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74話:風呂2(中)

 ルクタはゆっくりと湯を身体に流して、ふうと溜息をついた。

 帝都へと軍を進める中、途中でリースの街に寄り、高木達と旅をしていた時にあった、ドラムカンと呼ばれる風呂桶を職人に作ってもらった。

 ようやく完成して、早速レイラに沸かせて貰おうと思ったのだが、いざ魔法を使おうとしたときに、忽然と姿を消したのである。

 仕方なく、第一師団の長、炎と槍を得意とするレイに頼み、沸かして貰ったのだが、レイラが召喚魔法で消えたとなると、高木達に呼ばれたことは想像に難くない。

 前々から、そろそろ高木に会いたいと言っていたが、向こうから召喚するとは。

「……寂しくなるわね」

 ヴィスリーから、近いうちに高木にも合流できると聞かされたときは驚いたが、それまでの間、ディーガまで共に旅をしたのはオルゴーとヴィスリーだけになる。ナンナとも打ち解け、貴族と盗賊の境を超えて心を通じ合わせてはいるが、これから戦乱が起こるのだ。果たして、再会できるかどうか。

「ルクタ。湯加減はどうですか。少し、炎で温度を上げましょうか?」

 ルクタに背を向け、空を見上げていたオルゴーがふと、声をかける。

 シーガイア特製ドラム缶の下には、石が組み上げられており、そこに炎を生み出して温める仕組みになっている。レイラがいれば、水の中に炎を作り出せるのだが、普通の魔法使いには既存の常識が邪魔をしてそれができない。

「ちょっとだけお願い。それより、ずっと後ろを向いて無くてもいいじゃない。見飽きたとは言わせないけど、いい加減、慣れてもいいじゃない」

「う……いけません。ルクタの肌は、その……私を惑わせます。美しすぎるのです」

 耳まで真っ赤にするオルゴーに、ルクタは悪戯っぽく微笑んだ。

 この帝国騎士は、見た目よりもずっと可愛い。



 一方、高木は背後に迫る聞き慣れた声に、緊急避難として湯の中に潜るという愚行に出ていた。

 高木の肺活量から、限界は一分。その間に、何らかの手を打たねばならない。

「エリシアお待たせ。その子は?」

「リッカっていうの。ここの管理をしてて、一緒に入ることになったの」

「へえ。まあいいわ。それより、顔が赤いけどそんなにお湯、熱いの?」

 フィアがちゃぽんと手を湯につけて、不思議そうな顔をする。

「ちっとも熱くないじゃない」

「あ、あはは……ちょっと、大きなお風呂にはしゃいじゃって」

 エリシアも高木が隠れた理由を察したのだろう。咄嗟に誤魔化して、どうしようかと考える。

「ちょっとぬるいぐらいが、身体に良いんだよ。ゆっくりとぬるいお湯に浸かるのが、美容に一番」

 ひとみは寧ろ喜んでいるようで、さっとかけ湯をしてお湯に浸かる。そんなものなのかと、フィアとレイラもひとみに続いた。

 高木は白く濁った湯の中をこっそり移動して、極力、女性陣から距離を取りながら打開策を練る。

「マサトがお湯は熱い方が気持ちいいっていうから、ずっと熱くしてたけど、あのバカ、後で吹き飛ばさなきゃいけないわね」

「うーん。けど、ちょっと熱い方が気持ちいいのは確かだよ。男の子にはそっちのほうがいいかも」

「私は熱い方が好きー。けど、ここにはマナがないね。どうしてなのー?」

「あー、そういや、結界を除去してないわね。ここも教会の中だし」

 そう、高木が転送魔法で逃げない理由の一つが、ここが教会の中で、マナが滞在していないことにあった。そうなると当然、高木の脱出方法は限られてくる。

 一つは、気配を絶ち、気付かれないように脱出するという方法。かなり無茶ではあるが、何かしら隙があれば不可能ではない。

 もう一つが、女性陣が風呂から上がるまで湯の中に隠れ続けるという方法。息継ぎの方法さえあれば、湯が白濁しているのでバレずに済むだろう。

 考えている間にも、高木の肺活量の限界が迫る。白濁した湯は身を隠すのには都合が良いのだが、高木自身の視界も遮り、現状を把握することが困難だった。話し声は聞こえるが、その内容そのものまでは聞き取ることができない。

 高木の判断力も、周囲の状況を冷静に把握することによって発揮される。五里霧中どころか、一寸先が真っ白では何をどうすればいいのかわからない。

 まずは息継ぎ。そして、できるならば状況を知りたい。何かしら筒状のものでもあれば息ができるが、風呂に入っている手前、所持品は無く、直接顔を出して息を吸わねばならない。うっかり誰かが高木の潜む方向を見ているだけで失敗する危険な賭けである。見つかれば、フィアに殴られ、ひとみには下手をすると絶縁状を叩きつけられるかもしれない。レイラは――判別がつかないところが一番怖い。

「ぐ……」

 限界を迎え、高木は死ぬよりはマシかと思い、顔を湯から出そうとした。どうせ痛い思いをするなら、せめて脳内お宝フォルダをさらに埋めてしまった方が良い。下着姿は故意、偶然に関わらず何度か拝んでいるが、裸ともなれば貴重である。

 意を決して高木が顔を出そうとしたときだった、脱衣所に繋がる扉が開いた。

「ファウスト、早く来い」

 やや語気の強い女の声だった。全員が声の主を振り返り、高木が顔を出したとき、誰も高木を見ていなかった。

 高木はこれ幸いとばかりに息を吸い、声の主にも目をやる。黒衣騎士団の紅一点、ルルナ・ルナだった。沐浴のための胸あてと下帯をしっかりと巻いており、その肢体は鍛えられているだけあって見事である。胸はちょうど片手で収まるぐらいのほど良さ。

 しかし、それ以上にルルナの放った言葉に問題があった。後ろに、ファウストがいる。

「来ちゃ駄目ッ!!!」

 フィアとひとみ、エリシア、レイラの四人が同時に叫び、肩まで湯に沈める。

「あれ。女性陣の声が聞こえますね。確か、タカギ君が先に来ていると聞いていましたが……」

 ファウストの声が脱衣所から聞こえる。どうやら、ファウストはルルナと一緒に湯を浴びるために、沐浴のための布を身につけてきたようだった。ルルナは状況を何となく把握したようで、ファウストの目を手で塞ぎ、そのまま首に鮮やかに手を回したかと思うと、簡単に絞め落とした。

「失礼した。どうぞ、ごゆるりと」

 ルルナは一礼して、去ろうとする。それをエリシアが引き留めた。

「待って。二人も入ったらいいよ。私達もその布を巻いたら大丈夫だよね?」

「うーん……ま、ファウストはあれで紳士だけど……」

 フィアがちらりとひとみとレイラを見る。二人とも特に異存はないようだった。

「じゃあ、用意しますね」

 リッカがまず立ち上がろうとして、ふと周囲を確認する。高木は既に息継ぎを終え、湯の中に戻っており、見られる心配はないようだった。

「ファウストは、外に出しておく」

 ルルナがファウストを軽々と抱きかかえ、外に向かう。それを見て、フィア達もお湯から上がり、脱衣所に戻っていった。

 最後にエリシアが残ると、高木が再び湯から顔を出した。

「マサトの布も取ってくるよ。後は、誤魔化してね」

「……恩に着る」

 果たして、どう誤魔化せばいいのだろう。そんなことを考えながらも、エリシアが湯から出やすいように、顔を再び湯の中に浸けた。


 結果から先に言えば、高木はあっさりと見つかり、フィアに散々殴られ、ひとみに「もう別れる」とまで言われ、レイラが「じゃあ私が貰う」と宣言して、エリシアが「私も欲しい」と言い、悪ノリしたリッカも「半分だけ欲しい」とよくわからない展開になった。

 高木の言い訳は「エリシアが来るより先に入っており、出るに出られず隠れていた」という、一見すると筋が通ったものだったが、ひとみがポンと高木の後頭部を叩いてみると、コンタクトレンズが目から落ちて、高木が慌てたところで全部露見してしまった。

「いやあ、訓練も一息つき、女性のルルナが身体を人前で拭くのは恥ずかしかろうと思いまして。どうせならば、ここを使えば堂だろうと提案したのですが、元々、使用許可が下りているのは私達だけ。私も一緒に行かねば、入ることができないと思いまして」

 ファウストは理由が真っ当であったことや、ルルナに先手を打たれて気を失ったことなどから、特にお咎めもなく、きちんと腰に沐浴着をつけて、ぬるい湯を堪能している。

 高木も見苦しいという理由で着用は許されたが、フィアの連続往復ビンタによろけ、うっかり滑ってしまい、エリシアの胸に顔を突っ込んだところを袋だたきに遭い、ぷかぷかと湯に浮いている。

「けど、こうしてみんなでお風呂に入れるのは嬉しいわね。マサトもいい加減にちゃんと浸かりなさいよ」

「お前が散々殴ったんだろうが……やれやれ。打ち身に効く湯だから入っているのに、傷が増えた」

「効能がはっきりわかっていいじゃないの」

 フィアが高木の頭を湯に押しつけて、強引に沈める。殴る蹴るの後であり、もう怒る気も失せていた高木は面倒臭そうに濡れた髪を掻き上げ、ふうと溜息をつく。その途端、ふとフィアの手が止まり、高木から距離を取った。

「どうした。散々殴って沈めて、それで離れて終いとは悲しいな。ちゃんと布も巻いたし、水着と思えばそこまで恥ずかしくも無かろうに」

「う、うるさいわねっ。いきなりソレは卑怯なのよ!」

 フィアの言葉に、高木が自分の髪型に気付き、ああと頷いた。

「どうやら、これはけっこう怖いらしいな。多少野暮ったさが消えるので、立食会では致し方なく髪を上げたが。地下牢でもヘルムの連れてきた女が怯えていたし、自重せねば」

 なんと、高木は己の容姿に気付いていない様子である。

 立食会では散々、その容姿で淑女を魅了していたにも関わらずである。高木にしては下手な嘘だとひとしきり全員が笑った後、フィアがおそるおそる尋ねた。

「……本気で言ってる?」

「いや、髪を切るのが面倒でな。昔にこの髪型にしたのだが、ひとみが怖いから人前で……自分以外の前ではするなと言ってだな。確かに周囲の反応がいつもと違ったから、そうなのだろう。立食会ではルクタに野暮ったいと言われて、致し方なくしたまでだが」

 一同の目が、今度はひとみに向けられた。

 ひとみはにっこりと笑い、小首を傾げる。なんだかんだで長い付き合いの一同である。ひとみが喜怒哀楽を全部笑顔で表現して、その僅かな違いにもちゃんと対応できるようになっていた。

 誤魔化し笑いにだって、ちゃんと気付いている。

「ヒトミ、あんたねえ」

「女の子に免疫がほとんどない聖人だからね。浮気防止策だよ。実際、こっちでは随分と浮気してたみたいだし」

 何のことかと首を傾げる高木に、ひとみは再びにっこり笑う。

「嘘はついてないよ。浮気されると思うと、もう怖くて仕方なかったから、禁止にしたの。私がこっちに召喚されたときに、堂々と髪を掻き上げてて驚いたよ」

 本気で別れようかなと呟くひとみに、ファウストが「では、私と交際しましょうか」という冗談を言ったが、ルルナの強烈な肘打ちが顔面にめり込んだ。

「バカか、お前!」

「い、痛いです……ひどいですよ。ほんの冗談ですよ。それは、確かに私はヒトミさんの圧倒的な魔法の才能に憧れてはいますし、実際に見目麗しく、女性としても魅力的ですが、タカギ君を敵に回すほど愚かではありません」

 ファウストの言葉は、平常時は大体墓穴を掘る。ファウストにしてみれば、ひとみは世界一の魔法使いであり、その圧倒的な才能に憧れてしまうのは当然のことであり、美人であることも誰もが認める事実であるから、当然のことを言ったという認識しかしていない。

 ルルナとて、当然ながらひとみが美人であることは認めているし、魔法を扱う人間として、ひとみの才能にも憧れる。だが、それとこれとは少々、話が違った。

「……やはり、私のような女だてらに騎士を務めるような人間では、魅力に欠けるか……」

 湯に顔を浸けてションボリとうなだれるルルナに、女性陣の非難の視線がファウストに降り注ぐことになる。高木も自分のことはさっぱりわかっていないが、ルルナの気持ちはよく理解していたので、目で「フォローしろ」と訴えかける。

 ファウストは周囲の視線にあまり気付くことはなく、じっと考え込んでいたが、やがてぼそりとこう言った。

「ルルナはとても優秀な魔法使いです。才能はヒトミさんや私。それにフィアさんにも劣りますが、それを日々の努力で補おうとしています。それに、剣を使えば、私達では相手にもなりません。とても魅力的な騎士ですよ」

 微妙に的外れなフォローに、一同はがっかりである。しかし、ファウストはやはりそれに気付くこともなく、言葉を続けた。

「私は、強い女性に憧れます。ルルナは、情熱的で潔く、とても強い。こんなに魅力的な女性は探しても見つかりませんよ」

 まさかの、一度落として引っ張り上げるという二段階攻勢であった。先ほどから一転、女性陣から「よくやったファウスト」と言わんばかりの熱い視線が注がれた。ルルナも急激に頬を染め、しどろもどろになり、あまつさえ手で顔を隠して照れる。

 ただ、一つだけ誤算があるとすれば、ファウストのこのような歯の浮いた表現は割と誰にでも言うことで、本人はまったく無意識だったということだろう。ちょっとした貴族のたしなみ程度の感覚なのである。

「……ファウスト……」

 うっとりとファウストを見つめるルルナに、ファウストは不思議そうに首を傾げ、リッカを見た。

「ルルナは暑がりなのか、温い湯でものぼせてしまったようですね。私より、女性の貴女に介抱して貰った方が良いでしょう」

 残念ながらファウスト株、ストップ安である。

 人の良さそうで、目鼻立ちも整ったファウストに浮いた話が無い理由が、フィア達にもはっきり理解できた。

 こいつはどうしようもないバカだ。

後編にするつもりが、終わらなかった……


大概の場面は丁度良い尺で終わらせてきたつもりなのに、何故にお色気シーンだけ、こうもだらだら続いてしまうのか……


脱衣中のエリシアの挿絵が欲しくて描いていますが、中々うまくいきません。

プリーズギブミーヒンヌー。

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