80話:解放
林に逃げ込んだ男達は、それでも走ることをやめなかった。
頭の中で警笛が鳴り響きっぱなしで、疲れ切っているのに、止まることが出来ない。
「なんだよ、あいつらッ!!?」
一人が怒鳴ると、方々からそれに続く声があがる。
治安の悪い帝都付近での盗賊稼業は気楽で、儲けも良かった。取り締まりの騎士隊には幾らかを包めば見逃してもらえるので、敵もないに等しい。
そのはずだった。
「ギャッ!!?」
前を走っていた男の口から断末魔の悲鳴が上がり、男達は慌てて立ち止まった。
真一文字に腹を割かれて事切れたのは盗賊の副頭目で、盗賊の間では一番の腕っ節の強さを誇っていた。
行く手を遮るように剣を構えていたのは、一人の男だった。短い金髪と切れ長の瞳が印象的な、黒い半身鎧を身に纏った精悍な若者である。手に持った小振りな直剣には美しい木目模様が施されており、先ほど切り伏せた副頭目の血が滴っていた。
「ったく、てめえらのせいで中々前に進めねえ」
若者――ヴィスリー・アギトは肩をすくめて、やれやれと溜息を吐いた。
小憎い仕草と、一人だけしかいないことで、盗賊達は剣を構え、一斉にヴィスリーに襲いかかろうとする。
「せあッ!」
刹那、鋭い女の声が響き、横合いから一人の盗賊が吹き飛ばされる。どうやら顎を穿たれたらしく、筋骨隆々とした男であるにも関わらず、白目を剥いて失神していた。
「ならず者を成敗するのも、我らの勤めじゃ」
縦にくるくると巻かれた金髪のお下げをふわりと揺らし、精緻な細工の施された革鎧をまとった少女が木々の陰から姿を見せる。
ナンナ・エスワン・ミネルヴァ。ダイヤモンド伯爵と呼ばれるクーガ・エクスに格闘術を習ったと言われる、貴族の令嬢である。
前をヴィスリーに遮られ、左方をナンナに遮られる形になった盗賊達は、兎角安全な方面へ逃れようと右に進む。しかし、固まって逃げていた三人の男が、不意に伸びてきた槍に串刺しにされて、立ったまま事切れた。
「退路は無い。観念して殺されることだな。貴様らは人を殺めすぎた」
レイ・ウォースが槍を引き抜くと、三人は血を噴いて倒れる。レイが血に濡れた穂先を他の盗賊に向けると、男達は最後の道として後方に逃れようとした。他にも伏兵が居ると勘違いしたようである。
「バカかあいつら。逃げた道を逆戻りだぜ?」
「伏兵が三人と気付かぬ輩じゃからな。バカに相違あるまい」
ヴィスリーとナンナが、失神した男の武器を放り投げて、紐で腕を縛り上げる。レイがそれを担ぐと、三人はのんびりとした足取りで盗賊達が逃げていった方へと歩き出した。
必死に逃げた先には、今まで自分たちを追い立てていた数十名の騎士が待ち構えている。だが、あのときに自分たちを囲んだ三名よりは、少なくとも数を頼みにしている感があった。それならば、隙を突いて逃げられる。
盗賊達の目算は決して間違ってはいなかった。伏兵として配された三人。ヴィスリーとナンナ、レイは黒衣騎士団の中でも個人の武としては優秀である。
しかし、誤算があるとするならば、その三人が決して、最強ではなかったことだろう。
「逃がしませんよ」
林を抜けた、だだっ広い草原に、一人の男が立っていた。全員が黒で統一した鎧を着ている騎士達の中で、たった一人、白い鎧を纏った男である。暢気なのか、剣は腰に差したままである。
「全員で突っ込むぞ。逃げ切れ!」
頭目の叫びに、盗賊達は剣を掲げて突進した。
騎士達が消えた代わりに、一人の男が立っていることを不自然に思うほど、心に余裕があったならば、避けて逃げたのであろうが、背後から大勢の人間が迫ってくると考えれば、そんな余裕など在るはずもなかった。
盗賊達の突進に、白い鎧の男――オルゴー・ブレイドはふらりと立ち向かう。最初の一刀を前に進むことで躱すと、次々に男達の刃をくぐり抜け、すれ違うように前へと進んでいく。
やがて、全員の突進がオルゴーを通り過ぎる。最後尾にいた男が、振り返って間抜けな男の姿を捉えようとする。全員の剣を躱したことは見事であったが、それだけでは足止めの意味すらない。
上半身だけで振り返り、オルゴーの姿を捉える。ようやく剣を抜いたのだろうか。いつの間にか剣を握っていたがもう遅い。
だが、何故だろうか。今抜いたばかりのはずの剣が、血に濡れているように見えるのは。否、とにかくこのまま逃げねばならない。
「!?」
再び前を見ようとして、男はそのまま地面に倒れ伏せた。
否、正確に言えば前を見ようとした瞬間、身体が地面に滑り落ちたのだ。そして、何故か自分の下半身だけが走り続けている。
どういうことだろう。そう考えようとした男の耳に、ぼとぼとという音が聞こえた。
他の仲間達の身体が、やはり地面に滑り落ちる音だった。
「もうちょい、わかりやすく斬ってやれよ」
他の二人に先行して、オルゴーの様子を見に来たヴィスリーがうんざりした調子で呟いた。
丁度、オルゴーが盗賊達の間をすり抜けながら斬り通った直後に見つけ、数名の下半身だけが逃げようとしている場面を目撃してしまったのである。足だけ走っていたと言えば、笑い話にもなり得るが、生で見せつけられると、恐ろしく不気味である。
「盗賊のヤツら、何をされたかわかってねえぞ」
「ちゃんと斬ったのですけど……」
「ちゃんと斬りすぎなんだよ。なんで完璧に切り離した胴が、ちゃんと足の上に乗って走るんだよ」
「何故と問われましても……タカギさん曰く、居合い斬りというそうです。私の独学ですが、彼の世界にも似た剣術があるようですね」
居合いの初太刀の速度は凄まじく、故に相手が斬られたことに気付かないという伝承は事欠かない。ヴィスリーも高木に居合いについて聞かされたことはあるが、高木曰く「片手で剣を持つからな。あくまで牽制や護身に近く、急所をよほど上手に狙わない限り、致命傷にはならない」であり、間違っても人間の胴体を連続で両断していくことなど有り得ない。
並外れた膂力の持ち主というわけではないオルゴーが、飴でも斬るかのようにスパスパと人の胴と腰を分けていくのだから、技術というよりも、奇術の類であろう。
「しかし、これでこの周辺の盗賊は一掃できました。ようやく先に進めますね」
オルゴーが剣を収め、盗賊達の亡骸を集めると、マナを集めて炎で燃やした。火葬というよりは処理に近いが、放置しておくわけにもいかない。そうしている内に、ナンナとレイが林を抜けて二人に合流した。
「オルゴー団長、重ねて言うが、帝都への進軍を遅らせれば、それだけ不利になる。盗賊退治だけで、もう十日も消費しているぞ」
レイの小言に近い批難に、オルゴーは苦笑する。確かに、目的を成すためには立ち止まっている暇はない。しかし、目の前で苦しめられている民がいるのであれば、それを救わずにはいられないのだ。レイとてオルゴーの心情も信条も理解しているが、それでも言わずにはいられない。
「まあ、オルゴーの指針にも利はあるようじゃ。周辺の村落では我らを歓迎しており、先だっては重税で苦しむ中にも関わらず、新鮮な作物を献上された。後に控える諸問題を考えれば、善行はそのまま徳となり、有利となるじゃろ?」
ナンナの言葉にレイは「成功すればだが」と反論する。確かに、帝都への進軍は反逆であり、失敗の可能性も高い。だが、治安の悪化している地域で賊の討伐をしていく中、黒衣騎士団は解放軍とも呼ばれるようになっている。
少なくとも民はオルゴー達に光を見出している。それが戦力では劣る黒衣騎士団にとっては大きな力である。
オルゴー達が野営に戻ると、ルクタが出迎えた。
「お帰り、オルゴー」
腕を伸ばすルクタに、オルゴーも応えてルクタを抱きしめる。ここ最近では何も珍しい光景ではなく、騎士団の面々も笑ってその様子を眺めている。オルゴーの清廉潔白な人柄と、確かな行動力には非の打ちようが無い。多少のことは「団長だしなあ」で済んでしまう。
第二師団の長、シェイド・ルナがレイから失神した盗賊を受け取り、捕虜用の錠前付き馬車に放り込み、オルゴーの前に立つ。
「お疲れ様っす。首尾は上々って感じっすか?」
くだけた口調ではあるが、銀髪で端正の顔立ちのシェイドは二十七歳の、勇敢な騎士である。幼少から武芸を好み、十歳の頃に家を飛び出して武者修行に明け暮れたという武勇伝の持ち主であり、その容貌からは想像に難いが、巨大な戦斧を軽々と扱う。
「ええ。これで、この地方は落ち着くでしょう。シェイドも追い立て役、ご苦労様でした」
「や、簡単な仕事でしたよ。それより、良い報せと悪い報せが届いてるんすけど、どうします?」
「まずは、良い報せを」
「ケルツァルトの悪魔騒動ですが、無事に解決したそうっす。悪魔ではないという教会のお触れが出て、解放されたとか言ってましたよ」
オルゴーの顔がぱっとほころび、胸に抱いていたルクタとうなずきあう。
「いやあ、色々と怖い話も混じってますけどね。なんでも、赤髪の少女が教会の最高司祭に刺されたとか、悪魔改め黒衣のサムライって男が早速、教会の下働きの娘に手を出して淫行三昧だとか」
「こらシェイド、殺すぞ。エリシアはどうなった!!?」
思わず怒鳴り散らし、シェイドに掴みかかったのはヴィスリーだった。さっきまでの笑顔とは一転、オルゴーは早くも目に涙を浮かべており、ルクタはオルゴーの袖をぎゅっと握っていた。
「あ、赤髪の少女は、黒衣のサムライが助けたそうっす。奇蹟の蘇生術だとか……」
はあ、と胸をなで下ろすオルゴー達に、シェイドが「お知り合いっすか」と頭を掻く。
「エリシアは俺にとっちゃ妹みたいなもんだ……ったく、兄貴のアホタレにファウストのボケナスめ。エリシアに傷を残しててみやがれ、ニヤけたツラをぶん殴ってやる」
別に高木とファウストがエリシアを刺したわけではないのだが、ヴィスリーにとってもエリシアは大事な妹分である。殊、高木と行動を共にする経緯も似ており、馬車の中では手綱捌きを教えたり、一緒に行動する機会も多かった。ヴィスリーの好みとは少し違ったが、最初は可愛い妹分に「ちょっかい出そうかな」と考えていた時期もある。無論、高木を見ているエリシア――もとい、高木しか見ていないエリシアに、早々に「やめとこう」と思い直し、純粋なる仲間意識と兄妹愛に近い情を注いでいたのだが、ナンナの頬は膨れていた。
「我が戦場に出ると言っても止めなかった男が、妹分の話となると血相を変えるとはの」
「エリシアは特別なんだよ。あいつは、幸せにならなきゃいけねえ。ナンナは俺が幸せにするって決めたが、エリシアは俺じゃどうしようもねえから、逆に心配なんだよ……」
悪い男に引っかかる心配はないが、勢い余った高木が押し倒しかねない。責任を取るならそれはそれでいいのだが、とヴィスリーは悶々と頭を抱えた。その様子が完璧に妹を心配する兄の顔であり、ナンナは膨らませていた頬を、元のすっきりとした美しい輪郭に戻す。
「で、兄貴殿の淫行三昧とやらは?」
「そっちは、もうスゴイっす。恋人を振って、仲間達を次々と歯牙にかけていったとか。教会の下働きの娘の他にも、女性騎士や娼婦まで。しかも元恋人も再び囲って……いや、ある意味では想像以上の悪魔っすね。鬼畜っす」
そもそも、うわさ話とは尾ひれがつきやすいものである。思わずヴィスリーはケラケラ笑い、オルゴーとルクタも苦笑した。
「どうせ、ヒトミさんを元の世界に逃がそうとか思って、下手な芝居打ったんだろうなあ」
「タカギって、あれでその辺りはウブよね。囲い直したってことは、ヒトミに見破られて居座られたわね」
殊、洞察力に優れたヴィスリーとルクタが噂だけであっさりと真相を言い当てた。
「おそらく、ヒトミさんと別れたのは本当でしょうね。だとすると、レイラも加わり、中々大変な騒ぎでしょう」
挙げ句の果てに、オルゴーにまで言い当てられている。レイラやエリシアは勿論、フィアも高木を憎からず思っていることなど、端から見ていたヴィスリー達には暗黙の了解のようなものであり、ひとみと別れた今、高木争奪戦が始まっていることも想像に難くない。
「何にせよ、達者でやっているようじゃな。して、悪い報せとは?」
ナンナの問いかけに、シェイドは顔を曇らせる。オルゴー達も先ほどの笑みを消した。
「帝都に近隣の騎士団が集結してるっす。赤枝騎士団、白鳳騎士団、剣と魚の騎士団……青銅騎士団にも動きがあるらしく、帝国騎士団や帝都守備騎士団を併せて、およそ二万。我々が三千っすから、かなり分が悪いっす」
シェイドの言葉に、一同は言葉を失う。現在の帝国に求心力はなく、ここまで兵を集めることなど出来ないと考えていた。ただし、重税から捻出される国庫の備蓄には、欲を刺激するに十分な額がある。帝国はオルゴーを危険視して、思いの外素早い対応を取った。
「戦略的には、留守になった他の街を攻め、一度体勢を整えるべきだろう。戦力を消耗はしていないが、攻めの戦よりは守りのほうが容易い。街一つを砦にすれば、寡兵でも戦える」
レイの言葉は、二つの意味が含まれている。一つは額面通りであるが、もう一つは、オルゴーの性格上、そのような方法を採らないことへの諦めであった。
「無関係の街を巻き込むわけにはいきません。しかし、参りましたね。帝都を固められると、否が応でも帝都の住民にも被害が出ます。何とかならないものでしょうか」
「んー、策としちゃ、レイ師団長のが真っ当っすね。ただまあ、折角なので軍師さんの意見でも欲しいところっす」
未だ姿を現さない軍師に、シェイドは嘆息する。これまでの盗賊退治では、基本的にレイやシェイド達、実戦経験の豊富な師団長が軍師の役割をこなしてきた。しかし、実際の戦場での指揮に秀でている彼らも、多寡が盗賊相手ならいざ知らず、兵力が大きく上回る相手には策らしい策が思いつかない。
「レイさんはフォースの内紛で、寡兵ながら勝利に導いたとか。どのような戦略を採りましたか?」
「フォースは魔法使いが極めて少なかった。砦に篭もり、百名の魔法隊を運用して迎え撃つ形で相手の戦力を殺いだ。他には、脚力が発達した民族があり、彼らの協力で背後から奇襲を敢行しては、成果を挙げた」
フォースは魔法の研究が発達しておらず、魔法使いの絶対数が少ない。レイ達は国外から魔法使いの傭兵や、国内の魔法使いを引き入れ、最大限に活用したらしい。フォース王国側は魔法使いを扱う術を知らず、結果としてそれが最大の敗因となった。そうして、国王は処刑され、フォース共和国が誕生したのだが、レイは勝利の立役者の一人であったにも関わらず、爵位を返上して亡命。黒衣騎士団に参加している。
本人曰く、戦争が好きなだけだそうだが、それは単なる照れ隠しであり、国という垣根を越えて弱者のために戦おうと考えていることがオルゴーにはよくわかっている。武骨な人間ではあるが、それだけに信頼もできる。
「魔法使いか。リガルドは魔法を国家で研究してるからなあ……帝国騎士団も魔法使いが多いんだろ?」
ヴィスリーの言葉に、レイとオルゴーが頷いた。リガルド帝国は魔法の有用性を早くから認めており、魔法使いを最低でも三百名は揃えている。
「ヒトミなら、魔法使い十人にも負けないんじゃないの?」
ルクタの言葉に、話を伝え聞いていたレイやシェイドは頷くが、ヴィスリーが首を横に振る。
「兄貴はヒトミさんに人殺しをさせねえよ。姉御もあれで、人を殺したことがねえ」
仮にレイラが結晶を量産すれば、とヴィスリーは考えるが、すぐに打ち消す。それは危険が大きすぎて、高木達も絶対に使わないだろう。彼女たちの魔法は十二分な戦力ではあるが、素直に戦力に換算することは出来ない。
「ふむ、どのみち、この場にいない者をアテにしても仕方あるまい」
ナンナはさばさばとした調子で言い放つ。しかし、現状の戦力差ではまともな戦闘すら危ういのは確かであり、まともに進むのは自殺行為である。
「……しゃーねえ。ちょっくら、兄貴の真似事でもしてみっか」
重い空気の中、ヴィスリーはポリポリと頭を掻き、言葉とは裏腹の諦めた調子で言った。
どういうことだろうと周囲がヴィスリーに注目を集める中、ヴィスリーは一同を見渡す。高木はどんな劣勢でも、それを逆手に取ることで有利な状況に変えてしまう。本人は口が達者なだけだと言い、それが正しいと思っているようだが、ヴィスリーの見立てでは、高木の本質は発想力と度胸である。堂々と嘘八百を並べ立てる度胸と、その嘘を作り上げる発想力。それらを瞬時に胸に秘めることはヴィスリーには不可能だが、長く高木の隣で行動していたのだ。時間をかければ、高木ならばどうするかと、思考をなぞることができる。
無論、高木には現代人の知識という下地がある。全てを完璧に真似することは出来ないだろうが、それでも突破口を見つける手がかりぐらいになるだろう。
「……兄貴は、現状をどう打開するかなんて考えねえ。一番良い結果を考えて、そのために必要な道筋を立てる」
「一番良い結果ならば、帝都を無血開城させることじゃが」
「話が前に進みすぎだな。もう少し目先を考えないと、手順が多すぎて俺の頭じゃ無理だ」
現在、最大の問題は戦力差である。それを最も有効に覆す方法。敵の二万の軍勢に太刀打ちするならば、最低でも一万は欲しい。勝つためには、同等以上が望ましいところではある。
「なんか、こう……兄貴らしく、発想を逆転させなきゃな」
「あれ。発想を逆転させるんすか。どうせなら、戦力差を逆転させたほうが早いような気がするっす」
なんとなく呟いたシェイドの言葉に、思わずヴィスリーが振り返る。
急に見られて驚くシェイドは、今の発言が既に発想の逆転になっていたことに気付いていない。
「お前、兄貴が変装してるんじゃねえだろうな?」
「や、や。確かに故郷に妹はいるんで兄貴っちゃ、兄貴っすけどね」
的外れな返答に、やっぱり高木ではないと考え直すも、その発想はいただきである。
「簡単な話じゃねえか。こっちを増やすにも限度がある。相手を減らすにもこの戦力じゃ話にならねえ。じゃあ、こっちを増やして、あっちを減らせばいいわけだ」
ヴィスリーの言葉に、シェイドは素直に「その手があったっす!」と喜んでいる。自分の発言が呼び水になったことすら気付いていないようだった。
「しかし、どこから兵力を集めるのだ。クーガ卿の資金にも限度があるし、鍛えられた騎士や従士がそうそう転がっているわけでもあるまい」
レイの言葉に、ヴィスリーは「転がってるじゃねえか」と笑う。
「増やしつつ減らす。簡単な話だったんだ。相手から戦力を貰えばそれで済んじまう」
貰うと単純に言うが、寝返らせるのは並大抵の技ではない。圧倒的に戦力で劣る勢力に、わざわざ味方してくれる人間がいるとも考えにくい。それに、寝返らせるためには内部に入り込み、内応をしなくてはならない。そんな期間も方法も、今の黒衣騎士団には無い。
「せめて、一人でも良い……誰か内部に潜入して、蜂起を促せば……腐敗した国家に嫌気がさしてる人間は、きっとどこかにいるはずだ。オルゴーみてえに自分から動けなくても、率いてくれる人間さえいれば、動けるヤツがきっといる」
ヴィスリーの言葉は、希望的観測だけで語っているものではない。集団心理を経験的に知っているからだ。誰か、内部に求心力のある人間が一人でも入り込めば、少なからず成果が挙がるだろう。仮に寝返りまでは行かずとも、戦線を離れてくれるだけでも損は無いのだ。
「しかし、そう都合の良い人材などおらんじゃろ。我らは警戒されておる故、入り込めぬ」
ナンナの言葉に、レイやシェイドも頷く。確かな行動力と求心力があってこそ成功することであり、そういう人間は台頭してくる。今、何らかの役職に就いている人間でなくては、煽動すら難しい。しかし、彼らには彼らの仕事があり、また盗賊退治である程度名も広まってしまっている。そうそう都合の良い人間など、この場にいるはずもなかった。
「……オルゴー、私には心当たりがあるけど」
だがそんな中で、ルクタがオルゴーに声をかける。すると、オルゴーも頷いて「奇遇ですね」と言った。
「確かに、今から潜入させるのは難しいでしょう。しかも、煽動となれば向こうにも顔が利かねばなりません。少なくとも帝国騎士の肩書きぐらいは無くてはいけません」
「帝国騎士って……オルゴー団長が行くつもりっすか?」
「いえ……ヴィスリー、貴方ならばわかるでしょう。まさしく、このときのために動いてくれている男のことが」
オルゴーが珍しく、男らしいにかっとした笑みを浮かべる。
ヴィスリーの記憶が、遡っていく。確かに、この男らしい笑みを見たことが、自分はある――
「ガイか!!」
ティテュスの街で、一度はオルゴーを捕らえるために高木と対峙した帝国騎士、ガイ・ストロング。豪放磊落でいて思慮深い、オルゴーにも遜色のない帝国騎士である。
「おそらく、私が蜂起したことにより、ガイの身も危険にさらされているはず。そして、そうなることを予想していたガイがあらかじめ手を打たないはずがありません。おそらく、既に――」
オルゴーが言葉を続けようとしたところに、斥候に出ていた騎士が馬に乗ったまま駆け戻ってくる。
「伝令、正面に二千名の部隊が接近中。先頭に指揮官らしき、帝国騎士がいます!!」
「――こっちに来ている頃ですね」
にっこりと笑うオルゴーに、ヴィスリーは苦笑する。
高木の思考をなぞったのは、確かに正しい選択肢だった。だが、高木はおそらく、ティテュスの街にいる頃から、ここまで計算していたのだろう。ガイを敢えて帝都に残したのは、このためだったのだ。現状を打破すべく、目先のことばかり考えていた上に、ガイの存在よりもその中で高木が概念魔法を使用したことばかりが目について、ヴィスリーもすっかり忘れていた。
「オルゴー、てめえ知ってたな?」
「いえ。ヴィスリーがタカギさんの話を引き合いに出してくれて、気付きました。おかげでガイと知らずに突貫するところでしたよ」
オルゴーは笑って、馬にひらりと乗る。気付いていたのか、本当に知らなかったのかはわからない。ヴィスリーに花を持たせてくれただけかもしれないが、そういう器用な真似が出来るようになったのならば、それはそれで良い。
なんとオルゴー、初の戦闘シーン。
絶対コイツ主人公だろうって強さです。
そもそも、初期案の主人公でしたがw




