5話:鳴子
「マサト、偉いっ!」
紳士に小切手を切って貰い、それを大事に戸棚の奥に締まった途端、フィアは高木に飛びついた。
「金貨よ! 十枚よっ!!」
余程の大金だということは解ったが、この喜び方は尋常ではない。激怒したときよりもさらに興奮した様子で、フィアは高木の頭をぐりぐりと撫でた。
「随分と高値で売れたようだが、生憎と金貨の価値がどれほどかわからない」
「あーっ! もうバカだけど許すっ! 許しちゃうっ!!」
意外に豊かな胸を顔面に押しつけられ、高木は少々困った。ようやくまともに名前を呼ばれたと思ったら、金銭絡みである。地獄の沙汰も金次第と言うが、異世界も金次第であるらしい。
「フィア、落ち着け。とりあえず、価値を説明してくれれば僕も素直に喜べる」
ぐい、とフィアの肩を掴んで引き離し、高木は咳払いした。流石にフィアも自分の行動が恥ずかしいものだと気付いて改めて頬を染め直したが、高木も年頃の男子であるから、少々頬が赤かった。
「それで、価値だが」
「私の日雇いでの仕事で、大体銀貨で一枚くらいよ。多少変わったりするけど、銅貨百枚で、銀貨一枚。銀貨百枚で金貨一枚って計算。他に質問は!!?」
ざっと、頭の中で計算する。フィアの収入がシーガイアでの平均的なものだとすれば、仮に週休二日制で一ヶ月、二十二日働くことになり、銀貨二十二枚。銀貨一枚を一万円と等価と見なせば、フィアの月給は二十二万円となる。当たらずとも遠からずだろうと、高木は計算を進める。
銀貨百枚の価値のある金貨。それが十枚なので、銀貨千枚に相当する筈であり、日本円に換算すると、一千万円!
「本当かッ!?」
概算もいいところだが、それにしても、一千万である。冷静と自負する高木も、これには驚いた。
「興奮して嘘なんてつけないわよっ!」
フィアはバシバシと高木の背中を叩きはじめる。抱きつくのは恥ずかしいが、これなら良しと判断したのだろう。しかし思いの外、力が強くて高木はバランスを崩してフィアに倒れかかってしまった。奇しくも胸に顔をうずめ、丁度、押し倒す形であった。
「……ふむ、これはアクシデントと言ってな。そう、事故や故意なき偶然が不幸に積み重なった結果を差す」
胸の谷間に顔をうずめながら言っても、まるっきり説得力がなかった。女の子らしいキャーという悲鳴の後、ビターンという痛々しい音が響き渡る。
「……フィアが叩いたのが原因で、さらに殴られるのは納得がいかないが、まあ良いか。役得と思う」
「このバカッ!!」
胸を手で隠しながら、フィアは思いきり顔を真っ赤にさせていた。意外と純情だと高木は平手の形が残った頬をさすりながら、それでも微笑む。
「うむ。金貨十枚分のアクシデントか。悪くない」
高木は飄々とした様子で呟き、次の瞬間に、ふといつもの冷静な表情に戻った。
「さてと、僕の取り分なのだけど、金貨一枚でいいか?」
高木の言葉に、フィアがきょとんとする。
「それだけでいいの?」
「元々、品は君のものだったからな。僕は口八丁で売り捌いたにすぎないし、この世界に一つしかないものには違いない。後は、世話をかける代金を考えれば、それぐらいかと思ったが、欲張りすぎたか?」
フィアにしてみれば、売れるとも思っていなかった布きれが、いきなり金貨十枚に化けたので、ほとんど不労所得も同然である。半々ぐらいで分けても満足していただけに、逆に躊躇してしまった。
「ああ、別に銀貨十枚でもいいぞ。当面を凌げれば、何か思いつくだろうし」
「や、いいわよ。金貨一枚ね。全然問題ないわっ!!」
金額の大きさに驚いたが、フィアも生活に困っているわけではない。と言うよりも、今まで扱ったことのない金額に感覚が麻痺して、さしたる差に感じていなかった。
午後からは仕事を探す予定だったが、当分、仕事をする必要が無くなったので、二人は高木の服を買いに行くことにした。
「今日、明日にでも戻れるとも思わんからな。せめて肌着ぐらいは何枚か揃えておきたい。
高木の言葉に、フィアは二つ返事で頷いた。仕立屋で揃えるのは富裕層だけらしいので、高木は古着を扱う店に行くことにした。金はあるが、あるから使っていいものでもない。
「いやー、マサトを召喚して本当に良かったわ」
「僕としても貴重な経験だからな。帰る手段さえ見つかれば、ここに喚ばれたことは悪いコトじゃない」
調子の良いフィアに苦笑しながらも、高木はこっそりと胸をなで下ろす。
無理矢理シーガイアに連れてこられた上に、フィアがその張本人ではあるが、別に彼女に負担をかけたいわけでもない。貴重な経験には違いなく、高木自身も満更でもなかった。流石に感謝しているわけではないが、特に恨みの類の感情もなく、もう少し言えば、中々の美人なので早々に許してしまっていた。所詮は高木も男である。
突然、隣を歩いていた人間が神隠しにあった天橋ひとみや、家族を想えば早く帰るに越したことはないのだが、偉大なる先人が、どうやら時間もある程度操作して元の世界に帰ったらしいので、上手く調節できれば、消えた時間に戻ることもできる。手元にある情報だけでは確証はないが、下手に不安になっても仕方ないだろうと、高木は素直に割り切っていた。
古着屋に到着して、中に入ると愛想の良い中年の主人が現れて、フィアに親しげに声を掛けた。
「フィアちゃん。今日は恋人連れかい。異国の人みたいだけど」
「そんなんじゃないわよっ!」
うがー、と吼えるフィアに、主人は相好を崩す。なるほど、フィアが吼え立てるのは、最早彼女の魅力の一つにもなっているらしい。高木は苦笑して、自分が異国から旅人で、偶然知り合ったフィアの厄介になっていると説明した。
「少し、事情があって他の服を失ってしまってね。幾つか、見立てて欲しいんだ」
高木が言うと、主人は盗賊にでも奪われたと思ったのだろう、「難儀だねえ」と言いながら、高木の身丈に合う服を探してくれた。
「背、高いけど肩幅は狭いから合う服が少なくて悪いね。一応、三着ほどあるんだけど」
おそらく、高木に似た身丈の人間が仕立てた服なのだろう。その人の趣味なのか、肌着が二枚に、羽織りが一枚。どれも黒一色に染め抜かれている。木綿に近い生地らしく、着心地は悪くなさそうだった。
「黒は好きな色だよ。フィア、これを着て歩いて、特に違和感は無いか?」
「マサトは髪も肌も目立つけど、まあ、服装としてはさほど、違和感はない筈よ」
それならば、と高木は三着とも購入することにした。小切手はまだ換金していないので、フィアが支払いをする。銀貨一枚を支払い、銅貨十枚が帰ってきた。
「小切手を換金した後に、仕立てちゃったら?」
店を出た後、フィアはやはり上機嫌で鼻歌まで歌っていた。
「いや、黒が好きなのは本当でな。金を節約するに越したことはない……?」
フィアの言葉を聞き、高木はふと疑問を覚えた。シーガイアに来て半日になるが、全てが上手く回りすぎている気がするのだ。
フィアの家に厄介になったまでは、まだいい。フィアの性格が単に良かっただけである。
しかし、紳士が店を訪ね、あまりにも法外な値段で羽織りを買ったこと。これは、少し出来すぎているきらいがある。物好きの金持ちというだけならいいが、ろくに逸話も知らなかったような人間が、果たして一千万の価値を羽織に見出すのだろうか。
新選組という存在を知っている高木だからこそ、だんだら模様の羽織には強い憧れを持つわけであるが、そうでなければあの模様は、単に珍しいだけだ。異世界で作られたからと言って、材質はこちらにも同じものがある。偽物かどうかも確認せずに、大金を支払うのは、あまりにも自分たちにとって都合が良すぎる。
「……フィア。家に帰ったら、工具を貸してくれ」
高木の言葉に、フィアは首を傾げた。
高木が工具と、家の裏手に転がっていた木材を拝借して夕方まで工作している間に、フィアは高木の部屋を用意していた。
「マサト、部屋は用意できたわよ」
「ああ。慣れぬ作業で手間取ったが、こちらも完成した」
高木は一本の細いロープに吊された、多くの板きれを持ち上げてフィアに見せた。よく見ると、板きれには小さな穴が開けられており、そこに紐を通しているだけのようだ。
「それ、何?」
「鳴子と言ってな。紐をどこかに結んでおき、誰かがそれに足を引っかけると木が音を立てる。言わば、侵入者を報せてくれる警報装置だな」
まだ機械もない時代に、実際で日本でも使われていたものであり、野営をしている陣の周囲に張り巡らせることにより、敵の奇襲に備えたのである。知識だけはあるが、実際に見かけたこともないし、作るのも初めてだったが、原理が簡単なので道具が揃えば、作るのは容易だった。
「こっちの世界は、そういうのは無いわね。けど、なんでそんなもの作ってたの?」
「幾つか、危惧するところがあってね。取り越し苦労ならそれでいいが、十全を期するのが主義でね。まあ、無用の長物になれば、多少は実用的な民族工芸として売りに出せばいい」
高木ならけっこうな値で売るという刷り込みがあったのか、フィアは満足そうに頷いた。
フィアの店にも勿論、鍵はあるのだが、ピッキングの知識がない高木でも、時間を掛ければ開きそうな簡素なものである。もしも、高木の考えが現実になれば、用心に越したことはない。
「ま、それはそうとして、夕飯は外で食べましょ。歓迎会っていうか、まあ、御礼とお詫びも兼ねてね」
それだけ言って、ばつが悪いのか照れているのか、フィアは目を少しそらせる。やはり、相応に責任を感じているらしく、諸手を挙げてではないだろうが、歓迎もされているらしい。高木はにこりと笑い、フィアの頭を撫でた。
「ほう。フィアの飯も美味いが、それはそれで楽しみだな」
どうやら生態系は基本的に地球と同じらしく、多少なりの変化はあれど、街で見かけた野菜は高木も見知ったものが多かった。味に関しての心配はフィアの手料理でほとんど払拭されたので、これで衣食住の問題は解決したことになる。
夕飯はかなり豪勢だった。元の世界で言う高級レストランではないが、居心地の良い居酒屋という様子の店で、牛と思しき肉を厚く切って、塩胡椒で味付けしたという、もうステーキとまるっきり同じものを食べ、二人と満腹になった。
「空き部屋があったから、そこに毛布を置いておいたわ。ベッドはないけど、流石に用意しきれなかったの。今日はそれでいいかしら?」
「うむ。十分だ」
高木はそう言いながら頷いた。そもそも、眠るつもりも無かった。
フィアが身体を洗って寝室に戻る間、高木はフィアに借りたランプに火をつけて、部屋でゆっくりと今後の予定を練り上げていた。
幸い、学生鞄も持って来れたので、紙とペンはあった。今日知ったことを、箇条書きに纏めながら、この先どうすべきかを考える。一日の終わりに日記をつける習慣を小学生から続けており、修学旅行やキャンプに行ったときですら、これを続けてきたのだ。異世界に来ても変わることはない。流石に暢気な日記にはならないが、アニメやゲームで見てきたファンタジーの世界と、このシーガイアでの知識の摺り合わせには丁度良かった。
「動植物に関しては、差異はない、と。通貨に特定の呼称はないようだが、銀貨一枚で一万円程度。銅貨は百円というところか。金貨で、百万円。百円以下の品は……束で売っているのかもしれないな」
感覚を合わせるためには、元の世界との摺り合わせも必要になってくる。決して記憶力が良いわけではないので、書いて覚えるという意味合いも含めている。
「習慣を続けることで、幾分か平静を取り戻す、か。我ながら弱いものだ」
色々なことが在りすぎたと、高木は思う。次の朝、気付けば現実に戻っているのかもしれない。それならそれでいいのだが、どうにも今まで見てきた夢とは違い、全てに置いてリアル過ぎる。そう、例えば。
「フィアの胸は大きい、と。まあ、これも情報には違いあるまい」
夜中に、高校生男子がついついくだらない方向に考えを走らせてしまうのは、異世界に来ても同じことだった。
仮にノートが見つかっても、文字の読めないフィアにはバレるはずもない。高木は悪戯をするような気分でフィアの容姿やら、予想サイズなどを適当に書き込み、悦に入った。
「……思いきり脱線してしまった」
普段ならしないことだが、それも現実離れした環境の所為だろうと、無理矢理に納得しておく。妙に独り言が多くなってしまうのも、自分を落ち着かせるためだろう。石造りのフィアの家は、細やかな音を通さない。別に控えるつもりもなかった。
「……しかし、来るならそろそろだと思うのだが」
一通り書き終え、高木は時計を見ようとして、そんなものがこの世界には存在しないことを思い出した。携帯電話を取り出すが、当然圏外である。時間は元の世界とは違うらしく、真夜中であるのに、午前八時を指していた。
月や星は存在するらしく、窓から夜空を眺めると、きらきらと星が輝いていて、三日月もぼんやりと浮かんでいる。だとすると、ここは違う惑星なのではなく、地球ではあるが、所謂平行世界というやつなのかもしれない。持ち前の知識と照らし合わせながら考えていくが、やはり確証を得るには至らない。
そんなことを考えている折だった。突然、店の方から、ドタンという激しい音が聞こえてきた。続けざまに、フィアのものではない女の声で、キャアという叫び声まで聞こえてくる。
「かかったか」
高木は立ち上がり、ランプを持って店に走る。灯りをつけて周囲を照らすと、入り口で見事にコケている少女がいた。フィアや高木よりも、やや年下の、赤い髪をショートカットにした、小柄な少女である。鳴子を張っておいたのは、侵入者を報せるためだったが、泥棒にしても強盗にしてもドジすぎる。引っ掛かるどころか、足を取られてコケた上に、鳴子が足に巻き付き身動きがとれないでいた。
「随分とまあ、可愛らしい泥棒もいたものだ」
高木は苦笑して少女に近づく。激しい音に目が覚めたのか、フィアも起き出してきて不穏な空気に身構えた。
「マサト、どうしたの?」
「いや、先の紳士がどうにも怪しいと思ってな。小切手を処分してタダで品を手に入れようとしたのか、他の商品を盗みに来るかするんじゃないかと思っていたが……まあ、或いは商品の価値を聞いた泥棒が盗みに入ったり。何にせよ、防犯はしておこうと思ったのだが、あまりにもあっさりと引っ掛かって、少々拍子抜けだ」
高木は少女に近づく。気が強いのか、鋭い眼で高木を威嚇しているが、絡まった鳴子を取り外すところまで頭が回っていないらしく、床で転がって強がっているだけにしか見えない。
「あー、だからナルコってのを作ってたのね」
高木の頭の回転を既に身を以て思い知っていたフィアは、特に驚く様子もなく、深夜に現れた不届き者の顔を覗き込んだ。
「知らない子ね」
「うぅーっ!」
フィアにも威嚇する少女に、高木は苦笑する。見たところ、武装はしていないようである。泥棒にしても、せめてナイフぐらいは持つべきだろう。
やれやれと高木は少女の足から鳴子を外してやり、あまりにもあっさりと解放されて拍子抜けしている少女を、お姫様だっこの要領で抱きかかえた。
「どうするの。衛兵に突き出す?」
フィアの言葉に、高木の腕の中にいた少女が状況を思い出したらしく、じたばたと暴れ出す。高木はそれを宥めながら、とんでもないことを言った。
「なんだか可哀相だから、やめておこう」
高木の言葉に、少女がぴたりと動きを止める。まさか、そんな言葉が出てくるとは思っていなかったのだろう。
それはフィアも同じ事で、訝しげに高木を見る。
「逃がすの?」
「少し、話をしたいんだ。可愛い女の子だしね」
「それが理由っ!?」
今日一日、高木には驚かされっぱなしのフィアであったが、最後の最後でどうしようもない脱力感が伴う驚きが来た。高木の世界では可愛ければ泥棒は許されるのだろうかという邪推すらしてしまう。
「だって、凄く可愛いじゃないか。それにな、見慣れぬ鳴子とはいえ、思いきり足を取られて転んでしまうような子だ。おそらくは素人で、何かやむを得ない事情でここに来たのだと思う」
高木は腕の中で呆然とする少女に笑いかけた。
「昼にここに来た男の人に、命令されたのか……とすると、何かしら弱味を握られているのかもしれない。そうならば、さぞかし怖い思いでここまで来たのだろう。大丈夫。もう怖い思いなんてさせないから」
少女が怖がっているのか。そもそも弱味を握られているのかも、昼の紳士の手先なのかもわからない。高木の想像でしかないのだが、少女にとって高木の言葉は絶望感の中に現れた、一筋の暖かな日差しのようなものだった。どうして怒るよりも、問いつめるよりも先に許そうとするのか。そんなことを考える余裕もなく、本人も気付かぬうちに、こくんと頷いていた。
「怖かった……」
「うむ、そうだろう。足の方は痛むか?」
「ううん。転んだだけ」
あまりに素直になってしまった少女に、フィアも唖然とする。先程まで、噛みつかんばかりの勢いだった筈が、すっかり高木の腕の中にいることが心地よいかのような顔になっているのである。
高木は決して男前ではない。整ってはいるのだが、どこか全体的に地味な感が拭えず、とても女の扱いに長けているようには思えない。それに、口調は優しいながらも、決して普段と大きく違いはしない。
「そうか。じゃあ、自分で立とうな」
高木は少女を床に降ろし、頭を撫でる。くすぐったそうに目を細める少女は、逃げようとする雰囲気は微塵もない。
「僕は、高木聖人。よろしくな」
「エリシア……エリシア・フォウルス」
「そうか、エリシアか。良い名前だ。今日は、夜も遅いことだし僕の部屋でゆっくり休めばいい」
高木の言葉にフィアが思いっきり「はぁ?」と声をあげるが、高木はそれを完璧に無視して、エリシアの頭を撫で続ける。ほわんとした表情のまま、エリシアはこくんと頷いていた。
高木はそれで話は終わったとばかりに、エリシアを連れて部屋に戻ろうとする。
「ちょっと、マサトっ!?」
流石にフィアは高木に詰め寄ろうとする。異世界から飛ばされてきた初日で、女の子を部屋に連れ込むとは何事か。しかも、ここは私の家だ、と。
「ああ。フィアも心配してくれているみたいだな。どうする、エリシア。僕の部屋と、フィアの部屋。どちらで寝る?」
そんなことが言いたい訳じゃない、とフィアがなおも突っかかろうとするが、高木がそれを目で制した。考えもなく、はぐらかすわけではない。言葉巧みな男ではあるが、黙っていても雄弁であった。
「……マサトがいい」
既に高木は完璧にエリシアを手なずけていた。別の意味でエリシアが心配になってしまう。否、そもそも別にエリシアの心配をしたわけではなく、高木の行動があまりにも滅茶苦茶なのが問題なのである。
確かに、大金を手に入れたのに浮かれず、招かれざる客が来ることを看破したのは評価に値する。フィアはそんなことはちっとも考えていなかったし、羽織を売ったのも、他の品を守ったのも高木である。しかし、その招かれざる客を捕まえておきながら、解放して歓迎するとは何事だ。招かれざるどころか、手招きして頭まで撫でるのだ。一体、何をするつもりだ。
「そうか。毛布があるから、それを使って寝ると良い」
高木はエリシアを自室に案内しながらそんなことを言っていた。毛布は一枚しか用意していない。それをエリシアに使えと言っているのだから、自分は何も使わずに眠るつもりなのだろう。
「……ほんとに歓迎してるだけじゃないの?」
フィアはあれこれと考えるのが面倒になり、大きな欠伸をして部屋に戻ることにした。
変な声が聞こえてきたら、そのときは高木を燃やせばいい。