倒れ伏した高木の目にしっかりと収まる結果となった。

「けほ……うむ。やはり、フィアは縞が似合うな」

 強かに打ち付けた背中をさすりながら、高木は身体を起こす。羽交い締めにされて、それでも噛みつかんばかりのフィアの頭を撫でると、ルルナに「もう平気だ」と言った。

 ルルナがフィアを解放すると、待ってましたとばかりにフィアが殴りかかってくる。それを高木は真っ正面から抱きすくめて、じたばたと暴れるフィアの背中を撫でた。

「僕は、エリシアと二度と離れないと誓った。レイラの気持ちに対しても未だにはっきりと答えていない。ひとみを完全に忘れることもできない男だ。そんな状態でフィアと契ることができるほど、器用なことはできない」

 耳元で囁かれた言葉に、フィアは暴れるのをやめて、がくりと項垂れた。

 わかっていたはずだ。高木は確かに気の多い男ではあるが、越えては後戻りのできない一線は越えないのだ。

 そうでなければ、とうにレイラもエリシアも、高木と閨を共にしている。

「僕だって男で、フィアにあんな格好をされたらたまらない。危うく勢いのままに突き進んでしまうところだった」

 そうなれば、おそらく高木は何も言わずに、フィアを選んでいたのだろう。レイラもひとみもエリシアも、それに異論は言うまい。しかし、フィアの中に負い目が残るのは確かだった。

 身体で釣ったと、少なくともフィア自身は感じてしまう。そこまで高木が考えたとき、勢いに身を任せることができなくなってしまったのだった。

 フィアはそっと高木の腕をすり抜けて、風で吹き飛ばしてしまった椅子を元に戻す。

 高木は身体中の間接をコキコキと鳴らしながら、無事だったコーヒーに再び口をつけた。

「……私が一番、マサトのことを知ってるって自信、あったんだけどね」

 フィアが呟くと、高木はしばらく逡巡して、静かに頷いた。

「ヒトミより付き合いは短いけど、それでも一緒にいた時間なら負けないわ。朝から晩まで、ずっと一緒だったし……エリシアとは良い勝負だけど、魔法のこととかじゃ、エリシアより長く一緒にいたのよ」

「……そうだな。僕もそう思う」

「けど、マサトは……マサトの中じゃ、私は特別じゃないのよ。私にとってマサトは特別だけど……マサトの中には、ヒトミもレイラも、エリシアもいる」

 我ながらひどい男なのかもしれないと、高木は自嘲した。

 フィアの言うとおり、高木には不思議と優劣をつけることができないほど、四人の存在に等しく惹かれている。高木も今までに幾度も片思いをしてきたが、同時に複数の人間に惹かれたことなどなかった。

 異世界に来るまで、陳腐な表現ながらひとみのことを愛していると思っていたし、事実、そうであった。

 浮気性といえばそれまでだが、誰に対しても真剣な気持ちであり、故に誰かを選ぶということもできない。ともすれば全員、という考えにもならない。

 結局、高木に残された選択肢は一つしかなかった。

「僕は――誰とも添い遂げない。少なくとも、この世界ではな」

 誰かを選べない以上、誰も選ばないのが正解になってしまう。結果として、全員が悲しむ結果に終わるとしても、それ以外の選択肢が見つからなかった。

「正直なところ、僕が誰かに異性として魅力的に映ることなど無いと思っていた。だから、ひとみに告白されたときも、真っ先に冗談かと思ったほどだ。そして、もう二度とひとみのように、僕を好いてくれる人間は現れないだろうとさえ思っていた」

 高木の言葉に、フィアは口を挟まなかった。

 フィアも、まさか高木を好きになるなどと最初は考えていなかったのだ。

 レイラが真っ向から求愛して、エリシアも一途に高木の傍にいた。ましてやひとみという恋人が現れたにも関わらず、わざわざ高木を求めずとも良かったのに。

「これでも、散々悩んだ。特にひとみにフラれてからは、ずっと考えていた。誰のことを一番に考えているのだろうとか、誰と一番うまくやれるだろうかとか。今から思えばくだらないが、真剣に考えたさ。判断基準が、ついに誰と一番喧嘩しないかというところまで下っていったところで、フィアとは喧嘩をしながらでも楽しく過ごせるだろうと考えた。そこで、結局は選ぶことなどできないという結論に至った。馬鹿なことに、誰が一番、僕を好いてくれているかまで考えたんだ。我ながら恥ずかしい」

 高木の言葉は確かに情けないものだったが、フィアも、隣で推移を見守っていたルルナも責めることはしなかった。

 あの高木が、そこまで悩むほど真剣だった。それだけでもう十分だった。

「……もういいわよ。送り返しもしないし、迫ったりもしない。諦めないといけないなら、善処するわ」

 フィアはふうと溜息をついて、高木の前の席に座った。

 そうだった。飄々としているように見えて、根っこでは妙に律儀で、大嘘つきだと自分で言っておきながら、大事なことはどれだけ情けないことでも、ちゃんと本音で語ってくれる。

 そういう男だから、フィアも高木に惹かれたのだ。

「どうせ、そろそろ帰るんだろうしね」

 フィアの言葉に、高木はふと顔を上げた。

 誰にも言っていなかったし、そんな素振りも見せてはいなかった。

「何故、それを……?」

「言ったでしょ。私は誰よりもマサトを知ってるのよ」

 フィアが悪戯っぽく微笑む。ルルナが不思議そうに高木の顔を見るが、高木は神妙な顔をするばかりで、何も読み取ることができなかった。

「シーガイアを楽しみ尽くすのが、マサトの目標よね。けど、世界丸ごと楽しむなんて、一生かけても無理な話だし、何よりもマサトは、マサトの世界も楽しみ尽くしてなんていないでしょ。いつか戻ってくるかもしれないけど、オルゴーとのことが終われば、マサトは帰る。絶対にシーガイアに残ったりはしないわ」

 フィアの言葉には、確信の色が明確に出ていた。

 高木は長くシーガイアにいたが、結局のところ、元の世界の人間としての知識や倫理観でずっと動いてきた。馴染むことはあっても、染まることはなかったのである。

 戦争が起これば人は死ぬ。そんな中でも、エリシアの幼すぎる意見を聞き入れてしまうほどに、高木は徹頭徹尾、元の世界の人間として動いているのだ。それは、いつか元の世界に戻って生活をしたときに不都合が起きないようにと配慮しているからに他ならない。

「この世界は、僕にとってはやはり不便だからな。帰れないなら諦めもつくが、帰れるのならばやはり帰る。そして、高校生としての僕は、やはり元の世界のしがらみに囚われているのだろう。これ以上、この世界で気ままに暮らすことはできない。来年度から受験生でな」

 無論、時間が空けばシーガイアにも来るだろう。それでも、シーガイアに定住するつもりは高木にはなかった。

 パソコンも、小説も、ゲームも。安全な生活も、美味い食事も、音楽も。

 高木の世界にありふれていたものは、この世界には無い。それらを全部捨てられるならば、自らを貪欲とは言わない。

「エリシア、ついてくわよ?」

「ああ。既に千晴ちゃんに相談している。その気であれば住居から戸籍なども面倒を見てくれるそうだ」

「……私がついていくとしたら?」

「方法は一緒だ。二人に増えてもさしたる問題にはならないだろう」

 高木は静かに微笑み、コーヒーを啜った。

「ルルナも来るか?」

「私は遠慮しておこう。いつか世に太平が訪れれば観光がてら遊びに行く程度でいい」

 ルルナらしい答えに、フィアも高木も笑った。

 ようやく諍いも終わったとルルナは嘆息して、ふと扉に目を向ける。案の定、入るに入れないで固まっていたエリシアやファウストが様子を見守っているところだった。

「さて、明日には出発なのだから、ぐずぐずしている暇はない。食料の調達や、斥候の編成。やらねばならんことは多い。タカギはショック団長が呼んでいたぞ」

 ルルナの声で、ようやく一日が動き始めた。

嘘ばっかりつくから、誰も信じなくなってきた後書き。

作者的には高木は割と純情じゃないかなって思ってるんですがw

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ