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63話:脱獄

 夕食の準備を進めながら仁科恵一は、ぼんやりと親友のことを思い出していた。

 口が達者で、嘘をつくことを厭わない外道ではあるが、それでも妙に気持ちの良い男。彼の言葉を信じるのであれば、今頃は異世界で大冒険を繰り広げているはずなのだが。

 まさかなあと思いながら、素早く人参を短冊切りにして、手際よく調理を進めていく。そんな折だった。

 いつかのように庭先から声が聞こえ、誰かが部屋に入ってくる音がした。

「ケーイチ。悪いけど、また世話になるわ!」

「……まあ、いいけどよ」

 随分と早い再会となった自称異世界人は、高木同様、なかなかに傲岸不遜な態度で居座ることを決めていた。


「天橋も一緒か。んで、エリシアは前も来たな。そっちの優男は新顔だな」

 恵一は慣れたもので、居並ぶ異世界人を素直に受け入れた。

 クラスメイトだった天橋ひとみとは当然ながら面識があり、学校を「家庭の事情」でしばらく休んでいることも知っている。

「ごめんね。聖人のバカが勝手に転送しちゃって」

「あー、天橋もその設定、割とノリノリなんだな」

 未だに異世界を信じていない恵一は、ひとみの言葉をゲームの設定と認識した。

 流石に、あまりにも非現実的な様子から、本当かもしれないとは感じているのだが、おいそれと認めてしまえば、行ってみたいと思ってしまう。剣と魔法のファンタジーは、やはりけっこう魅力的なのだった。

「そ、それよりも大変だよ。マサト、捕まっちゃうよ!」

 エリシアはわたわたと慌てて、フィアやひとみに「戻ろうよ」と言うが、フィアは力なく首を横に振って「無理なの」と呟いた。

「こっちにマナが無い以上、マサトが私達を召喚しないと、戻ることは出来ないわ」

「タカギ君のことですから、きっと何か考えがあるのでしょう」

 既に高木をすっかり信用しているファウストは、特に慌てた様子もなく言ってのけた。不安がるエリシアに、ひとみがにこりと微笑む。

「逃げるだけなら、マサトも一緒に、別の場所に転送すればいいからね。わざわざ私達をこっちの世界に戻して、自分だけ残ったのは理由があるはずだよ」

 少なくとも、一時的で良いのであれば、フィアの家やヴィスリーの屋敷など、トールズの街に避難もできた。それをしなかったのは、高木に作戦があったとしか考えられないのだ。

「ふーん。ま、どうでもいいけど、飯食ったか。まだなら用意してやっから、天橋も手伝ってくれ。もうすぐ千晴も帰ってくるし、エリシアに会いたがってたから、丁度いいや」

 恵一は深刻な様子ではないとわかると、特に会話の内容に興味を示すでもなく、調理に戻っていった。

「ヒトミさん。私はこの世界、はじめてなんですけれど……案内してくれませんか?」

 ファウストに至っては観光気分であった。



 一方、高木であるが、見事なまでの囚人としての扱いで、ケルツァルトの街の地下牢に放り込まれた。

 猿轡に、両手を後ろで縛られるという、厳重体勢であり、常に見張りが三人ついている。どうやら、明日に尋問などが行われるようだったが、高木は内心でほくそ笑んだ。

 マナを感知すると、地下という特殊な環境のせいか、ほとんど無い。しかし、僅かでもあれば事足りるのが高木である。

 指先にマナを集めて、人差し指の爪に鉄化の概念魔法をかける。十秒ほど、爪は見事な鉄になり、高木は少しずつ、ロープを爪で切り裂いていく。一時間も作業を続けると、腕を戒めていたロープは千切れ、猿轡を外す。

「ふう。最近思うが、僕はけっこう強いんじゃないだろうか」

 見張りをしていた兵士が、ぎょっと高木を見る。

 不幸にも悪魔の監視という大任を負った三人の兵士は槍を構え、ごくりと喉を鳴らす。

「き、貴様……どうやって!?」

「いや、実に地道な作業の結果だ。別に怪力で引き千切ったわけでもないから、安心してくれ」

 ちっとも安心できない言葉を吐きながら、高木はなおも概念魔法を練る。怪力ならば対処のしようもあるが、それ以外のこととなると想像できないだけ不気味だった。

「アウトポート!」

 かくして、瞬時に鉄格子を越えて、三人の兵士の前から一瞬に消えた高木だが、別に逃げたわけではない。

 悪魔が消えて腰を抜かした兵士の隣に、高木は自身の恋人のごとき笑顔で立っていた。

「やあ」

「ひいいいっ!」

 爽やかな挨拶をしたつもりだったが、まさか真横にいるとは思っていなかった兵士は飛び上がる。関所の守備隊長に試してみたところ、反応が楽しかったので、高木はこれを気に入っていた。

 慌てふためく兵士の、その隙を突いて、高木は桜花の鯉口を切った。

 呼吸を剣に合わせて、力強く踏み込む。

 考えずとも、身体が覚えている。二ヶ月近い、地味な反復練習。そして、一昼夜ぶっ通しで続けた特訓が、決して達者とは言わないが、高木の身体をなめらかに動かしていた。

 確かな手応えに、高木はにやりと口元をゆがめる。木製の槍の柄が、見事に両断されていた。

「まさか、桜花を奪わずにいてくれるとは思わなかった。まあ、形状が違うので剣に見えなかっただろうし、何よりも悪魔が剣を持っているという認識自体が無かったのかも知れないな」

 暢気に解説する高木だが、何よりも自分で驚いたのは、ちゃんと桜花を扱えていたことである。

 伊達倭との特訓が、かなりの成果を上げていることを実感して、高木はうんうんと頷いた。

「さて。ついでだ……変身っ!」

 兵士達が呆気にとられているうちに、高木は槍を構えていた兵士の下半身を鉄に変化させる。一時間で何十回、何百回と鉄化の魔法を使ったせいだろうか、かなり手早く発動させることが出来た。

 ぎゃあという悲鳴が上がり、兵士がもんどりうつ。見えない攻撃に、残った一人はガタガタと震えだした。

「あ、悪魔め……」

「サムライだというのに」

 高木は続けざまに桜花を振るい、やはり槍の柄を斬る。ああ、ようやく自分がサムライらしい振る舞いができていると内心で打ち震える高木だが、三人の兵士達は涙目であった。

「おお、これはすまん。安心しろ、君たちに危害は加えない……アウトポート!」

 高木は三人の身体をすぐ近く。先ほどまで、高木を閉じ込めていた牢屋の中に転送する。

 見ず知らずの初対面であるが、わずかな距離である。三人まとめて移動させることなど、容易いものである。

 世界を騙すとも形容できる概念魔法は、小規模ならば汎用性は低くない。要するに、小細工が大好きな高木にとっては、割と使い勝手が良いものである。

「な、なんだよコレ!!?」

「いや、ケルツァルトに潜入しようと考えていたが、中々難しそうだったからな。捕まれば勝手に運んでくれるだろうと思って、わざと捕まってみた。手間が省けて助かった」

 既に理解の範疇を完璧に逸脱しており、慌てふためく兵士に、高木はにやりと笑い、そのままゆっくりと地下牢を進んでいく。

「さて……地下牢からの脱出と言えば、オルゴーとルクタもやっていたな。折角だから、僕にもパートナーが欲しいところだ」

 高木は考えながら、誰をパートナーにしようかと考える。

 単純な戦力ならば、やはり世界一の魔法使いのひとみであるが、人を傷付けるのは嫌だろうから、ある程度場慣れしているファウストが、こういう場面では役立つだろう。しかし、とりあえず命の危険というほどのことでもないし、地下牢を出た後に行動しやすいエリシアというのもいい。あまり顔が知られておらず、幼いエリシアは街を歩いていても、衛兵などに見咎められることは少ない。

「ふむ。選択肢が多いのは良いことだが」

 高木は独りごちて、召喚魔法を行使する。

 地下牢に一瞬、眩い光が満ちて――

「いっただきまーす……あれ?」

 ちょうど、恵一の手料理を堪能しようとしていたフィアが、椅子ごと召喚されてきた。


「いただきます……ん。なんか、いきなりフィアが消えたぞ?」

「いただきます。きっと、聖人が召喚したんだよ」

「マジかよ……って、椅子まで持っていきやがった!」

 既に、恵一はトンデモ現象に驚くこともしなくなっていた。ただ、家事を仕事とする男として、家具が一つ消えたことを怒るだけだった。



「ううー。ハンバーグ……ケーイチが『すげえ美味いぜ』って言ってたから、すっごく楽しみにしてたのに」

 フィアは割と本気で凹みながら、高木をジト目で見上げていた。

「いや、すまん。まさか食事中とは知らずに。まあ、入浴中よりはマシだろう」

「バカ!」

 スコンと高木の頭を叩きつつ、フィアはふくれっ面のまま進んでいく。ちなみに、椅子は高木が再び元の世界に戻したのだが、ちょっと場所を間違えて、食卓の上に鎮座させてしまった。恵一達が二度驚いたのは言うまでもない。

 閑話休題。とりあえず、フィアはハンバーグを食べ損ねて不機嫌ではあったが、「どうして私だけ喚びだしたのよ?」という問いに、高木が「フィアが一番、二人で動きやすい」と答えたら、かなり機嫌が良くなった。

「なんだかんだ言って、マサトには私が必要なのよね」

 嬉しそうに胸を張るフィアだが、巡回の兵士を見つけると、突然問答無用で吹き飛ばす辺り、自分の役割を良く認識している。

 漂うマナは少ないが、移動しながら常にマナを集めて回っているらしく、フィアの周囲には常にマナが滞在している。

「うむ。そういう思い切りの良さと、後先考えない行動ができるから、フィアは貴重だ」

「褒めてるつもりなんでしょうけど、あんまり褒められてる気がしないわねぇ」

 少し変化したと言えば、高木の軽口に慣れてきたことぐらいだろうか。

 痛くないのはいいが、少し寂しさを覚える高木だった。やはりフィアは跳ねっ返りだからこそフィアであり、変に達観されると調子が狂う。少々痛い思いをしてでも、ここは景気づけにビシっと吹き飛ばして貰いたいと、割と真剣に高木は考えた。

「半分バカにしているがな」

「はいはい。吹っ飛べ吹っ飛べ」

 かるーく、高木の前髪が揺れる。フィアがふうっと息を吐いて揺らしたのだ。

 楽しそうに笑うフィアに、高木は初めてフィアにやり込められたことに気付いた。

「そんな取って付けた軽口じゃ、もう怒らないわよ。私を手玉に取りたかったら、色気のある言葉でも使うコトね」

 楽しそうに笑うフィアに、高木は「ふむ」と頷いた。

「残念だな。フィアは怒った顔が一番可愛いのに」

「な、なに変なこと言ってんのよ、このバカ!」

 思わず頬を赤らめて怒鳴ったフィアに、高木は満足げに頷いた。

そろそろ、物語を終わらせる布石を用意しておかないといけないですね。

高木もちょっと強くなりすぎたので、そろそろ色々と自重してもらう時期かも。


概念魔法を使えなくしましょうかね。

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