77話:浮気
つい先日、絶縁状を叩きつけてきた恋人が、何故か自分好みの髪型をしている。
しかも、その隣では自分を召喚した人間が、やはり自分好みの髪型をしている。
騎士団の宿舎に備え付けられてある食堂で、みんな揃っての夕食の中。高木は不思議そうに首を傾げていた。
「ヒトミさんもフィアさんもお似合いですよ。ルルナの髪型、お二方とも気に入ったのですね」
ファウストがにこにこと微笑みながら、高木の注文の所為で三日連続となる川魚の冷風パスタを頬張る。同じ料理だが、昨日はフィアが味付けをしたが、今日はエリシアが厨房を指揮したので、少し味付けが変わっている。
「たまにはいいと思って。ね、フィア?」
「……無理矢理、ヒトミが結んだくせに」
ブツブツと呟くフィアだが、高木がそれとなくひとみとフィアの髪を眺めているのに気付いている。気に入らなければ解けば良いだけの話であるから、半ばはフィアの意志でもある。
レイラは既に高木の好みがポニーテールであることに気付いてはいるが、お気に入りの赤いベレー帽だけは外せない。その代わり、新調した服は高木にも好評のようである。
「あ、そうそう。ディーガで仕立てた服、エリシア持って行かなかったでしょー。私の荷物にいれておいたから、こっちに持ってきてるよ。あと、ルクタが気を利かせて、フィアの服も用意してくれてたの。良かったら、一度袖を通してみてー」
「あ。そうだったね。ありがとうレイラ!」
エリシアは生まれて初めての、自分のために仕立てた服に目を輝かせる。やはり女の子にとって、お洒落は大事なことなのだろうと、高木は何度も頷いた。フィアも珍しく素直に手を叩いて喜ぶ。
「ヒトミの分だけど……ごめんね。仕立屋さんが、会ったことのない人の服は作れないって言って……」
ディーガの街でエリシアの仕立てを請け負い、高木の学生服を修繕した仕立屋には、こだわりがある。正装を用意したときに、フィアやレイラの寸法を測ったが、ひとみは立食会の最中に召喚されたので、仕立屋には会ったことがない。仕立屋は「俺は、身長や体型は勿論、顔立ちも踏まえて服を作るんだ。会ったこともない人間の服なんて作れるハズがない」と、にべもなくひとみの服を仕立てることを断った。
「私はいいよ。服なら何着かあるし、ディーガなら、一人で転送魔法で行けるしね」
ひとみも下校中に召喚されたので、基本的にセーラー服で行動しているが、時間を見つけて元の世界に帰り、そのときに服を何着か持ってきている。フィアも着せてもらったりしていたが、胸の部分が余ったり、ひとみの背の方が高く、微妙に似合わないので最近は着ていない。フィアが身につけている高木の世界の衣類は、エリシアと一緒に買った縞パンだけである。
和気藹々と新しい服について語り合う女性陣に対して、高木とファウストはあまりついていけず、ショックやルルナを交えて今後の行動について話し合っていた。ルルナも女の子なのだが、あまりお洒落に気をかける性分ではない。
「ここから帝都へは、馬車でどれくらいかかるだろうか?」
高木がショックに尋ねる。高木達が乗っていた馬車はショック達が保管してあり、ファムとシュキもちゃんと飼い葉を与えられている。
「二十日ほどだ。しかし、そう簡単には帝都に入れない。先ほど、連絡が入ってな。黒衣騎士団と名乗る一団が、リースの街を越え、帝都に進軍しているらしい。騎士団長はオルゴー・ブレイド。タカギの仲間なのだろう?」
ショックの言葉に、高木は「ほう」と短い声を上げ、嬉しそうに口角を吊り上げた。
「黒衣騎士団ですか。どうしましょうか、こちらと名前が一緒ですね」
ファウストが偶然の一致に、呆れたようにショックを見る。ショックは自分で命名してしまった手前、眉をしかめて溜息をつく。
「あちらの黒衣騎士団は三千名。あと、もしも順調に行軍すれば五十日ほどで帝都に着くだろう。合流するなら早いほうが良い」
「いや、折角の偶然だ。これを利用しない手はない。ショック団長、すまないがこちらの黒衣騎士団は、しばらく名を伏せて行動しよう」
高木は心の底から楽しくて仕方がないという笑みを浮かべ、席を立つ。まだ食事には手をつけてすらいない。
「……タカギの考えることはよくわからんが、先ほどから何も食べていないな。具合でも悪いのか?」
「いや。ちょっと約束をしていてな。折角の好物だが、みんなでわけてくれ」
高木はそれだけ言って、食堂を出て行った。後に残されたファウスト達は顔を見合わせて、慌てて食事を掻き込んだ。
「けふ……ルルナ、行きましょう。タカギ君がエリシアさんの食事に手をつけないなど、ありえません。以前、辛いモノが苦手なのに、フィアさんが作ったという理由だけで、脂汗を流しながら激辛スープを飲み干していましたし」
「ただでさえ好物なのに、手をつけないのはおかしい、か」
ファウストとルルナは、大急ぎで皿を綺麗にして、高木の皿をショックに押しつけると、こっそりと食堂を出て行った。後に残されたショックは、やれやれと肩をすくめて、二人前分のパスタを食べる覚悟を決めた。
高木の行方を捜すのは容易い。何せ、シーガイアでは他に見ない黒髪の男の行方である。宿舎の門兵に尋ねると、街に出かけたという。さらに街に出て適当に近くの人間に声をかけてみると、すぐに足取りを掴むことができた。
「どうやら、中央教会に向かっているようだな。もう空も暗いというのに、何用だ」
ルルナが不思議そうに首を傾げながら、中央教会に歩を進める。ちょうど、中央教会の前に辿り着いたときに、高木の姿を捉えた。
教会の前で、まるで待ち合わせをしているかのようにぼうっと佇んでいる。ファウストとルルナは物陰に隠れ、じっと観察する。
「どうする。声をかけるか?」
「いえ、様子を見ましょう。知られて構わないなら、用件を伝えて出かけるでしょうし、知られたくないなら黙って出て行くはず。タカギ君にしては中途半端です」
「……しかし、あまり深く詮索するのも不味い気がする。私は騎士で、このような真似は……」
「しっ。教会から、タカギ君に向かって人が近づいています」
ファウストの言葉に、思わずルルナがぴたりとファウストに身を寄せて、高木を見る。高木に近づいてきたのは、小柄な少女のようだった。
「む……女か?」
「見覚えがありますね。確か、沐浴の間を管理していて、一緒に入浴していた……リッカさんです」
ファウストの言葉通り、高木に近づいたのはリッカだった。リッカは高木を見つけると嬉しそうに小走りで駆け寄り、そのまま高木の腕にぶら下がるように、手を回した。高木も特に慌てる様子はなく、そのまま、仲睦まじく腕を組み、そのまま歩いて行く。
「こ、これは……逢い引きではないか」
「そのようです。タカギ君も隅に置けませんね」
「何を暢気に見ている。タカギはヒトミと交際しているのだろう。これは立派な浮気だろう!」
「ルルナ、静かに。タカギ君の浮気はこれに始まったことではありませんし、英雄色を好むと言います。今や、タカギ君は黒衣騎士団千名を束ねるに等しい立場。妾の一人ぐらい、いてもさほどおかしくないでしょう」
シーガイアでは、十八歳前後で結婚する者も多い。あくまでも貴族や一部の富裕層だけではあるが、妾を囲っている者だっている。
「……しかしヒトミは、フィアやエリシアがタカギに触れるだけでさりげなく、笑顔に何やら恐ろしいものが混じるほどだぞ。妾など、認めるはずがないだろう」
「そうですね。だから、ヒトミさんには内緒なのでしょう。やれやれ、それならフィアさんやエリシアさん。それにレイラさんを囲えばいいと思うのですが、面識のあまりない少女に手を出すとは」
ファウストは苦笑しながら、不意にルルナの手を取り、物陰から離れる。
「な、な、なにをする!?」
「夜の帳も降りて、往来を行く若い男女は、恋人や夫婦ばかりです。目立たぬよう、少しだけ私の恋人になっていただけませんか?」
ファウストはにっこりと笑い、そっとルルナの手の甲に口づけをする。ルルナの顔が一瞬で真っ赤に染まり、ぽやんと気の抜けた、年相応の少女の顔になる。
「ファ、ファウスト……その、か、勘違いするなよ。私はタカギの行動次第では、問い質すために後をつける。そのために必要だと判断したから、貴様と寄り添うだけだ!」
「はは、それは残念です。ならば今この時の腕のぬくもりを大切にするとしましょう」
つい口から出てしまった気の強さを、ファウストが優しく解きほぐす。ルルナの細い指が、しなやかにファウストの腕に絡みついた。
「まったくタカギはけしからんヤツだ」
口とは裏腹に頬の緩みが収まらないルルナを、ファウストは女性特有の覗き根性の発露だろうと解釈した。
女性と腕を組むのは初めての体験になるファウストは、勘違いをしないように自分をきつく戒め、高木の後をつけて動き始めた。
高木とリッカは腕を組みながら十分ほど街を歩き、やがて立派な石造りの店に入っていった。表には看板が立てられており、どうやら料亭のようである。
「街で評判の店だ。味は一流で、値段も一流だとか」
ルルナの解説に、ファウストは「ほう」と高木のような声を漏らす。なるほど、確かに食事の約束があったのならば、食堂で料理を食べないはずである。
「ショック団長が、一度だけこの店で食事をしたことがあってな。次の日の夕食は私の担当だったが、とても悲しそうな目で見られた」
「……何とも罪作りな店ですね。しかし、ルルナの手料理ですか……いずれ、食べてみたいですね」
ファウストとルルナは会話を交わしながら、手近に休める場所がないかと探してみる。ちょうど、高木達が入った料亭の向かいに、いわゆるオープンテラスになった飲み屋があった。飲み屋といっても、騒々しい居酒屋ではなく、町並みを眺めながらゆっくりと語り合うために作られており、見張るにしても休むにしても都合が良かった。
「お酒、飲めますか?」
「こう見えて、強いぞ」
「素晴らしい。旅の道中、酒を飲む相手がいなくて随分と悲しかったものです」
高木とひとみは、元の世界では酒を飲んではいけない年齢。フィアとエリシアは酒が苦手。決して酒好きとまでは言わないが、それなりに嗜むファウストにとって、酔いを共有できないのは、少し寂しかったのだ。
「逢い引きのことを、タカギ君はデートと呼んでいました。今宵の私達のデートに、少しばかり彩りを与えてみたいのですが、如何でしょうか?」
「……お前の言葉は回りくどい」
「ルルナと一緒にお酒が飲みたいです」
一言で簡潔に説明できることを、長く遠回しに表現するのは無駄である。しかし、そのような無駄にこそ叙情感は漂うものであり、己の人生に崇高さや美しさを求めるファウストは、少々の時間の無駄を厭わずに、この瞬間を美しく彩ろうとする。
ルルナの乙女心に響かないわけではないのだが、騎士という実直さが求められる場所でずっと生活しているおかげで、ファウストの無駄は無駄以上の何物でも無かった。
「そういう可愛い台詞が言えるなら、言えばいい」
「……お言葉を返しますよ。ルルナは可愛いので、可愛い台詞も似合います」
この台詞は、無駄ではなかった。
思いの外、酒に強いファウストにルルナがこっそり惚れ直していた頃、高木はリッカを伴って料亭から出てきた。入ってからおよそ一時間ほどであり、ゆっくりした食事にしては、やや早い。
高木はそのままリッカと腕を組み、騎士団の宿舎でも、中央教会でもない街の外れへと向かっていく。ファウストは勘定を素早く済ませて、ほろ酔い気分のルルナの手を取って、再び追跡に入った。
「この方向には、何があるのでしょうか?」
「……つ、連れ込み宿が集まる区画だな」
連れ込み宿。現代日本でいうところのラブホテルである。
シーガイアの娼婦は、基本的に街単位で組合を作り、斡旋や身の安全を保証されている。仕事場用の宿も組合の物を使うことができるのだが、組合に所属しないもぐりの娼婦などが、連れ込み宿を利用する。無論、一般の客も普通に利用することができる。
「なるほど、向かうにつれて、若い男女の姿しか見えなくなるのはそういう理由ですか。ルルナと来て正解でした」
「……お、おい。まさか、まだ後をつけるのか?」
「当然でしょう。こういう展開を想定したからこそ、ルルナにお願いしたのですよ」
ファウストは事も無げに言い、ルルナの肩を抱いて高木の後方を歩く。ルルナは咄嗟に身体を硬くしてファウストを睨みつけるが、そのファウストも心なしか頬が赤い。
「……御理解頂けたかと思いますが、私もこのような場所は初めてです。周囲に倣い、身を寄せていますが、決して慣れているわけでも冷静でもありません。どうか、察してください」
やや声も上擦っているファウストに、ルルナは思わず笑みを零し、しかし目の前の状況を鑑みて、眉を顰めた。
「しかし、タカギめ。見損なった」
「……ヒトミさんは別れたと言っていました。恋愛は個人の自由ですし、浮気にすらなりませんよ」
「だが、掌を返したように別の女を捕まえるなど……およそ誠実とは言い難い」
ルルナの辛辣な言葉に、ファウストも同意することはできる。確かに少々スケベな部分こそあったが、少なくとも今まで越えてはならない一線を絶対に越えなかった。いくらヒトミと別れたとて、未練がないわけでもないだろう。寂しさを埋めるつもりならば、リッカに失礼な話である。
年齢よりも大人びた高木にしては、随分と考え無しの行動にも思える。一時の慰めで良ければ、娼婦に少々の金を出せば後腐れも残らない。好みだったとしても、面識のある少女に手を出すなど、あまりにも不自然だ。
「それだけ、ヒトミさんに別れを告げられたことが辛いのでしょう」
ファウストははぐらかすように明後日の方向を向いた。
高木の真意はわからない。たとえ深謀遠慮の男であっても、やはり十七歳には違いなく、失敗もすれば自暴自棄になることだって考えられる。結果だけ見れば高木の行動は全て成功しているようにも見えるが、エリシアを失いかけたり、窮地に陥ることも少なくなかったのだ。
「……おや、タカギ君達が宿に入りましたね。ここで待ちましょう」
高木とリッカが連れ込み宿に入っていくのを見て、ファウストは辺りに休めそうな場所を探す。都合良く、もぐりの娼婦が利用しているのであろう、ひっそりと佇む屋台の飲み屋を見つけて入っていく。
「……私にはわからん。辛いならば、すがってでも復縁を求めればいいだろう。寂しいのならば、エリシアやフィアが横にいるだろうに」
「そうですね。だからこそ、私達がこうして後をつけているのですよ」
ファウストは屋台の店主に酒を注文する。隣に座っていた娼婦に声をかけられ、慌てたように首を振った。遊んでいかないかと声をかけられたようだ。
「おい、私の連れに手を出すな。こいつは私のものだ」
さりげなく占有権を行使しながらも、ルルナの気持ちは靄がかかったように晴れることはなかった。
高木達が連れ込み宿から出てきたのは、小一時間ほどの後だった。
「随分と早いですね」
「情けない男だ」
「いや、別にそういう意味で言ったわけでは……」
鬱屈した気分を払うかのように酒を飲んでいたルルナは、すっかり目が据わっている。ファウストはやれやれと店主に酔い覚ましを頼む。この地方に伝わる、数種類の薬草を煎じた丸薬で、強烈な苦みによって酔いを吹き飛ばす、中々豪快な治療法。もとい、対処療法である。
「うぐっ…………!!」
思わずうずくまるルルナに、ファウストはにこりと微笑み、店主に勘定を少し多めに渡す。そして、そのまま高木達の行く手を遮るように、ひょいと通りの真ん中に歩を進めた。
「やあ、奇遇ですね」
まるで、近所の人間にばったり出会ったかのような軽い挨拶に、流石の高木も驚いたのだろう。目を丸くして、一歩後ずさる。
「ファウストか。驚かせるな」
「はは、すみません。しかし、驚いたのは私の方、とも言えそうな場所と状況ですね」
高木の隣でぼんやりとファウストを見ているリッカに目を向ける。そうしているうちにルルナも復活したのか、ファウストの隣に並び、高木を睨みつけた。
「……なるほど。まさかファウストが女遊びをするとも思っていなかったが、ルルナと一緒か。ただ、目的は宿というよりも、僕と見た方が良さそうだな」
流石は高木であり、すぐに落ち着きを取り戻すと、リッカを庇うように後ろに下がらせる。
「お見通しですか。ならば、話は早いです。ルルナのようにわかりやすく怒ることができればいいのですが、私はあまり怒りを前に出すのが苦手のようでして。これでも、けっこう怒っているのですよ」
ファウストが不意にマナを集め、ゆっくりとイメージを高めていく。
高木は何も言わずに、ただリッカを守るように立つだけだった。その受け身の姿勢が、ルルナの癪に障る。
「何か言い分でもあれば聞くべきかと思ったが、それもないとは恐れ入る。いっそ、斬って伏せてしまおうか」
「……ふむ。これだから、猪突猛進は見ていて飽きないものだ。だが、まあ待て。そもそも、僕の行動を咎める理由がよくわからん。おおよそ、僕の行動を不審に思って後をつけてきたのだろうが、男女のことに部外者が口を出すのはおかしいだろう。僕はルルナに断らなければ、女と寝ることも許されないのか?」
高木の言葉をルルナは理解できる。しかし、いくら筋が通っていようが、それは筋が通っているだけの、何の意味も持たない詭弁に過ぎない。そうルルナは判断した。
「ヒトミの気持ちを少しでも斟酌すれば、このような行動に出るはずがない。よもや悪魔とは思わんが、人間としては最低だな」
掃いて捨てるように罵るルルナに、高木は涼しい顔で受け流す。
「僕の気持ちを少しでも斟酌してくれるならば、君ももう少し人間として出来るようになるのだがな。そうやって男を卑怯だの、汚いだの、信用ならんだのと言って、蹴散らしてきたのだろう。散々、魔法の指南をして貰ったファウストに礼を尽くすこともせずに、まるで自分が偉いかのように振る舞う。僕が人として最低ならば、君は騎士として最低の振る舞いをしている。そんなことにも気付かずに説教とは片腹痛い」
「ッ……ファウストのことは関係ない!」
「声を荒げるのは、図星だからか。しかし、残念なことに今の言葉で君は、自分の過ちを証明してしまっている。ファウストと君とのことが僕に関係が無いならば、僕とリッカのことも、ルルナには関係が無い。旅を共にしてきたファウストが怒るならば兎角、君に四の五の言われる筋合いはない」
「き、貴様こそ、自分の言葉に溺れているだろう。ファウストが怒っていることを正当化している時点で、自分の過ちを認めているようなものだ!」
「僕がいつ、自分は悪くないと言っただろうな。僕が言っているのは、君が咎めることがおかしいというこだけだ。怒るのは勝手だが、それをぶつけるのは如何なものか。悪いが、僕は口先三寸で異世界を渡り歩いてきた男でな。君に出番は無い」
ぴしゃりと高木が言い放つと、ルルナは押し黙った。
自分の非を認めるならば、咎められても文句を言えないだろうと言いたかったのだが、自分が咎めることの正当性を論理的に叩きつけることが出来なかった。悔しそうに唇を噛むルルナの肩に、ファウストがそっと手を置いた。
「生真面目なルルナらしい、真っ直ぐな理論でした。しかし、相手が少し悪いですね。たとえ、私でもタカギ君には勝てません。だから、理屈で勝負しない人間でなければいけないのです。たとえば、そうですね。あまりに無神経な恋人に、思わず別れると言ってしまった、見た目とは裏腹の勝ち気な少女、とか」
にこりと笑うファウストに、ルルナが不意に後ろを振り返る。
髪を自分と同じようなポニーテールにして、いつものセーラー服と呼ばれる紺色の服ではなく、白くてふわふわした服を着たひとみが立っていた。その後ろには、同じくポニーテールで、黒を基調としたシャツと、赤と黒の格子模様に編まれたミニスカートをまとったフィア。さらに、澄み渡る青空のような、爽やかな空色のシャツに、黒のスパッツを履いたエリシアと、レイラが立っていた。場所が場所なので、護衛だろうか。ショックまで後ろに控えている。
「呼んだのか?」
高木がファウストに問いかけるが、ファウストはゆっくりと首を横に振った。
「そんな器用な真似はできませんよ。おそらく、タカギ君の行動を不審に思ったのは私だけではなかったようですね。黒髪の男を追いかけるのは、とても簡単です。言わば、当然の結果でしょう」
「なるほどな……まったく、面倒なことだ」
高木はやれやれと肩をすくめて、ひとみを真っ直ぐに見る。
ひとみは何も言わずに、じっと高木を見つめていた。
不穏な空気が漂う中、命の危機を伴わない修羅場が、高木に訪れた。
恋愛小説をメインに書く私ですが、こういう話は初めてです。
今まで浮気したことがないので、浮気する人間の気持ちがわからないのがネックですね。