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78話:厄日

 女の子同士で、新しい服を着て出かけるのはとても楽しいことだ。

 フィアに用意されたのは、ひとみの世界で言う、赤と黒のギンガムチェックのスカートに、ゴシック調の厚手のシャツ。編み上げブーツと相俟って、白い肌と柔らかい金髪のフィアにはよく映えた。

 エリシアの空色のシャツとスパッツも、快活なエリシアらしく、とても可愛らしい。レイラも新しい服を着ていることだし、自分もたまにはお洒落をしようと思って、ひとみは元の世界から持ってきたお気に入りのワンピースを着た。

 高木のことだから、どうせまだ落ち込んでいるのだろう。エリシアやリッカと風呂に入っていたのはどうかと思うが、少しは大目に見て許してあげよう。そもそも、そういう妙に恋愛に無頓着なところも、好きだったのだから――そう思って、街に出かけた高木を捜していたところだった。

 高木の行方を追いかけるにつれて、怪しげな場所に進んでいく。噂では、少女を連れていたとのことだった。

 嫌な予感は、的中してしまった。謝ってくれるだけでよかっただけの恋人は、勝手に本気でフラれたと思ってか、一度会っただけの少女をラブホテルに連れ込み、出てきた後だった。


「……ショックさん。ルルナを連れて帰ってくださいますか?」

 重い空気の中、最初に声を出したのはファウストだった。

 ファウストはそっとルルナの肩を押して、ショックに目配せをする。ショックは頷いて、ルルナを連れて宿舎の方向へと帰って行った。

「では、私も失礼しましょう。少々余計な口出しをするのであれば、ここは当事者だけに任せるべきかと思います」

 ファウストは一礼して、ルルナの後を追いかけるように闇に紛れる。残されたのは、高木とリッカ。ひとみと、フィアにレイラ、エリシア。

「……ふむ。リッカも、後は僕に任せてくれ。また連絡するよ」

「は、はい……け、けど……」

「最後で嫌な思いをさせてしまったな。だが、僕は後悔していない」

 高木が優しく、リッカの肩を抱く。リッカは一瞬、ひとみに目を向けたが、すぐに顔を背け、逃げるように走り去った。

 これで場に残ったのは、高木と一緒にトールズの街を出た人間と、ひとみだけになる。ひとみはしばらくリッカが走っていく様子を眺めていたが、やがて思い出したかのようにぽろぽろと涙を零した。レイラがひとみの肩を抱き、フィアは重い溜息を吐く。

「前々から言おうと思ってたけど、マサトってバカね」

 フィアのやりきれないといった言葉に、高木は苦笑する。否、正確に言えば苦笑するしかなかった。

「重々承知している」

「あっそ。じゃあ、私も消えるわね」

 あまりにあっさりと、フィアも闇に紛れていく。闇の中でも目立つ金髪のポニーテールが、女遊びを興じようとしていた男の目にとまったのだろう。怒号と共に突風が吹き、男の悲鳴が遠くから聞こえてきた。

 エリシアは悲鳴の聞こえた方を心配そうに見ながらも、意を決したのか高木に近づいた。

「マサトは、リッカが好きなの?」

「……エリシアのことも好きだよ。新しい服も、とてもよく似合っている」

「うーん……ちょっと今の言葉は、あんまりマサトらしくないかな。けど、私はマサトの味方になるよ」

 エリシアは高木の手を取り、そのままひとみに目を向けた。

 ひとみは涙を零しながらも、高木をまっすぐと見ている。高木はエリシアに「ありがとう」と言いながら、やはりひとみを見つめていた。

「まあ、そういうことでな。我ながら諦めが良いというか、後腐れがないというか。上手く気持ちの整理をつけることができた。ひとみ……否、別れたのだから、天橋と呼ぶべきか。天橋、今までありがとう。色々とあったが、本当に感謝している」

 高木はにこりと笑い、きっぱりと言い切った。

 ひとみのまなじりから、涙がさらに零れた。

「……いや」

 ぼそりと、ひとみの唇から言葉が漏れた。

「いや、だよ……別れるの、いやだよ」

「おいおい、別れると言ったのは天橋だろうに」

「あんなの、嘘だよ。本当に別れるなんて……そんなの、ありえないよ」

 ほんの少し、高木が焦ってくれれば良かったのだ。別れないでくれと、その一言があれば良かっただけなのに。

「別れないで……も、もう……意地悪言わないから」

「……ふむ。そういうことだったのか。僕ももう少し早く気付けば良かったが……もう遅い。僕が何処から出てきたかは、わかっているだろう?」

 高木の言葉に、ひとみがびくりと肩を震わせる。

 ショックからこの辺りが連れ込み宿が軒を並べる場所だと聞いている。状況からみても、疑いようは無かった。

「……私は、気にしない……ううん。気にするけど、私が悪かったから、その……許すって言い方はおかしいけど……遅くなんて、ないから、だから……」

「ああ。天橋にとっては、そうかもしれんが。リッカはどうなる?」

「……私、謝ってくる。お願いする……」

 高木は首を横に振り、エリシアを見る。エリシアは眉を悲しげに顰めながら、それでも高木の震える手をしっかりと握っていた。

 ひとみは、リッカが向かっていった方向に駆け出そうとする。それをレイラが押しとどめた。

「マサト。一つだけ、教えて欲しいな。リッカに誘われたのかな。それとも、マサトから?」

「……食事の約束は、行きがかり上のことだ。だが、その後のことは僕からだな」

「そっか……ヒトミ。リッカは悪くないんだし、お願いするのは筋違いだよ。やめとこう?」

 レイラの言葉に、ひとみは力なく項垂れた。

 わかっている。筋違いだということも、自分の行動が招いた結果だと言うことも、全部わかっているのだ。

「すまないな。僕は嘘もつけば、人を騙すこともままあるが、自分から人を裏切ることはできん」

「……うん。わかってる……わかってるけど……」

「もう何も言うな。これ以上、僕も苦しみたくはない。今夜の内にでも、元の世界に戻れ」

 高木は諭すように呟き、エリシアの手を握り直した。

 ひとみは、それでも首を振ろうとしたが、高木の目には、もう迷いなど見えなかった。こうなると、もう高木はてこでも動かないことを一番知っているのはひとみである。やがて、ひとみは微かに首を縦に振って、涙を拭った。

「聖人……ううん。た、高木君は……どうするの?」

「僕は、まだこの世界を楽しみ尽くしてはいない。帰れない理由が一つ増えてしまったことでもあるし、当分はこちらにいる」

「……あはは。最後まで、高木君らしいよ……」

 ひとみは、そう言って微笑んだ。

 涙で頬を濡らし、くしゃくしゃになった顔で、微笑んでいた。



 レイラがひとみを連れて、宿舎へと戻っていく。

 その様子を見届けた後、高木はエリシアとしばらく街をぶらついていた。

「……マサト。良かったの?」

「ああ。天橋も帰る準備があるからな。すぐに戻っては鉢合わせするかもしれん」

「そうじゃないよ……ううん、マサト、わざと話を逸らしてるよね?」

「……やれやれ。確かに心苦しいが、リッカに合わせる顔が無くなってしまうだろう?」

 高木の言葉に、エリシアはそれでも首を横に振る。そして、近くにあった小さな酒場を見つけると、高木の手を引いてその中に入っていった。

「お、おい」

「ヒトミが言ってたよ。マサトは嘘をつくのが下手だって」

 酒場の一席に、ファウストとフィアが座っていた。エリシアはまるで、最初からそこに二人がいるのを知っていたかのように二人に声をかけて、高木を二人の前に座らせた。

「思っていたよりも早かったですね。平手打ちの一発でも食らっているかと思っていたのですが」

 ファウストはあっけらかんとした調子で、酒をぐいと呷る。フィアはファウストに勧められたのだろうか、度数の低い果実酒を舐めるように飲んでいた。

「すまんが、僕はあまり楽しい気分ではなくてな。宴ならば、僕抜きで……」

「バカ。楽しい気分の人間なんて一人もいないわよ」

 フィアがつまみの胡桃を高木に投げつけ、フンと鼻息をならす。高木は苦笑して、鼻頭に当たった胡桃を拾うと、胡桃割りにセットして、思い切り殻を潰した。

「それでね、マサト。さっきの続きだけど……たまには、私が全部言い当てていいかな?」

 エリシアが重い空気を吹き飛ばすように、悪戯っぽく笑う。

 高木は毒気を抜かれたのか、ぽかんとエリシアの顔を見る。まさか、エリシアがそんなことを言い出すとは露にも思っていなかった。

 エリシアは努めて平静を装い、口元に笑みを浮かべて高木を見る。いつだって高木の隣にいたエリシアは、高木の仕草の一つ一つを覚えているのだ。年下の少女の挑発であり、しかも高木が最も得意とする口での勝負という状況。あまりにも整えられてしまった環境に、思わず口から笑みが漏れた。

「喩え、言い当てたとしても僕が頑なにそれを認めなければ、話にもならないぞ。やめておけ、時間の無駄だ」

「えへへ。もう勝負は始まってるみたいだね……マサトは嘘つきだけど、理屈には嘘をつけないよ。それに、マサトから話を取っちゃうと……魔法を使えない今、背が高いだけの変人さんだよ?」

 エリシアの言葉に、高木が目を見開いた。

 さりげない言葉の中に、エリシアが知り得ない情報が含まれていた。高木が魔法を使えないということを、何故エリシアが知っているのだろうか。

 ふとそれについて考えてしまった段階で、高木はエリシアの策に嵌っていた。

「ずっと不思議だったの。レイラが結晶を持ってきたのに、マサトの反応ってすごく淡泊だったし。いつものマサトなら、絶対に我先にって研究すると思うの。マサトは、七日間も眠っていたり、私を助けてくれる為に、すごく無茶なことをしてくれた……そんな後で、急に魔法から遠ざかるなんて、おかしいもの」

 エリシアの言葉を、高木は静かに聞いていた。

 まず、第一段階はこれで成功である。会話において、一番大事なことは相手に話を聞く姿勢を取らせることだ。

 相手が乗り気ならば何の問題もないが、そうでない場合は興味を引かねばならない。そのために高木はいつも、不意を突いた登場や、意外な言葉で相手の興味を自分に向けていた。

 高木はそれらを容易に行うほど、言葉に長けている。だが、逆を言えばそれらに対して最初から興味を持っているわけで、少しでも意表を突けば、いとも容易く話に乗ってくるのだ。

「後は、とっても簡単にわかったよ。お風呂のときも、目が覚めたときも、マサトは魔法を使わなかった。もしかすると魔法を使わないんじゃなくて、魔法が使えないんじゃないかなって思ったんだけど……今のマサトの反応を見れば、正解みたいだね」

 エリシアの作戦の二つ目が、相手に心理的な負けを与えること。

 高木が魔法を使えないことを、自らの反応で知らしめてしまった。それは駆け引きにおいて絶対の自信がある高木にとっては、痛切な失敗に他ならない。ヘルム相手に口で勝つことが出来ないでいた高木は、顔にこそ出さなかったが、内心では随分と苛ついていたのをエリシアは気付いている。

 そして、作戦の三つ目。あまり使いたい手ではないが、高木はありとあらゆる状況を利用する。そんな高木に勝つには、エリシアもまた全てを利用しなければならない。

「……ごめんなさい。私の所為で、マサトは……」

 あざとい仕草にならないかという懸念は、まったくの杞憂だった。

 優しい高木は、エリシアが落ち込んでいるとき、必ず傍で励ましてくれた。少しぐらいの苦労など厭わず、笑顔でエリシアを守ってくれた。そんな高木ならば、落ち込んでいるエリシアを許さないハズがない。

 高木の行動を読んだ作戦ではあるが、高木の優しさを利用する卑怯な手段でもある。だからこそ、嫌な手で、演技も難しいと思っていたのだが、別に演技をする必要など無かったのだ。本気で、高木に対して申し訳ないと思っている。自分の所為で魔法が使えなくなった高木に、どう詫びればいいのかと、辛い気持ちが胸に押し寄せてきた。

「……エリシアの所為ではない。何一つ後悔していないし、エリシアには感謝している。よく、戻ってきてくれたと……僕の身代わりで死ぬような馬鹿な子じゃなくて良かったと、心の底から感謝している」

「……ありがとう」

 高木ならば、そう言ってくれる。わかっていたからこそ、やはり辛い。

 だが、このままではいけないのだと、エリシアは再び笑みを口元に浮かべた。それは、嬉しいからではない。相手を口で言い負かすには、勝ちに行く態度も重要なのだ。

「けど、私を助けてくれたおかげで、わかったこともあったよね。あの状況――マナが一つもない、魔法が使えない状況だと、マサトは人を守ることが出来ない。もしも次、同じ事が起きたら……今度は、誰かが死んでしまうかもしれない」

 ここが、エリシアが一番考えた部分だった。

 後に繋がる高木の行動は、どれを見てもおかしなことばかりだ。だが、そのおかしな行動を取る理由がすっぽりと抜けていた。

 ならば、前から繋がった延長線に答えはある。そう、高木が魔法を使えないことこそが、おかしな行動の遠因だとすれば。高木がエリシアを危険な状態にしたことを悔やんでいれば、理由も自ずと見えてくる。

「私やフィア。それにレイラやファウストは、自分の意志でマサトと一緒にいる。もちろん、ヒトミもそうだけど……大きな違いは、ヒトミは、マサトが呼びだしたからこの世界にいること」

 高木の眉がぴくりと動いた。その微かな仕草を見逃さず、エリシアはさらに言葉を続けた。

「ヒトミのことが大切っていうのも、理由の一つかな。マサトにとって、ヒトミだけは絶対に助けないといけない存在なの」

「……随分と断定するが、根拠が見えないな」

「好きな人を助けたいと思うのは、マサトの世界だけの話じゃないもの。大切な人を助けるためなら、命だって……」

 恋心とて、論拠になる。それがエリシアの理屈だ。

 高木にとって、それは崩しやすい、あまりにも脆い理屈だった。しかし、崩すことは出来ない。

 高木のために、自らの命を盾にしたエリシアの言葉なのだ。

「後は、簡単だよね。リッカに頼んで、浮気の振りをお願いしたの。わざと自分で注文した料理に手をつけずに出かけて、ファウストに疑問を抱かせる。そして、人通りの多い中央教会の前でわざわざ待ち合わせして、食事をすることで、後をつける人間が追いつく時間を与える。その後は、連れ込み宿で時間を潰して、浮気現場をみんなに押さえさせる。こういうのを、狂言っていうんだよね?」

 エリシアの推理に、高木は思わず苦笑して首を横に振った。

「先ほどにも増して、根拠が薄い。確かに僕は理屈や筋には嘘をつかないが、ただ筋が通るだけの想像を聞くのは好きじゃない」

「……えへへ。ごめんね、マサト。リッカが全部、喋ってくれてたの。マサトがリッカにこの狂言浮気を頼んだ後、すぐに報せてくれたの。『エリシアさんだけは、わかっていてください』って。そうじゃなきゃ、浮気したマサトの味方になんて、私だってできないよ」

 エリシアの言葉に、高木はしばし呆然としていた。だが、やがて大きく溜息をついて、肩をすくめてみせた。

「やはり、共犯者を作るべきではなかったか。裏付けを取られているのでは、もう言い逃れもできないな」

 高木が両手をあげて、降伏の意を示した。エリシアはにっこりと笑い、なお、言葉を続ける。

「ヒトミを傷付けて、元の世界に帰すことで、ヒトミを危険から守ろうとしたんだよね?」

「ああ。少々稚拙な策だとは思っていたが……よもや、リッカが報せるとは。口が堅く、強かな少女だと思って頼み込んだのだが……高い食事代で報酬になると考えたのが、甘かったか」

 高木の言葉に、エリシアは不意に表情を曇らせる。おや、と高木が訝しむ。

「……ごめんね、マサト。私、嘘ついちゃった」

「……は?」

「リッカは何も言ってないよ。全部、私の想像で……その、もうこれ以上、マサトを納得させるような理屈も思いつかなくて……最後の最後で、大嘘をついちゃった」

 ぺろりと、小さな舌を出してみせるエリシアに、高木はぽかんと口を開けたまま、固まる。

 それを見て、今まで黙って見ていたフィアとファウストが思わず吹き出した。

「あはは。よくやったわよ、エリシア。やっぱり、人を騙すのは弱ってる時に限るわね。自分も辛い選択なんてするから、簡単に言いくるめられるのよ。やっぱりマサトってバカね」

「フィアさんとすぐに行き会いましてね。タカギ君が浮気なんて狂言に決まっていると意見が一致しまして、では誰がそれを認めさせようかと話し合っていたところだったのですよ。先にリッカさんに裏付けを取ろうと思っていたのですが、思わぬ伏兵がいたものです。確かにエリシアさんが見事な嘘をつくなど、考えませんよね」

 全員にバレていた。高木は頭を抱えて、しっかりと練ったはずの作戦のどこに穴があったのかと、冷静に考え始める。しかし、穴らしい穴は見つからない。リッカに頼んだのは、やはり正解だったようであるし、今までスケベだと罵られてきたのだ。浮気の一つぐらいしてもおかしくないと思われていたハズだ。特にひとみが別れを宣言した後だ。自暴自棄と思われる可能性の方が高い。

「……まだわかってないみたいね。だから、こんなバカな作戦を考えるのよ」

 フィアがぺしぺしと高木の頭を叩いて、ケラケラ笑う。されるがままの高木は、なおも自分の作戦にバカと言われるほどの穴があるとは思えないでいた。

「……すまないが、教えてくれ。どうして、みんなわかったのだ?」

 高木が観念して、エリシア達の顔を順番に見る。エリシア達はそれぞれ顔を見合わせて、同時に頷いた。

 その様子に、高木はふと、思い当たる節があった。これは、いわゆる自分を信じてくれているという展開である。

 長い旅の中で、自分は浮気をするような人間ではないと、エリシア達は理解してくれていたのだ。

「簡単だよ。だって、マサトが浮気するならフィアだもんね」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。するならレイラでしょ?」

「へ。エリシアさんでしょう?」

 全然違った。しかも見事にバラバラだった。

「だって、フィアが一番付き合いが長いよ。マサトがフィアの頭を撫でるとき、フィアも嬉しそうだったし」

「な、何をいい加減なことを言ってるのよ。大体、レイラはマサトが好きって公言してるじゃないの。胸も大きいし、スケベなマサトはふらふらついていくに決まってるわよ」

「いや、実は胸の小さな女性が好きだと睨んでいるのですよ。普段から傍にいて、一緒のベッドで寝るようなエリシアさんに気持ちを動かされるのが、一番妥当ではないかと」

 高木が本日何度目になるかわからないマヌケ面を浮かべている間に、フィア達は「レイラよ」「フィアだよ」「エリシアさんです」と喧々囂々(けんけんごうごう)の討論会を開催している。

「そりゃ、エリシアって可能性もあるけど、私は無いわよ。だって、散々殴ってきたし、吹き飛ばしちゃったし」

「それを言えば、レイラさんはそもそも、タカギ君を暗殺しにきたのでしょう?」

「私だって、最初は盗みに入ったよ?」

 先ほどまでの知的な論戦はどこに消えてしまったのだろうと、高木はついに数分前を懐かしんでいた。

 だが、そこでふと気付く。

 そもそも、この三人にバレているのだ。他の人間にはどうなのだろう。

「あ、そうそう。ヒトミは最初っから気付いてるわよ。連れ込み宿に向かったって話を町の人に聞いたときから、下手な芝居するなあって呆れてたから」

「けど、凄いよね。ヒトミが泣いてるの、本気みたいだったよ。思わず、本当にマサトが浮気したって思っちゃったもの」

「自分で自分を騙しきるのがミソって言ってたわ。マサトの受け売りなんだって」

 やはりと言うべきか。しっかりとひとみにもバレていた。

 今まで、言葉と細やかな仕草で他人を欺いてきたのに、この体たらく。挙げ句の果てにエリシアに見事に騙され、ひとみの迫真の演技に、自分の策が成功したと思い込まされていた。ひとみの細やかな仕草は演技というような代物ではなく、これで恋人を失う代わりに、その安全を守ることが出来ると、辛い選択ができたと思っていたのに。

 まさか、かつて自分が元の世界に帰ってきたときと同じように、自分を騙しきっての演技に走られるとは。

「……思っていたより、よほど強かな女だったな。これは真剣に浮気を考えた方が良いかもしれん」

 高木が悔し紛れに呟いた言葉に、フィアとエリシアが顔を見合わせる。

「……浮気じゃなくて、真剣なら……私が恋人になるよ」

「まあ、気も晴れたしね。一晩くらいなら付き合うわよ?」

 からかわれていると気付きつつも赤面する高木に、フィアとエリシアは声を上げて笑う。

 高木は今日を、厄日と呼ぶことに決めた。

策士策に溺れる。


前回と今回の話は、ひとみを帰還させようかと思って練っていた話でした。

帰還は没にしましたが、なんとなく書きたかったのと、時間調整のために、高木を可哀想な役目に据えての再編。


高木は恋愛ネタに絡んだ途端、異様に弱くなりますね。

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