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79話:晴夢

 ひとみが高木の部屋から戻ったのは、日付が変わる頃だった。

 ひとみの部屋で待っていたレイラが、にこりと笑って出迎える。

「お帰り。仲直りできたー?」

「うーん。一応は……まだ、別れたままだけどね」

 ひとみは椅子に腰掛けて、水差しからコップに水を注ぐ。元の世界から持ち込んだ紅茶のティーパックを浸して、炎をコップの中に生み出すと、一瞬で紅茶の完成だ。

「駄目だよ。マサトはヒトミのことを考えて、あんなお芝居したんだから。許してあげようよー」

「それはもう許したよ。そもそも、騙された振りをした時点で、お返しも終わってるしね」

「じゃあ、別れちゃ駄目だよ。マサト、泣いてなかった?」

「平気平気。別に嫌いになったわけでもないし、仲直りはしたし。ただ……前からずっと、悔しかったの。もしも、私と出会う前に、レイラやフィア。それにエリシアと出会ってたら、聖人は私じゃない人と付き合ってたかもしれない。私だから好きになったんじゃなくて、最初に出会ったから好きになったなんて、なんだか嫌だったから……良い機会だよ」

 ひとみは紅茶をレイラに勧め、自分の分を改めて作る。

 レイラは湯気の立つ紅茶をすすり、ひとみを見た。

「ヒトミって、すごく負けず嫌いだねー」

「うん。自惚れかも知れないけど……私は、今までとっても、人気があったの。学校で一番の美人だって言われてきたし、成績も良かったし、運動もできたし。こっちの世界に来ても、魔法の才能で世界一でしょ。我ながら鼻持ちならないけど、自分は神様か何かに愛されてるんだろうって思ってた」

 ひとみが自惚れているわけではないと、レイラにははっきりとわかる。

 シーガイアの人間から見ても、ひとみは綺麗だ。芯も強く、頭も良い。旅に出たばかりの高木よりも、ずっと柔軟に動いているし、何よりもあの高木の策に乗せられたように見せて、その実で高木を逆に騙してしまえたのだ。

「けど、聖人に再会して……聖人の周りには、フィアやエリシアやレイラがいた。そして、聖人も私だけを見ているわけじゃなかった。今まで、目移りの対象になったことはあったけど、目移りされたのは初めてだったよ。もう、悔しくて、悔しくて……みんなが良い人じゃなかったら、きっと今頃、強制的に聖人を元の世界に連れ帰って、絶縁状を叩きつけてたよ」

 ひとみは楽しそうに笑って、それからふと真面目な面持ちでレイラを見た。

「だから、私は……聖人の気持ちを、もう一度完璧に奪い戻すの。レイラも、フィアもエリシアも、目移りなんてさせない。ひとみじゃなければ駄目なんだって、そう言わせるの。レイラ達と同じ条件に戻って、それでも私が、聖人を奪うの」

 それは、宣言だった。

 フィアにもエリシアにも。目の前にいるレイラにも、負けないという宣言。そして、宣戦布告。

 高木が異世界に召喚された時点で、ひとみが誰よりも優位に立っていた。その最初の優位だけ勝つことなど、ひとみの性分からは我慢がならないのだ。高木のことをこれから先も、浮気をするのではないかと疑いながら過ごすのも嫌だった。ならば、もう一度、ゼロから高木を惚れさせてしまわなければならない。

 フィアもエリシアも、レイラも強敵だ。だが、自分だって少なくとも負けてはいない。

「……遠慮しないよー?」

「望むところだよ。それに、もしかしたら聖人より良い男がいるかもしれないしね」

 レイラの微笑みに、ひとみは満面の笑みで応えて見せた。




 高木の浮気騒動の翌日。食堂では、ルルナが高木にぺこぺこと頭を下げている場面が目撃されていた。

「真実を知り、己についても考えさせられた。恋人の命を守るために、敢えて辛い選択をした強さに気付くことも出来ず、本来なら師と敬うべきファウスト様にも、生意気な口をきいていた。心の底から反省している――数々の非礼、改めてお詫び申し上げる」

「いや、そう畏まらなくともいいのだが。ほとんど売り言葉に買い言葉で罵倒しただけなのだし」

「いいや。私は騎士としての誇りを、立派なものだと勘違いしていた。騎士が崇高なのではなく、騎士のあるべき姿に崇高があるのだということを失念していた」

 己の所行を恥じ、悔い改めようとするルルナは、確かに実直で好感が持てるのだが、さして歳の変わらぬ女の子が謝るにしては、いささか大仰すぎる。

「かくなる上は、本来など必要のない髪など切り、もう一度騎士としてまっさらな気持ちで生きていく所存」

「ちょっと待て。せっかくのポニーテールを切るな、勿体ない。騎士として生まれ変わるのは止めないが、髪は悪くない。女の命とさえ言われるものを捨てるほど、君は悪いことをしたわけではない」

 思わず高木がまくし立てて、ルルナを立たせる。別にルルナに対して怒っているわけではないので、謝られてもこそばゆいだけだ。その上で、せっかく可愛らしいポニーテールまで拝めなくなるなど、単なる嫌がらせであった。

「仕方ないな。僕の世界での誠心誠意の謝罪方法を教えるので、その方法で謝ってくれ」

 高木がルルナに、ごにょごにょと耳打ちする。そこに丁度、ファウストが欠伸をしながらやって来た。

「よし、折角だからファウストで実践してみろ」

「う、うむ……!」

 ルルナは異世界式の謝罪を反芻して、ファウストの前にズカズカと進む。少々気合いが入りすぎていたので、寝起きのファウストは軽くビビってのけぞった。

「ど、どうしたのですか……?」

 ビビるファウストなどお構いなしに、ルルナはぺこりと頭を下げてから、少しの間を置いて、首を上げて、ファウストの眼を見る。必然的に上目遣いになった。

「ご、ごめんなさい」

 ややか弱い声で、しなをつくっての上目遣い。ファウストは何も考えずに「はい」と返事して、軽く腰を浮かせた。

「ツンデレの最大の魅力はギャップに有り。けだし名言だ」

 衝撃を受けたように、ルルナの顔を見つめるファウストに、高木はやれやれと立ち上がり、食堂を後にする。向かった先は、ショックが詰めている騎士団長の執務室。扉をノックすると、中から「どうぞ」と声が聞こえた。

「早いな。昨晩は大変だったそうだが、大丈夫か?」

 ショックは書類の束に眼を通しながら、高木を迎え入れる。高木は手近にあった椅子に腰掛けて「問題ない」と答えた。

「それよりも、そろそろ出立しようかと思う。当初の予定とは幾つか違う点があるので、相談に来た」

 高木の言葉に、ショックは顔を上げて、書類を放り投げる。

「ついに動くか」

「ああ。オルゴー達と合流するためには、後十日ほどはこちらに滞在するほうが都合が良いのだが、生憎と僕は短気でね。ただいたずらに待つだけというのも性に合わない。騎士団は、どれほどで動かせる?」

「帝都への進軍の準備は既に整っている。二日後に出発することはできる……が、幾つか問題がある」

 ショックが再び書類に眼を向ける。まだ製紙技術の発達していないシーガイアであるから、書類ともなれば相応の内容が記されているということだろう。

「……金か」

「ああ。金貨にして二百枚。概算だが、それだけ足りない」

 方々に手を打って、三百枚の金貨をかき集めたが、それでまだ足りない。兵糧に、資材。矢種や武器の予備など、戦争をするには金がかかる。

 真っ直ぐ帝都に向かうだけならば、三百枚もあれば十分だが、一度でも大規模な戦闘を行えば後の行軍に大きな支障が出るというのがショックの話だった。

「ふむ。ならば、資金集めか……否、巧遅拙速。早いほうがいいな。明後日に出発しよう。騎士達に出陣の合図をしてくれ。金は……心当たりがある。まあ、うまくいかねば、戦闘を避ければ良いだけの話だ」

 高木はそれだけ言うと、部屋を出ようとする。ショックが慌てて、高木を引き留めた。

「待て。避けると簡単に言うが、気楽な馬車旅ではないのだぞ。千名の人間がそう簡単に移動はできん」

「無論、考え無しの言葉ではない。要は、戦闘が大規模でなければ良いのだろう。ならば、何の問題もない」

 高木には考えがあるようだが、ならばそれを聞かせて貰わねば一団を預かる身としては、人を動かすことが出来ない。

 ショックが高木の眼を見据えると、高木は観念して「大義名分だ」と答えた。

「帝都の治安の悪さは有名だ。盗賊の類が街道に出ているらしいじゃないか。そして、ケルツァルトは聖地という側面がある。巡礼者の安全のために、治安部隊を編成して盗賊を駆逐するのは一つもおかしいことがない」

「……なるほど、隠れ蓑にするのか」

「否、正確に言えば盗賊は退治しない。僕の世界にはかつて、曹操という男がいてな。少々、彼の智を借りてみる」

 高木が、乱世の奸雄らしい陰のある笑みを浮かべる。

 高木は口先三寸を得意とするが、それだけで異世界を渡りきるつもりはない。人には口先だけだと言うのも、それ自体が口先である。現代人としての知識や考え方があってこそ口が冴え、そしてその知識はそのまま活用することだってできる。

「相変わらず、君の考えることは難しい。まあ、どのみち危ない橋を渡ることには違いないのだろうな……そうでなければ、ヒトミを遠ざけないだろう」

「そういうことになるか。まあ、先にも言ったが、僕たちは騎士団より少し先行する。斥候としての役割にもなるから、大規模な戦闘だけは避けてみせるさ」

「ああ、それについてだが……こちらからも一つ、頼みたいことがある」

 ショックがやや苦笑して、一枚の紙を高木に渡した。どうやら、異動命令のようだが、専門用語が幾つか含まれており、高木には読めない箇所が幾つかあった。ただ、命令の対象者がルルナであるらしいことだけはわかった。

「我が騎士団のルルナ・ルナを、そちらの一行に加えてほしい」

「僕たちの馬車に……ということか?」

「ああ。我らは常にケルツァルト――ひいては、カルマのために街を守ってきていた。行軍というのは、実は不慣れでな。何が起こるかわからん」

 ショックの言葉の真意は、ルルナが女性であるということを示唆しているのだろう。

 若く、美しい女性騎士だが、長い行軍ともなれば、彼女を慰めの対象に思う人間が出てきてもおかしくはない。騎士といえども、若い男の集団には違いなく、戦闘が起これば、当然ながら心理も不安定になる。間違いが起こる可能性は極めて大きい。

「ルルナのために、専用の馬車なり寝床を用意するほど、余裕のある行路でもない。ならば、そちらの女性陣に加わった方がいいと思ってな。女性だが、騎士団の中でも剣の腕は私に次ぐほどで、君たちの護衛にもなる」

「……まあ、確かにわざわざ僕たちの馬車にやってきて、フィア達に手を出す騎士はいないだろうな。風やら雷やら光線で、おいそれと手を触れることすらできん」

「彼女らに触れられるのは、君だけだろう。どちらかというと、彼女らに手を出したら、黒衣のサムライが再び悪魔になるだろうという見解が大きいほどだ」

 高木は苦笑して頷いた。もっとも、自分が出るまでもないのだろう。風に雷、光と三種類の魔法が牙を剥く上に、ルルナの炎も加わる。エリシアもレイラの結晶を使うだろう。不寝番のファウストとて黙ってはいない。殊、魔法に関しては最強の軍団とも言える。

「……くれぐれも、夜中に僕たちの馬車に近づかないように注意を喚起してくれ。死傷者が増えては余計な金がかさむ」

「重々警告しておこう」

 冗談とも真面目とも思える会話に、二人は静かに微笑みあった。



 翌日の早朝、高木達は騎士団より先行してケルツァルトを出発した。

 御者席にはエリシアと高木が。馬車内にはフィア、レイラ、ひとみ、ファウスト。そして、馬車に並列するように、騎乗したルルナがついている。ヴィスリーやオルゴーのような近接戦をこなせる人間が今までおらず、ルルナの参入は全員が喜んでいる。

「けど、騎士団を動かすには、お金が足りなかったんだよね?」

 帝都を目指すため、地図を広げる高木にエリシアが問いかける。

「ああ。それなら昨日の内に用意した。青銅騎士団はそもそも、カルマ教が出資していたのだが、ヘルムは話のわかる男でな。うまく事が成った暁には、クーガに教えた知識の一部を、カルマ教にも譲渡するという約束で、資金を出させた」

「勝手にそんな約束していいの……?」

「さあ、どうなのだろうな。まあ、無事に成功すれば、それだけでカルマ教に利益となる。失敗すれば、騎士団に金を強奪されたことにすればいいのだから、損は無い。騎士団の予算を前借りする形にしたので、財政的にもそこまで難はない。あれで、リガルド随一の宗教だ。金に困っている様子も無かったしな」

 高木はしれっと言うが、ファウストを引き連れて、眉を顰めるヘルムにけっこう強引な押し問答で資金を捻出させている。ただでさえ、最高司祭に就いたばかりで、多くの問題を抱えているヘルムは、極めて常識的に高木の強請ゆすりに対抗したのだが、ファウストの知識と、高木の三段論法の合わせ技の前には分が悪い。

 ただでさえ、最初は侵入者であり、その後もリッカとの密通疑惑で高木の名前は、教会であまり良く響いていないのだ。ヘルム個人としては高木を認めているが、教会の代表としては笑顔で応対できなかった。

 結局、ヘルムが条件として知識の譲渡と、失敗の場合は無関係を貫き、事後の助力はしないというものを、何とか勝ち取った形になる。高木の狙った落としどころは、無条件に金を出させるものだったので、ヘルムが如何に粘ったのかは言うまでもない。

「……マサト、悪い顔になってるよ?」

 にやりと口元をゆがめていた高木に、エリシアがそっと身を寄せる。高木が別れたという話をひとみ本人から告げられ、一切の遠慮を禁止されたので、甘えたいときに甘えることにしている。

 高木も未練を下手に残さないように努めているが、十七歳の人間にいきなり全部を吹っ切れと言うのも酷である。背後が恐ろしくて、笑みが引き攣った。

「うん、悪い顔じゃなくなったよ」

「……エリシアも賢くなったなあ。どちらかというと、黒い方向に」

 無邪気に笑うエリシアに、高木は溜息をついて背筋を伸ばす。並んで進んでいた騎上のルルナが、少し羨ましそうに見ている。高木は一計を案じて、ファウストに声をかけた。

「ファウスト、すまんがこの先の地形がよくわからん。ルルナと先行して、様子を探ってきてくれ」

「ええ、了解しました。しかし、私は馬がありませんし、そもそも乗馬は不得手でして」

「ルルナの後ろに乗ればいい」

 そういうことならば、とファウストが馬車から降りる。ルルナが顔を赤くして馬を止めようとするのをファウストが手で制して、ひらりと跨ろうとする。当然、身体がやや届かないが、不意にファウストの足下から突風が起きて、ファウストの身体をふわりと上に持ち上げた。無論、魔法である。

「フィアか?」

「ううん。ファウストよ。私より風の勢いは弱いけど、ふわっと浮かせるなんて芸当、制御の上手いファウストにしかできないわよ」

 フィアの説明に、高木はふむと頷いて、ルルナを見る。さっきよりも顔を真っ赤にさせて、おどおどとしていた。

「ファ、ファウスト様……その」

「よろしければ、敬称など使わないでください。旅の仲間なのですから」

「あ……わ、わかった」

 屈託無く微笑むファウストに、ルルナは誤魔化すように馬の脚を早めた。現代で言うところのツーリングだろうか。パカラパカラと蹄の音が遠ざかっていくのを、一同は温かい目で見送った。

「……マサトって、他人には気がきくのよねえ」

「どうして、あれが自分に向けられないのかなー」

 フィアとレイラは、顔を見合わせて嘆息した。

 

ハーレム作りのために、随分と出発遅れました。

まあ、それを記念したサブタイトル。晴夢はーれむとでも読んでくださいませ。

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