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58話:出奔

 オルゴーを部屋に連れて帰り、無理矢理鎧を脱がせると、ルクタは大きな溜息をついた。

 なんとかベッドに座らせたはいいが、オルゴーは一言も発することなく、じっと俯いているだけだった。

「オルゴー。眠らないと……明日も、クーガと話をするんでしょう?」

 ルクタの呼びかけにも、オルゴーは応じなかった。

 何故、こんなことになったのかはわからない。オルゴーは高木の身を案じただけだ。それを高木は否定して、あろうことか殴って出て行ってしまった。高木の誇りを傷付けたにしても、それだけで出て行くほど、高木は短慮な人間ではないだろう。

 何か考えでもあるのか。それとも、高木が言うようにオルゴーは、道を違えてしまっていたのだろうか。

 確かに、高木が旅に出ると、オルゴー達は不必要な詮索を受けずに行動することができる。しかし、これまで仲間として共に行動してきたのだ。高木の身が危ういときに、オルゴーが黙っていられないのは当然のことだと思う。

 ルクタは横になろうとしないオルゴーを押し倒して、そのまま彼を抱きしめた。

 何故、こんな日に。まるで、現実から逃げるようにしなければ抱きしめることすら出来ないのだろうか。

「オルゴー。眠れないなら……ね?」

 ベッドの中で、ルクタは服を脱ぎ捨てて、オルゴーに寄り添った。

「……ルクタ。私は……タカギさんを失望させてしまいました」

 ルクタの首筋に額を押し当てて、オルゴーはぼそりと呟いた。ルクタは何も言わずに、オルゴーを抱きしめる。

 やがて、オルゴーもルクタの背に腕を回す。

 いつか、こうなる日が来ればいいとルクタは思っていた。だが、思い描いていた幸福は、どこにもない。ただ、虚しさを埋めるかのように、二人はずっと抱き合っていた。

「……貴方は、間違ったことをしていない。私は……絶対に、貴方から離れないから」

 ルクタの言葉に、オルゴーは静かに頷いた。



 翌朝になっても、高木達は姿を現さなかった。

 一時的な感情で思わず飛び出しただけではないかと、淡い期待を抱いていたルクタは、重い溜息を吐いて、隣で眠るオルゴーの頭を抱きしめた。

 オルゴーは一晩中、ルクタを抱きしめているだけだった。期待していたわけではないが、覚悟はしていただけに、ルクタは苦笑を漏らす。女としての自分に魅力が無いとは思わない。少なくとも、それを武器に稼いでいたのだ。

「オルゴー、起きてるかー?」

 ドア越しに、ヴィスリーの声が聞こえた。ルクタは毛布を掴み、身体を覆う。

 一拍遅れて、ヴィスリーがひょっこりと顔を出した。

「うぁ、すまんっ」

「いいのよ。何も無かったから」

 ルクタは毛布を身体に巻いて立ち上がると、服を手に取って、奥の部屋で着替えた。

 ヴィスリーは一応、紳士のたしなみとしてルクタが声をかけるまで、部屋の外で待っていた。

「いや、わりぃわりぃ。まー、最初っから二人とも、そういう感じだったもんな」

 明るい声で笑うヴィスリーに、ルクタは少しだけ救われた。無節操な笑顔であるが、少なくとも気分が軽くなる。

「本当に、何も無かったんだけどね」

「ま、ソコはソレ。そういうことに……いや、フツーは信じねえけど、オルゴーだしなぁ」

 ヴィスリーはケラケラと笑い、どっかりと椅子に腰掛けた。

「タカギは、帰ってこなかったのね?」

「ああ。今朝早くに、馬車で街を出た。遠目から見ただけだが、ファムとシュキが牽いてたから、間違いねえ」

「……ヴィスリーは、てっきりタカギについて行くと思ってた。ナンナも一緒に連れて行ってでも」

 ルクタの言葉に、ヴィスリーは「ああ、そうすりゃ良かったのか」と笑う。

 そんなことに気付かないヴィスリーではないだろう。おそらくは、ナンナと一緒にいるというのは建前で、高木と行動を別にすることを、ヴィスリー自身の意志で決めたのだ。

「レイラもだけど……どうしてかしら。残ってくれたことは嬉しいけど、不思議だわ」

「んー、まあ、強いて言やあ、オルゴーに兄貴が必要ねえみたいに、兄貴にも俺は必要ねえってところか。剣も少しは使えるようになったみたいだし、何よりもヒトミさんがいるんだ。オールマイテー、だったかな……そんな俺の出番なんて、もう残ってねえよ」

 そんなことは無いとルクタは思う。少なくとも、オルゴーと別れたのならば、ヴィスリーの剣の腕は必須と言えるだろう。

 旅をするならば尚更である。ヴィスリーは今までよりも、ずっと頼られる筈だった。

「詭弁は、タカギの受け売りかしら?」

「……やっぱ、兄貴みてぇに鮮やかにいかねえか」

 ヴィスリーは苦笑して、オルゴーの顔を覗き込んだ。

 明け方近くに、ようやく眠ることが出来たのだろう。くぅくぅと、静かに寝息を立てて眠っている。

「少なくとも、今回に関しちゃ、俺はオルゴーの肩を持つ。自分の目的より、仲間を大切にした男を殴るのは、道理が合わねえ」

 ヴィスリーの言葉に、ルクタは涙が零れそうになった。

 高木がいなくなり、今まで積み重ねてきた絆が、全部壊れてしまうかと思ったのだ。

 だが、オルゴーの気持ちを理解してくれる人間は、自分だけではなかった。そのことがとても嬉しかった。

「嘆いていても、始まらないわね……タカギが言ったんだもの。きっと、タカギがいなくても平気よね」

「ああ。あれで兄貴も目立ちたがり屋だからな。どうせ、出番が減って活躍できねえのが悔しかっただけだって」

 少なくとも、そういうことにしておこう。

 ルクタは自分にそう言い聞かせて、オルゴーの髪を撫でた。


 クーガ伯爵との約束の時間になると、オルゴーは鎧を着込んで、会見に臨んだ。あまりにも覇気の無い、呆けた面構えであり、仕方なくヴィスリーが代役とばかりに、あらましを説明することになった。

「なるほど、マサト君は旅立ったか。色々と聞いておきたいこともあったが、街を思えばありがたいと言わねばな」

 クーガは穏やかな表情で、高木の旅立ちの報せに頷いた。

「そのことですが、兄貴から手紙を預かっています。置き手紙でしたがね」

 ヴィスリーが差し出した手紙を受け取り、クーガはじっくりと目を通した。今朝に、ヴィスリーが高木の部屋を訪れたときに見つけたものだ。他に高木達が残していったものはなく、宛先がクーガとなっているので、目を通すことも憚られた。

「なんて、書いてあるんですか?」

 レイラの問いかけに、クーガは「約束だ」と答えた。

 現在のシーガイアの技術でも応用が可能で、それでいて発見されていない知識が、幾つも連ねてあった。

 殊、製紙技法は、木材資源を抱えるディーガの街にはこの上のない知識である。細やかな製法までは流石に高木も知らなかったのであろう。概要ばかりであるが、職人や技術者に伝えれば、近いうちに産業として確立できそうだった。

「……置き土産にしては、豪華すぎる。約束は果たされたと考えてもいいだろう」

 高木の持っている知識を、全て提供する。それがクーガと高木が交わした約束だった。

 確かにクーガはオルゴーの意見に同調していた。帝国騎士団の、本来の意義から離れすぎた権力の保持や行使は目に余るものがあり、帝都における貧富の差の拡大や治安の悪化の遠因となっていることにも嘆いていた。

 しかし為政者としてのクーガは、オルゴーに力を貸す見返りがなければ動くことは出来なかった。自分の治める土地と民を脅かしてまで、国を正すことをクーガはどうしてもできなかったのだ。

 高木の手紙には製紙技術の他にも、印刷技術や、概念という考え方など、産業だけではなく、文化的な側面でも役立つことが書かれている。暗に、書物を浸透させろと言っているような手紙だった。

 そして、この手紙に書かれていることが全て実現すれば、クーガは巨額の富を得ることになる。

 仮に、その富の全てをオルゴーのために使ったとしても、後に残る文化的な成長や、副次的に発達する産業を考慮するならば、大きすぎる利益とさえ呼べる。

「オルゴー。これから我々は手を取り合って、一つの目的に向かうことになる。つまり、我々は対等ということだ。ヴィスリーも、愛らしい女豹も、ナンナも、レイラも。私のことはクーガと、呼び捨てにしてくれ。マサト君には変われないが、力を合わせていこう」

「……ありがとうございます。クーガ」

 オルゴーは、深々と頭を下げた。

 最後の最後まで、高木は力を貸してくれていたのだ。そう思うと、オルゴーの胸は熱くなって、どうしようもなかった。

 決して、怒って消えてしまったわけではなかったのだ。オルゴーが行動しやすいようにと、怒る振りをして、ディーガを離れた。

 あの場で、咄嗟にそのような芝居を考えついたに違いなかった。フィアやひとみは、すぐに高木の行動の意味を理解して、即興で高木の芝居に合わせた。

「ありがとうございます、タカギさん……」

 オルゴーは涙を零して、思慮深く、義に厚い友人の名を呼んだ。

 もう、迷ってはいけない。高木にここまでさせたのだから、自分はそれに応えねばならないと、オルゴーは再び、瞳に強い意志の炎を宿らせた。



 オルゴーが涙ながらに高木の名を呟いている頃。

 その当人たる高木は、馬車の御者席に座りながら、実に楽しそうに口元を歪ませていた。

「マサトって、やっぱり極悪人ね」

 隣に座るフィアは、呆れたように呟く。およそ善人らしからぬ意地の悪い笑みを浮かべた高木は、素直にフィアの言葉に頷いた。

「クーガ伯爵は、あれだけの知識があればきっとオルゴーに協力する。オルゴーは当然、僕の行為がオルゴーの為だと勘違いしてくれるだろう。今頃、きっと涙を流して喜んでいるに違いない。人を欺くのは、やはり楽しいものだ」

 相変わらずの高木に、フィアは溜息しか出ない。

 親友と呼んでも差し障りのないオルゴーを、あまりにも見事に陥れる根性は見上げたものであろう。

「けど、欺いたって言っても、手紙を読めばマサトの気持ちはわかるでしょ。そもそも、ヴィスリーやレイラが残ったのも、マサトに考えがあるからってわかってたからだろうし。オルゴーもその可能性を否定してなかったから、意地でも引き留めることをしなかったんじゃないの?」

 フィアの言葉に、高木は首を傾げる。フィアの言っていることは確かに間違いではなく、散々に口八丁や嘘八百で欺いてきた高木だからこそ、行動に裏があることを、オルゴー達が無意識にでも理解していたことは想像に難くない。

 しかし高木は、やれやれとフィアの頭を人差し指でつついて、重い溜息を吐いた。

「てっきりわかって着いてきたと思っていたが……まあ、フィアはお人好しだからな」

「ど、どういう意味よっ!?」

 高木の考えを読んだと思っていたフィアである。高木から「よくそこまでわかったな」ぐらいは言われると思っていたのだが、まるで正反対の言葉が飛んできて、思わず食ってかかってしまった。

「確かに、オルゴーの為にディーガを離れたのはその通りだ。オルゴーは少々、僕に依存する傾向もあったから、いい薬になっただろう」

「何も間違ってないじゃない。ちゃんとわかってるわよ!」

「……あのなあ、フィア。それ以上に重要なことを忘れているぞ?」

 高木は苦笑して、馬車の中を振り返る。

 ファウストが、ひとみとエリシアに文字の読み書きを教えている最中であり、高木に気がつくと、ファウストは「痴話喧嘩ですか?」という脳天気な質問をして、ひとみの不興を買った。軽い冗談だったのだが、まるきり冗談に聞こえないのが高木とフィアの関係である。

「……あの馬鹿がなんなのよ?」

「よくよく考えてみろ。ファウストが僕たちについてくるのがおかしいだろう?」

 そう言われてみれば、確かにそうである。

 確かにひとみのマナの制御を手伝い、協力的な態度ではあったが、一緒に旅に出るほどの義理も義務も、ファウストには無い。

 ファウストはフフンと鼻を鳴らして、指先に小さな炎を作った。特にそれをどうこうするわけではないようで、単なる決めポーズだったのだろう。

「……あの通り、行動の意味がよくわからない馬鹿に違いはないが、おそらくは、フィアよりも教会に対しての意趣が強かったのだろう。元々、自分に誇りを持っているんだ。紛れもない自分の才能を、神のものとして扱わなければならなかったことが悔しかったに違いない」

 高木の言葉に、フィアはファウストを見る。

 確かにファウストは優秀な魔法使いだ。自分よりも秀でていることも、よくわかっている。しかし、それはあくまでも魔法の才能だけの話であり、紛れもない馬鹿に違いないと思っていた。

 実際に馬鹿であることは確かだが、物事をよく理解している。少なくとも、高木の思考に同調することができたのだから。

「そして、僕もまた教会に対して、実に腹立たしい思いをしている。やっと元の世界と行き来することができるようになり、後は楽しみ尽くすだけだと思っていたのに、余計な邪魔をされてしまった。しかも、あろうことか僕とひとみが悪魔だと……僕は兎角、ひとみはどう見ても天使だろうに」

 高木が珍しく、普通に怒っていた。大抵のことを楽しむ高木であるが、その楽しみを邪魔されたのだから仕方がない。

 それ以上に、恋人を悪魔と言われたことに怒っているようにも見えたが。

「……じゃあ、何。マサトはオルゴーのためでもなくて、逃げるためでもなくて――」

「オルゴーが国を変えるなら、僕は宗教を変える。実に適材適所だろう?」

 事も無げに言う高木に、フィアは絶句する。

 この男は、もしかすると本当に悪魔なのかもしれない。


実は18話:猪突の挿絵も描いてあります。

もう、かなり適当な絵になってしまいましたが……

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