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59話:特撮

 ヴィスリーとレイラ。オルゴー、それにルクタがいない旅は、思っていた以上に大変だった。

 オルゴーとルクタがいないのは、リースまでの旅と同じであり、さほどの問題にはならないのだが、料理を主に担当していたレイラと、馬車を操っていたヴィスリーがいないのは、中々に辛い。

 ひとみとファウストがいるにはいるが、ガスコンロなどの調理機器のない、しかも旅の中という環境では、いくら料理が出来るといえども、ひとみはあまり役には立たず、ファウストに至っては料理も馬車の扱いも下手くそであり、おまけに男として、あまり腕力も無かった。はっきり言えば、高木よりも酷い。

 そうなってくると、エリシアの存在ほど心強いものはない。食材の管理や野営地の設営は、ほとんどエリシアの采配によるものである。

 旅に慣れてきた高木とフィアも、それぞれ馬車と料理を受け持つ。ひとみはもっぱら、洗濯などの家事をして、ファウストはやることがないので、馬車の操作を高木に習おうとしたのだが、おそろしく不器用であり、大人しいファムとシュキを怒らせてしまうほどだった。

 仕方がないので、ファウストは不寝番や雑用を引き受けることになった。ディーガの街では魔法使いとして名を馳せていたファウストだが、旅の中では単なる荷物であり、誇り高い彼は、かなり落ち込んだ。

「最初から全部できるはずが無いだろう。僕もそこから始めた」

「馬が怯えない手綱の持ち方、ちゃんと教えてあげるよ」

 高木とエリシアが励ますと、ファウストは力なく頷いて、重い溜息を吐いた。


 夕暮れが近づくと、高木は小川を見つけて、周囲を見渡した。

 なだらかな丘陵地帯であり、野営には都合が良い。エリシアにお伺いを立てた後に、街道を外れて馬車を止めると、ひらりと馬車を降りて、近くをぐるりと周り、棒きれや石を幾つか小川の近くに運び、簡易のかまどを作った。

「薪を積んでいるでしょう?」

 わざわざ労して枝を集めて火を起こす必要はないと、馬車から危なっかしく降りるファウストが言ったが、高木はゆっくりと首を横に振った。

「旅は節約に限る。まあ、転送魔法を利用すれば、旅の途中でいくらでも補給は可能だが、ディーガに戻って、うっかりオルゴー達と鉢合わせすると、恐ろしく気まずい。リースやトールズならば良いが……お尋ね者だからな」

 交通機関の発達していないシーガイアなので、そうそう情報は広がらない。しかし、伝書鳩などの動物を使った通信機能もある。一日で数百キロの距離を飛行する鳥類に、馬がどれだけ急いでも敵いはしない。

「悪魔が現れたという話は、教会にとっては重要事項だろう。オルゴーの場合は、帝国騎士の面子もあって脱走の報せは伝えられなかったようだが、悪魔が現れることは、教会の落ち度ではない。大々的に広まるさ」

 現代における伝書鳩は、鳩レースと呼ばれる競技として残るばかりであるが、百年も昔になれば、戦争中の有効な連絡手段であった。

 第二次世界大戦ですら、伝書鳩は現役だったのである。

 鳩。その中でも帰巣本能を持つカワラバトが伝書鳩に相応しいのだが、シーガイアでは鳩ではなく、ツバメによく似た鳥が連絡手段として使われている。

 ツバメモドキという可哀想な名前であり、姿形は似ているが、渡り鳥ではない上に、本家の特徴である赤い模様もない。だが、身体は一回り大きく、速度も飛行距離も優れ、帰巣本能までしっかり持っている。シーガイアでの主な連絡手段はこのツバメモドキなのである。

 勿論、噛んで含んで言い聞かせても言葉が理解できるはずもなく、足に手紙を結びつけ、帰巣本能に任せるだけなので、確実ではない。それでも、人間の何十倍もの速度で空を翔る彼らは、急を要する連絡にうってつけなのである。

 元の世界でも、かつては各国の軍隊が所有しており、中には勲章を授与された名誉ある軍人。もとい、軍鳩も存在する。リガルド帝国最大の宗教、カルマ教がそれを所有していない筈がなかった。

「近々、触れが出るだろう。黒髪の悪魔を討伐せよ、とな」

「髪を染めるのはどうでしょう?」

「肌の色や体格も報される。ひとみは良いが、僕は背が高すぎてすぐにバレるさ。それに、瞳の色までは変えられない」

 どうせバレるのならば、下手な小細工などをせずに、日本人の誇りたる黒い髪であるほうがいい。

 それに、染めてしまえば元の世界に戻ったときに、不良と言われてしまう。茶髪程度では今の御時世、不良ではないのだろうが、金髪は少々、不味い。


 エリシアがてきぱきと食事の後片付けを終えると、高木達は寝支度に入った。

 旅は日が昇る内に出発して、夕暮れ時には移動を終えるのが最も良い。旅に出て三日目になり、当初は馬車で眠りたがったファウストだったが、フィアの「アンタと枕を並べたくない」という手酷い言葉を受け、土の上で眠ることに慣れつつある。

「今夜は、私が不寝番ですね。タカギ君、ゆっくりと眠ってください」

「ああ。異常があれば、すぐに叩き起こしてくれ」

 高木はそう言いながらも、炎の灯りを頼りに、ノートを開いて、今日の日記をつけ始めた。

「紙を惜しげもなく使うのですね」

「クーガ伯爵に製紙技術を伝えたので、そのうち、僕のように潤沢な紙の使い方が出来るようになる。そのときは、カルマ教の聖書ではなく、娯楽小説や魔法の指南書に溢れる世界にしてやろう」

 高木が笑うと、ファウストは人の良さそうな顔を、少しだけ意地悪くして笑った。

 良家に生まれ、体力には恵まれなかったものの、容姿と頭脳に恵まれたファウストは、己の能力に自負を持って生きてきた。

 魔法に才覚を発揮したときも、自分に相応しい才能だと思った。才能は、それを如何に行使するかによって能力となる。少なくともファウストは与えられた才能を、己の能力として十分に発揮する努力をした。

 魔法使いとしての能力が高まると、周囲はファウストに教会の一員になることを勧めた。それはつまり、己の能力を、見ず知らずの神様のものだと宣言する行為に他ならない。

 誇り高きファウストは、教会の威信のためだけに、己の才能と能力を否定されることが我慢ならなかった。しかし、そうしなければ、己の能力を失う結果が待っている。

 フィアのように、魔法の組合に属して、ひっそりと研究を進める手もあった。小金に困ることはないし、好きに研究を出来るのは確かだが、良家の子息として、家名を挙げるのは幼少から教えられてきた、彼の指針の一つでもある。己の能力という誇りと、良家の誇りが鬩ぎ合う、究極の二者択一。

 結果としてファウストは、愛する家族の為に、能力という誇り封印した。しかし、それは決して彼の胸の内から消えることはなく。むしろ、封じ込めるが故に彼の中で膨らみ続けた。


 この才能は。この能力は。神の力などではない。魔法だ。私の才能と能力によって生み出される、美しき理論の形態だ。


 いつか、声高にそれを宣言することが出来れば、どれだけ素晴らしいことだろう。

 愚者の如く誇りを隠し、出世という野望を抱えながら、それでもファウストは魔法使い特有の誇りを胸に生きてきたのだ。

 つまり、高木の出奔の真の意味にファウストが気付いたのも、行動を共にしたのも、何と言うことはない。いつしか良家の誇りと、魔法使いとしての誇りが逆転してしまっていただけの話である。

「ファウストのような男を、僕の世界ではナルシストと呼ぶ」

「へえ。さぞかし、良い意味でしょう?」

 高木の言葉に、ファウストは皮肉半分、本気半分で答えた。

「うむ。実にナルシストらしい返答だ。まあ、平たく言えば自分が大好きな人間のことを言う」

 高木の言葉に、ファウストは嬉しそうに頷いた。確かに、ファウストは自分のことが大好きである。

「かくいう僕もだがな。浪漫には、一定の自己陶酔と顕示欲。ついでに夢が必要だ」

 いわば、己に酔うということであるが、男の浪漫とはつまり、子供じみた戯れ言の実現に他ならず、それに酔えてこそのものである。

「忠義に生きる自分は、なんてカッコイイのだろう。一人の女性を愛する僕は、なんて素晴らしいのだろう。そういう自己陶酔は、重度でなければ幸せに生きる秘訣でもある。ナルシストである自覚と、それを良しとする潔さがあれば、ナルシストは一種の魅力を呈するほどだ。ファウストは、そこまで辿り着けそうな気がする」

 他者を見下すようでは、まだまだナルシストとしては半人前である。素晴らしきナルシストは、他人を持ち上げた上で、さらにその上に自分を君臨させる。そっちのほうが、より自分が格好良いからである。

 ひとみという、己の才能を凌駕する存在が現れた今、ファウストのナルチシズムは進化の時を迎えているのである。

「なるほど。やはり、私はまだまだ上に行けるのですね。これで打ち止めなんて、おかしいと思っていたのですよ」

 げに恐ろしきは、才能に溢れ、努力を厭わないナルシストである。彼らは己を高めることは何だってやってしまうのである。

「……タカギ君。ありがとうございます。旅に不慣れで、落ち込む私を元気づけるために、良いことを教えてくれて」

「ほう。早速成長している」

 高木は笑って、改めて持論の正しさを確認した。


 みんなが眠っている間に、不寝番を文句も言わずに遂行する。そんな自分は、やはり格好が良い。

 ファウストはそんなことを考えながら、火に枝を放り込みながら空を見上げた。

 クーガ領を抜けきらない内は、盗賊の心配は薄いが、それでも用心に越したことはない。むしろ、長く続いた治安の良さに悪党が目をつけて、隙を突いてくるかもしれないのだ。

 平和ボケという言葉があるように、長い期間安定していると、どうしても危機意識が薄くなってしまう。大国の衰退の多くは、この安定期に起こる緩みであり、うかうかしていると、すぐに取って食われてしまう。

 未だ衰退はしていないが、その影は近づいている。目の前に。

 ファウストは周囲を取り囲む不穏な空気に、静かに高木の身体を蹴った。

「……ん?」

 ぐっすりと眠っていた高木の反応は鈍い。ファウストはさらにもう一発、高木を蹴って意識を呼び起こした。

「タカギ君。臥したままで、マナを集めてください」

 ファウストの言葉に、高木は起き抜けの頭で、ゆっくりとマナを集めていく。

「クーガ領とて、こういうことは起きるか」

「ええ。悪魔が現れたという噂も、遠因の一つでしょう。悪い噂には、同じ臭いを感じてか、悪い人が集まるものです」

「ほう。僕に原因があるか。それは、責任を果たさねば」

 二人は周囲を取り囲む人間のことなど気付かぬように、小声で言葉を交わす。

「しかし、よく気付いたな。人の気配を読めるとは思っていなかった」

「人が動くと、人の身体に付帯したマナも動きます。闇の中でも、マナを感知することに不都合はありませんからね」

 ファウストの言葉に、高木は「その手があったか」と笑う。

 しかし、常にマナを感知するには五年以上の修行が必要であり、これに関しては高木が如何に理論に明るくとも、身体の慣れであるため、そう易々とは縮まらない。レイラですら、常に感知とはいかないのだ。

 高木はマナを感知して、ゆっくりと不自然でない程度、周囲に目を向けるが、既に周囲の人間は機を窺うためにじっとしているのだろう。どこにいるのかは把握できない。

「相手の数は?」

「おそらく、五人」

 やはり、ファウストは優秀だと高木は思う。殊、戦闘面では接近さえしなければ、魔法に対する慣れもあり、オルゴーに匹敵する。

「……ふむ。身体もようやく起きた。後は作戦だが」

「高々、五人程度に作戦もないでしょう」

「まあな。フィアにひとみ、ファウストと優秀すぎる魔法使いが三人いるのだから、恐れる必要もない」

 高木が苦笑すると、ファウストは静かに首を横に振った。

「女性に手間をかけさせず、危険な目にも遭わせずに。そのほうが、格好良いと思いませんか?」


 盗賊達は輪を縮め、頭目の合図を待っていた。

 まずは、トロそうな不寝番の男と、その隣で眠っている男を殺して、馬車の荷物をそっくり頂く。女がいれば、ありがたく慰みものにさせてもらおう。それが盗賊達の作戦だった。

 息を殺して、女がいることを願いながら、静かに合図を待つ。やがて、短い口笛の音が鳴り、盗賊達は一斉に不寝番の男めがけて突進した。

 いくら不寝番がいようが、奇襲で一気に終わらせてしまえば、何の問題もない。今夜も仕事は成功だ。そう思っていた盗賊は、躊躇いもなく不寝番にめがけて、剣を抜いたのだが。

炎舞えんぶ!!」

 不意に不寝番――ファウストが言葉を発したかと思うと、突如として、人の背丈ほどもある火柱が三本現れた。

 火柱はまるで蛇のように激しく暴れ回り、馬車の周囲を旋回する。人間とて動物であり、火を怖がる本能を持っている。盗賊達は一瞬、身を屈めて不測の事態に混乱した。

 かくして、炎が消えたときに彼らが目にしたのは、先ほどまで眠りこけていたはずの男と、不寝番が背中合わせに立つ姿であった。

 

 高木はすらりと桜花の鯉口を切ると、実に楽しそうに口元をゆがめた。

「遠からん者には音にも聞け。近くば寄って目にも見よ!」

 朗々とした声でお決まりの口上を述べる。一度はやってみたかったのだ。

「な、なんだぁッ!?」

 混乱していた盗賊達は、さらに予期せぬ展開に完全に腰が引けていた。

 眠っていたはずの男が、あまりにも堂々とした態度で剣を抜いたのだ。闇夜に月明かりと炎の光を受けて煌めく刃は、妖しくもなお美しい。

「何者だよ、あいつら!?」

「悪党共に語る名など無し!」

 高木は一喝して、ニヤリと笑う。背中合わせのファウストが、それに応える。

「されど、尋ねられて答えぬは恥!」

 まるで示し合わせたかのような、演劇のようなやりとり。それが良いのだ。たまらなく格好が良い。

 高木とファウストは完璧に己に酔った。これぞ男の浪漫である。

「ならば、名乗らざるを得ないだろう――」

 盗賊達が空気に飲まれ、ごくりと喉を鳴らして言葉を待つ。

 しっかり五秒ほど溜め込んで、ファウストは胸を張って名乗りを上げる。

「天地が叫ぶ、人が呼ぶ。悪を倒せと私を呼ぶ――白銀の貴公子、ファウスト・ネクスト!」

 盗賊達はビビった。なんだかよくわからないが、物凄い自信と勢いに気圧された。

 どの辺りが白銀で、なんで貴公子なのかという疑問を持つ余裕すらなかった。

「千の言葉に、万の罠――黒衣のサムライ、高木聖人!」

 どかーん、と高木の背景で爆発が起きて、カラースモークが焚かれる錯覚を、盗賊達は確かに見た。

 絶句する周囲によそに、高木とファウストは「キマった」と内心で万歳三唱をした。盗賊達が近寄るまでの間に、せっせと二人して演出に凝った甲斐があったというものである。

 ただ、少々凝りすぎた。凝りすぎたために、大事なことを忘れていた。

「うるっさいわね。とっととウチに帰りなさいっ――吹っ飛べバカ!!」

 マジにどかーん、と突風が吹き荒れた。眠っていたところを叩き起こされた、フィアの怒りの一撃であった。

 三人の盗賊がいっぺんに吹き飛ばされる。高木とファウスト。それに残った二人の盗賊もポカンとする他なかった。

「伊達に異世界あのよから来てないよ――破壊光線っ!」

 しかも追撃がきた。やはり熟睡を邪魔されて不機嫌だったひとみの破壊光線レーザーが残った二人の持っていた剣を一瞬で溶かし尽くす。

 盗賊達は「とんでもねえヤツらに出くわした!」と尻尾を巻いて逃げ出し、辺りには静寂が戻ってきた。馬車の中でふんぞり返るフィアと、気を取り直して毛布を被るひとみ。名乗るだけ名乗って、何もしないままに終わった高木とファウストは、顔を見合わせて、溜息混じりに呟いた。

「折角、最後の台詞まで考えていたのに……」

「一応、言っておこうか。これにて、一件落着……」

 

ファウスト:仮面ライダーストロンガー

高木:電王のウラタロス

フィア:プリキュアのキュアブラック

ひとみ:幽遊白書の幽助


それぞれから台詞をいただき、少し改変して使わせて貰いました。

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