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68話:攻略

「兄貴、どうしてっかなぁ」

 ヴィスリーは目の前に居並ぶ、屈強な騎士達を眺めながら、ぼそりと呟いた。

「なんじゃ。この期に及んで『やっぱり着いていけば良かった』とでも言うつもりかの?」

 ナンナがからかうように言うと、ヴィスリーは苦笑して首を横に振った。

「ティテュスで捕まったらしいぜ。兄貴や姉御に、エリシアまで」

「ほう。舎弟としては、ここは颯爽と助けに行かねばなるまいて」

「はは、そりゃいいな。けど、助けなんて必要ねえよ。兄貴のことだし、どうせ自分から捕まって、今頃、本拠地にでも乗り込んでるだろうしな」

 ヴィスリーはおどけて言いながら、ふと、空を見上げた。

「……そろそろ、だな」

 ヴィスリーは後ろを振り向き、騎士団長――オルゴーを見る。

「ヴィスリーさん……いえ、ヴィスリー。号令を」

「あいよ。それじゃあ、あんまりガラじゃねえけど、しゃあねえな――」

 ヴィスリーは一つ頷いて、三千名からなる騎士団に目を向けた。

 クーガが集め、オルゴーが率いる、憂国の騎士団。間接的ながらも最大の出資者でもある、とある男の二つ名から、この騎士団につけられた名前がある。

「黒衣騎士団、出陣!」

 リガルド帝国に、一つの流れが生まれる。




 黒衣騎士団は大きく、五つの師団からなる。

 五百名ずつの師団に、糧秣部隊、諜報部隊などの特殊部隊が五百名で、計三千名。騎士団といえども、騎士と称する人間はその中の十分の一ほどであり、残りは従士と呼ばれる、いわゆる兵卒である。

 一人の騎士につき、従士が十名ほど連れられており、騎士は十人をまとめる小隊長としての役割を果たしている。さらにその騎士十人を束ねる騎士長がいて、騎士長五人を束ねる師団長がいる。

 レイ・ウォースは黒衣騎士団の第一師団をまとめあげる師団長を仰せつかった男だった。

 年齢はまだ若く、二十二歳。隣国フォース共和国から亡命してきた騎士であり、ブロンドの髪と切れ長の瞳が特徴である。利発にして剛健と謳われ、クーガの呼びかけに真っ先に応じた一人でもあった。

 黒衣騎士団にも入団審査はあり、従士は兎角、騎士は全員がクーガとオルゴー、ヴィスリーと向かい合っている。

 主に面接と実技試験であるが、レイはヴィスリーを軽々と打ち負かし、オルゴーとかなり良い勝負をした。得意の獲物は槍であり、馬上で使う突撃槍から、歩兵の用いる手槍まで幅広く扱う。殊、炎の魔法との連携が見事であり、オルゴーに魔法の心得がなければ、レイが手合わせで勝っていたかもしれない。

 切れ長の瞳と、無愛想な物腰が手伝って他人を遠ざけているように見えるレイだが、配下の従士は皆、レイを慕っており、その統率力の高さは折り紙付きであった。

 オルゴーにも帝国騎士の時代に従士が存在したのだが、看守という仕事を任されて以降、暇が出されたままだった。そのため、オルゴーは指揮官として戦場に立ったことがなく、フォースの内紛で活躍していたレイの存在は、黒衣騎士団の中でも重要であった。

「ヴィスリー、ちょっといいだろうか?」

 しかし、少々口さがない。質実剛健と言えばそれまでだが、仮にも三千名からなる黒衣騎士団の副団長であり、直属の上司であるヴィスリーやオルゴーにも敬称も敬語も使わない。二人とも深く気にしていないので問題にはなっていないが、他の師団長にはよく咎められていた。

 そもそも、実戦経験の無いオルゴーと、騎士ですらないヴィスリーであるから、軽く見られても当然である。オルゴーが団長というのは兎角、ヴィスリーを副団長に据えるという話は、やや難航した。当のヴィスリーが断り続けたからである。

 しかし、黒衣騎士団はその目的である「国家腐敗の糾弾」を掲げたオルゴーを軸に構成されている。そのため、オルゴーのディーガまでの旅が、黒衣騎士団の前身として担がれたのである。

 義に燃える帝国騎士が、数少ない仲間と共に一路、ディーガを目指し、数多くの困難を乗り越えて騎士団創設に辿り着いた。そういう神話が、急拵えの騎士団には必要不可欠であった。つまり、ヴィスリーは黒衣騎士団の最古参であり、副団長も当然の役職である――という筋書きなのである。

 他にも、レイラには三十名ほどで構成される魔法師団の隊長という役職が与えられ、ルクタは糧秣部隊長。ナンナは親衛隊長とされている。クーガの構想では、軍師に高木。親衛隊はフィア。糧秣部隊にエリシア。魔法師団はファウストに任せる筈だったが、居ない者は仕方ない。しかし、軍師の役職は空欄であり、いずれ合流したときに高木に任せるという意見が一致していた。

「レイの旦那か。どした?」

 ヴィスリーは自分の役職をあまり好まなかったが、元より何でも器用にこなす人間である。年上のレイに呼び捨てにされることは当然であると思いながら、軽い調子で答えた。

「行軍は順調だが、やはり軍師がいないことが気にかかる。本格的な戦闘に入る前に、仮初めでいいから立てておく必要があると思うのだが」

「まー、そうなんだけどよ。とりあえずもうちょい待ってくれや。多分、最強の軍師が登場するって流れだからさ」

「……黒髪の悪魔が軍師か。大丈夫なのだろうな?」

「その点なら、ご心配なく。合流するときには、ちゃあんと黒衣のサムライって呼ばれてる筈だからな」

 ヴィスリーのやや冷たい言葉に、レイは微笑で返した。

 普段は上手に他人の言葉を躱すヴィスリーだが、高木の話題になるとやや感情的なる。それはオルゴーも一緒で、二人にとっての高木の存在の重さを、レイはじっくりと感じ入るのだった。





「へっくしょ」

「なんか中途半端なクシャミねえ。どうせなら最後まで威勢良くやりなさいよ」

 中央教会の扉を開いて、中に進んだ高木たちだったが、これといった緊張感もなく、悠々と突き進んでいる。

 既に一階の礼拝堂を越え、三階部分に差し掛かっているのだが、魔法を封じたと思っていた協会側は、兵士達を詰めさせているだけである。仕えないはずの魔法でフィアが突風を起こすものだから、兵士達は我先にと逃げ惑い、結果、最高司祭がいるであろう最上階――五階までは、難なく進めそうであった。

「毎度のことだけど、こんなに簡単で良いのかしら?」

「常に裏を掻き、有利にコトが進むように行動しているからな。戦闘にせよ、口論にせよ事前準備で勝敗が決まると言っても過言ではない」

 既に畏怖の対象となっている高木達に、兵士達は何の役にも立たない。フィアの風に後ずさり、高木の視線に怯え、ひとみの笑顔に震え上がった。

「なんだか、私達が悪者みたい」

 エリシアが不満そうに言うのを、ファウストが「そうですね」と肯定する。少なくとも、彼らにとって自分たちが侵略者であることに違いはない。

「善悪など立場が変われば、見事に入れ替わるものだ。単純な二元論も嫌いではないが、真理とはほど遠い」

 高木は四階に上がる階段を上りながら、楽しそうに言った。

 勧善懲悪というコンセプトで作られた特撮を楽しみに観ている高木だが、世の中がそこまでシンプルだとは当然、考えていない。自分たちの行動が正義かと問われれば、首を横に傾げるだろう。

 しかし、悪ではない。己を悪と断定されたことを否定するための行動なのだ。いわれなき悪の烙印に屈するほど、高木は弱い人間でもない。悪の烙印を受け入れるほど強くもない。

「……さあ、行こうか。最高司祭とやらは目の前だ。悪魔のような策略と弁舌で、悪魔ではないと証明しよう」

 あくまでも、あくどいだけで悪魔ではない。少々ヤヤコシイが、少なくとも悪ではない。

 ならば、この行動は決して間違いではないのだ。

 高木は一つ頷いて、四階を突き抜け、五階へと足を踏み入れる。

 階段を上りきると、立派な樫の扉が待ち構えていた。ファウストが中の様子を確認するが、当然ながらマナの流れる様子はない。大勢が詰めている様子もなかった。

 高木は躊躇うことなく扉を開き、中に入る。フィア達が後に続き、待ち構えている三人の男と相対した。

 一人は、青銅騎士団長ショック・ゲル。

 もう一人は、カルマ教の法主ヘルム。

 最後の一人は、深い皺の刻まれた、最高司祭。ゴルガンスタイン。

「……来てしまったか」

 ショックが剣を構え、二人を庇うように前に出た。応えるようにフィアがマナを纏い、前に出る。

「結局、アンタも敵には違いないのねえ。割と物わかりが良いと思ってたんだけど、所詮はカタブツね」

「……これが、私の使命だ。刃を交えたくないとは思ったが、交えなければならない理由があるのならば、それを厭うことなどできはしない」

 ショックの立場を考えるならば、誰もショックを咎めることなど出来ない。フィアもそれを知りながら、諦めにも似た嘆息をしたのだ。

 嫌いな人間ではないからこそ、敵として向かってくることを否定しない。相応の意志があるからだ。

「ショック団長、控えよ」

「フィア、下がれ」

 しかし、二人の決意をよそにゴルガンスタインと高木がほとんど同時に声をかける。ショックは風よりも早く剣を扱うことはできず、高木達も力で押し勝っても意味が無い。ショックとフィアはやや憮然とした表情ながら、後ろに下がった。

 替わるように、ヘルムが一歩前に出た。高木もそれに対抗するように前に出ようとするが、先にファウストが前に出ていた。

「ここは、私が。どうせ、のらりくらりと言葉を躱すだけの男でしょう。タカギ君とは相性が悪いのですが、私にとっては御しやすい相手です」

「へえ。随分と甘く見られたものです……ファウストさんでしたか。神に仕える身ながら悪魔に与するなど、貴方が一番、性質が悪い」

 口先三寸では高木に一歩劣るファウストだが、ヘルム相手に言葉で勝負することには自信があった。カルマ教の教義についても知識があり、それにヘルムが囚われている以上は、ファウストに分があると見て、高木は素直にファウストに任せることにする。

「じゃあ、僕は最高司祭殿と話をしようか。ひとみとエリシアは後方に注意してくれ。フィアは一応、ショック団長と睨み合いを。まあ、布陣としては悪くない」

「うん。フィア、マナを半分もらっていいかな。私の破壊光線は圧縮を強めれば、規模は小さいけど貫通力は保てるから」

「わかったわ。こっちも一人を吹き飛ばすぐらいなら、半分で事足りるし。エリシア、ひとみを助けてあげてね。ファウストも、調子に乗って変なこと言い出したら、アンタから吹き飛ばすわよ?」

「うん。わかったよ」

「留意しましょう」

 高木たちが、それぞれの立場を理解して即座に行動に移していく。

 あらかじめ相談がなかったことが会話からわかるが、それ故に、あまりにも手際よく動くことにヘルムやゴルガンスタインが感嘆する。

「悪魔め、人を操るのが上手いのう」

「下手に操る貴様らよりは、よほどマシな存在だろう。見習ってくれ」

 ゴルガンスタインと高木が対峙する。

「さて、こちらはこちらで、論破させていただきましょうか。暇にあかしてタカギ君と喋り続けた私です。舐めてかからないことを、お奨めしましょう」

「お言葉をお返ししましょう。私とてカルマ教の法主をつとめる身。おいそれと悪魔に与する者におくれはとりません」

 ファウストとヘルムも向き合い、それをショックとフィアが見守る。

 戦いと呼ぶにはひどく穏やかで、人の動きもない状況だが、宗教戦争に違いはない。

 高木はにやりと口元をゆがめて、じっくりとゴルガンスタインをいたぶる算段を組み始めた。

久々のヴィスリーやらオルゴーやら。後半戦でもちゃんと出番はありますよー。

新キャラのレイ・ウォース。私が小学生の頃に作った初めてのオリジナルキャラ。面子が足りなかったので二十年近くの時を経て、他人様の目に映る場所にやってきました。


あ、そうそう。

そろそろお気楽ファンタジーの看板を下げた方が良いかもしれません。

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