61話:悪魔
「さて、それでは二つ目の関所越えだ。ここはもうクーガ領ではなく、通行税が洒落にならない場所でもある。ドカンとやってしまおう」
元より真っ当に通過できない高木一行の取った行動は、思い切り派手であった。
高木は馬車の御者台に立ち、関所の前で大声で怒鳴った。
「これより、悪魔一行が関所を通る。死にたくなければ、速やかに退散して消えるが良い!」
前の関所から報告が届いていたのだろうか。悪魔一行に備えて、兵士を詰めていた関所は、突然の宣言によく耐えた。
「悪魔を捕らえれば恩賞は思うがままぞ。生死は問わん、引っ捕らえろ!」
数十人単位の兵士が関所からぞろぞろと湧き出て、高木達の馬車を取り囲む。しかし、高木は涼しい顔で後ろに控えているフィアとファウストを見やった。
「ふむ、ここらで悪魔の力を目に焼き付けさせるのも一興か。デモンストレーション……否、悪魔なだけにデーモンストレーションとでも名付けよう」
実に気の抜けた言葉であったが、横文字の通用しない兵士達には意味がわからない。しかし、そんなこともお構いなしに、高木はフィアとファウストに合図を送る。
「炎舞、二式!」
「吹っ飛べ!!」
ファウストが作り出した、炎――ではなく、巨大な熱源の塊を、フィアの突風が一気に周囲の兵士に運び込む。
突然、熱風を浴びせかけられた兵士は全員が全員、軽い火傷を負い、その場でのたうち回った。
「もう一度言おうか、退け!」
「退くな。持ちこたえろォ!」
遠くで指示をしている隊長らしき男の怒号が、高木の声に相対するかのように響く。兵士達は火傷に顔をしかめながらも、あくまでもデモンストレーション。もとい、デーモンストレーションであるために、大きな被害を蒙っているわけではない。
「やれやれ……アウトポート!」
高木はふと、転送魔法を己に使い、次の瞬間に隊長の隣に姿を現していた。目に見える範囲での移動ならば、さほどの時間をかけずとも簡単に行えるのである。もっとも、隙が大きく、戦闘中に使用できるほどではないのだが、少なくとも突然悪魔が真横に現れた隊長さんは、腰を抜かした。
「まあまあ、そう慌てるな。ゆっくり話をしようじゃないか。なあ?」
高木は楽しそうに腕を回し、がっしりと隊長の肩を抱いた。一瞬で数十人の兵士に火傷を負わせ、しかも瞬間移動を使うようなバケモノに、隊長は完全に恐怖して顔を引き攣らせた。
「そっちの神様は随分と、僕たちを迫害するじゃないか。しかし、悪魔は寛大だぞ。たとえ刃を向けられても、命までは奪いはしない。目的さえ達成すれば、このまま素通りしてやってもいいんだ。火傷も、二日もすれば治るような軽いものだし、痕も残らない」
耳元で囁くように隊長に語りかける高木は、少なくとも目元の意地悪さだけは本物の悪魔であった。
「な、何が狙いだ!?」
声を裏返しながらも、隊長は頑張った。それは愛する家族や国を守るために剣を取る、間違いなく兵士の鑑としての行動だった。
「いや、意地悪な神様が何も悪いことをしていない僕をいじめるので、直談判しにいくだけだ。何も道理として間違ってはいない筈だが、どうだろう?」
隊長は困った。どうだろうと尋ねられても、答えなど持ち合わせてはいない。
カルマ教の教えでは、悪魔とはこの地に厄災をもたらし、狡猾で凶悪な存在なのである。幼子さえも容赦なく切り裂き、情けも容赦もない。そんな悪魔と戦うのは当然のことだった。
「き、貴様のような悪魔を、許すわけにはいかん!」
「いや、そう言われても。僕が何かしたのか?」
震える手でなお、高木を見据える隊長だが、高木の言葉にやはり詰まった。
考えてみれば、この悪魔が現れてから、特にこれといった災害や被害は無い。
「別に取って食うわけじゃない。通ろうとしたら邪魔されたので、少々脅しただけじゃないか。ちゃんと手形だって持っているし、虐殺どころか、手加減までしているんだ。問答無用で殺そうとかかってくるそっちの神様より、よほど良識的だと思うんだがなあ」
隊長の目の前に、トマスから渡された手形を見せる。隊長はそれが本物であることに驚きながらも、やはりそう簡単に悪魔の口先を信じるわけがなかった。
「ど、どうせ殺して奪ったんだろう!」
「いや、正式に発行してもらった。申請して、いくらかの金を払えばもらえるモノを、どうして殺してまで奪う必要があるのか、よくわからんな。この世界では、それが通例か?」
高木の言葉に、隊長はじりじりと押された。
正論なのである。この黒衣の悪魔は、少なくとも言い分だけは正しく、何も間違っていない。
前の関所も死傷者は無かった。残忍な悪魔が、わざわざ陽動までして、お互いに無傷で済む方法を模索したとでもいうのだろうか。
「悪魔と言っても、別の世界から来ただけの人間だ。特別な力があるわけじゃない。さっきのも魔法だ」
「あ、あんな魔法は見たことがないぞッ!」
「そうだろうな。偏屈な魔法使いは、力を合わせると言うことを知らないらしい。僕も二人の説得――特にフィアには苦労した。どうしてバカと力を合わせなきゃいけないのよ、と怒らせてしまい、おかげでけっこう時間を食った」
高木は既に雑談のような気分で、初対面かつ敵である隊長に喋りかけている。高木としては、悪魔の持つイメージを払拭させてやろうという目論見であるのだが、隊長は高木の目論見に気付く以前に、完璧に混乱しており、あまり言葉が届いている様子もなかった。
流石に、いきなりでは無理かと思い、高木は苦笑すると、隊長の肩を抱いたまま、ゆっくりと歩いて馬車まで戻る。コトの展開上、兵士達は唖然と高木に道を空け、捕らわれてしまった隊長を呆けながら見守るしかなかった。
「マサト。そのオッサン、どうするの?」
馬車で高木を待っていたフィアが顔を出す。その後ろにはエリシアやファウスト、ひとみが詰めており、隊長はぽかんとした。
みんな若く、しかも美男美女の集団であった。特に黒髪の女は報告通りなら悪魔であるはずが、にこにこと微笑んでおり、むしろ天使に見える。
幼さの残る少女は見るからに無垢であり、どう見ても悪魔の一味ではない。
「この隊長さんは、怯えながらも果敢に悪魔に立ち向かおうとした、立派なオッサンだ。高い税金を取る関所だから、さぞかし嫌な人間が詰めていると思ったが、そうでもないので、お仕置きも必要ないらしい」
高木はそう言うと、隊長の肩を解放して、ゆっくりと周囲を見渡した。誰もが、状況について行けないのと、全身の火傷で呆然とするばかりである。
「今なら、関所を抜けれるんじゃないの?」
「それもそうだな。エリシア、馬車を進めてくれ。手出ししてきたヤツは、フィアの風で死なない程度に吹き飛ばしてしまえばいい」
高木の言葉に、馬車がゆっくりと動き出す。高木もひらりと馬車に飛び乗り、呆然とする隊長に、にかっと笑いかけた。
「高い税金は、あまり勧められないな。通行量が減り、収支も厳しくなれば、経済の活性化にも悪影響だ。価格を適正値よりも少し下げた状態にして、人の流れを作る仕組みを取り入れるんだ。そうすれば、外貨も入手できるので、街も人も潤う」
「へ……?」
「神様より、悪魔のほうが優しいだろう?」
高木の言葉の真意を汲み取れないまま、隊長はぼんやりと関所を通り過ぎる馬車を見送った。
他の兵士達の中でも、とりわけ機転の利いた若者が一人、ようやく隊長に駆け寄ってくる。
「隊長、怪我はありませんか?」
「あ、ああ。お前達は?」
「全員、軽い火傷です。それよりも、悪魔達をどうしましょうか?」
若い兵士の問いに、隊長は黙り込んだ。どうすべきかの判別がつかなかったのである。
一瞬ではあれど、数十人を無力化させるような魔法を使う悪魔達である。その気になれば虐殺など容易であることは窺い知れた。おそらくは、今から攻撃を仕掛けても返り討ちに遭うのが目に見えている。
しかし、それ以上に先ほどの悪魔の言葉が気にかかった。
「……火傷した者は、水で冷やせ。悪魔は追わず、報告をケルツァルトに……ありのままに伝えろ。数十人に軽度の火傷を負わせたが、一人も殺さずに、変な忠告までしてそっちに向かったと」
隊長の言葉に、若い兵士は首を傾げる。隊長は去っていく馬車に向かって、大きく手を振った。
「一つ、聞きたいことがある。黒髪の悪魔よ、貴様の名前を教えてほしい!」
隊長の声に、馬車の後ろから先ほどの悪魔が顔を出す。
黒い髪に、黒い瞳。さらに、纏う服すらもが、黒い。
「よくぞ聞いた。千の言葉に万の罠。黒衣のサムライ、高木聖人とは僕のことだ!」
隊長はそれを聞き届けると、満足したのかぺたりとその場に座り込み、口元に笑みを浮かべて、ぼそりと呟いた。
「……堂々と名乗るとは。古来、悪魔とは名前を知られるのが弱点と聞くが……悪魔以上にやっかいなヤツだ」
どうでもいい話ですが、侍戦隊シンケンジャー、楽しいです。
作者はアホなので、武士戦隊ブシレンジャーというのを考えました。
「千の言葉に万の罠。黒衣のサムライこと、ブラック。高木聖人」
こんな名乗りを考えてニヤニヤしてます。
他の四人も考えて(全部、別作品のキャラ)、ブシレンジャーを揃えてしまい、こっそり書いています。
たまにブログで更新してるかもしれません。