67話:青空
高木が青銅騎士団の保護のもと、ヘルムを筆頭とする教会を撃退し続けること、二十日間。
途中、ひとみと高木が流石に学校を休みっぱなしというのは不味いと、学年末のテストに合わせて現実世界に帰省するという一幕などもあったが、留守を預かったファウストとフィアが、舌戦、武力行使共に勝利を収めて事なきを得ている。
元々、ファウストは弁舌でこそ高木に敵わないが、優秀な人間である。特に、魔法と教会の関係を熟知しており、いくら相手が言葉巧みであろうが、痛いところを突くことはできたし、少なくともカルマ教に関する知識だけでは高木を上回っている。
いざ、実力行使ともなれば、マナの動きに注意していたフィアが、あらかじめ十分なマナを確保して、扉を開いたところで風を叩きつけるので交渉の余地すら無い。自己防衛という最大の言い訳が可能な状況であることから、高木も留守中の襲撃に対しては遠慮しなくていいとあらかじめ申し伝えていた。
かくして、すっかり街の中にファウストとエリシアの流した噂が広まった頃合い。丁度、高木が学年末テストを赤点ギリギリで乗り切ったところであった。
「やはり授業を受けていないと、成績は厳しいものがあるなあ。まあ、校長を籠絡したので留学扱いとなったし、もう学校を気にせずにシーガイアに滞在できるからいいのだが」
「留学は盲点だったよ。校長先生をどうやって説得したのかはわからないけど」
高木とひとみは揃って留学生という扱いになり、学校に行かなくても出席という立場を手に入れた。かつて、不倫をネタに校長を脅迫して、幾つかの校則を変更させた高木であるが、それを今回も利用したのだ。
「権力を手にするより、権力者を利用する方が気が楽でいい。さて、その気概で教会に向かうとするか」
時は既に好し。高木はフィアによって再びシーガイアに舞い戻ると、意気揚々とケルツァルトの街に出た。
青銅騎士団の面々は、未だに高木達を警戒してはいるが、同じ敷地で二十日間も一緒にいたこともあってか、高木達が残忍な悪魔であるという認識を消しつつある。見張りに立っていた騎士に「出かけるよ」と声をかけると、「気をつけてくださいね」と言われた。
「エリシアが騎士達の炊事を手伝ったりしてたのよね。男所帯で、食事も大味だったから、すごく喜ばれてたわ」
フィアの言葉を聞いて、高木は満足そうに頷いた。
時間や労力はかかるが、相手の生活に溶け込んでしまうと、そこで生まれた絆や信頼感はとても強くなるのである。
実際に高木も、旅という狭い馬車での共同生活の中で、それまでに感じたことのない連帯感をフィア達に持った。恋人がいながら、フィア達に惹かれた側面があるのもまた、その絆ゆえなのかもしれない。
閑話休題。兎角、エリシアが暇を持てあまし、世話になっているという礼と、食事の改善のために起こした行動は、結果として騎士団内部に悪魔が悪ではないという認識を後押しするものとなっていた。幼く無垢なエリシアはとりわけ騎士から人気で、悪魔はエリシアに出会ったからこそ、悪ではなくなったのだろうと思っている者さえいた。
「ここまで良い流れも珍しい。気勢も気概も揃っている上に、策も万端。これで失敗する方が難しいというものだ」
高木の言葉に、自分がしたことをわかっていないエリシアは、きょとんとするばかりだった。
黒髪の悪魔が街に現れると、人々は遠巻きにその姿を窺っていた。
「まずまず、成功というところでしょうか?」
ファウストが尋ねると、高木は笑顔で頷いた。
「うむ。真偽定かではない噂だけにしてみれば、十二分の効果と言えるだろう。良い仕事をするじゃないか」
「嘘に真実を混ぜるのではなく、真実に嘘を紛れ込ませる。タカギ君の言葉だそうですが、それを念頭において、色々と吹聴した結果ですよ。先に、誰も傷付けずに関所を越えた事実が大きかったですね。大きな嘘ほどバレにくいという話もありますので、悪魔ではなく、神の写し身だという噂も蒔いておきました」
「ふむ。流石にそれは信用には至らないだろうが、少なくとも悪い印象を和らげる効果ぐらいはあったのだろう」
情報伝達にテレビもラジオもない世界である。二十日間で噂が街全体に浸透したというのは、ファウストの手腕に依るところが大きかったということである。
「ヴィスリー君も、こうやってタカギ君を助けていたんでしょうね」
ファウストは自分たちを遠巻きに眺める人々を見つめながら、ぼんやりと呟いた。
高木は内心でひやりとする。はっきりと言葉にしたことはなかったし、態度にも出していないつもりだったことを、ファウストは感じ取っていたのだろう。
今のファウストは、かつてのヴィスリーのようだと。
高木の隣に立ち、高木の意志を汲み取って、器用に立ち回る。雰囲気や人柄に違いはあれど、高木はヴィスリーが抜けた穴を、ファウストで補っていた。
「……怒るか?」
ファウストという人間を、代替品のように扱っていたことを、高木自身も自覚をしており、恥ずべき事と思いながらも、目を背けていた。
「正直なところを言えば、あまり良い気持ちはしませんね。ヴィスリー君は、とても気の利く人ですし、彼のように立ち回れていることは、私としても嬉しいのですが……」
「だろうな。僕もまさか、ファウストがここまで上手く立ち回るとは思っていなかった。出会いがアレだったからかもしれないが」
「……あの出会いから数日間で、私はきっと成長したんでしょう。高く伸びていた鼻を、タカギ君とヒトミさんにぽっきりと叩き折られてしまい、慢心や努力不足を自覚できました。感謝はしています」
ファウストはにこりと笑うと、高木の肩に手を置いた。
「弟分になるつもりはありませんが、友になりたいとは思います。別にヴィスリー君と比べたりしても構いませんよ。比べられるならば、彼を超えてしまえばいいのですからね」
「やれやれ。比較を肯定されると立つ瀬がないな。責められた方が幾分マシだった」
高木は溜息をつくと、その後に少しだけ微笑んで、そっとファウストの肩に手を置いた。
「弟は間に合っているが、単純な友達というのは、この世界には少ない。例によって奇人変人の類ではあるが、喜んで友情を育みたい」
「……毒のある言葉こそが、友情の証とでも受け取っておきましょう」
ファウストは遠くを見ながら、肩にかかる高木の力を嬉しく思った。
「それで、具体的な作戦とかあるの?」
ぶらぶらと散歩をするような歩調で、いつの間にか中央教会にまで辿り着いてしまった高木達は、あまりにも堂々と敵の目の前で作戦会議を開始した。
「教会の中は言わば敵地ですが、一般の信者が出入りする場所でもあります。私達としても、教会としても揉め事を起こすのは勘弁でしょう」
ファウストの言葉に、高木はうむと頷いた。中央教会は荘厳な雰囲気の石造りの建物であり、百人以上を収容できる巨大な聖堂を中心に、僧侶達の宿舎や、教会運営のための事務所などの建物も並んでいる。狙うべくは、カルマ教の中でも力を持つ人間の籠絡である。
「説法の最中に乗り込むのが手っ取り早いんじゃないかしら?」
フィアの単純明快な中央突破論に、高木はすかさず「無理だな」と否定をしてみせる。
「僕たちを警戒しているヘルムがいる。荒事に持って行けない以上は、ヘルムと舌戦ということになるだろうが、彼は僕にとって、一番苦手とする人間だ。そもそも舌戦と呼ばれるような状態にまで持ち込めそうもない」
「……じゃあ、裏から回って実力行使?」
ひとみの意見は、ファウストが否定した。
「それでは、今まで流した噂が無駄になってしまいます。あくまでも、平和的解決を目指すべきでしょう」
高木達の武器は、今までに必要以上に人を傷付けず、大事件を起こさずにここまで来たことにある。
迂闊に暴力を振るえば、やはり悪魔だったのかと思われて終いなのだ。
「暴力は駄目。頼みの綱の舌先三寸もヘルムには敵わない……ファウストと僕の魔法で、こっそり倒してしまうのはそれなりに有用だと思ったのだが……それも無理のようだな」
高木は意識を集中して、マナの動きを見る。何故か、教会一体にはマナが少しも見当たらなかった。
「結界になっているのでしょう」
ファウストの言葉に、高木は首を傾げる。結界という存在は初耳だった。
結界とは、つまるところマナの動きを封じるものであり、その理論はフィアが高木を召喚したときの魔法陣に近い。
マナは単に人間の感情や思考だけに影響されるわけではない。ありとあらゆる現象や事象の影響を受ける。その中でもとりわけ、多大な変化を与えるのが人間の意志や感情であるが、特定の陣を構築することにより、それに匹敵するような強力な影響力を持たせることが出来るのである。
フィアは召喚魔法の構築に長い時間を要し、集めたマナが構築中に四散することを防ぐために魔法陣を使っていたが、教会一体には、マナを寄せ付けない魔法陣が張り巡らされているようだった。
「教会が神の力を退ける……か。それで困るのが悪魔なのだから、もう支離滅裂だな」
高木は苦笑すると、マナを集めてみる。片手を覆うだけのマナを集めると、そのまま結界の内部に足を踏み入れた。
マナは高木の意志とは関係なく、結界の外に残った形になり、いくら強く念じてみても、マナが結界の内部に入り込むことは無いようだった。
「魔法が使えないとなると、ちょっとキツくないかしら。私もヒトミも、ファウストも何も出来ないわよ。マサトの口だってヘルムに封じられるんなら、残ってるのはマサトの頼りない剣だけじゃないの」
フィアの言葉は少々手厳しいものの、正鵠を射ている。単なる兵卒ならば兎角、訓練された騎士のような存在がいれば、高木はいとも簡単に殺されてしまうだろう。ヴィスリーでさえ、正規の騎士と互角か否かというほどなので、オルゴーでもない限り、悠々と突き進むわけにはいかない。
高木は顎を指でこすりながら、それでもさして困ったような顔を見せることはしなかった。
魔法と剣と言葉を封じられ、一見すると高木達の全てが封じられているようにも見えるのだが、これだけで封じられるような高木であれば、とうの昔にどこかで野垂れ死んでいる。
「鉄壁の守備を誇る砦が、かつて存在したが、何故か一晩で敵に占拠されてしまったことがある。フィア、理由がわかるか?」
「……竜巻にでも巻き込まれたんじゃないの?」
「なるほど、自然災害は怖いからな。しかし、僕たちは天災を待っているほど気長ではない。ひとみはどう思う?」
「内部の人間の裏切り、かな」
「ふむ、それも怖い。だが、僕たちは内応の約束などしていないし、一人や二人が内応したところで、剣も魔法も言葉も、使い物になりはしない。ファウストならば、どう考える?」
「簡単な話ですよ。いくら鉄壁でも長く囲めば兵糧は尽きます」
「……確かに戦争ならば有効な手かもしれないが、全然、状況を考えて発言していないな……エリシア、君の意見を聞こう」
「えっと……うーん、ちょっと無理があるっていうか……あんまり自信がないけど……誰も中にいなかった、とか?」
「ふむ。やはりエリシアは可愛いな」
高木はエリシアの頭を撫でて、嬉しそうに微笑んだ。
一同が首を傾げる中、高木は肩をすくめて見せる。
「実はエリシアが大正解だ。虚報で砦の兵士達が出陣した隙を狙って、あっさりと占領してしまった。こう、つい実況中継したくなるような見事な作戦だったらしい。中に誰もいませんよ、とでもな」
「や、けど。いるでしょ、中に」
「……フィアは頭は良いがバカだな。ファウストと同じだ」
高木はやれやれと肩をすくめて、エリシアの頭をさらに撫でる。決してファウストの実力を認めていないわけではないフィアだが、なんとなくファウストのスカした態度が好きではないのも確かである。同列に並べられるのは、はっきり言って屈辱だった。
「マサトは、どうやら吹っ飛ばされたいみたいねえ?」
ぴくぴくと眉をふるわせるフィアに、高木はちらりとファウストを見る。間接的にフィアにも貶められているファウストだが、既に慣れたものであり、「教会の方に吹き飛ばしちゃ駄目ですよ」と、かなりとんちんかんな助言をフィアに贈っている。
「いや最近、フィアの風を無力化する方法を見つけてな。実はちっとも怖くない」
ファウストの余計な言葉と、高木の挑発がフィアのこめかみに青筋を浮かべる。
フィアは遠慮無くマナを集めて、最大風速をイメージしながら魔法を練っていく。
「ファウスト、君は少し後ろを向いていろ」
「了解しました」
高木はフィアの放つ強大なプレッシャーにも、まさしく何処吹く風といった様子であり、飄々と意味のわからない指示をファウストに向ける。ファウストは高木の意図することを理解できなかったが、とりあえずは言われたとおりに背を向けた。
「よし、今だ」
高木はすかさず右手を伸ばし、フィアのスカートをめくりあげた。
気合一閃。普段の高木からは考えられない、あまりにも鮮やかかつ素早い動きに、一同がしばしの間、目の前で起こった状況をよく理解できないでいた。
「……ふむ、縞パンとは中々やるな」
フィアの下着――青と白のストライプ柄のショーツ――をはっきりと目視した高木は、満足そうに頷いた。
しかし見事なのは、その縞パンからにょっきりと伸びた、白いふとももだろう。しみひとつない、すらりと伸びていてるのに柔らかそうな脚に、高木は健全な若者男子として、脳内で絶賛の拍手を送った。
「ふ、ふふ……」
フィアの口元から壊れたように声が漏れる。羞恥と怒りが混ざって顔は真っ赤に染まり、わなわなと全身が震えていた。
エリシアとひとみは次に起こる事態を即座に理解して、慌てて走り出す。何が起こったのか全然わかっていないファウストは、不思議そうに逃げ行くエリシア達をぼんやりと見送った。
「ふ、ふふ――吹っ飛べ、バカーーーッ!!」
最大風速だった。ごおっという激しい音と共に、高木が砂埃と一緒にポーンと空中に舞った。
可哀想なのは巻き込まれたファウストである。風の余波をモロに喰らい、高木共々、教会の壁に向かって吹っ飛ばされる。
「変身ッ!!」
「ぎゃああッ!!」
風に吹き飛ばされる中、激突する直前に高木が叫び、ファウストが悲鳴をあげる。次の瞬間、どかんと二人は壁に激突して、壁に大きなヒビが走った。
ずるずると壁から崩れ落ちる二人に、フィアがフンと鼻息荒く軽蔑の視線を送る。
実は高木の世界に行ったときに、千晴とエリシアの三人で選んだ、お気に入りの下着だったのだ。
シーガイアより進んだ技術を持つ高木の世界の下着は、フィア達にしてみればすこぶる上等な代物である。やや子供っぽい縞パンはエリシアのお奨めで、何度か高木に下着姿を見られているフィアだが、これだけは見られたくなかった。
「街中で乙女に何してんのよ、この変態ッ!!」
気絶どころか、死ぬ勢いで壁に激突した高木達に、フィアは敢然と吠え立てる。
しかし高木とファウストは、ゆっくりと立ち上がってきた。
「ファウスト、マナを集めろ」
「もうやっていますよ。けど、こういうのは事前に教えておいていただきたいものです」
ファウストは結界の中で、風から元に戻ったマナを回収していた。
激突の寸前に、高木は目に見えるかどうかも怪しい量のマナで、自分とファウストに鉄化の概念魔法を使用した。おかげで激突する前から高木とファウストは違和感により激痛に襲われたが、ほとんど全身を鉄化したおかげで、壁に激突したダメージは無かった。
「しかし、以前はこれだけの鉄化をすれば気絶していましたが、激痛こそあれど、前回よりもマシでしたね」
「痛みの正体が違和感だからな。慣れれば平気になっていく」
高木は学生服についた埃を払いながら、呆然としているフィア達を見て、やれやれと溜息をついた。
「何をぼうっとしているんだ。結界にマナを入れることに成功したし、後は進むだけだろう?」
「え……あ、そういえば……」
ひとみがマナを知覚すると、確かに結界の内部にいるファウストがマナを確保している。
実に簡単な話で、フィアが変化させた風は、マナが変化したものではあるが、マナそのものではない。結界はマナを通さないものであっても、風は通してしまう。一旦、中に入ったマナは外には排出されないようだった。
「結界に魔法が使えない、という先入観を排除するために、わざと怒らせたのだが、中々見事な作戦だろう?」
高木は自慢げに言い、ファウストも感心したのだが、生憎と、女性陣はそうではなかった。
利用されたことに気付いたフィアは、さっきよりも怒っており、ひとみとエリシアは冷たい目で高木を見ていた。
「いかん。役得が大きすぎた」
「……あの、心なしか私まで狙われている気がするのですが」
高木のせめてもの心遣いで、ファウストはフィアの下着を拝めていない。しかし、コトの展開上、共犯者の立場にあったファウストも、しっかり女性陣の冷たい目を向けられていた。
「ファウスト、せっかく集めたマナを手放すなよ。ビンタが飛んでくる」
「わ、私は見ていないのに――」
どうせなら拝んでおきたかったと思いながらも、フィアの八つ当たりビンタをしっかり喰らったファウストは、意地でマナを確保し続けた。
何はともあれ、最初の壁は突破である。
サブタイは拙作への自己オマージュだったりします。
ある意味では、胸囲以上にひどいサブタイですね。
あと、なろう初投稿から言い続けていることですが、私はぱんつフェチじゃないです。