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66話:献策

 翌日、ヘルムが率いてきたのは三人の美女であった。

「悪魔ならば、色香に惑わされて堕落を望む筈です」

 カルマ教の教義に、悪魔が色を好み、若い女を連れ去るとあった故の行動であったのだが、ほとんど裸に近い三人の美女を前に、高木はぼんやりと眺めるばかりだった。

「どうしろと言うのだ?」

「さあて。彼女らの色香に惑わされれば、悪魔というところでしょうか」

 まだ高木も十七歳の男子であるから、裸に近い女性達は刺激的ではある。

 それでも、高木はやはりぼんやりと見上げるばかりだった。

「どうでしょう。彼女らを傍に侍らしてみるというのは?」

「……そうだなあ」

 高木は呆けたように三人の美女を見ながらも、手早く概念を完成させると、ひとみとエリシアを召喚した。例によって食事中だったようだが、地下牢で呆けている高木と、ヘルムの策に完全にあきれかえっているフィア。そして、牢屋越しに驚いているほとんど裸のような三人の美女に、およその判断が出来たのだろう。

 ひとみは高木の眼鏡を奪い、三人の美女が震え上がるような笑顔を見せた。

「それで、聖人。いきなり呼びだしてどうしたの?」

「いや、色香で釣ろうとしたから、美女なら間に合っているという実例を示そうだな……」

 そこまで聞いたエリシアは、しばらく思案した後に、高木の髪をオールバックにして、千晴に貰ったヘアピンで留めた。

 高木はよくわかっておらず、ひとみの手を避けて、ヘルム及び三人美女の様子を見る。

 いつぞやの超渋い男前状態となった高木に見られて、三人の美女はぽっと頬を染めた。

「うん、こっちはちゃんと釣れたよ」

 エリシアの言葉に、ヘルムは苦笑するしかなかった。



 さらに翌日。流石に一人で残すのは可哀想だと、ファウストも召喚してやると、今度は手狭になったので、騎士団の宿舎の一室に移った高木達の前に、恐ろしい形相の巨漢が十人ほどなだれ込んできた。

「騎士達のように優しくはありませんよ。悪魔といえども、肉弾戦は弱いのでしょう。神の力の源は、全てこちらの手中に収めました。どうやら、貴兄は僅かでも源があれば妙な術を使うようですからね」

 ヘルムの言葉に、やはりひとみが微笑み、フィアが眉をつり上げ、エリシアが高木の影に隠れる。

 高木とファウストはしばし顔を見合わせた後に、うっすらと笑った。

「なあ、ファウスト。このヘルムという男は言葉は巧みだが、策はあまり得意ではないらしい」

「しかし、いいのですか。ここ、マナが塵一つ無い状況ですけど?」

「ふむ。しかしマナがなくとも魔法は使えるさ。なあ、エリシア?」

「あ、うんっ」

 久々の出番とあって、エリシアはいそいそとライターを取り出して、勢いよく火をつける。

 魔法を封じるから安心して良いと聞かされていた巨漢達は、どう見ても魔法でしかない炎にビビった。関所では大風を起こし、妙な光線やら熱風やらを操ったという噂が流れていたのである。

「あれは、ハッタリですよ。怯えずに捕らえなさい!」

 見抜いたヘルムが落ち着かせようと声を荒げるが、既に高木が桜花を引き抜き、一番前にいた巨漢の喉元に切っ先を突きつけていた。

「確かにハッタリかもしれんが、こっちの刃は、紛れもない本物だぞ」

 巨漢の喉の皮を微かに裂いた桜花に、巨漢達は震え上がる。戦いに慣れているからこそ、桜花の切れ味が理解できるのだ。

 切っ先が軽く触れただけで皮を裂くような切れ味の剣は、このシーガイアにおいて二つと無い。

「じょ、冗談じゃねえ。こんな奴ら、襲えるかよっ!!」

「逃げろ逃げろ。割にあわねえっ!!」

 巨漢達は来たときよりも慌ただしく逃げ出して、後にはヘルムだけが残る。

「よくハッタリと見抜いたが、策自体がヘボすぎて話にならん。少々、見込み違いだったかな?」

「ふ、ふふ……今に見ておきなさい。その笑顔、明日には吹き飛ばして見せましょう!」

 ヘルムもやはり逃げるように去り、高木は居合わせたショックに、ベッドが硬いと文句を言った。

 相手を負かすと、注文を一つつけるというのが最近の慣例である。


 さらに翌日、柔らかいベッドで十分に睡眠を取った高木は、外を歩いても問題のないエリシアとファウストをケルツァルト散策に出向かせて、フィアとひとみの三人で暇を潰していた。

「旅はまだ、色々とやることがあったけど、暇ねえ」

 フィアがうんざりとした調子で言うのを、高木とひとみが苦笑で応える。

「この調子で、本当にうまくいくのかしら?」

 フィアの問いに、高木は「多分」という曖昧な言葉で返し、椅子に腰掛けて何やら思案を続ける。卓上にはノートとシャーペンが置いてあり、時折、何かを思いついたようにペンを走らせる。日本語で書かれたそれを、フィアは読むことは出来ないのだが、どうやら新しい概念魔法の開発のようだった。

「どんな魔法になるの?」

「そうだな。現状で使えるのは、変身と召喚と転送の三種類のみだが……まあ、精々、鉄ではない別のモノに変化させるぐらいだな」

「あれ。なんか代わり映えしないわねえ。面白くない」

 フィアの言葉に、高木は苦笑する。

 魔法の有用性の一つとして、その汎用性の高さがある。フィアは風を得意とするが、炎や光なども、少々時間がかかるものの作り出すことが出来る。風一つを取ってしても、風の塊をぶつけたり、圧縮した刃にして打ち出したりと、様々な使い方ができる。

 それに対して高木の概念魔法は、未だに変身、転送、召喚の三種類のみで、そこから派生させるようなものもない。

「変身魔法一つに数週間かけて理論構築したんだぞ。そうポンポンと新しい魔法など思いつかないさ……えぇと、やはり銀に変化させるのは難しいな。シルバーアクセサリーとかいう洒落たモノは持っていなかったし、実物との縁が薄すぎて、上手く連想できん」

「知識だけじゃやっぱりうまくいかないね。転送魔法や召喚魔法は、確かゲームの移動魔法とかからイメージを得たんだっけ?」

「ああ。概念そのものはきちんと構築したが、身近なモノとして扱うためには、イメージが重要だからな。幸い、フィアに召喚されたおかげで召喚を経験しており、下地があった。ひとみが召喚魔法を使えるのも、実際に経験しているからだな」

 高木は肩をすくめて、ノートを閉じる。

「そろそろ、あのマヌケが来るかしら?」

 フィアが面倒そうに言うのを、高木は「こらこら」とたしなめる。

「ヘルムはマヌケじゃないさ。こと、弁舌という一点においては、僕と拮抗するほどだ。今までは下策ばかりだったが、果たして単なる下策かどうか」

 高木の言葉に、フィアが首を傾げる。

「つまり、下手な策しか打てないっていう芝居?」

「まあ、単に下策なだけかもしれんが……用心に越したことはない。口が達者なヤツは信用ならん」

「……アンタが言うと、何か変ねえ」

 フィアの溜息に、ひとみがくすくすと微笑む。高木はとぼけた顔をしながらも、ヘルムがどのような策で来るのか、ゆっくりと思考を巡らせる。

「ヘルムとしては、僕たちが悪魔であるという、言い逃れの出来ない、完膚無きまでに叩きのめすことの出来る証拠を掴まねばならない。僕たちはいつだって逃げ出せるからな。だから、ヘルムは教義の記述から、悪魔であるという証拠になりそうなものを探して、僕たちにぶつけてくるのだろう。一方、僕たちは悪魔ではないという証明が必要だ」

「無いことの証明って、難しいんだよね?」

 ひとみの言葉に、高木は頷く。

 存在の証明は、基本的に存在しないことの証明よりも簡単であるとされている。無いことを証明するためには、あり得るという可能性を全て潰さねばならない。

「だが、今回の場合は、相手も教義という極めて曖昧なものから、こちらの存在を証明せねばならない。そして、基本的に自分たちから動かず、迎え撃つ形にある以上、僕たちは圧倒的に優位にある」

「どういうこと?」

「相手の行動を見れば、どんな罠が仕掛けられているか、すぐにわかるってことだよね」

 フィアの問いかけに、かわりにひとみが答えた。高木も頷いて、窓に近づくと、階下の景色を眺める。

「討伐の気概が高まらないうちに自分から捕まったことによって、民衆からの恨みを買っているわけではないし、事件を捏造しようにも、悪魔が人を傷付けずに関所を越えたという噂も流れている。確固たる証拠が教会には必要という状況にまでは追い込めた」

「強引に悪魔だと断定されないかしら。そもそも、悪魔って自分で言っちゃってるわよね?」

「そこはそこ、実は嘘でしたと言ってしまえば終いだ。少々、街を混乱させるが、大勢の前で理路整然と自分が悪魔でない証拠を並べてしまえばいい」

「また、あのヘルムってのが出張ってきたら証明できないじゃない」

「いや、彼の意見は大勢の民衆の前で披露できるようなものじゃない。最悪、ディーガの街の発展に貢献したことや、借金に苦しむ少女を助けたりしたことを、噂として流して、悪魔が善なるモノという風潮に変えることも出来る。というか、既にファウストとエリシアに街で噂を広めるように頼んでいるので、数十日もすれば街全体に広がっているだろう。噂だけならば信用ならないが、いざ僕やひとみが人前に出て、何も悪いことをしない人間だと理解させれば、おいそれと弾圧も出来なくなる」

 高木の理屈は、概ね間違ってはいないように思えた。実際には、幾つかの不確定要素が含まれているが、そこを小細工で形にしてしまうのが高木であるから、問題ないだろうとフィアは思う。ひとみも、特に異論がないようだった。

「じゃあ、後は魔法を認めさせるだけね」

「ああ。そちらは既に手を打ってある。というか、一石二鳥なのだが……僕が悪魔ではないと認められれば、僕を喚び出したフィアの魔法もまた、悪なるものではないという印象を与えることができる。決してそれだけでは魔法を認めさせるものにはならないが、風当たりは変わるはずだ。こちらは、少々時間がかかるが、まあ、一人の悪魔の存在と、シーガイア全土に広がっている技術の問題という差だから、仕方ないだろう」

 高木が朗々と語ると、それだけで全てがその通りに動くような気になるから、フィアは不思議だった。

 これまでも、確かに幾つかの失敗はあったが、大半が高木の思惑通りに進んできている。悪魔という認定を受けたのは流石に高木にしても予想外だったのだろうが、そんな状況ですらこの余裕っぷりである。最早、怖いものなど無いようにすら思える。

「まあ、ヘルムをどうにかせずとも、教会の中に入ってしまえば、もうちょっと頭が悪くて偉い身分の人間を籠絡させてしまえばいい。民衆を利用せずとも、教会から誤報の触れを出せば、それだけで片がつく」

「……どっちにしろ、マサトに任せるわよ」

 信頼なのか、面倒臭くなったのか。フィアは少し投げやりに言って、ベッドに身を投げる。

「ふむ。細工は粒々(りゅうりゅう)、後は仕上げをごろうじろ」

 高木は楽しそうに笑うと、また何かを思いついたようで、ノートを広げて、カリカリと論理を書き始めた。

ちょっと引っ越しすることになって、執筆その他に遅れが生じています。


人生の底辺を邁進中なんで、御容赦ください。

高木より先に作者を早く何とかしないと。

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