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54話:修行

 高木の雄弁は、相手を選ばない。

 高校生としての高木は生徒会に所属しており、校長と若き社会科の女教師の不倫をネタに、携帯電話の使用を認めさせた猛者である。

「秘密を守るには、家の電話だけでは都合が悪いでしょう?」

 およそ高校生らしからぬ物腰で校長にコーヒーを淹れさせていた高木は、口が巧いというよりも立派な詐欺師であり、ついでに強請ゆすりまでやってしまう、ルクタも顔負けの極悪人であった。

 しかし、その極悪人は自分が善人であることを何一つ疑っておらず、周囲の人間も彼が大嘘つきで容赦なく他人を騙すことを知っていてなお、善人だと認識している。

「身から出た錆以上の迷惑を、僕から受けたことがないからだろう」

 本人はカラカラと笑いながら言うが、事情徴収をものの二時間で終え、事件は無事解決。即日捜査本部が解散されて、はやくもハッピー・エンドの様相を現しはじめた警察署内に、同伴した両親は「親の顔が見たい」と、割と真剣に考えた。


「息子よ。とりあえず言い分に不備がないことは確認したが、流石に十七年間、毎晩同じ飯を食った人間に、半日で考えたシナリオはおざなりすぎないか?」

 高木の父は、警察を揚々と出てくる息子の肩を抱いた。母親は二人にそっと手を添えて、しかし中々に辛辣な言葉を繋げる。

「そういうことにしておけ、ってぐらいの意味なんでしょうけどね。アンタ、彼女まで巻き込んでるでしょ。そこだけはしっかり責任取りなさいよ」

 元々、高木の頭と口の才能は両親から引き継がれたものである。人類が進化を遂げてきた以上、子供が親を超えるのは当然のことであるが、四十年ほど生きてきた両親は、才能で高木に劣ることはあっても、経験では勝っていた。

「流石に、親父と母さんを騙すのは無理だったか。というか、交際に気付いていたとはな」

 二ヶ月ぶりの再会とは思えぬ親子の会話であるが、高木家はそもそも、口を開けば長々と喋り、一度閉ざすと三日ぐらいは沈黙を貫き通せてしまう家系である。

「で、今後の予定は?」

 母に問われ、高木はしばし思案した後に「また出かける」と言った。

「多分、明後日には出る。今後はなるべくこまめに帰宅するし、恋人を巻き込んだ責任は、きちんと落とし前をつける……いや、実はそれが一番の問題点なのだが」

 天衣無縫の容姿と、類い稀なる才能を有する恋人だが、怒ると怖い。両親は、およそ怖いもの知らずの息子に口を濁させる「未来の義娘」に、是が非でも息子が愛想を尽かされぬようにと心の底から祈った。

「では息子よ。家訓に従って誓え」

 父の言葉に、高木はゆっくりと頷いて、頭をひねった。

 それは高木家に伝わる家訓というよりは、高木と父の約束事である。

 十文字までの言葉ならば、無条件に信じる。

 このやや遊びじみたルールが、そのままこの親子の絆であった。親と子であろうが、言葉を使ってコミュニケーションを取ると、どうしても完璧なる相互理解には至らない。

 だからこそ、敢えて十文字という極端に短い「宣誓」をすることが、下手に全部を語ろうとするよりは効果的であると考えた末の、不思議なルールである。

「生きて帰る」

 高木は六文字の言葉で、父親を満足させた。


 翌日、高木は久々に自室のベッドの上で目を覚ました。

 昨晩は二ヶ月ぶりの母の手料理を思うさまに食べて、すこぶる機嫌が良い。

 やはり、どれだけフィアやエリシアの料理の腕が良くても、母親以上のシェフはいない。高木自身の味覚を形成し、知り尽くしているのだ。二ヶ月ぶりに顔を合わせた息子のために、好物ばかりを並べた結果、高木は夕飯だけで体重が1kg増えた。

「さてと……少々胃がもたれているが、やらねばならんことを、せねばな」

 高木は眼鏡をかけて、学生服に袖を通すと、恵一の家へと赴いた。


「いやー、便利ね。このケータイデンワって。テレビも面白いし、ケーイチもチハルも良い人だし。あと、エアコンって素晴らしいわね。持って帰りたいぐらい」

 すっかり高木の世界にハマっていたフィアは、笑顔で高木を出迎えた。昨晩、あまりにも見事に警察を騙しきった後に、高木が携帯電話で連絡すると、恵一がフィアを電話口に立たせたのだ。最初は高木がそばにいるのかとキョロキョロしていたフィアだが、大まかな原理を聞くと素直に納得して、一晩中、恵一と千晴からこの世界のことを聞き出したらしい。

 元々、研究者でもあるフィアの好奇心は凄まじいものがある。家電製品の端から端までの説明を求められ、風呂に感動して、ついでに恵一の料理にまで一々驚いていた。

 エリシアは千晴と打ち解けたらしく、お互いの世界の話をゆっくりと語り合っていた。

「ふむ……では仁科と千晴ちゃんに、フィアとエリシアを任せるとしよう。僕は、少々野暮用がある」

 そう言って、高木は携帯電話を取りだして、一人の男に電話をかけ始めた。


 伊達倭は、身長192cmを誇る日本人離れした偉丈夫である。

 弱冠十七歳にしながら、実家の道場の師範代を務める体術の心得もさることながら、目鼻立ちのすっきりと整った美男子であり、高木と同じく眼鏡をかけているのに、似ても似つかない。

 人柄も良く、穏やかながら明るく、人間関係もたった一人を除いては円満。まさしく、神が間違って二物どころか、三つも四つも与えてしまったような男だった。ちなみに、ひとみは六つぐらいは与えられている。

 道場は、基本的に昼から門下生が集う。伊達は朝食を終えると、胴着に着替えて、誰もいない道場の真ん中に座して、先ほどかかってきた電話の意味を考えた。

 唯一にして、最悪の人間関係を築いている男。高木聖人からの電話についてである。

 似た身長と、似た容姿。それでいて、完全なるインドア派で口が達者な高木と、幼少のみぎりから武道の中にあり、身体と精神を鍛え上げてきた伊達は、よく言えばライバル。悪く言えば犬猿の仲であった。

 何が悲しいのか、二人は成績まで似通っており、高校で出会った。最初は自分に似た男を不思議そうに眺めているばかりであったが、共通の友人ができて、何度か話をしているうちに、あっという間にお互いのことが嫌いになった。

 理由はよくわからない。容姿からすれば同族嫌悪であるが、中身はまるで違う。それならば性格の不一致かとも思うが、伊達と高木は割と気が合う面も多い。

 仁科恵一という親友を持つ高木と、鈴ノ宮千晴と幼馴染みであった伊達倭は、二人を中心に起こった騒動に巻き込まれた人間である。

 決して暴力を好むわけではないが、暴力が非常に有効な手段であることを二人ともよく知っている。暴力は何も解決しないと高説を垂れる阿呆を、二人は揃って鼻で笑う。

 どう考えても実力行使は手っ取り早く、有効である。禍根を残すとはいえ、そんなものは別に暴力だろうが言葉責めだろうが、陰湿たるイジメだろうが同じことであり、わかりやすいだけ幾分マシだろう。

 老若男女に対して、暴力を振るうことを特に厭わない点も同じである。まさか、無抵抗の弱者を打ちのめす趣味はないにしろ、必要に迫られれば、高木も伊達も誰を相手にしても殴り、蹴る。

 要するに、二人ともフェミニストとはおよそいえない、一般的に言う外道であった。しかし、世の中は基本的に暴力よりも白眼視のほうが恐ろしく出来ているので、二人とも持論は控えている。

 高木からの電話は、来訪の意を告げるものだった。携帯電話にお互いのアドレスが登録されているのは、お互いにストレスが溜まっているときに、適当な言いがかりをつけて喧嘩をするためである。ちなみに、かつて口論は数十回。喧嘩は五回ほど行われている。

「二ヶ月も行方不明で、清々していたのになあ」

 伊達はぽつりと呟きながら、それでも律儀に高木を待っていた。

 口論では二十勝三十二敗。肉体行使の喧嘩では三勝一分。喧嘩では勝っているが、口で負けている。いわば得意分野が違うだけで対等であるのだが、合計勝利数では劣っている。

 高木の話が二ヶ月間の行方不明に関することであることは、概ね予想できていた。しかし、正直なところ高木の二ヶ月間などどうでもよく、例によって適当な言いがかりをつけて、勝負に持ち込んでしまおうと、伊達はにやりと笑った。


「確か、君の家は剣術も教えていたな」

 道場にやってきた高木は、開口一番に妙なことを尋ねてきた。

 確かに伊達の道場――南家伊達流総合武術道場は、格闘術に剣術、槍術、投擲術、薙刀術と、多彩な武芸を教える、珍しい道場である。

 そもそも、開祖であり伊達の先祖は武士ではなく忍者であり、正確に言えば武術ではなく忍術となるのだが、性格が派手だったために、忍者よりも武士に向いていたらしい。江戸の中期に道場を構え、以後、武家として伊達家の血は脈々と受け継がれた。奥州の勇、伊達政宗とは縁もゆかりもないので、紛らわしくないように南家伊達という呼称が定着している。

「確かに剣術は教えているが……まさか教えてくれとでも言うんじゃないだろうな」

 伊達は訝しみながらも、そのまさかなのだろうと半ば確信していた。その証拠に、高木の手には布に包まれた、ちょうど日本刀のような長さの棒が握られていた。

「そのまさかだ。旅先で偶然入手した大業物なのだがな」

 シュルシュルと高木が布を取り外し、黒塗りの鞘が姿を現す。それだけで、伊達はうっすらと額に汗をかいた。

 伊達は道場の跡取り息子であり、南家伊達は総合武術の家系であるから、彼は武芸百般に通じている。得意は槍と体術であるが、剣の善し悪しを、鞘を見るだけで理解できるだけの実力はあった。

 高木は黙って鯉口をきる。途端、伊達は目を見開いて後ずさった。

「ダ、ダマスカス鋼鉄……レプリカか?」

 剣術を修める手前、剣の拵えにも詳しい伊達は、ダマスカス鋼についても知識があった。日本刀の原材料、玉鋼に極めて近い製法と性質を持つ、幻の金属。ダマスカス鋼が復元されたという話も聞くが、どれも当時の製法を再現しているわけではなく、厳密に言えば復元ではなく、性質だけを似せた贋作である。

「本物だ。製法から、性質まで」

 高木の言葉を伊達は信じた。いけ好かない、大嫌いな男ではあるが、少なくともライバル視するほど、認めているのも確かである。

 高木が憶測や推論だけで、ここまで明瞭に断言をすることはない。どのような経緯で手に入れたのかはわからないが、紛れもない本物のダマスカス鋼で拵えられた日本刀なのだろう。

 美しい木目模様の刀身に、乱れ柾目の焼き入れ。二尺三寸ほどの、やや反りの少ないつくり。無骨であり、国宝菊一文字のような繊細な日本刀ではないが、剣客集団の新選組ならば、無骨なだけ打たれ強い、この刀を選ぶだろう。刀を得手としない新選組副長助勤、原田左之助が、実用性のみで選びそうな刀である。

 無論、無骨という表現は日本刀という一括りの中での比較であり、西洋の品の無い剣などとは、そもそも比較することが出来ない美しさである。

「銘は?」

「無銘、桜花」

 銘がないのは、作り手が名も無き刀匠であるということ。桜花は高木が名付けたのだろうと、伊達はすぐに理解した。

「大業物……否、最上大業物十四工に並べても遜色がない。なるほど、これを手に入れたならば、技も必要になるわけだ」

 高木が剣術を求める理由を知り、伊達は頷いた。

 どのような経緯で名刀を入手したのかは知らないが、幼少から剣を握ってきた伊達ですら、桜花に見合う腕である自信がない。

「とりあえず、明後日にはまた消えなければならん。人を斬れる腕前を手に入れたい」

 高木の言葉は真剣だった。たった二日間で人を斬る腕を身につけることなど、凡そ不可能である。しかし、伊達は躊躇いなく頷くと、道場の壁にかかっていた木刀を二振り、手に取った。

「独学だろうが、ある程度は身体に剣を馴染ませているようだな。二ヶ月前から比べて、体格が一回り大きくなっている。筋力トレーニングを欠かしていなかったらしい」

「ああ。必要に駆られてだがな。最低限、剣を握るだけの力は身につけてある」

 それで十分だと伊達は笑う。二ヶ月前の高木は、背丈ばかりがひょろりと細長い、体力も腕力も無い男であった。しかし、一体どのような生活をしていたのか、今では運動部に所属している人間ほどの体力と腕力は兼ね備えている。何よりも、貫禄が備わっていた。

「……修羅場をくぐったか」

「命の危機は、何度か味わったな」

 事も無げに言う高木は、伊達の手から木刀を一振り掠め取り、正眼に構えた。その動きの一つを見ても、二ヶ月前とは別人である。

 伊達は溜息を一つついて、自身もゆっくりと正眼に構える。


 伊達の特訓は、二日間にわたり、休むことなく続けられた。

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