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55話:恋愛

 マナの量を調節して、光のイメージを高めていく。

 一点に研ぎ澄まされた、光の筋。それは文字通り光速で対象に向かい、確かな熱量で焼き切ってしまう。

「えっと……破壊光線!」

 辿々(たどたど)しい呪文とは裏腹に、イメージは確かだった。収束された光が、狙いを定めていたリンゴを貫通する。

「うん。もう完璧にマナを制御できてるねー」

 クーガ邸の庭で、マナの制御の訓練をしていたひとみに、見学していたレイラが声をかけた。

「それにしても、凄いよ。光って、ものを焼けるんだね」

「うん。光には熱量があって、それを集めて撃つの。炎を収束させるって、無理だけど、光ならできるから」

「そうだったんだ。光って、魔法で作るのがすごく難しかったんだけど、私達が間違ってたんだね。光に熱があるってわかれば、想像が本物に近くなるから、もっと簡単に光も作れるようになるよ。ヒトミも、マサトみたいに物知りだね」

 レイラが感心したように言うと、ひとみはこそばゆそうに目を伏せた。

 光が熱量を伴うことは、学校で習う基礎的なことである。それはひとみの中では常識とも言えることで、そんな常識が、シーガイアでは未知の情報となってしまうのだ。自分たちが如何に、先人達の知恵や努力の先に、暢気な学生生活を送っていたのかと考えると、今までの勉強という行為が、ひどく空虚に思えた。

 長らくの時間と労力をかけて培われた知識が、単に受験のために使われる現代は、何かがおかしい。そのようにすら思えてくる。

 高木よりも素直に勉強をしていただけ、成績も良かったが、おそらく、高木の方が知識が如何に貴重なものであるかを、よく知っていたのだろうと、ひとみは思う。

 実際に、このシーガイアという世界に、何も知らずに喚び出された高木だが、知識や知恵を最大限に活用して、多くの仲間を得て、ついには自力で帰る方法まで導いたのだ。自分にそこまでのことが出来るかと問われれば、ひとみは首を横に振る。

 確かに魔法の才能や、単純な理解力ではひとみのほうが一枚上手なのかもしれないが、こと、それらを利用する好奇心や探求心は、高木には遠く及ばない。

「聖人は、もっと色々なことをやったんだろうね」

「……そうだね。水の中に炎を生み出したり、自分の身体を鉄に変えたり……マサトは、魔法の才能はないけど、すごい魔法使いだよ」

 レイラは嬉しそうに、高木が今まで編み出した魔法や理論。それに、旅の中で起こった出来事などをひとみに話した。

 レイラにとって、ひとみは恋敵である。しかも突然現れて、その瞬間から勝利していたという、反則のような存在だった。

 ひとみもまた、レイラが高木に恋心を抱いていることを感じている。本来ならば、あまり良い関係ではないのだが、少なくとも二人は、お互いのことを嫌いではなかった。

 言ってしまえば、少し間延びした雰囲気が似ている。つまり、纏う空気が似通っており、波長が合うのだ。

「ヒトミとマサト。どうやって出会ったのかも、知りたいな」

 レイラの言葉に、ひとみは少しだけ思案してから、こくんと頷いた。



 二年生に進級しても、ひとみの扱いは変わらなかった。

 学園のアイドル。そんな自分の異称は聞いたことがあったし、周囲の様子を見る限り、自分の容姿が他人よりも数段勝っていることは、理解せざるを得なかった。

 天然と言われるのも仕方がないだろうと、ひとみは冷静に自己分析をしていた。間延びして聞こえる声と、少し他人と趣味嗜好がズレている。突き詰めて考えるならば、他人と深く共感しあうことはとても難しい。

 周囲から持て囃されることは、確かにありがたいことだと思う。実際に、容姿と仕草だけでどれだけの美味しい思いをしたかなど、数えきれることが出来なかった。

 だが、それとセットになって付随してくる、羨望や嫉妬は、あまり楽しいものではない。影でネチネチといじめらることも決して少なくはなかった。

 新学年、新学期。それは、周囲の顔と名前が変わっただけであり、反応や態度など、何一つ変わるものではない。

 少なくとも、ひとみは諦めにも似た境地で、新しい春を迎えていた。


 学園のアイドルという二つ名は、少なくとも新学年早々に、クラスの男子を八割方魅了するほどの力を示している。

 内向的な人間もいる。そもそも、恋人がいる者もいる。それでも、クラスの大半の男子はひとみの美しさに、目を奪われていた。

 整った顔立ちに、愛嬌のある仕草。どれ一つとして嫌味が無く、まさしく天衣無縫の美少女である。注目するなというほうが無理な話であり、恋人がいる男子だって、つい見とれてしまうほどであった。

 それをひとみは、いつものこととして受け止めていた。傲慢なようにも思えるが、事実なのである。周囲が自分に注目していることが、わかってしまう。だからこそ、逆に自分に注目していない人間にも、敏感だった。

 高木聖人。同じクラスの、ひょろりと背が高い、地味な男子。

 口を開けば堅苦しく、黙っていると無愛想。たまに浮かべる笑顔は意地悪く、不思議と友達は多いが、あまり仲良くしたいと思う人間ではない。

 だが、彼は周囲とは違った。新学年早々の自己紹介で、他の男子が固唾を飲んでひとみの自己紹介を聞く中、高木はひとみの顔を一瞥すると、すぐに興味を殺がれたのか、明後日の方を向いて欠伸をした。

 今まで、ひとみに興味を示さなかった男子が、他にいなかったわけではない。ただ、この男は何の臆面もなく欠伸をカマすという、相手が誰であろうが失礼な行為に出た。興味を持たれないことは兎角、失礼な振る舞いに腹が立ったのは確かである。

 ひとみは今まで、意識して誰かを虜にしようとしたことはない。しかし、いい加減に周囲から持て囃されることも、羨望も、嫉妬にも飽き飽きしていた。自分の容姿を武器にして、一人の無愛想な男を踊らせてみるのも、或いは楽しいかもしれない。そう思ったのだ。


 ひとみが高木に話しかけたのは、新学年が始まって二日目。自己紹介の翌日だった。

「おはよう、高木君」

「ああ、おはようさん」

 朝、教室に入って、高木ににこやかに挨拶をする。高木はクラスメイトの男子と喋っているところであり、ひとみの言葉に顔を上げて、適当な感じで挨拶を返した。

 自分から声をかけて、ここまでつまらなそうに返事をした男は、高木がはじめてであった。

 ひとみの中で、俄然火がついてしまう。この唐変木に、否が応でも自分を意識させてやろうと決めた。

 それは人の心をもてあそぶような真似であり、およそ褒められた行為ではない。しかし、それだけに背徳がもたらす高揚感があり、それまで品行方正な「学園のアイドル」だったひとみは、この悪戯にハマった。

「楽しそうにお話ししてたけど、どんな話だったのー?」

 まずは、高木の人となりを知らねばならない。ひとみは少々強引ながらも、高木達の輪の中に入り込もうと、話題について尋ねることにした。

「最近の仮面ライダーは、若手俳優の登竜門になっているという話題だ」

 高木の言葉に、ひとみは「うっ」と詰まった。のっけからコアな話題であり、およそ立ち入る隙が見えなかった。

「僕が思うに、実に好都合だ。若手は往々にして演技力に難があるが、メインターゲットとなる未就学児童はそんなこと気にしないし、何よりも、変身した後を楽しみにする。つまり、番組の本質を壊さずして、若手を売り込むことが出来るわけだ。事実、ここ数年は当たり年で、国民的人気を博している若手俳優も、初主演はライダーであったりする」

 高木は朗々と語り、ぽかんとするひとみを見て苦笑した。

「欠伸の意趣返しか。確かに失礼だったが、あんな上辺の自己紹介に興味を持てと言う方が難しい」

「な――」

 一瞬で、全てが見抜かれていた。絶句するひとみに、高木は嬉しそうに語った。

「確かに美人で、それを最大限有効に使っていたところに、いっそ潔さを感じるが、慣れていないな。仕掛けるタイミングで悪戯っぽく笑顔を見せれば、僕でなくとも罠だと気付く」

 高木はそれだけ言うと、状況を理解していない周囲の友人達に「ちょっとした遊びをしていた」と説明して、再びひとみを見た。

「それで、どうする。続けるならば、中々に面白そうな遊びになりそうだが」

 高木はハメようとしていたことを咎めるでもなく、楽しそうに笑った。ひとみは、ますます混乱する。

 確かに慣れない悪戯を仕掛けはしたが、一発で看破されるとは思ってもみず、しかも看破されてなお、それを喜ばれるなどと、完璧に理解の範疇を超えていた。それに加えて、とどめとばかりに、露見した企みを続けるかと尋ねてくるのだ。

「……怒らないの?」

「先に失礼をしたのは僕ということに、違いはない」

「……続けたいの?」

「退屈をしていたのは、君だけじゃない。とでも言っておこうか」

 高木はゆっくりと立ち上がり、そのまま教室の外に出て行く。よくわかっていない高木の友達を置いて、ひとみも高木に続いた。

「別に、続けなくてもかまわない。こういう遊びは、あまり品の良いものではないし、迂闊にそちらが目的を達成して、僕が夢中になっても、さほどのメリットにはならんだろう。風変わりなファンがつくだけだ」

「バレちゃったら、もう意味がないと思うよ?」

「さあ、どうだろうか。単に美人というだけで惚れるつもりは毛頭無いが、少なくとも美人自体は嫌いじゃない。それに、他人を弄するのに快感を覚えるのは、僕も同じだ。はっきり言えば、そういう人間に魅力を感じる」

 その言葉で、ふとひとみは高木の言葉の真意に気付いた。

 この男は嘘をついている。続けなくても構わないと言いつつ、続けさせる気満々である。他の人間ならば白い目で見るような、他人を欺くという行為を正面から肯定して、その渦中に入り込むことへの罪悪感を払拭させようとしている。

 可能性を提示させ、罪悪感を消せば、そもそも自分からやろうと思っていたことであるから、当然ながら気持ちは続ける方に傾く。

 高木の考えが読めたところで、しかし高木は再び言葉を続けた。

「つまり、そういうことだ。当然ながら、僕も君に仕掛ける。少々方向性は違うがな」

 ひとみが考えていることが、高木には全て目に映っているかのようである。高木の考えを読むことすら、高木に読まれている。

 今まで、他人に意識されることは多かったが、ここまで他人を意識してものを考えさせられたのははじめてだった。

 全てを見透かされ、しかし決してそれが苦痛ではない。今まで、誰からも理解されなかった退屈すらも、高木は見透かしてくれていたのだから。

「……うん、続けるよ」

 ひとみは頷いて、高木を真っ直ぐに見据えた。

 高木は我が意を得たりと、ニヤリと笑う。しかし、全てを見透かしているはずの高木が、たった一つ、見過ごしていたものがある。

 ひとみの中に生まれた、恋心だった。 

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