72話:閑話
自分が善人であるか、悪人であるか。
犯罪に手を染めたことはなく、今までの人生でも、後ろめたいことなど一つもない。
しかし、人を欺くことに快感を覚えることは、果たして善と言えるのだろうか。
自分の生き方を否定したくはない。しかし、褒められたことではないのは確かだ。
籠絡。策略。詭弁。奇手。鬼謀。
そんな言葉に魅力を覚えてしまう。それらの言葉がなければ、楽しめない。
結局のところ、褒められない行為を否定しない時点で、自分はやはり悪なのだろう。
ならば、自分に相応しいのは、やはりサムライという名前ではなく、悪魔ではないのだろうか。
黒髪の悪魔。如何にも、それらしいではないか。
「違うよ。マサトは悪魔なんかじゃないよ。だって、私を助けてくれたよ?」
――ああ。君だけは、そう言ってくれるだろう。
君はいつも自分が役に立てないと思っていたようだけど、そんなことはない。
旅という生活においても。そして、僕の中でも。
僕は甘えていた。君だけは、無条件に僕についてきてくれると、君の気持ちに甘えていた。
「私はマサトについていくよ。何があっても、全然平気だよ。甘えてくれるなら、私も嬉しいよ」
ありがとうと、言いたい。
けれど、駄目だ。僕は甘えていただけじゃない。甘えて、逃げていた。
オルゴーと袂を分けたときもそうだ。君だけはついてきてくれると思って、何の相談もせずに飛び出した。
仲間を信じての行動と思ってくれたのかもしれないが、それだけじゃない。
計算高く、売った恩の大きさを測って、ついてくると確信して、飛び出した。
「いいよ。私は、それでもマサトについていく」
――エリシア。
「エリシアッ!!」
がばりと身を起こした高木は、しかし次の瞬間に再び臥して悶絶した。
「ぐ、むぅ……」
「痛ッ……いじゃないの、このバカ」
高木同様に悶絶したのは、フィアだった。顔を覗き込んでいたらしく、高木の頭突きを喰らった形になる。赤くなったおでこを手で押さえて、ジト目で高木をにらみつけていた。
フィアの言葉を無視して、高木は周囲を見渡した。青銅騎士団の宿舎の一室のようで、高木はベッドに横になっていたらしい。フィアの後ろにいたファウストが「目覚めましたか」と微笑んだ。
「エリシアはどうなった?」
高木はベッドから降りようとして、そのまま床に転がった。身体が凝り固まり、思うように動かなかった。
「無理するんじゃないの。あんた、七日間もずっと気を失ってたのよ?」
「それより、エリシアだ。エリシアはどうなった!?」
助け起こそうとするフィアの手を振り払い、肩を掴んで揺する。フィアは説明しようと口を開くが、高木が激しく揺らすせいで上手く喋れない。
「タカギ君、落ち着いて聞いてください」
ファウストに悪気はなかった。いつになく取り乱している高木の状況を考慮して、フィアが喋れそうもないので、代わりに説明しようとしただけだった。それでも、放った言葉は最悪だった。
「……嘘だ。嘘だと言え、ファウスト!!」
「まだ、何も言ってませんよ」
「御託はいい。事と次第によっては叩っ斬るぞ!!」
激昂する高木に、揺らされ続けていたフィアがついにプチっとキれて、高木の頭を張り倒した。
「落ち着けって言ってるでしょ!!」
ただでさえ七日間の寝たきり生活の、寝起きだった。その上に思い切り血圧を上げて怒鳴ったものだから、高木はあっさりとフィアの拳骨に再び床に熱烈なキスをかます結果になった。そのときであった。
「マサト!?」
顔面を強かに打った高木の耳に、確かにその声は届いた。
無我夢中で床から顔を引きはがし、声の主を視界に収める。
部屋の入り口に、赤い髪の少女が。エリシア・フォウルスが立っていた。
「エリシアッ!!」
フィアを突き飛ばして、つんのめりながら高木がエリシアに駆け寄る。エリシアも高木の名を呼び、高木に飛びついた。
高木はエリシアの頭を撫で、身体を抱きしめ、それでも足りずに首筋に顔を埋める。間違いない。抱き心地も、髪の柔らかさも、匂いも、全部エリシアだった。
「マサト、くすぐったいよぅ」
「あ、ああ。すまん」
恥ずかしそうに頬を赤らめるエリシアに、高木は謝りながらも一向にエリシアから離れようとはしなかった。
ふわふわした赤毛も、健康的な太ももも、最近少し大きくなった胸も、全部エリシアだ。良かった。本当に良かっ――
「このロリコン」
じゅわ、と高木の頭上を何かが走り抜けた。それが光線で、宿舎の壁に小さな穴が空いたことを確認して、高木は自分の頭に手を置いた。ちょっと焦げていた。
「ヒトミ。マサトが起きたよ!!」
嬉しそうに言うエリシアに、ひとみはにっこりと笑いながら頷いた。当然ながら高木はエリシアを抱えたまま、逃げ出そうとする。
しかし、身体が思うように動かず、ならば転送魔法だとマナを集めようとして、そのままぼんやりと固まった。
「珍しく観念したかな。嬉しいのはわかるけど、もうほとんど浮気現場の上にセクハラでロリコンだからね」
「あ、ああ……喜びのあまり、つい興奮したようだ。フィアもファウストも、取り乱したりして、済まなかった」
高木はそう言って、それから最後にエリシアをまっすぐと見た。
「エリシア……もう二度と、危ない真似はするな。それから……本当に良かった。これからは、ずっと一緒だ」
高木の言葉に、一同は幸せそうに頷いた。
高木が気絶したすぐ後に、エリシアの心臓は再び脈動を始めた。
魂の召喚が成功したのか、それとも人工呼吸と心臓マッサージが功を奏したのかはわからないが、ひとみの転送魔法でエリシアとひとみが元の世界に移動して、病院にて検査と輸血が行われ、翌日には目を覚ました。
当然、保険証など無いエリシアであったが、そこは大財閥の令嬢である鈴ノ宮千晴に礼を言うべきであろう。病院の経営もしているらしく、便宜を取りはからってくれた上に、治療費の面倒まで見てくれた。
高木も元の世界に戻そうとしたのだが、ファウストが「これは眠っているだけですね」と言ったので、それならばそっと眠らせておこうという話になった。まさか七日間も眠っているとは思わず、エリシア生還の喜びに、高木は割と適当に放置されていた。
五日目まで、すっかり忘れられ、遅れてやって来たショックがさりげなく面倒を見ていたのだが、眠ったまま飯を食うという離れ業をやってのけていたので、特に心配もされていなかった。
流石にそろそろヤバくないか、とフィアが様子を見始めたのが昨日。エリシアが退院したのも昨日であり、高木が思っていたよりも周囲の反応が淡泊だったのは、みんな、ひとしきり喜び、日常を取り戻しつつあったからだ。
「なるほど。随分と寝坊をしたか」
高木は部屋に運び込まれた大量の料理を片っ端から平らげながら、なおも料理を並べ続けるエリシアの笑顔に相好を崩した。
寝たまま食事をしていたといっても、流動食を口から流し込んでいただけなので、腹は減っている。エリシアの手料理ということもあり、高木はひたすらに食べ続けた。
そのほかに気になる点として、カルマ教のその後があったが、それはファウストが説明した。
「ゴルガンスタイン最高司祭は、免職。本人の希望通り、逮捕されて幽閉されています。後任はヘルム君で、既にタカギ君が悪魔であることは撤回されています。魔法に関しては、徐々に緩和していかねば混乱しますし、カルマ教自体も一枚岩というわけではありません。まずは、魔法使いへの弾圧が緩められるといったところです」
「……なるほど。とりあえず、目標は達成されたと言うことか」
「ええ。こう言うのは非常に不謹慎ですが、致死確実の傷を負ったエリシアさんが、一命を取り留め、僅か三日で回復したことが後押しになりましたね。前にも少し説明しましたが、カルマ教は貧困層に対して医療活動も行っています。魔法と、タカギ君たちの行った蘇生方法に、教会は随分と感銘を受けたようです。医療を専門とする部署から、是が非でもそれらの技術を取り入れたいという要望が相次いでいます。これは、ショック殿に感謝すべきでしょう。大々的に宣伝してくれました」
高木起床の報せに駆けつけたショックに注目が集まると、ショックは気恥ずかしそうに横を向いた。
「ショック団長には世話になったな。あのとき、止めてくれなければ僕はゴルガンスタインを殺していただろうし……改めて、礼を言わせて貰うよ」
「……私は、自分が正しいと思ったことをしたまでだ。礼には及ばん。それに、今となっては、教会の身勝手で捕縛し、監禁した非礼を詫びねばならない。職務とはいえど、申し訳ないことをした」
「それに関しては、本当に気にしないでくれ。こっちもその職務を利用して、さらには宿舎に居座ったのだしな」
そちらに非礼があれば、こちらには策略があった。だから、これでおあいこだろう。
高木の言葉の裏に隠された和睦の合図に、ショックは抜き身の桜花を高木に渡した。
「できれば、血を吸わせたくない名剣だ」
「ならば、血を吸わせないように、腕の立つ剣士が欲しいところだ」
高木流の誘い文句に、ショックは苦笑した。
自分が黒衣のサムライに気に入られていることは察しが付いていたが、誘われるとは思っていなかった。
「私は、少々歳を食い過ぎた。君たちの勢いを追いかけることは出来ても、共に進むのは難しい」
「そうか。ならば、是非追いかけてきてくれ。それで、僕の目標は達成となる」
高木の言葉に、一同が首を傾げる。
既に目的など達成しているではないかと。悪魔であることを払拭し、魔法も認められるようになっていくだろう。
訝しむ一同に、高木はやれやれと肩をすくめた。
「本当に誰も気付かなかったのか。大体、単に悪魔でないことを知らしめるだけならば、ゴルガンスタインだろうが誰だろうが、転送魔法で真横につけて、ちょいと桜花を突きつければ話は済んだ。わざわざ時間を使ってまで信用を得たのは、魔法のためだけじゃない。このままオルゴーに合流しても、格好がつかないからな」
朗々と語る高木に、ぴくりとフィアが顔を上げた。
「教会ともなれば、相応の兵力を蓄えているものだ。長らく別行動を取ったからには、相応の土産が必要だろう?」
青銅騎士団。二百名からなる騎士達である。
従士はそれぞれ五名ほどと、やや少ないものの、それでも一千人ほどの兵力である。
「まさか……最初から騎士団目当てで?」
ファウストの問いかけに、高木はゆっくりと頷いた。
「愚にも付かない阿呆揃いなら別の手を考えたが、青銅騎士団は精鋭揃いの果敢な騎士達ばかりだ。無論、国を正すという目的に同調してくれる者のみの参加でもかまわない。ケルツァルトの街そのものの防衛騎士はいるし、街から出ても問題は無いという意味でも、教会の抱えている兵力は魅力的だった。見立てでは、そろそろオルゴー達が兵を挙げている頃だろう。僕の合流をヴィスリーが心待ちにしている筈だ」
高木はお気に入りである川魚の冷風パスタを口に放り込み、不思議そうに周囲を見渡した。
全員がぽかんとしており、まるで高木の言葉を理解していないようだった。
「何か質問があれば、挙手」
「はい」
「ふむ、それではひとみ君」
「ヴィスリーが心待ちにしてるってことは、ヴィスリーと打ち合わせをしてたの?」
高木がオルゴーと袂を分かったとき、そんな打ち合わせをする余裕など無かったはずだ。高木はひとみとずっと一緒だったし、手紙にもそのようなことは書き記していなかった。
「中々、良い質問だ。答えは、したと言えばしたし、していないと言えば、していない」
「……聖人。怒るよ?」
ひとみがにこりと笑うと、高木は「はい」と物わかりの良い生徒のように返事をした。
「オルゴーを殴りつけて、部屋を出たときにヴィスリーと目が合った。『考えがある』『じゃあ、俺はこっちを任された』という程度の、目と目の会話だな。僕の世界で言うアイコンタクトで、機転の利くヴィスリーとは下手に言葉を使うよりも便利だ」
伊達に兄弟分として過ごしてきたわけではない。目を見れば、お互いの言いたいことぐらいはそれとなく察知できた。
短いながら会話という高度なコミュニケーションに至ったのは、兄貴分も弟分も切れ者だったからとしか言い様がない。
フィアは重い溜息を吐いて、ぼそりと呟く。
「前々から思ってたし、何度も言ったけど……本当に、マサトって凄いわね」
青銅騎士団が大きな動きを見せたのは、高木の復活の翌日であった。
ショックがオルゴーの成し遂げようとしていることに同調したのは、教会の打算的な行動を目の当たりにしたことが大きかった。
これまでも心の底から全てを信じてきたと言えば嘘になるが、それでも信じたいと願う気持ちは強かった。最高司祭が悪魔が教会の威信のために作り上げられたと認めたとき、ショックは世界がひっくり返るような絶望感に襲われた。
ただ、自分たちが今までにしてきたこと。それに打算はない。ただ、駒として動かされただけである。罪はないが、責任感の強いショックには耐えられない苦しみでもあった。
故に、高木の口から出てきた国を正すという言葉に、言いしれぬ強い力を感じてしまった。
腐敗した教会もまた、国を揺るがす一部であり、武力という権力を持っていては、腐敗した教会はこれからも腐り続けてしまう。
青銅騎士団の騎士達に全てを告げ、同調する者がいれば高木らに続こうと誘った。
大半の騎士達はエリシアの料理を食べ、高木達とも面識があった。悪魔ではないとわかり、教会の不実を目の当たりにしたこともあり、百四十余名がショックに従う意向を見せた。家族がいる者や、それでも尚、教会を信じたいと願う者もいて、ショックはそれを否定することはしなかった。
「青銅騎士団の名前は、ここを守るためにつけられた名前だ。我らはこれより、黒衣騎士団と銘を変えよう」
百四十余名が、真実を告げた男の二つ名にあやかってつけた名前であった。
無論、彼らがオルゴー達とモロにニアミスしていることなど知るよしもなかった。
後にこのニアミスが高木を非常に喜ばせることになる。
エリシアの助命嘆願、たくさんいただきました。
殺すな。助けて。作者何を考えてるんだ。など、諸々。
折角なので、この場でお返事しちゃいます。
殺しましたが、助けもしました。作者は最初からこの展開を考えていました。
高木が「お前は文章が下手だから、後書きもブログも利用して、ミスリード誘え」って言うので仕方なく大嘘ついてました。お気楽ファンタジーの看板、掲げたままです。下げてません。
嘘です。喜んで大嘘つきました。嘘大好きです。
これにてエリシア復活。
そして隠れ設定「ハーレム」への道が。